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初恋と幽霊  作者: 無月兄
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ユウくんが家に来る4

 家を出て学校へと向かう藍の隣には、やはり優斗の姿がある。

 優斗と並んでの登校ということで、少なからずドキドキしているが、それ以上に気になることもあった。


 先ほどリビングで両親から言われた、いつもより身支度が早いだの、普段は寝癖だらけだのと言った言葉。それらは当然優斗も聞いているはずだが、いったいどう思っているだろう。

 藍が少し不安になっていると、優斗はこう言ってきた。


「なあ、藍。今朝の藍がいつもと違ってたのって、やっぱり、俺に気を使ってたから?」

「ち……違っ……」


 とっさに否定するが、動揺しているのが自分でもわかる。これではいくら否定してもちっとも説得力がない。

 もちろん優斗も、それが嘘だとすぐにわかったようだ。


「そうだよな。藍だって見られたくない所はあるよな。ごめんな、気付いてやれなくて」

「そ、そんなことないから」


 気まずさと、見透かされたことに対する恥ずかしさが相まって、優斗の顔がまともに見れなくなる。俯く藍に、もう一度優斗が謝罪の言葉を告げた。


「本当に、ごめんな」


 その言葉にはさっき以上に、重さと、どこかしんみりしたような雰囲気があった。そんな様子の変化を察し、藍は僅かに顔を上げた。


「昨日アイツに、三島に言われたんだ。藍ももう高校生だって」

「三島に?」


 それは、藍から離れたところで交わした二人の会話だった。


「言われた時は、そんなことわかってるつもりだったんだ。俺の知っている頃とは違うって。でも、今目の前にいるのは藍なんだって思うと、つい同じような感覚になる」


 優斗の言っている通り、彼の藍に対する接し方は、小学生だった頃のものとほとんど変わっていなかった。

 亡くなった瞬間意識が途切れ、昨日幽霊となった優斗にとって、藍が小学生だったのは、ほとんど昨日の出来事のようなものなのだろう。

 だが実際に高校生になっている藍にとっては、その扱いに途惑う事だってある。それは紛れもない事実だ。


「ダメだよな。藍だって変わってるってのに、俺だけがあの時のままで、正しい距離がわからなくなる。でも、藍の迷惑になるようなことはしたくない。付き合い方を、間違えたくない」


 藍ももう、小学生の頃の彼女じゃない。優斗も、頭ではそれを理解しているからこそ、こうして悩んでいるのだろう。

 だがその時、藍の声がさらに続けようとする優斗の言葉を遮った。


「迷惑なんて、思ってないから」

「藍……」

「私だって、正しい距離なんてわからないよ。もう子供じゃないんだし、前と同じじゃダメなのか、それとも変わらないままで良いのか。だから、ユウくん相手にどう話せばいいのか分からなくなったり、緊張したりする時もある。でもね、だからってユウくんを迷惑なんて、絶対に思ってないから」


 戸惑っているのは、確かに本当だ。だが今言った気持ちも、紛れもない本心だった。

 例え、どうしようと困惑することはあっても、優斗自体を迷惑だと思ったことは、一度だって無い。


「二人で見つけていこうよ、今の私達の関係を」


 それを聞いて、優斗は何も答えないでいる。ただ一言も発することなく、手で顔を隠すように目元を押さえた。


「ユウくん、どうしたの? 大丈夫?」


 もしかしたら、何か変な事を言ってしまったのだろうかと不安になる。だが覆っていた手を外した優斗の顔は、思いの外嬉しそうに微笑んでいた。


「驚かせてごめんな。でも、藍がこんな事を言えるようになったんだと思うと、何だか込み上げてくるものがあって」


 何だか、兄というよりも父親目線ではないかと言いたくなるような事を言う。

 そんな優斗を見て藍は思わず苦笑する。こんな事で一々感激するあたりが、二人の感覚のズレに他ならないのだが、今それを言っても無駄だろう。


「それに、藍に迷惑がられてるんじゃないって分かってホッとした」

「迷惑なんかじゃないよ。ユウくんがいてくれて、すごく嬉しいもの」


 ホッとしたのは藍も同じだった。せっかく再会できた優斗との関係を、こんなことでギクシャクさせるのは嫌だった。だから、ちゃんと気持ちを伝えられて良かった。


「それで、今の藍と一緒にいる上で、俺がこれから気を付けなきゃいけないこととかある?」

「うーん」


 言われて考えてみるが、具体的に例を挙げろと言われても、急には難しい。

 だけど、もしこのまましばらく優斗が成仏することなくこの世にいるのなら、寝泊まりは昨夜と同じく藍の家、藍の部屋の押し入れということになるだろう。他にも、自然と近くにいることも多くなってきそうだ。

