第5話 『壁を走る』
「──それで、主人公に対してわたくしが酷いことをしたというのは具体的にどのようなことなの?」
リディアは先程からずっと立って話していたが立っているのに疲れたのか、丸い小さな椅子を持ってきて座りそう質問をしてきた。
「そうですね……嫌味や悪口は常にしていたと思います。良くない噂とかを流したり……それから授業中の魔法の実験で爆発するように予め手を加えたり、階段ですれ違ったらわざと落ちて主人公に押されたと言ったり……」
ストーリーの中でも途中から嫌がらせは過激になっていったと思う。悲劇のヒロインを演じてリゼに怪我を負わせられた、と周りの同情を買っていたりもした。
悲劇のヒロインを演じて周りを味方につけるのはある意味では頭が良かったのだろうが
リディアの以前からの言動のキツさや性格があったこともあり、あまり信じてもらえなかった。
……実際嘘であったし仕方がないのだが。
「──なるほどね」
リディアはため息をつき、話の前半は実際にやっていると肯定した。ストーリーでは割とすぐ出てきて嫌味やらなんやら言われた記憶がある。
まだストーリーの序盤なのかもしれない。
「その……ちなみに今は入学してからどれくらい経ってるんですか?」
「3ヶ月よ。それが?」
最初はあんなに警戒していたのに、今は質問にも普通に答えてくれる。
破滅という言葉がストーリが始まったばかりであろうリディアにとってそんなに気になるものだったのだろうか。
今のリディアにそんな危機感はないと思っていたのだけど、違うのかな?
「いえ、物語の進み具合といいますか……今どのあたりなんだろうと思って」
「そう。……婚約破棄、といったわね?それはいつかしら」
「えっ、えーと……確か卒業パーティーのときだったと思います。」
ストーリー展開は王道中の王道、代わり映えなんてほぼなかったように思う。それを思い出しながら伝えるとリディアはそう、と答えて悲しそうな顔をした。
ストーリーではアルベルトにだいぶ惚れ込んでいるように描かれていたリディア。それはこちらでも変わらないのだろうか?
もし変わらないのであれば、リアクションが思っていたより薄く感じる。
「リディアさんは王太子が好きですか?」
「……随分と直球ね。ええ、好きよ。向こうは違うみたいだけど」
またため息をつくリディア。
ストーリーのリディアはアルベルトが自分に好意を抱いていなくても関係なしに、婚約者の立場を利用してできる限り側にいたように思う。
だが、今目の前にいるリディアを見るにそんなことをしているようにも見えない。
私は頭の中に疑問符を浮かべながら重ねて質問する。
「リディアさんのお話を聞かせて頂いても良いですか?何か私の知ってることでお力になれるかもしれません」
そう伝えるとリディアはちらっとこちらを窺うだけで何も言わない。
部屋に戻ってきたときも随分と疲れていたように見えるし、もしかしたら今いる世界は私の知るストーリーとは別の方向に進んでいるのかもしれない。
それに私(壁)というイレギュラーができてしまっているからね!ストーリーが多少変わってても仕方がないとはちょっと思った。
そう考えると今の状況が面白く思える。
壁と話す高貴な悪役令嬢。しかも性格がゲームのストーリーよりも良く見える?人が、壁と向かい合って話している。
傍から見たら何もない壁に対して話しているように見えるだろうしちょっと怖い。
──そんなふうに思考できるほど私は余裕ができていたようで、ふと気づいたことがあった。
リディアの笑った顔を一度も見ていないということに。
リディアの笑顔はゲーム中でもまさに悪役らしい、顎を少し上げ相手を見下すような笑い方なのだが、役割ゆえに高頻度でその笑い方をストーリー上でしていた。
今みたいにずっと暗い表情よりその笑顔を生で見てみたいと思った私は、リディアを笑わせてみようと行動する。どうせだんまりされてるし無言の空間って気まずいしね
「リディアさん、ちょっと私の顔見ててもらえます?」
「リディアさん、ね。先程からわたくしをそう呼んでいるけれど、わたくし許してないわよ。──で?なにかしら」
リディアは悪態をつくと私の次の行動を待ってくれた。では早速。
「行きますよ。目を離さないでくださいね!」
私はそう言うとまだマスターしきれていない壁移動を高速で上下左右にしてみせた。たまに失敗して止まる。
効果音がつくならまさにヒュッ……ピタッヒュンッ、といものがつくだろう。
ヒュ〜風を感じるぜ〜!!
「……は!?」
突飛な私の行動にリディアは理解できないというような表情で見つめてくる。
私が高速で動くのでリディアは私の顔を目で追いかけるのに大変そうだ。
「何を考えてるの!?こわっ!それに気持ち悪い!!」
リディアが怒りと戸惑いが混ざった声で罵ってくる。
美人に気持ち悪いと言われると心がだいぶ辛いな。……いや、誰に言われても辛いんだけどね。
そして案の定酔いました。
「うっぷ……」
「何がしたかったのよあなた……」
吐き気を感じ、止まって顔をしかめる私に呆れたようにリディアが声をかけてくる。
「吐かないで頂戴よ。」と釘を刺された。
流石にこの高そうなカーペットの上に吐きたくはないな………
「面白いかなって思って……」
「どう考えたら今のが面白く見えるのよ……」
「そんなこと言っても、今の状況もなかなか面白いと思いますよ。壁と話す悪役令嬢なんて聞いたことありません」
私の言葉にリディアは固まった。もしかして壁と話しているこの現状を第三者視点から考えなかったのかな。
「わたくしの適応能力が素晴らしいのよ」
リディアはフンッと誤魔化すようにため息をつきながら顔をそらす。その際に髪の毛を払っていたのだが、ゲームのスチルで見たような仕草だった。
笑顔は見れなかったがリアルゲームスチルを見れた私は大満足だ。酔ったかいがある
「──とりあえずあなたが悪人というより馬鹿ということは理解したわ。……この後予定があるからまた夜に話しましょう」
「逃げたらあなたの顔を八つ裂きにするから心しておくように」と、リディアはそう言って部屋を出ていってしまった。
……失礼な言葉と物騒な言葉が聞こえたが、それは一旦聞かなかったことにして私と話をしてくれるんだ……そう思うと顔がほころんだ。
私の話をすべて信じたわけではないのだろうが、破滅に関して念の為でも対策はしたいと考えてくれたのだろうか。
もしそうであれば私の願ってたとおりになりそうだ。
私は夜まで少し気楽に待つことができたのだった。
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