軽音部始動3
それでも、このまま黙っていては何も進展しない。とりあえず、お互いの意見を聞いてみる。
「三島は、今の私達が演奏して上手くいくと思う?」
「厳しいだろうな。経験も練習量も、きっと全然足りてない」
「やっぱり?」
それは、予想できた答えではあった。今の自分達は、まだ人前に立って演奏できるような実力じゃない。
そこだけ考えると、今回は諦めるのが無難ではある。実はというと、最初話を聞いた時から、そんな思いはずっとあった。
だがそれでも、今まで辞退しようとは言い出せなかった。いや、今だって、それを言葉にするのは躊躇われた。
辞退を口にしないのは、啓太も同じだった。たった今厳しいと言っておきながら、なかなかやめようとは言ってこない。
それに、どこか安堵する自分がいた。
そこまで考えた時、自然と藍の口が動いた。
「ねえ、三島……」
再び、啓太に声を掛ける。だけどこれは、さっきのような意見を求めるものでは無い。自分なりに考えて出した、答えを告げるためのものだった。
「私、演奏してみたい。力不足かもしれないけど、それでもやってみたい」
もしも辞退したら。その場面を想像してみて、とても寂しく思えた。明日、他の部が発表するのを見て、やっぱり出ていたらと後悔する姿が、すぐにイメージてきた。
ステージに立ったとしても、やっぱり失敗して恥をかくかもしれない。だけど後悔するとわかっていて、それでも辞退するのは嫌だった。
とはいえ、これはあくまで藍の意見だ。もしも啓太がやりたくないと言うなら、その気持ちを曲げてまでやるべきではないのかもしれない。
今の言葉を聞いて啓太が何と言うか、藍は黙ってその様子を見守った。
「お前、何でいきなりそんな事言うんだよ」
最初に出てきた言葉を聞いて、藍は僅かに肩を落とす。啓太は、出るのには反対なのだろうか。
だけどそれに続く言葉は、藍の予想したものとは違っていた。
「これじゃまるで、俺がお前の意見に乗っかって決めたみたいになるじゃないか」
「じゃあ……」
話しの流れが変わったような気がして、返す言葉にも、気づかぬうちに熱が込もる。
「やろうぜ。まだ初心者だから怖くてできませんなんて、カッコ悪いだろ」
その言葉を聞いて、藍は高揚しながら頷く。そして、優斗が締めるように言った。
「どうやら、決まったみたいだな」
そう、決まったんだ。自分達の初舞台が。
そう思うと、手に自然と力が入る。そしてどちらから言うでもなく、藍と啓太はそれぞれの楽器を手に取った。
「じゃあ、早速練習開始だね」
やると決めたのは良いが、何しろ時間がないのだ。僅かな時間すら惜しい。
「で、曲は何にするんだ?」
「あれがいいんじゃない? 何度か一緒に練習したやつ」
藍が提案したのは、初心者でも割と弾きやすく、かつ一般的な知名度の高い曲だった。
練習した経験も含め、二人一緒に弾ける曲となると、それしかない。
「じゃあそれでいくか」
とは言え、まだこの部室に馴染んでいない二人には、その準備をするだけでも時間がかかる。
「コンセントってどこにあるの?」
「スピーカーって、どの辺に置けばいいんだ?」
こんな感じだ。どこに何があるかも分かっていないから、中々進まない。幸いなのは、優斗のいた頃から、物の配置がほとんど変わっていなかったことだ。
「コンセントはここにあるから。それと、スピーカーはこのあたりに」
優斗自身は物に触れられないが、それでも二人に指示を出すことはできる。その甲斐あって、なんとか全ての準備が整った。これでようやく練習を始められる。
「じゃあ、いくよ」
藍は啓太に合図を送ると、その後優斗を見る。思えば、自分の演奏を優斗に聞かせるのは、これが初めてだ。それを意識すると、何だか明日とはまた違った意味で緊張してきた。
どうかうまく弾けますように。そう祈りながら、藍はその手で弦を弾いた。