 別にそれは嫌では無いし、優斗の役に立てるのもそばにいてくれるのも嬉しい。だけどそうなると、やはりある程度の線引きは必要だろう。でないと心臓がもたなくなる。


「……とりあえず、朝起きるのは私の準備が終わるまで待っててくれる? その……起きてすぐは顔も洗って無いし、髪もボサボサだし……」


 顔を赤くしながら、途切れ途切れに言葉を繋ぐ。本当は、そういう寝起きの話をするのだって、けっこう恥ずかしい。だけど毎日理由も告げずに、押し入れの中で待ってもらうわけにもいかないだろう。


「ああ、そうだよな。わかった、藍がいいって言うまでは絶対に出て行かないよ」


 恥ずかしさいっぱいに言った藍とは対照的に、優斗は実にあっさりと頷いた。それを見て、若干複雑な思いを抱く。


(もう小学生の頃とは違うってわかったなら、少しはドキッとしてくれてもいいのに。これじゃまるで、思春期の妹の悩みを聞いてやるお兄ちゃんって感じだよ。ううん、ユウくんにしてみれば、まさにその通りなんだよね)


 高校生になったことで、妹とは違う別の関係になるかもと思ったのだが、おそらく優斗にとっては、小学生の妹が高校生の妹になったという感覚なのだろう。


 いかに新しい距離感を見つけようとしても、妹扱いそのものは、簡単には変わりそうにない。

 だけど、自分が優斗にとって妹だというなら、一つくらい我儘を言ってみたくなった。


「ねえ、手を繋いでいい?」


 それは、今みたいに二人で並んで歩いた時は、ほとんど常にやっていたことだ。そして何の気兼ねもなくそれが出来たのは、妹と言う立場だから出来る特権だった。

 もっとも、例え兄妹だろうとこの歳になってまで手を繋ぐというのはあまりないと思うが。


「手を繋ぐのはいいのか?」


 優斗も同じことを思ったようで、念のため確認をとってくる。


「良いかどうか、それを決めるためにやるんだよ」


 もちろんそんなのはただの口実だ。普通なら、手を繋いで歩くなんて、しかもそれをこんな通学路でやるなんて、簡単にはできないだろう。もし人に見られでもしたらどうしていいのか分からない。

 だけど今、他の人には優斗の姿は見えない。だからこそできたお願いだった。


「それじゃ、どうぞ」


 差し出された優斗の手に、藍は自分の手を重ねた。もちろん優斗に触れることはできないのであくまで繋ぐふりになるけど、それでも確かに繋いでいるような気分になる。

 だから、例え手に何の感触も無くても、ドキドキする。初めて自分が優斗を好きなのだと自覚した時と同じように、胸が高鳴った。


(やっぱり私、今でもユウくんが好きなんだな)


 それはこれまで何度も繰り返し思ってきたこと。それでも、また改めてそう思う。

 今の二人の関係は兄と妹のようなもの。それは間違いなかったし、そんな関係を心地よくも感じている。

 だけど兄妹とは違う、この秘めた想いを満たせるような関係にもなってみたかった。それはまだ優斗が亡くなる前から、亡くなった後だって、ずっと心に残っていた想いでもあった。


「それで、こうやって手を繋ぐのは、これからもやっていい?」

「えっ……?」


 優斗の質問に、藍は少しだけ困る。

 手を繋ぐのは、もちろん嬉しい。だけど今回それができたのは、それまでの空気や勢いがあったからだ。いつもとなると、ちょっと恥ずかしい。


「えっと……恥ずかしいから、いつもは無理」


 その言葉がショックだったのか、優斗の表情がわずかに固まる。だけど藍はそれからさらに続けた。


「だけど、たまになら繋ぎたいな」


 そうして藍はイタズラっぽく笑った。

 藍だって本当は、いつも手を繋いでいたい。だけどいくら人には見えないとはいえ、常にやるにはハードルが高いのも事実だった。だから、たまにだ。


「じゃあ、今こうしてるのは『たまに』なのか?」

「『たまに』、だよ」


 その『たまに』が、いつどれくらいの頻度で訪れるのかは藍にも分からない。明日かもしれないし、当分先かもしれない。だけど今は、それを十分に堪能したかった。


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