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第3話 ツイッター乗っ取り事件

 緊張の登校編を終え校内に紛れても油断は禁物である。

 以前に一度、指定の制服を購入した元カノが朝礼に紛れ込んでいたことがあった。あのときの戦慄は忘れられない。

 何故フリーで恋人募集中の俺がこんな気苦労をしなきゃいけないのかわからないが、それもあと少しの辛抱だ。

 その努力の結晶とも言えるものが、この西野との明らかないい雰囲気である。


「花ちゃん、言い忘れてたけどさ、今日すごく可愛いね」

「えー、そうかなぁ?」


 自称イケメン風男子と、いやんいやんする清楚女子。

 休み時間、教室の窓辺にてご覧の有様である。

 周囲半径百メートル以内に不審者と思しきものはいない。存分に口説ける。

 他の男が近寄ってこようものなら彼女に見えない位置でこっそり威嚇して遠ざける。そういう涙ぐましい努力もしている。姑息な印象操作だってなんのその。


「うん。なんかいるだけでぱぁっと明るくなるっていうか、太陽みたいっていうかさぁ」


 自分でも白々しいと思うがこれくらいやらないと駄目だ。

 俺とて初めからこんなあざとく卑しい人間だったわけじゃない。

 端的に解説すると、彼女を作りたすぎてこうなってしまった。

 あと元カノの妨害のせいで場数を踏み成長した、というのも多分にある。


「ふふ、なんかとってつけたような感じ」


 彼女はまんざらでもなさそうに目を細める。

 軽口の効果は覿面だ。誉められて嫌な人間などこの世にいない。


「そんなことないって。朝は替場がいたから恥ずかしくて言えなかっただけ」

「今日可愛いってことはぁ、いつもは可愛くないみたいに聞こえるけどなぁ」

「訂正します。今日もっ、可愛いです。毎日毎日」

「それこそとってつけたような感じ」

「なんで信じてくれないかなぁ」


 ふたりして笑う。開け放たれた窓辺のカーテンも可笑しそうに揺れている。

 見よ! この雰囲気!

 あと一歩で落とせるというのは決して誇張でも過言などでもない。

 もし仮にいま流星君には好きな人はいる? なんて西野に訊かれたら、「目の前に」なんて言えちゃうだろう。言っちゃうんだろうさ。

 そんな妄想をしていると、朝のアンケートのことを思い出して途端に憂鬱になる。

 そういえば、元カノにも同じ質問されていたのだった。


「どうしたの急に険しい顔して? もしかして怒っちゃったぁ? つんつん」


 遠慮がちに触れてくる仕草がまた可愛い。でもそれだけにつらい。


「いや嫌なことを思い出しちゃっただけ。ごめんごめん」

「ならいいけど。あ、嫌なことと言えばそういえば私も」

「花ちゃんも何かあったの?」

「ツイッターがね、昨日の夜から乗っ取られちゃってて。いま使えないの」

「えっ、それめっちゃ大事じゃん。芸能人とかではよく聞くけど、まさか花ちゃんが」

「私もびっくりしちゃった。いきなりログインできなくなっちゃっててさ」

「全然気づかなかった。いつもはチェックしてるのに。昨日は……あぁ、昨日も嫌なことがあったから早く寝たんだった」


 言わずもがな不法侵入差し入れ事件のことである。


「そっか。でも見られなくてよかったぁ」

「なんで?」

「変なことか書かれたりとか、変な画像とか貼られたりしてたから」


 瞬間、俺は雷に打たれたような衝撃を受け、血の気がさあっと引いた。

 既視感。そう、これはいわゆるデジャブ、というやつだ。

 俺は前にもこういうケースに何度か出くわしたことがある。

 タイミング、内容、それらが直感となって俺に告げている。


――これは元カノの仕業だ!


 そうすぐ判断するくらいには苦労していた。とほほ。


「悪いけどちょっと見せてもらうね」

「え、待って。まだ運営さんに問い合わせてる段階だし見ないでぇー」


 弱々しい腕をぶんぶん振られたが、見ないわけにはいかなかった。

 いますぐ確認しないといけない。もし古歩が犯人なら彼女を貶めるようなことをツイートしているはずだ。それがそのまま証拠となる。

 俺はスマホから彼女のアカウントのトップに飛びざっとチェックする。


『私、二股とか三股とか十股とか平気でしちゃいます』


 いきなり明らかな嘘が書かれている……。


『私は猫を被ってます。本当の私は午後の紅茶を午前に吞むくらいサイコパスです』


 あんまり大したことないサイコパスだな。


『言っときますが乗っ取りではありません。私は本物です』


 いかにも偽物っぽいぞ。


『すみません。この子の母です。この子はよくこうやって頭がおかしくなるのでそっとしておいてあげてください。決して近寄らないように』


 しまいにはひとり二役まで演じはじめた。


『本人です。ママの言う通り私には近づかないでください』


 明らかに古歩っぽかった。

 というか古歩だった。


「ねえあんまり見ないでってばぁ」

「ごめん、ついに気になって。これはひどいね……」

「ねーひどいでしょ。何が目的でこんなことするんだろ」

「ほんとだね……なんでこんなことするんだろね」

「でも他人のアカウントを乗っ取るって難しいんだよね。たぶんハッカーの仕業だよ」

「そうだね。ハッカーの仕業だね」


 いいえ、たちの悪い素人です。前科もあります。


「だけどなんで私を狙ったのかなぁ。有名人でもないのに」

「花ちゃんがあんまり可愛いから嫉妬したんだよきっと。ははは……」

「またそうやってうまいこと言ってー。つんつん」

「俺その花ちゃんのつんつん好きだなぁ」


 なんとかイチャイチャして誤魔化せたが、しかしそのとき俺だけは見ていた。


『いま見てる?』という最新ツイートが表示されたのを。


 それは更新すると何故かすぐに消えたが、俺はその場で近日中に西野へ告白することを決めたのだった。

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