第5話 どこかに元カノが潜んでいる
来たる休日、ようやく西野に告白する記念日がやってきた。
気が早いが記念日とさせてもらおう。このときをどれだけ待ちわびたことか。
それもこれから全てが報われる。
無事に西野と恋人になった暁には人生の第二章が幕を開けることだろう。
しかし最後まで気は抜けない。前にも似たようなところまでいってお釈迦になったことが二度もあるからだ。
あれは惜しかった。思い出すだけで涙が出そうになる。
二の轍は踏まない。そのために用意周到な下準備してきたのだ。
「おう、また付き合ってもらって悪いな」
ショッピングモールのエントランスで、俺は一足先に到着していた替場へ声をかける。
「しっかりお洒落はしてきたみたいだな」
彼の指摘通り俺は普段の二倍くらい服装にお金と気合をかけている。
全身黒尽くめという愚は犯さず、明るい色を適度にちりばめコーディネートしてきた。
入念な事前リサーチでわかった西野の好みに基づくものだ。
髪も予約しておいた美容室でカットしてきたばかり。その際「デートですか?」と話しかけられたので、もちろん「はい!」と満面の笑みをしておいた。
一方、彼のほうは引き立て役なだけあってやる気のないジャージ姿である。
「必ず成功させてみせる」
俺が意気込みを語ると彼は肩を竦める。いまいち深刻さが伝わっていないようだ。
「んで、どのあたりまで付き合えばいいんだー?」
「合図を出したら理由をつけて帰ってくれ。あとはふたりきりでうまくやる」
「なあ疑問なんだが最初からオレいらなくないか?」
「いるよ。いるいるぅ」
「しばらく西野と接触してないんだし元カノはもう気にしなくていいだろ」
「念には念をだ。この人込みの中に紛れているかもしれない」
俺は買い物を楽しむ客たちを見渡し絶えず目を光らせる。
「そこまでする必要あるのかね。だんだんお前の被害妄想な気がしてきた」
「替場はあいつのことをよく知らないからそんなことが言えるんだっ」
話しているとそこにもうふたり追加で来た。
サングラスに黒スーツという出で立ちだが、どちらも同じ桜坂高校に通う高校生だ。
山田と田中。それぞれ目印となる恰好をしている。
前者は一階のエスカレーター付近、後者は二階の手すり辺りに立っている。
「なんだあの怪しい奴らは。知り合いか?」
軽く頷き合っている俺たちに、替場が怪訝な顔をする。
「前に協力してもらった山田と、その前に協力してもらった田中だ。まあ替場の前任者みたいなもんだ。今回は友情出演ながら音声でサポートしてくれる」
ふたりにも聞こえるように言うと、片耳に挿入しているイヤホンから「今回こそ成功させよう」という励ましの言葉を頂戴する。
見ると替場がどん引きしていた。
「お前らの間に何があったんだよ」
「これまで多くの挫折があった」
しみじみ語り準備が整ったあたりで、いよいよメインヒロインが現れた。
西野花。清楚なワンピース姿で登場だ。
名に恥じぬ可憐な少女で、解語の花とはまさにこのことだろう。
制服姿も最高だが私服も最高だ。常に最高を更新している。
背伸びをしてつけてきた父親の腕時計を見ると、ちょうど約束の時間ぴったりだった。
「お待たせ。ふたりとも待った?」
小走りで駆けてきた西野が定番の台詞を述べたので、定番の返しを俺はする。
「ぜーんぜん。いま来たところさ」
「よかった。じゃあ今日どうしよっか」
「花ちゃんの行きたいところならどこでも。男ふたりが安全にエスコートします」
実際は野郎四人でなんだけど。
「なら服とか一緒に見て回ろうよ。私が選んであげる」
「では参りましょうお姫様」
おどけて腕を広げたとき、片耳のイヤホンに定期連絡が入る。
周囲に異常なし。ひとまず安心してデートを楽しんで大丈夫なようだ。
「でもよかった。またこうしていられて」
軽やかに歩き出すなり西野が嬉しそうに言う。
「何が?」
「ほら急に話さなくなったから嫌われちゃったのかなって思った」
「そんなわけないじゃん。ありえないよ」
「じゃあどうして?」
「勉強に集中したくて。ほら花ちゃん魅力的だから一緒にいると集中できなくてさ」
「またそんなことばっかり言ってー。つんつん」
ずっと黙っている替場が冷ややかな視線を寄越してきたが無視だ。
「ほんとほんと」
「もうテスト勉強はいいの?」
「もうばっちり。しっかり準備できた。予習も済んだ。あとは本番あるのみ」
「なら結果が楽しみだね」
結果はこのあとご覧に入れよう。
そのあと三人でとても充実したひとときを過ごすことが出来た。ささやかなプレゼントをし、お返しを買ってもらい、三人で遅めのランチ。
