再会2
「なんで? どうして?」
目の前にあるものが信じられなかった。
当然だ。有馬優斗はずっと昔に亡くなっていて、葬儀にも出席した。
なのに、彼は今、あの頃と変わらぬ姿で自分の前に立っている。その事実をどう受け止めればいいのかわからず、ただただ困惑するばかりだ。
最初は幻を見ているのかと思ったが、それにしては、いつまでたっても消えてくれない。
「……藍?」
優斗が、もう一度名前を呼ぶ。だがその直後、困惑する藍を見て、慌てたように言った。
「あっ、ごめん。君が知っている子に似てたから、つい。いや……似てるのかな? 背も歳も、全然違うのに……」
優斗は優斗で、途惑うように首をかしげている。どうやら目の前にいるのが藍だと気づかず、自分が的外れな名前を呼んだから困っているのだと勘違いしているらしい。
だが、気づかないのも無理はない。
優斗が亡くなってから今までの歳月は、藍の姿を大きく変えるには十分な時間だった。
背は伸び、顔つきも年相応に大人びて、伸ばした髪はリボンで纏めてポニーテールにしてある。
むしろ、最初に名前を呼んだ事の方が不思議なくらいだ。
けれど、それをきちんと説明する余裕は無かった。
訳のわからないこの状況。他にも言いたいこと、聞きたいことがたくさんあって、何から話せばいいのかわからない。
それでも、このまま黙っているのは嫌だった。
どうしてこんなことになっているかはわからない。だけど、せっかくこうしてまた会えたというのに、言葉も交わさないまま無駄な時を過ごしたくは無かった。
何か話さなきゃ。そう思いながら、もう一度優斗の姿をまじまじと見つめる。そして、小さく声を上げた。
「体、透けてる」
一見しただけでは分からなかったが、よく見ると、優斗の体は薄っすらと透き通っていて、微かに向こう側の景色が見えていた。
「本当だ」
それは、優斗自身も気付いていなかったようだ。藍の言葉を聞いて、興味深げに自らの体を見ている。
そして、その透き通った体を一通り確認すると、改めて藍へと向き直った。
「えっと、驚かせちゃったかな? 俺のこと、怖いと思ったならごめんね」
優斗はそう言って頭を下げるが、別に怖いとは思わない。それよりも、驚きの方が遥かに勝っている。
「こんな事言うと変な奴って思うかもしれないけど、どうやら俺は、生きてる人間じゃないみたいなんだ。幽霊ってやつかな?」
「幽霊……」
幽霊。その言葉だけを聞くと、突拍子も無い事を言っているように思えるかもしれない。だけど、やっぱりそうなのかと、藍は納得した。
だって、死んだはずの人間が現れたのだ。これが夢か幻でもなければ、それが一番しっくり来る答えだ。
「と言っても、俺が死んでからどれくらい経ったんだろう。数日? それとも数年?」
死んだら時間の概念も変わってくるのだろうか。首を捻りながらそんな事を言っている。
その仕草は、藍の知っている優斗そのままだった。例え幽霊になっても、そういうところは何も変わらない。
「5年と、半年くらいかな」
そっと、優斗に正解を教える。それを聞いて、ブツブツ言っていた彼の声が、ピタリと止まった。
過ぎ去った年月に驚いたわけじゃない。
目の前の子がどうしてそれを知っているのか。それがわからず、不思議に思っているのだ。
「君は、だれ?」
藍はその問いに答える前に、自らの頭につけていたリボンに手をかけ、外す。パサリと音を立て、ポニーテールにしていた髪が解ける。
滑るように落ちて行った髪は、肩より少し下くらいのところで止まった。それはまるで、小学校の頃の藍の髪を、そのまま伸ばしたようにも見えた。
「藍!?」
ハッとしたように、優斗は再び藍の名前を呼ぶ。
ただし、さっきまでの困惑したような呟きと違って、今度のそれは、確信めいた力強さがあった。
それを聞いた瞬間、藍の目から涙が零れた。
「ユウくん……ユウくん……」
藍もまた、震える声で優斗の名を呼んだ。
その名を発する度に喉の奥が痛くなり、涙は止まることなくポロポロと滴り落ちる。
自分はずっと彼の死を引きずっていたのだと、未だその悲しみは消えていなかったのだと、改めて気づく。
けどだからこそ、今こうして会えたことが、とてつもなく嬉しい。優斗が名前を呼んでくれる度に、胸の奥が熱くなる。
「私、高校生になったんだよ」
滲む視界に優斗を捕らえながら、涙声で言う。だがその涙は、決して悲しいものじゃない。
涙でグシャグシャになった顔で、藍は確かに笑っていた。
それを見た優斗もまた、穏やかに頬を緩ませながら言った。
「大きくなったな。藍」
数年ぶりに見るその笑顔は、あの頃と変わっていなかった。そして、藍が優斗に抱く気持ちも、あの頃と何も変わってはいなかった。
藍にとって優斗は、お兄さんみたいな人。優しくて、憧れていて、そして、一番大好きな人だった。




