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初恋と幽霊  作者: 無月兄
18/48

ユウくんが家に来る3

「眠れなかった……」


 翌日、藍が布団を出たのは、目覚ましが鳴るよりもずいぶんと早い時間だった。それだけでなく、昨夜も布団に入ってから目を閉じるまで、随分と時間がかかった。と言うか、さっきの言葉通りほとんど眠れていなかった。


 にもかかわらず一向に眠気を感じないのは、きっとそれ以上に興奮と緊張があるからだろう。

 一度目を閉じ、ゆっくりと昨日の出来事を思い出す。


 亡くなった優斗が幽霊となって現れ、色々あって家に泊まることになった。改めて振り返ると、まるで現実感の無い話だ。

 もしかしたらあれは全て夢なんじゃないかと思ってしまうが、確かに現実だったはず。

 それを確かめるため、藍は布団から起き上がると押入れに向かって声をかけた。


「ユウくん?」


 いろいろ話し合った結果、結局優斗は、藍の部屋にある押し入れの中で寝ることとなった。優斗の分の布団を自分の隣に並べて敷くというのも考えたが、もし両親が部屋に入ってきた場合、ごまかすのが難しい。というか、それ以前の問題で無理だった。


 いくら幽霊になって触れることができないとはいえ、ずっと好きだった人とそんな状態になって耐えられるほど、藍の心臓は丈夫じゃない。


 実は、同じ布団を使うこともちょっぴり頭をよぎったのだが、緊張して混乱していた故のものだろう。昔、泊まりにきた優斗の布団にもぐりこんだ事はあるが、今となっては、それを思い出すだけでも恥ずかしかった。


 その点、押し入れなら親の目も届きにくいし、扉による敷居もあるから、精神的にも違う。押し入れの中には使っていない予備の布団と枕を置き、簡易式のベッドのようにしてある。有名なネコ型ロボットのやっているアレと同じだ。


 当初、藍は自分が押入れを使うつもりだったが、迷惑かけてるのは自分なのだからと優斗が断固反対し、それに押される形となった。

 そんなこんなで優斗の寝床が決まったのだが、扉一枚で隔てられているとはいえ、すぐ近くで優斗が寝ていると思うとドキドキしてきて、それは一夜明けた今でも続いていた。


 落ち着こうと深く深呼吸をして、もう一度、彼の名を呼ぶ。


「ユウくん、起きてる?」


 少しだけ待った後に、声が返ってきた。


「藍? 起きてるよ、もう朝?」


 優斗の声だ。それを聞いて、藍はようやく、あれが現実だったという実感がわいてきた。

 そして声が聞こえてきたのと同時に、優斗の手が扉を突き抜けてくるのが見えた。物に触れられない優斗は自力で押し入れの戸を開け閉めできないので、出入りする際はこんな風になる。驚くべき光景ではあるが、それが優斗なら別に怖いとは思わなかった。


 だが優斗が出てくるのを見て、藍は今、自分がとても重大な問題を抱えている事に気づいた。


「ま、待って!」


 とっさに叫ぶと、それを聞いた優斗の動きが止まる。既に両腕はほとんどこちらに出てきてはいるが、顔はまだ扉の向こうにあった。

 それを見て、藍はホッと胸をなで下ろす。


「どうかしたか?」


 優斗は、待ってという藍の言葉通り、律儀にその体制を保ったままだ。戸惑うような声が、扉越しに聞こえてくる。


「ごめん。もう少しだけ、中に入っててもらっていい?」

「──? いいけど」


 藍の言葉を受け、とたんに優斗の手は押し入れの中へと引っ込んでいった。


「本当にゴメンね。すぐすむから」


 申し訳なさそうに言った後、優斗の姿が完全に見えなくなったことを確認し、息をつく。

 何とかこの恰好を見られずにすんだ。そんな思いを込めた、安堵のため息だ。


 今の藍の姿は、シワの寄ったパジャマに、洗う前の顔。それに、直していない寝癖と、まさに寝起きそのものだった。


 昨夜寝る直前、お風呂上がりでこの部屋に入った藍はパジャマ姿だった。その時でさえ、恥ずかしさのあまり優斗とまともに目を合わせる事が出来なかったのだ。その上こんな格好まで見られてしまったら、今度は死んでしまうかもしれない。


 自らの命を守るため、まずは素早く部屋を出て、顔を洗いに洗面所へと向かう。それが終わると、次は制服への着替えだ。扉一枚を隔てた先に優斗がいるかと思うと、そこにもまた恥ずかしさを感じるが、中にいるよう頼んであるので、今このタイミングで顔を出すような事はないだろう。


 最後に髪を櫛で梳いた後、リボンで束ねてポニーテールにする。できればもっともっと時間をかけて念入りに整えたいところだったけど、それだとより優斗を待たせてしまう。相反する二つの想いに挟まれながらも何とかそれを終わらせると、ようやく、再び優斗に向かって声をかけた。


「ユウくん、もういいよ。待たせてごめんね」


 その声が届いたのだろう。返事が聞こえたかと思うと、先ほどと同じように押し入れの扉をすり抜け優斗の手が、そして今度は全身が出てきた。


「おはよう、藍」


 優斗は、理由を告げずに待たせた事には何も言わず、爽やかな顔で朝の挨拶をする。ちなみに優斗の格好は、寝る時も今も、昨日と同じ学校の制服だ。服も優斗と同じく実体を持っていないので、汚れることもシワが寄ることもないのだと、昨日啓太が言っていた。


 ただし、一番上に羽織っていたブレザーだけは消えていた。あれを着たままだと寝にくそうというのが優斗のイメージの中にあったのだろう。


「おはよう、ユウくん」


 藍も優斗に向かって挨拶を返す。だけど何だか、今日は早くも一日分の疲れを体験したような気がした。


 それから、藍が優斗を連れてリビングに行くと、すでに母親がテーブルの上に朝食を並べはじめていた。よく考えると優斗はここに来る必要はないのだが、なんとなく藍についてくる形となっていた。


「おはよう」

「お父さん、おはよう」


 藍達と同じく、今起きてきたと思われる父親がやってきて挨拶をする。藍もそれに返事をしたのだが、父親はそんな藍の格好を見て首をかしげる。


「あれ、今日はもう着替えてるのか? いつもなら、まだ寝間着のままのはずだろ?」


 その発言にギクリとする。父親の言う通り、普段藍が制服に着替えるのは、朝食を済ませた後だった。藍はその質問に答えるよりも先に、チラリと優斗を見る。わざわざいつもより早く着替えたのは、もちろん優斗の目を気にしてのこと。だけどそれは、できることなら本人には知られたくない。


「中学の頃とは家を出る時間も変わるし、早めに準備するようにした方が良いかなって思ったの」

「出る時間って、ほとんど変わってないだろ?」

「少しは変わったでしょ」


 果たしてこんなので納得してくれただろうか? だがとりあえず、父は首を捻っただけでそれ以上は聞いてこなかった。

 できればこのまま何も言わないでほしい。そう思いながらテーブルにつくと、母がまだ運び終えていない朝食をまとめてお盆に載せてやってきた。そして、藍を見て言う。


「あら、もう着替えてるなんて珍しい。髪だって、普段ならまだ寝癖だらけなのに」

「~~~~~~っ!」


 藍は声も無くテーブルの上にうつ伏せ、それを見た両親は何事かと顔を見合わせていた。



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