デザートには高級ソフトクリームのクレミアなるものを食す。それはアイスというより生クリームに近い感じで彼女を笑顔にさせるには充分な美味しさを誇っていた。
手っ取り早く喜んでもらうにはやはり食べ物が一番だ。自分が作ったわけでもないのに功績をあげられる。しかも加点は大きい。
全てが順風満帆、俺たちは着実にゴールへ進みつつあった。
「いつまで続けるんだ。だんだん苛々してきたんだが」
西野がトイレに立ったタイミングでベンチに座っている替場がちくりとコメントする。
「何を苛々することがあるんだよ。最高だろ。見ろ、世界は薔薇色だ」
「そりゃお前はな。それを延々と見せられてる俺の身にもなってみろって」
「そういうな。祝福してくれ。いまとてもいい感じなんだ」
「とっとと告白しろよ。いつ告白しても一緒だろうが」
「甘いな童貞よ。女の子と言うのはムードというものを大事にする生き物なんだよ」
「それどこのネット情報だ?」
「同じ告白でもいい雰囲気の中で花束を持って告白するのと、平常時に手ぶらで告白するのでは成功確率が変わってくる。ラインで告白なんて論外だ。これはセックスでも同じことが言える。ムードが大切なんだ。寸前まで普通に過ごしてていきなりやらせろって言っても無理だろ。だから下準備がいる。いまそれを作ってる段階だ」
「だからそれどこで得た知識なんだ?」
「ネットだよ」
「ネットだな」
聞きかじりでえらぶってどうもすみませんでした。
「バラの花束は既に用意してある。あと少ししたら決行だ」
「盛り上がってるところ申し訳ないが、オレからすれば告白なんてものはする前から決まってると思うね。よく公開プロポーズしたりとか、モブフラッシュ使ったりする話を聞くが、好きなもんは好きだし、嫌いなもんは嫌いだし、それは変えられんだろ。オレから言わせれば結果は最初から決まってて告白の仕方なんてぜんぶ自己満足だと思うけどな」
「え、そうなのっ」
え、そうなの?
「逆に気合の入りすぎたものだと断りづらい空気になって嫌がられるだろうし。そういう空気を作ってプロポーズすること自体が俺は女々しいと思うわ。オレが女だとしてモブフラッシュなんてされたら嫌だし、正々堂々と告白してほしいね」
「……やっぱモブフラッシュやめとこうかな」
「お前もやろうとしてたのかよっ」
俺は驚愕している彼からそっと離れてマイクで計画の一部中止を伝えておく。
そこで田中から悲報が届けられた。
「勘違いかも知れないがさっきお前の元カノらしき人物をちらっと見たような気がする」
「何だってっ。やっぱり来ているのか美穂乃は?」
「気のせいかも知れない。ほんの一瞬だったから」
「いや来ている。間違いない。奴はきっとこの建物のどこかにいる!」
全方位をチェックしたがそれらしき姿はこちらからも確認できない。だが絶対にいる。
「なんでそう言い切れるんだ?」
「感じるんだ。あいつの気配を」
「お前ちょっと怖いぞ」
怖いのはあっちだと言いたかったがやめておいた。
通信を終了させ俺は替場の元に戻る。
「もう時間がない。すぐ告白する」
「何かあったのか?」
「どうやら元カノが来ているみたいだ。決行を早める」
「直接見たのか?」
「いやはっきりとは。田中が見たような気がするらしい」
「見間違いって可能性は? さすがにこんなとこまでついてきてないだろー」
「感じるんだ。あいつは間違いなくどこかにいる」
「お前ちょっと怖いぞ」
同じことを言われてしまったところで西野が戻ってきた。
「遅くなってごめーん。何の話してたの?」
「男同士の楽しい話」
「んー、何の話なんだろ。教えてよ」
「さあなんだろうな」
和やかな応酬をしつつ俺は替場に例の合図を送っていた。
「ああっと、オレは野暮用を思い出してしまったぞ。ふたりには悪いがさらばだ」
わざとらしい言い回しは彼なりの精一杯の嫌がらせだろう。
引き止める間もなくさっさと彼は舞台から退場していく。
去り際、俺が親指を立てると彼は顔を顰めて舌を出していた。
健闘を祈る、というメッセージと受け取った。
「えっと、ふたりに、なっちゃったね。これからどうしよっか……?」
これは完全に受け入れ態勢オーケーの表情だ。雰囲気は悪くない。
急いでプランの修正を勘案していると、さらなる続報が鼓膜を叩いた。
「こちら田中。やはりさっきのは間違いじゃなかった。元カノがそっちに向かってる。くそ、また見失った。どこだ。まるでスパイみたいな身のこなしだ」
「こちら山田。こちらも確認した。だが人影に隠れて移動しているのか現在位置は特定できない。常に死角を把握してる。監視対象は前よりもパワーアップしてる。気をつけろ」
俺は剣呑な通信にもなるべく冷静を心掛ける。しかし脂汗だけは禁じ得ない。