小学生編2
それよっぽど気に入らなかったのか、啓太はとても悔しそうに顔を歪める。それから、癇癪を起こしたように藍に向かって怒鳴る。
「お前、そんなこと言ったら絶対呪われるからな! もう俺を頼ってきても、絶対助けてやらないからな!」
さっきまでの藍なら、その言葉に震え、怯んでいただろう。だが今は違う。
「その時は、ユウくんに助けてもらうからいいもん! ね、ユウくん。助けてくれるでしょ?」
「ああ、そうだな」
優斗はそう言うと、藍の頭を優しく撫でた。それから再び啓太を見ると、一層憤慨している彼に向かって、諭すように言った。
「お前な、女の子にはもう少し優しくするもんだ。好きな子をイジメたって、振り向いちゃくれないぞ」
「なっ、なっ、なっ――――――っ!」
それを聞いた途端、啓太はそれまでの怒りが嘘のように狼狽えはじめる。
全身から噴き出るようにタラタラと汗が流れ、さっき怒っていた時よりも、ずっとずっと顔を真っ赤にする。
おそらく、ガツンと怒られていたとしても、ここまで堪えることはなかっただろう。
「そっ、そんなんじゃねえよ。だ、誰がこんなブス! 覚えてろよ!」
結局、啓太はそんな捨て台詞を残すと、逃げるようにその場を去って行った。
優斗は、そんな啓太の後ろ姿を見送りながら、呆れるように、あるいは憐れむように言った。
「アイツ、もっと素直になれたらいいのにな」
啓太が走り去っていき、その場には藍と優斗の二人だけが残った。優斗は啓太の姿が見えなくなったのを見届けると、後ろに隠れていた藍へと体を向ける。
「藍、もう大丈夫だぞ」
しかし、何故か藍は俯いたまま、顔を上げようとはしなかった。
「藍?」
いったいどうしたのだろう? 不思議に思いながら、今度は少し心配そうに声をかける。すると、藍はボソリ言った。
「ねえ──私、ブスなの?」
藍は、啓太がさっき自分のことをブスだと言っていたのを気にしているようだった。
小学生とはいえ女の子。そんなことを言われたら傷つく。むしろまだ幼い分、悪口に対しては大人よりもずっと敏感だ。
だけど優斗は、それを聞いてフッと息をつく。
「何だ、そんなことを気にしてるのか。大丈夫、あんなの嘘だよ」
「ほんと?」
その言葉に、藍は不安そうな顔をようやく上げた。
「ああ、藍はとてもかわいいよ。俺の言うことが信用できないか?」
そう言って、優斗はニコリと笑う。
啓太の言ったブスと、優斗の言ったかわいい。その二つのいったいどっちを信じるのか、答えは考えるまでも無かった。
さらに優斗は、再び藍の頭を優しく撫でる。藍はくすぐったそうにしながらも、その顔はすっかり笑顔になっていた。たとえ啓太に百回ブスと言われたとしても、こうして彼にかわいいと言って頭を撫でてもらえれば、それだけで笑顔になれるような気がした。
「うん。ユウくんが言うなら、きっとそうなんだ。三島の言うことなんて絶対に信じない」
藍は満面の笑みで言いきった。もし啓太がこの様子を見ていたら、きっと泣きそうになっていたに違いない。
「それは良かった。でもな藍、それは、あいつには言わないでおこうな」
「えっ?……分かった、ユウくんがそう言うなら」
「そっか。偉いぞ」
それから二人して歩き出そうとしたところで、藍は甘えるように言う。
「ねえユウくん。手、繋いでもいい?」
二人とも、これから向かう先は一緒のはずだ。ならそれまでの間、優斗と手を繋いで歩きたかった。
「ああ、いいよ」
差し出された手を、藍はギュッと握る。そうして二人は、並んで歩き始めた。
歩いている間、藍は優斗に、今日学校で何があったかをあれこれ話して聞かせた。その表情はとても楽しそう。
こうして優斗と手を繋いで帰ることは、これが初めてじゃない。なのに、手を握ってもらうだけで、凄く凄く嬉しくなる。並んで歩くと、ちょっとだけドキドキする。
もうすぐ藍の家が見えてくるが、家に着いたら、こうして手を繋いでいられる時間も終わりだ。藍には、それが少し残念に思えた。
藍にとって優斗は、お兄さんみたいな人で、いつも守ってくれる人。優しくて、憧れていて、そして、一番大好きな人だった。