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第4話 なんでもしてくれる

 大変に由々しき事態だ。ついに西野が元カノにターゲット認定されてしまった。

 本当ならすぐにでも西野へ告白してさっさと決着をつけたいところだが、過去にこれで失敗した例がある。とりあえず作ってしまえと焦った結果、軽い男として振られてしまったのだ。ことわざで言うところの、急いては事を仕損じるというパターン。

 それに、俺としてはいいムードの中で告白したいという願望があった。

 かといって猶予はあまりない。放って置いたら元カノが何をしてくるかわからないからだ。

 したがって告白はかなり前倒して次の土曜日となった。その算段を替場とつけて俺はひとりで帰る。

 叶うなら西野と登下校したかったが、しばしの我慢だ。仲良くないふりをしてデートの日まではなるべく接触しないほうがいい。寂しいがあと数日だけだ。

 だがこれで古歩には俺が諦めたように映るだろう。彼女が策士なら俺もまた策士なのだ。

 そんな勝算を胸に帰宅したが、俺は途端に脱力感に襲われ倒れそうになった。

 神経ガスにやられたのではない。むしろ食欲をそそるいい匂いがしたのだ。

 リビングへ行くとやはりテーブルの上に手作りと思しき料理がずらりと並んで湯気をあげていた。

 どう見ても出来立てだった。しかもタイミングばっちり。


「あいつちゃんと学校いってるのかよ……」


 何とも迷惑な行為だが、捨てるのも生産者に申し訳ないし、結局食べるしかない。

 彼女がそれも見越して作っているのだとしたら厄介だ。

 加えて悔しいことに美味いのだ、これが。

 付き合っていたときはこれをありがたがって俺は食べていた。

 未練がましく聞こえるだろうが親が不在の家庭では価値あるものだったのだ。

 そのとき喜んだ俺を彼女はいまだに忘れられないでいるのかもしれない。

 まるであれだ。一度おいしいと言ったらおばあちゃんがずっとそのお菓子ばっかり買ってくる現象。

 だが人は成長し変化する生き物である。いつまでも以前の俺と思わないでもらいたい。


「ふん、昔みたいに喜ぶと思うなよ」


 不承不承、俺は冷めないうちに夕食にすることにした。

 まずはケチャップでハートが描かれたオムライスから。

 スプーンの先でオムレツに振れるとばっくりと割れとろとろ黄身が広がる。

 そして一口すると広がる多幸感。


「相変わらずあいつの飯はうまいなぁ……あぁウマウマ幸せ」


 なんて感動していると、スマホに見知らぬ着信があったので出る。

 ネット通販で何か購入してたっけとボケた頭で考えていると聞き慣れた声が響いた。


「どうかな、りゅうくん美味しい?」


 思わず血反吐みたいな塊を吹き出す。

 食べたこと自体を否定したかったが、口にもう入ってしまっているので誤魔化せない。


「別に、全然うまくないけど。すげーまずいなこれ」


 さっきまでと言っていることがまるで違うがここで褒めるのは悪手だ。


「そっか、前は喜んでくれたのに」

「別れている間に味覚が変わったのかもな」

「じゃあ新しい味覚に合わせられるようにがんばるね」

「いや待て」

「うん待つ」


 待てと言われて待つくらい自身の行動に迷いがない。


「そういうのは恋人の役目なんだ。わかるよな?」

「わかった。がんばるね」

「いやお前はちっともわかってない。だからがんばるな。お前はもう何も頑張るな」

「口に合わないなら合うようにがんばるだけだよ」

「だからそういうのは――」

「ねえ、あの子はどうしたの?」


 おっとそっちが本題か。だがそちらも抜かりはない。


「ん、あの子? ああ、ツイッター見たらサイコパスだったから醒めた」


 耳を澄まし反応を窺う。何かを考えるような間がある。


「よかった。あんな子りゅうくんに相応しくないもんね」

「そうそう、俺には合わなかったみたいだな。十股とかするらしいぜアイツ、ゲロゲローだわ」


 こんなこと言ってごめんね花ちゃん。嘘だからね。


「そんな罰当たりだからツイッター乗っ取られるんだよ」


 なんでお前がそのことを知ってるんだろうな。

 だがうまくいった。往々にして自身に都合のいい情報には誰しも鈍感になるものだ。


「ますます私、りゅうくんに相応しい彼女になれるようがんばるからね」

「だからお前はもうがんばるな。というかどうやって家に入ったんだ? 鍵は業者さんに頼んで換えってもらったはずだぞ」

「あのね、最近ピッキングをマスターしたんだ」

「どこをがんばってるだよ」


 いけない。また元カノが進化している。


「でもこの前は二階の窓が開いてたからよじ登って入ったんだ」

「身体能力のがんばりもすごいな」

「でも言いつけ通り家には押しかけてないからね」

「いや家に入ってるだろ」

「見られてないからセーフだよ」

「それどういう理論?」

「りゅうくん、私また好きになってもらえるようにがんばるから」


 通話はそこで一方的に切られてしまった。

 彼女はもしかして宇宙人なのだろうか。

 昔からよくこうやって話が通じないことが多々あった。

 だが恐ろしいほど有能であることは間違いない。

 変装術、ピッキング、料理、ハッキング、身体能力。どう見てもただものじゃない。

 特に俺に対してだけは。

 俺はふと思い立ち食事を中断して席を立つ。

 案の定だ。浴室を覗くと綺麗に掃除されバスタブにお湯が張られていた。

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