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初恋と幽霊  作者: 無月兄
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軽音部始動2


 職員室での一件を終え、軽音部室に戻ってきた藍たち。本来なら、これから練習を始める予定だったが、それよりも先にやらなければならないことができてしまった。


 さっき職員室で説明された、部活動紹介。それに参加するかどうか決めなくてはならない。

 藍と啓太。それに優斗の三人は、それぞれが座る椅子を向かい合わせながら話を始める。


「どうしようか?」


 藍が二人に尋ねると、まずはそれに優斗が答える。


「俺はもう部員じゃないし、実際に演奏するとしたら二人だ。俺も必要なら意見はするけど、実際にどうするか決めるのは、二人だと思う」

「うん。そうだね」


 優斗は元軽音部だし、今もこうして話し合いに参加しているが、当然正式な部員としてはカウントされていない。演奏に参加することだってできはしない。

 相談にはのってもらっても、彼の言う通り、これを決めるのは今の部員である藍たちの役目だろう。

 その言葉を受け、改めて考えていると、今度は啓太が言った。


「せっかく練習するんだし、いつかは人前でやるとは思ってた。けど急な話だし、今の俺達がまともに聞かせられるような演奏なんてできるのか?」

「だよね……」


 そうなのだ。藍にも、誰かの前で演奏してみたいという気持ちはある。それなのにこんなにも躊躇っているのは、ひとえに自信がないからだ。


「私、初めてからまだ半年だし」

「俺だってそうだ」

「おまけに、途中から受験勉強もやらなきゃいけなくなったね」

「ああ。おかげで、一時期ほとんど練習できなかった」


 これが、二人の音楽歴の全てである。


「部活動紹介は明日だから、今から練習する時間もないよね」

「ほとんどぶっつけ本番みたいなもの。それで初舞台か」


 元々あった不安が、さらに大きくなっていく。二人とも口にこそ出しはしないが、流れは確実に辞退する方向へと進んでいた。


「なあ、有馬……先輩は、初めて人前で演奏したのっていつなんだ?」


 啓太が、優斗に向かって尋ねる。決めるのはあくまで自分達だが、参考として聞くのは問題無いと判断したのだろう。


「そうだな。何人かの知り合いに聞かせたことはあったけど、大勢の前でとなると、初めてやったのは一年の頃の文化祭になるな。それが確か、始めてからだいたい半年くらいだったかな」


 半年。ちょうど、今の藍たちと同じくらいだ。

 優斗が音楽を始めたのは高校に入ってすぐだったので、そこから文化祭のある秋までとなると、確かにそれくらいになるだろう。


「半年であんな凄い演奏できたんだ」


 藍が驚きと尊敬を込めて言う。そのステージは藍も見に行ったが、今の自分よりもはるかに上手いと思った。

 だがそれを聞いた優斗は、苦笑いを浮かべた。


「藍、あれを上手いと思ったなら多分それは記憶違いだよ。それか、他のメンバーのおかげでそう聞こえただけだ」

「そんなことないよ」


 藍は反論したものの、確か優斗は昔も、あの演奏はまだまだ下手だった、みたいなことを言っていた。

 優斗の言う通り、藍の中でだけ、勝手に美化されているだけなのかもしれない。

 だがそれでも、藍にとって見事な演奏だったと信じたかった。


「絶対、上手だったよ」

「本人が違うって言ってるんだから違うんじゃないのか。それに、半年でそこまで上手くなるのは、いくらなんでも無理があるんじゃないのか?」


 ムキになって言い張るところに啓太が茶化すように言ったので、ジトッとした目で睨みつけた。


「まあ、そう言ってくれてありがとな。だけどあの時、俺以外の二人はもっと上手かったぞ」


 藍は優斗の言う二人を何とか思い出そうとするが、当時の記憶はほとんど優斗で占められていたため、顔すら浮かんでこなかった。


「確か、ギターとドラムだったよね」


 覚えているのといったら、それぞれの担当楽器くらいだ。確かギターをやっている人については、その人に誘われて軽音部に入ったのだと昨日言っていた。


「そう。ギターの奴はもう何年も前からやっていて、ドラムの子も元々中学の頃に吹奏楽でやってたから、基礎が違ってたんだ。おかげで、初心者の俺が混じっても、色々支えてもらってなんとかなったよ」


 優斗はそう言うが、他の人が上手いというのは、ありがたいと同時にプレッシャーにもなる。さらに、初めて多くの人の前で演奏するのが、一般のお客さんも来る文化祭のステージとなると、その緊張はおそらく明日の部活動紹介の比ではないだろう。


「ユウくんは、大勢の前でやるのって不安じゃ無かった?」


 一番聞きたいのはそこだった。優斗がどんな気持ちで初めてのステージに挑んだのか、ぜひ聞いてみたかった。


「もちろん不安はあったよ。前の日の夜なんて、緊張して眠れなかった」

「そうだったの?全然そんな風に見えなかったよ」


 藍は驚きながら優斗の言葉を聞いていた。優斗は文化祭の前日にもいつものように藍の家に来ていたし、翌日のステージについても楽しそうに語っていた。そんな風に不安を抱えていたなんて、ちっとも気づかなかった。


「人前で演奏するのが怖くて緊張してるだなんて、顔に出したくはなかったからな。特に藍の前では」

「ああ、それはわかる」


 啓太が大きく頷く。どうやら今の話に何か通じた部分があったらしい。


「でも、それ以上に楽しみだった。大勢の前で演奏するってのは、一つの目標みたいなものだったからな」

「そうなんだ」


 優斗の話を聞きいて、改めて考える。

 まだどうすればいいかなんてわからないが、少しだけホッとした部分もあった。

 優斗の語った不安や期待は、今の自分の心境と、何だか似ている気がした。ずっと背中を見続けてきた彼もまた、同じようなことを思っていたのだと知れて、少し嬉しかった。

 それから優斗は、さらに言葉を続ける。


「それにさっきも言ったけど、仲間にもずいぶん支えられたからな。ギターの奴なんて、音の主役は俺なんだから、お前は少しくらい失敗しても分からないって言われたよ」


 言葉だけを聞くといい加減ともとられかねない発言だが、それが優斗の緊張を取るために言ったというのは明らかだった。

 優斗が軽音部の話をする時は、何度もこの二人が登場する。それだけ彼にとってとても大きな存在なんだと思えた。


「音の主役……俺は、それを聞いて余計にプレッシャーを感じるんだが」


 そう言ったのは、同じくギター担当である啓太だ。

 しかも、ギターは主旋律を奏でるのが役目なので、主役という言い方はあながち間違いではなかったりする。


「ああ悪い、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。俺と二人じゃ、メンバーも状況も違うからな」


 優斗がフォローを入れ、それから話は、実際に演奏をした文化祭へと移っていく。


「その時の演奏がどうだったかは、さっき言った通り、決して上手くは弾けなかった。だけど楽しかったし、また次もやりたいって思えた。とりあえず、俺が初めて人前で演奏したのはこんな感じだ。少しは参考になったか?」


 話を聞き終わり、藍と啓太は改めて顔を見合わせる。とはいえ、両者ともまだ結論は出せていなかった。


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