軽音部始動1
藍達にとってはまだまだ始まったばかりの高校生活ではあるが、そろそろ授業も本格的に行われるようになってきていた。
ちなみにその間、優斗は邪魔になるといけないからと、基本的に別行動をとることにしている。
それが終わり放課後になると、いよいよ部活の時間だ。
早速部室へ向かった藍と啓太だったが、そこには相変わらず、入部希望者はおろか先生の姿も無い。ただ一人、先に来ていた優斗が待っていただけだった。
「顧問の先生、今日もいないの?」
「ああ。俺は、けっこう前からここに来ていたけど、その後来たのは藍達がはじめてだ」
「じゃあ、やっぱり一度職員室に行くしかないか」
部室の黒板には、昨日と変わらず、『軽音部へ入部希望の方は職員室まで』と書かれていた。
「まあ、顧問って言っても、実際は俺達がほとんど好きにやってたけどな」
三人で職員室に向かう途中の、そう優斗が言った。
「そうなの? 色々教えてくれたんじゃないの?」
「いいや、ほとんど自分達で何とかするしかなかった。先生はたまに様子を見に来るくらいだったな」
「随分と自由なんだな」
啓太も相槌を打つ。今朝彼は、優斗が今日になっても相変わらず成仏しそうな気配がないことについて神妙な顔をしていたが、特にどうにかしようとは言ってこなかった。聞けば、解決方法が見つからない以上、何かまずい事でも起きない限りはこのまま様子を見るそうだ。
間もなくして、職員室の前へとたどり着く。後はドアをノックをすればいいのだが、職員室というのは生徒にとってなかなかに緊張する場所だ。まだこの学校自体に慣れていない藍達ではなおさらで、つい躊躇してしまう。
「俺がみんなから見えたら、二人のかわりに話を聞いてやれたんだけどな」
藍達よりはだいぶ学校に慣れている優斗が、そんなことを言う。だがもしもの話とはいえ、啓太はそれを断った。
「何でも先輩に頼るってわけにはいかないだろ」
「先輩?」
藍は、そして優斗も、話の本題よりも、啓太の言う先輩の方が気になった。当然、優斗のことを言っているのだろうが、彼が優斗をそんな風に呼ぶなんて始めてのことだ。
「悪いかよ。いつまでも、お前とかこいつとかで呼ぶわけにはいかねーだろ」
「「おぉーっ」」
呼び方を改めた理由を聞いて、藍と優斗は二人して声を上げる。
思えば啓太は、小学生の頃から、優斗をお前やこいつと言った感じで呼んでいた。それを思うと、ずいぶんと進歩したものだ。
だが本人はその反応が気に入らなかったのか、面白くなさそうな顔をしていた。
「言われてみれば、俺は二人にとって先輩になるのか」
彼が在籍していたのは何年も前になるので、確かにこれは大先輩だ。
「じゃあ、私もこれからは先輩って呼んだ方がいいのかな?」
「藍に先輩って呼ばれるのも変な感じだし、別に今まで通りでいいよ」
「二人とも、そんなことより、さっさと中に入るぞ」
啓太は、藍と優斗の会話をストップさせると、二人の反応を待たずして職員室のドアを叩く。確かにいつまでもドアの前で話をしていては、変に思われるだろう。
間も無く、どうぞという声が返ってきたので、ドアを開け中へと入っていった。
「君たち新入生?何か用かな?」
真っ先に声をかけてきたのは一人の若い男の先生だった。誰に声を掛ければいいのかもわからないので、とりあえずこの人に事情を話してみることにする。
「あの、私たち軽音部に入部したいのですが」
「軽音部?ああ、軽音部ね」
幸いなことに、どうやらそれだけで事情を理解してくれたみたいだ。細かい説明を省けたのは良かったが、そこでその先生は言った。
「あの部は、去年まで顧問の先生をやっていた人が辞めてしまったんだ。その先生にしたって、専門的なことを教えていたわけじゃないから、例え入ったとしても、ほとんど自分達だけでやっていくことになる。それでもいいのかい?」
それは、さっき優斗から聞いた通りだった。どうやら今でも、顧問の先生はたまに見に来るだけといった体制に変わりはないようだ。
とはいえ藍も啓太も、それならやめようと言う気はなかった。
「構いません。軽音部への入部を希望します」
「私もです」
まずは啓太が言って、藍もそれに続く。
「そうか、わかった。顧問の先生についてはこれから決めることになるから、決定したら連絡するよ」
「ありがとうございます」
それから、藍と啓太は二人して入部届けを書き、手続きは終了。
だが職員室を出ようとしたところで、さっきの先生が思いついたように呼び止めた。
「そうだ。明日の放課後、体育館で部活動紹介があるのは知ってるか?」
「はい。新入生向けにあるやつですよね?」
それなら、事前にホームルームで聞いている。新入生を中心とした生徒を体育館に集め、各部活の代表がステージ上で部活の紹介を兼ねたパフォーマンスを行うというものだった。
既にどの部活に入るか決めている人もいるため、見に行くかどうかは個人の自由だが、周りの話を聞く限りでは、かなりの人が見に行くみたいだ。
「軽音部は部員も顧問もいないから、口頭で簡単な説明だけをする予定だったんだけど、君達はそこに出る気はある?」
「出るって、俺達がステージの上に立って、色々説明をするんですか?」
突然の提案に、まずは啓太が声をあげて困惑する。藍だって、気持ちは同じだ。いきなり大勢の前で話なんてで、きるだろうか。そう不安になるが、先生の言うことはそれだけではなかった。
「希望するなら、一曲くらいは演奏できると思うよ。上手くいけば、他にも入部希望者が出てくるかも」
「演奏──」
なんだか、話すだけよりもはるかにハードルが上がった気がする。
急に演奏できると言われても、今の自分達がやってもうまくいくかわからない。
だが確かに、先生の言う通り、これは軽音部をアピールするチャンスでもあった。
「ど、どうしようか……」
「どうするって、そうだな……」
藍が答えを出せずに啓太を見るが、彼もまた、同じように悩んでいるようだ。
一方優斗はと言うと、特に何か言うわけでなく、静かにこの様子を見守っていた。
「答えは今すぐじゃなく、よく話し合ってからでいいから。だけど今日帰るまでか、それか明日の朝くらいには決めてほしい」
先生にそう言われ、藍達は答えを保留にしたまま、職員室を後にした。




