再会4
それから優斗は、藍の持っているベースへと目をやる。
「それにしても、まさか藍が音楽を始めているとは思わなかったよ。それも、俺の使ってたベースでなんて」
藍が軽音部に入ろうとしていることは、ここに来るまでの間に伝えてあった。
「ごめんね。勝手に貰っちゃって」
「そんなことないって。むしろ、藍がもらってくれて嬉しいよ。どれくらい弾けるんだ?」
「えっと……」
優斗が興味深げに聞いてくるが、藍はほとんど初心者。とても、胸を張って言える自身はなかった。
「初めてまだ半年くらいしか経ってないから、全然だよ」
「半年か。なら、始めたのは俺より早いな。俺は高校に入ってからだった」
言われて思い出す。優斗がこのベースを買ったのは、高校に入ってからしばらくしてからのことだった。
「ユウくんは、どうしてベースやろうと思ったの?」
藍の知る限り、中学生の頃の優斗は、特別音楽に興味を持っているわけでは無かったと思う。そんな彼がどうしてベースを始めたのか、思えばちゃんと聞いたことはなかった。
「同じクラスの奴に誘われたんだ。とにかく音楽が好きで、バンド組みたいから軽音部入ってくれって、クラス中に声をかけて回るような奴だった」
「そうなんだ」
藍もこれから部員を勧誘する機会があるかもしれないので、その積極性はぜひとも見習いたい。
だがそう思ったところで、優斗は、さらにこう言った。
「強引なやつだったよ。興味無いって言ってもしつこく誘ってくるし、俺がベース担当になったのだって、自分はギターやるからお前はベースだって、半ば無理やり決めさせられたからな。それを買うのは俺なのに」
「そう……なんだ」
なんだか色々凄い人のようだ。楽器を一から買うとなると、高校生の財布では厳しいだろうに。
だがそれを話す優斗は、どこか楽しそうだ。
「でもユウくん、すっごく張り切って練習してたよね」
「ああ。始まりは無理矢理でも、やっていくうちに、もっと上手くなりたいって思った。初めて一曲弾けるようになった時は、本当に嬉しかった」
しみじみと語る優斗は、これまで藍が一度もみた事の無いような顔をしていた。
この軽音部でそんな素敵な思いをしていたんだと思うと、これから始まる軽音部の活動が、より一層のワクワクするものに思えた。
「私も、ユウくんみたいにたくさん練習するからね」
「ああ。頑張れ」
応援の言葉をかけながら、優斗はそっと藍の頭の上へと手を伸ばす。頭を撫でてくれようとしているのだ。
小学生の頃の藍は、優斗に頭を撫でられるのが好きだった。優斗もそれを知っていて、藍を褒める時や励ます時、事あるごとに藍の頭を撫でてくれていた。
だけど今、優斗の手は藍の頭に触れることなく、その体を突き抜けていく。幽霊となった優斗は物に触ることができないのだから、こうなるのは当然だった。
「やっぱりダメか。俺を見ることが出来る藍になら、もしかしたら触れるかもしれないって思ったけど、無理みたいだな」
手を引っ込め、残念そうに言う優斗。
「ごめんな。もう前みたいに撫でてやれなくて」
「も、もう子どもじゃないんだし、別にいいから」
気にしないと伝える藍だったが、実のところ、彼女も少し残念に思ってた。
もう頭を撫でられて喜ぶような歳でもないのに、もう以前みたいに撫でてもらえないんだとおもうと、思いの外寂しかった。
だけどそんなことを言って困らせるわけにはいかない。
だが優斗は、少し考えた後、再び藍に向かって手を伸ばす。
「じゃあ、これならどうだ?」
優斗の手が、藍の頭に触れるか触れないかくらいの場所で、一度止まる。それからゆっくりと、手の平を前後に動かした。
傍から見れば、確かにそれは、優斗が藍の頭を撫でているように見える。
もちろん実際には触れられないのだから、いくらやったところで、手の感触は伝わらない。だがそこには、何とかして藍に喜んでもらいたいという優斗の思いがあった。
藍だってそれがわかるから、本当に撫でられた時に負けないくらい、ドキドキした。
「あ、ありがとう───」
それからしばらくの間、優斗は触れられない手で、藍の頭を撫で続ける。
そんな中、不意に、部室の入口の方から、ガチャリという音が響く。
見ると、部室の扉が開き、一人の男子生徒が入ってきた。
三島啓太だ。
「悪い。遅れ、た……」
藍に向かって声をかける啓太。だが、詰まるようにその言葉が途切れる。そして、なぜか大きく目を見開き、こちらを凝視する。
「三島……?」
どうしたのだろうと、不思議に思う藍。だがその時になって気づく。今自分は、優斗に頭を撫でられている最中。部室にやってきて、いきなりこんなものを見たのでは、驚くのも無理はない。
と言うか、藍もかなり恥ずかしい。
「あっ……み、三島、これはね……」
慌てる藍だが、何をどこから説明すればいいのかわからない。
頭を撫でられている経緯か、それとも、優斗が幽霊だということからか。
だが、そこで再びおかしなことに気づく。
幽霊である優斗は、自分以外の人には姿が見えない。そう思っていた。
だが啓太は、間違いなく、自分達を見て驚いている。
ハッとしたところで、啓太が目を見開いたまま、今度は口を大きく開く。
そして、叫ぶ。
「なんでそいつがここにいるんだよーーーーっ!」
啓太の絶叫が、校舎の一角にこだました。




