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初恋と幽霊  作者: 無月兄
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ユウくんが家に来る2

 啓太と別れた藍たちが家に帰ると、中にいた母が出迎えた。この時間だと両親揃って店に出ていることも少なくないのだが、今はたまたまお客さんが途切れているようだ。


「お帰りなさい。部活どうだった?」


 藍が軽音部に入ろうとしている事は両親にも話してあるし、今日見学に行ったのも知っている。だけどまさか、そこで幽霊となった優斗と再会したとは考えもしないだろう。


「うーん、色々あって、ちゃんと始めるのは明日からになった」


 優斗のことを除けば、話せるような内容などほとんど残っちゃいない。とりあえずごまかしてみるが、母親も特におかしいとは思わなかったようで、それからいくらか言葉を交わした後、店の方へと行ってしまった。

 母親の姿が見えなくなったのを確認した藍は、それから、隣にいた優斗に目を向ける。


「おばさんも、俺のこと見えていないみたいだな」

「うん。三島の言ってた通り、知り合いだからって見えるわけじゃないんだね」


 実は先ほどの会話の最中も、優斗はずっと藍の隣にいたのだが、母親は声を掛けることも、目を向けることもなかった。

 こうなるだろうというのは予想していたが、藍には優斗の姿がはっきり見えるのだから、やはり少し戸惑ってしまう。


「とりあえず、中に入ろうか」

「あっ。その前に、一度おじさんの顔見てくるよ。見えなくても、挨拶くらいはしておきたいから」


 そうして優斗は、一度店へと向かう。それを見送りながら、藍は自分が緊張していることに気づく。

 かつては毎日のようにこの家に来ていた優斗だが、今回はずいぶんと久しぶりだ。おまけに、優斗の姿は両親には見えないのだから、応対は全て自分でやらなければならない。

 何より、小学生の自分と今の自分とでは、好きな人が家にくるという意味の大きさが、まるで違うような気がした。


 しっかりもてなさなれば。そう思っていると、間もなくして、優斗が店から戻ってきた。


「お茶淹れてくるからちょっと待っててね」

「えっ? でも……」

「いいから、ユウくんは座ってて」


 優斗をリビングに座らせ、台所へ向かう。喫茶店をやっている両親の影響で、藍も同年代の子よりは紅茶やコーヒーに詳しいという自負はあったし、何より優斗の好みなら今でも覚えている。きっと大丈夫だ。


 間もなくして、カップを乗せたお盆を優斗の元へと持って行ったのだけど、それを見て優斗は困った顔をした。


「ごめん。俺、物に触れないから、飲んだり食べたりする事もできないみたい」

「あ……」


 カップへと伸ばした優斗の手は、それを掴むことなく突き抜けるばかりだ。


「ごめんな、せっかく淹れてくれたのに」


 優斗は申し訳なさそうに言うけど、藍にして見れば、気づかなかった自分が間抜けだったとしか言いようがない。こんなこと。少し考えればわかるのに。


「ご……ごめんなさい」


 消え入るように言いながら、藍は穴があったら入りたくなった。


 幽霊である優斗が物を食べられないというのは、もちろん夕食であろうと変わらない。

 夕飯時には両親が忙しいというのは今も変わらず、藍と優斗の二人で食卓を囲むことになったが、何も食べない優斗を前に、藍だけが食事をとるという光景が展開されることとなった。


「ごめんね、私だけ食べて」

「いいって。藍が謝ることじゃないだろ」


 優斗がそれを気にする様子が無いのがせめてもの救いだが、やはり藍にしてみれば少々やりにくい。


 ちなみに、今の藍は、制服から着替え部屋着を着ている。普段は家の中でどれを着るかなんて特に考えること無く決めるのだけど、今日は少しだけ時間がかかった。一番可愛く見えるのはどれかと、あれこれ迷っていたからだ。もちろん優斗の目を気にしてのことだった。


 高校生となった今、優斗の目に自分がどう映っているか、前よりもずっと気になってしまう。そのせいで、気がつけば藍は、箸を止めてじっと優斗を見つめていた。

 だが、そんなに見つめていては、気付かれないはずが無い。


「俺の顔に何かついてる?」

「えっ!いや……その……」


 まさか、今何を考えていたかなんて言えやしない。しどろもどろになりながら、それでも何とかして言葉を繋ぐ。


「夕飯を食べる時、一人じゃない事ってあんまりなかったから。つい……」


 とっさにそんな言葉が出てきたのは、それがある程度本心だったからだ。優斗が亡くなって以来、夕食をとるのはほとんど一人になってしまったので、この場に自分以外の人がいるというだけでも珍しかった。


「寂しくなかったか?」

「まさか。ご飯のとき一人だからって、もう平気だよ」


 子供の頃ならまだしも、もうそんな歳でもないし、両親だって常に店にいる。だけど確かに、平気で無かった時期もあった。


「でもユウくんがいなくなってからは、少し寂しかった」


 それは、一人でいるのが寂しかったのでは無い。それまでいてくれた優斗がいなくなってしまったことが寂しかった。いつも近くにいた人が消えてしまったという喪失感は、まるで胸にぽっかりと穴が開いてしまったようだった。


「藍……」


 切なげに声を漏らす優斗だったが、藍はあえて、そんな雰囲気を打ち消すように明るい調子で言う。


「だから今こうしてユウくんがいてくれて、凄く嬉しいの」


 そうして笑顔になると、それにつられて優斗も笑った。今のセリフを言うのは少し恥ずかしかったけど、言えて良かった。

 食事が終わると、食器を台所に運んで、洗い物へと取り掛かる。


「俺も手伝えれば良かったんだけど」

「食べたのは私なんだから、自分で片付けるのは当然でしょ」


 どうやら優斗は、藍ばかりが動いて自分は何もできないのが嫌なようだ。だが中学校に上がるくらいから後片付けは藍の仕事になっているので、もう慣れたものだ。


「洗い物、終わり。次は、ユウくんが寝るための布団を用意しないと」


 だがそう呟いた時、藍は一つの問題に突き当たることになる。


(布団って、どこに用意すればいいの?)


 この家にもたまに泊りがけのお客さんが来た時に使う部屋がある。生前に優斗が泊まっていた時は主にそこを使っていたのだが、そんな所に布団を用意したら、すぐに両親に見つかって、どうしたのかと問われるだろう。それはまずい。


 それなら布団は諦め、優斗の姿が見えないのをいいことに、リビングに置いてあるソファにでも寝かせるか。

 それもダメだ。わざわざ呼んでおいて、そんな失礼な扱いなんて出来ない。やっぱりちゃんとした所に寝てもらわないと。


(でも、それじゃどうすればいいんだろう?)


 悩みながら、藍は探した。この家の中にある、勝手に布団を用意しても両親には気づかれそうにない場所を。そして考えた末、その条件に当てはまる場所を一つだけ見つけた。


(私の部屋だ!)


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