再会3
イスに腰かけたところで、藍はホッと息をつく。そしてその正面には、優斗がいた。
場所は再び軽音部室。思わぬ形で優斗との再会した藍は、彼を連れて、またここに戻ってきた。
元々、入部届けを出すため職員室に行こうとしていたが、それは後回し。それより、優斗ともっと話がしたかった。
「本当に、ユウくんなんだよね」
目の前にいるのに、未だに信じられない。もしかしたら、夢を見ているのではないかと思ってしまう。
「俺も驚いてるよ。さっきも言ったけど、やっぱりこれって、幽霊ってやつなのかな?」
「多分……」
何しろ、彼はとっの昔に亡くなった身。なのにこうしてここにいるのだから、それしか考えられない。
その証拠に、と言っていいのかわからないが、彼の体はうっすら透き通っていて、いかにも幽霊のイメージにピッタリだ。
それに、幽霊ならではといった特徴なら、他にもあった。
階段を上ってこの部室に来る途中、二人は他の部活の一団とすれ違った。彼らは邪魔にならないよう、藍を避けながら歩いていたが、その近くにいた優斗に関しては、全く気にも止めていなかった。
そして、その中の一人が優斗とぶつかったのだが、彼の体や持っていた荷物は、優斗をすり抜け、何事もなかったように歩いていった。
「どうやら俺は、藍以外の人間には姿が見えないらしいし、人や物に触ることもできないみたいだな」
その後、優斗は彼らを追いかけ、自分に気づかないかと正面に立ってみたのだが、やはり彼らは優斗を無視し、その体をすり抜けていった。
それは、マンガやドラマに登場する幽霊としては、よくある設定といっていい。だが実際にこうして目にすると、ただただ驚くばかりだ。
そんな彼を見ながら、藍は一つ質問する。
「ねえユウくん。ユウくんは、幽霊のまま何年もここにいたの?」
もし優斗が亡くなってすぐに幽霊になったのなら、そういうことになるだろう。
だが彼を見ていると、とてもそんな風には思えない。
すると、優斗は、予想通り首を横にふる。
「違うよ。俺が幽霊になったのは、ついさっきだと思う」
「さっき?」
確かに何年も幽霊をやっているようには見えなかったが、ついさっきとなると、本当に幽霊に成り立てなのだろう。
すると今度は、優斗が藍に聞いてきた。
「ねえ、藍。藍は、俺がどうして死んだのか知ってる?」
「……うん。授業が終わって部室に行く途中、階段から落ちたって」
かつて母親から聞いた話を、そのまま伝える。思い出す度に辛くなり、それでも決して忘れる事の出来ない記憶だ。
「うん。だいたいそんな感じ。ごめんな、嫌なこと思い出させて」
優斗は申し訳なさそうな顔をして、それからゆっくりと、自分のことを話し出す。
「藍の言う通り、階段から落ちたことは覚えてる。だけど、俺の意識はそこで一度途切れたんだ。階段から落ちて、痛いって感じた瞬間、プッツリとね。でもその時、自分がここで死ぬんだってのはわかった。理屈でなく感覚で、これが死なんだって理解できたような気がした」
淡々と語る、という言葉がピッタリだった。
優斗は嘆くわけでも悔しがるわけでもなく、自らが死んだ時の状況を静かに伝える。
「次に気がついた時、俺はあの階段下に立っていた。自分は死んだって感覚が残ったまま。それと、死んでから結構時間が経ったって言うのも、なぜかわかった。って言っても、まさか何年も経っているとは思わなかったけどね」
「そうなんだ」
藍はあいづちを打ちながら、それ以上なんと言葉をかけていいかわからず、迷う。
死んだと思って、気がついたら幽霊になっていて、しかも何年も経っている。こんな相手にどう言えばいいのかなんて、全然わからない。
そうして、やっと言ったのがこれだった。
「辛く……なかった?」
わざわざこんなこと聞くなんて、無神経だったかなと不安になる。
だけど優斗に気を悪くした様子は一切なかった。
「どうだろう。寂しいって気持ちが全く無かったわけじゃないけど、そこまで落ち込んだりはしなかったな。ああ、そうなんだって感じだった。でもね……」
そこで初めて、優斗の表情が変わった。それて自分の死の瞬間を語った時よりも、ずっとずっと真剣に見えた。
「そんな風に思っていると、目の前に一人の女の子がいたんだ。なんだかとても苦しそうにしていて、それを見て、何とかしなきゃって思って、声をかけた」
「それって……」
優斗の語る女の子。この状況で出てくる子なんて、一人しかない。
「藍のことだよ」
そこまで言ったところで、優斗は少しだけ、イタズラっぽく笑う。
「だけどそれがまさか藍で、しかも高校生になってるとは思わなかったから、本当に驚いたよ。もしかすると、藍が俺をここに呼んでくれたのかもしれないな」
「えっ?」
ニコッと笑いながらそんな事を言われると、何だか少し恥ずかしい。
それに耐えられなくなって、話をそらそうとする。
「え、えっと……背、伸びたでしょ」
「ああ。それと、綺麗になった。最初藍だってわからなかったのは、そのせいだよ」
「ふぇっ⁉」
すぐに藍だとわからなかったのが悔しかったのか、少し不満そうな優斗。だが藍にしてみればそれどころじゃない。
だって、好きな人から、いきなり綺麗なんて言われたのだ。胸がドキリと高鳴り、顔がカッと熱くなる。
だが優斗はそんな藍の心中も知らず、再びにこやかな笑顔を浮かべた。
「だけどこうして話してみて、やっぱり藍なんだなって思ったよ。可愛くても綺麗でも、藍は藍だ」
「────っ!」
どうやら優斗は、可愛いや綺麗と言うことに対して、なんの抵抗もないようだ。
思えば彼は、小学生だった頃の藍に対しても、何度も何度も可愛いと言ってくれていた。この綺麗も、多分それと大差はないのだろう。
いくら妹みたいな存在とはいえ、高校生になった今でも同じ感じで言うのはどうなのだろう。
そう思いながらも、綺麗と言われたことには、やっぱりドキドキせずにはいられなかった。




