第9話 『壁は説教を受ける』
学園を探索することにした私は早速学園内に入ることにした。今いるのは長い廊下が見える天井だ。私のことが見える人にはホラーだろうな。なんて思いつつ進む。ラッキーだったのは今は授業中なのか廊下には殆どの人がいなかった。
さすがに教室の中に入るのは気が引けるな。本当に私のことが見える人がいたらやばいし……いっそのこと床に移動できるか試して床から観察する……?
いや駄目だ。もしも視線移動でジェットコースターをしてしまったら見える人がその場にいたら大事になっちゃいそう。
「……それはそれでちょっと面白そうだけども」
なんてことを考えながら、一先ず教室に入ることはやめて廊下を進み、階段が見えたので一つ下の階に移動するよう念じてまた天井の上から観察していく。
なかなか移動も様になってきたな。階段のところの壁を移動する手間もなく楽ができた。
視線移動はなかなか疲れる。ずっとまっすぐその方向に進むならまだいいが、あちこち行くときに眼球を動かしまくるので目のところの筋肉が大変疲れるのだ。
「はぁ、やっぱり壁って不便かも」
推しを眺める分には最高の立ち位置だけどね!何事にもメリットデメリットがあるものだ。
そんなことを考えつつ、ふと窓の外に視線が行った。
「あれ?リディア?」
太陽の光に反射して煌めくプラチナブロンドが見えた。
どうやら今はグラウンドで授業中のようで、魔法の練習をしているように見える。
そういえば、リディアとリゼ、アルベルトは同じクラスだったはずだ。
「これはバレないように見に行くしかない!」
私はすぐに外の壁に念じて移動する。だが距離が遠くて姿が見えづらい。
流石にグラウンドは広いな……。どうしたものか、と考えこむ。
木が私の近くにはあるが、それでも然程リディアがいる所と私がいる壁との距離は変わらない。
「……仕方ない。ここより近い壁を探すかー」
そうして私はまた壁移動を再開する。
おそらく地面も行けるのだろうが、砂埃やもしも人に踏まれたりなんかしたら無事な気がしない。
それにスカートの中を覗こうとする不審者みたいになってしまうだろう。
……教室の床は皆座ってるから、中が見えることはないだろうと思って床を行くことも考えたがそれとこれとは別だ。
しばらく移動した後、生徒の声が聞こえてきた。
「もうすぐホワイトさんの番ね」
「そうね。あの方、魔力は桁外れにあると聞いていましたけれどコントロールはまだまだだと先生が仰っていましたわ」
「以前もそれで窓を割ってしまったとか」
「まぁ怖い。」とクスクス笑っている令嬢達。
ホワイト……リゼの苗字だ。ストーリーの最初のあたりであるならばリディアとその取り巻きがリゼの悪口を言っていたのだが、近くにリディアの姿は見当たらない。
視線移動に注意して辺りを見回すと離れたところにリディアが別の誰かと一緒にいるのが見えた。
リディアの隣にいるのは黒髪で髪が長く姫カットのように見える。目元は涼やかでクールビューティーといった感じだ。
あの姿は確かゲームのスチルにも出てきていた。
グレース・アビントンだ。
彼女は物静かな印象を受けるキャラで、リディアは主人公に対し自ら動いて嫌がらせをする一方。グレースは静かに、そして冷ややかに相手を観察し必要なときに自身の手を汚さず制裁を食らわすタイプだと姉から聞いた。しかも情報収集に長けた人物だったはず。別の攻略対象の妹だったが誰の妹だったか……。
本当にアルベルト以外のキャラに関して疎いな自分。もうちょっとリディアの力になれるよう他のキャラもプレイしておくんだったと今更ながらに悔やむ。
くっと悔しさに顔を顰めているとふとすぐ近くを見覚えのある顔が横切った。
「………ッ!?」
それはとても綺麗なシルバーの髪で、歩くたびにサラサラと揺れる。鼻が高くなんとも端麗な顔だ。瞳は青く澄んで吸い込まれそうだと思ってしまう。それを見た瞬間、私は──
あ、あ、あ!!アルベルトだ〜〜!!ほんも、え?本物?すっごい嘘だろこんな人間がいるのか。人間国宝ってこういうこと?これは全世界が惚れる。心臓が持たない!目が潰れる!?周りにバラやキラキラのエフェクトが見える!!王子様だ〜!!
──私は、推しを見つけてテンションが天元突破した。もう心臓なんて高鳴りすぎて停止寸前だと思う。なんてことだ。また死んでしまう。
恋は盲目とよく言ったものだ。と言っても推しなので厳密には恋ではないのだが。もう私の眼球はアルベルトしか捉えていなかった。
……だからなのか、勝手に一人心の中できゃーきゃー黄色い声援を届きもしない相手に送り続けていたので、リゼが魔法のコントロールの練習の番だと気づかなかった。
「光よ!……あっ!」
「ホワイト!どこを狙っているんだ!」
キャーと悲鳴が聞こえ、ざわざわと場がうるさくなったと思ったら私の目の前はまばゆく光る玉が迫ってきていた。
「えっまぶし…っ!?というかぶつかるー!!」
そう言って目をつぶる瞬間だった。
シュワッ
「……えっ?」
光の玉は消えていた。
なんで、と思ったがそういや私リディアの魔法も霧散させたとかあったな、ということを思い出した。
「えっ?魔法が消えた?」
「壁も特に焦げ跡とかできてないな……?」
大人数の生徒がこちら、というより壁を見ていた。あっ、やっべ視線。そう思ったが時すでに遅し。リディアがこちらを見て顔色が驚愕に変わったかと思ったらものすごい剣幕でこちらを睨んでいた。
あー、美女って無表情も怖いけど、睨むともっと怖いな〜。なんて現実逃避をしつつ私はさっさとリディアの部屋へ退散するのだった。
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私はリディアの部屋へ退散した後、リディアが帰ってきたら地獄の説教が待っているであろうことに顔を青ざめビクビクとしていた。
嫌だなー。怒られたくないなー。でもいつかバレることだっただろうしなー。どう言い訳をしよう……
なんて考えてふと思い出した。そういやリゼいたな、と……。
リゼ・ホワイトは薄桃色の髪の毛で腰くらいまでの長さだ。その髪はふわふわと柔らかそうだった。また顔も愛らしく、笑顔が素敵なキャラクターだった。
今日生徒達が壁を見てきたときにチラっと見えたリゼの表情は驚きと焦り、困惑だったように思う。
それがただ単に魔法がうまくコントロールできなかったことと、魔法が消えたと言われていたことにだったのか、それとも私が見えていたのか……。
そう考えて、私が見えていたら困惑ではなく恐怖の感情が芽生えるはずではないかと考え直した。悲鳴をあげるということもあったかもしれない。何故なら普通に見て壁に顔はホラーだからだ。
「そういや、リディアは今日私を見たとき驚きはすれど恐怖とかそういうのなさそうだったな」
リディアの私への適応力高すぎでは……?昨日喋ったばかりなのにもう私のこの顔に壁というものを見慣れてしまったのだろうか。だとしたらすごい。
そんなことを考えているとガチャっと音がして部屋の扉が開く。リディアが帰ってきた。
「アッ……お、おかえりなさーい……」
「話があるわ」
「はい……」
恐る恐る声をかけると、それはもうとても低い声で話があると言われるのだった。めっちゃ怒っとるやないかーいと心の中で涙を流しつつ、リディアの長い長い説教を受けるはめになったのだった。
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