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プロローグ

「ついに新しい彼女ができそうだぞ!」


 帰宅し私室の扉をパタンと閉めるなり、俺はこらえていた喜びを爆発させる。

 今日、何があったのか?

 なんとこれまで秘密裏に口説いていた西野花ちゃんと急接近を果たしたのだ。

 これはいけるという強い手応えがあり、ここ最近では一番の出来だ。

 息を吸い込み、目を閉じ、学校でのイチャラブシーンを振り返ってみても確信しかない。


『ふふ、流星君』

『えへへ、花ちゃん』


 うん。あと一歩という確かな感触がある。


「――いや待て。安心するな俺」


 だがしかしまだ油断はできない。

 よく思い出せ。前もここまできて破綻になったではないか。

 ここでいう油断できないとは、俺の勘違いとか相手の気が変わる可能性に対してではない。

 人の恋路を邪魔をする奴がいる点についてだ。

 そう、そいつが問題だ。

 そのことで気を引き締めていると、違和感を覚えてはっとする。


「あっ、ティッシュ箱の配置が違うっ。漫画も発行順に並べ直されているっ」


 具に見れば今朝と室内の様子が変化している。ぼけっとしていれば見落としてしまうところだが、この俺に限ってそれはない。

 この奇怪な現象は仲良く出張に出かけているおしどり夫婦のせいではない。

 ましてや神霊やその類でもない。

 どちらかというと犯罪のほうだ。


「またかよ! 一体いつだ? ちゃんと鍵はかけておいたはずだぞ」


 部屋全体を慌ててチェックしていると、いつの間にか綺麗に整えられているベッドの布団が不自然に盛り上がっている。


「貴様、そこにいるな!」

「いないよ」


 シーツの中から即答で否定が返ってきた。わかりやす過ぎる。


「とっとと出ていけ」

「さっき何か言ってなかった?」


 しまった。俺としたことが。これだから油断は禁物なのだ。


「いいや何も」

「新しい何かがどうとかって」

「あー、新しいコンビニがまた出来そうだぞって言ったんだ」

「そっか。きっとドミナント戦略だね」


 さっきからぴくりとも動かないのが余計に不気味だ。

 たぶんうつ伏せの姿勢で首を曲げている状態だと思われる。恐ろしいほどの気配の殺し方、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。


「なあ、お前そこでやってるんだ?」

「匂いかいでる」


 暗闇の隙間からそんな声。

 普通ならここでドン引きするところなのだろうが、ある程度の耐性ができている俺はこんなことで狼狽えたりしない。いや嘘だ、狼狽えている。


「……俺はこれからお風呂に入るからその間に出て行けよ。今回は見なかったことにしてやる」


 あの失言について追及されては困るので、そそくさと逃げるように俺は部屋を出る。

 階下に降りて浴室へ向かうためリビングを通ると、テーブルの上にラップのかかった皿と便箋が置かれているのを発見。

 俺はひったくるようにして書いてある文字を読み上げる。


「えっとなになに……昨夜はまたコンビニ弁当とカップラーメンを食べたんだね。そういうものばかり食べていると健康に良くないから野菜炒めを作っておきました。台所には豚汁も作ってあるからよく温めて食べてね、と」


 俺は突如として眩暈に襲われ、急いで階段を駆け上がって自分の部屋に戻ると、あいつはもういなくなっていた。


「まったく、俺たちはもう別れたんだぞ……」


 勝手にひとんちのに侵入し、勝手にゴミ箱をあさり、食べたものを確認し、勝手に部屋の掃除をして、勝手に健康のことを気遣い、勝手に料理を作って、愛のあるメッセージを残して去っていく。

 これがもし恋人の仕業なら人はなんて出来た彼女なんだと諸手を上げて絶賛したことだろうが――断じて違う。

 違うどころか他人だ。

 犯人は別れた元カノ、古歩美穂乃。

 そして俺に新しい恋人がなかなか出来ないのも、いいところでいつも失敗してしまうのも、それもこれも全て彼女のせいなのだ。

 この物語はそんな俺を愛してやまない元カノとの戦いの記録になるだろう。

 結末では新しい恋人ができているのか、はたまた失敗しているのか?

 あるいは刺されて俺が死亡しているのか、それはまだ誰にも分らない。

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