第27話
あの後、リディアのことを気がかりに思いつつもリディアとは別れた私、壁こと安藤美那はリゼのあとをつけていた。
リゼはどこかに寄り道することなく真っ直ぐに家に帰ってくるとすぐにベッドの上に寝転がる。
……好感度のこともあるから寄り道すると思ってたんだけど、意外だな
「はぁぁ〜!!ほんとなんなの!?」
リゼは自身の髪の毛をぐしゃぐしゃにして大きなため息をつく。そして思い切り両腕をベッドに投げ出す。ボスッという音が聞こえた。
「最近全然街に下りてもキャラが見当たらないしイベントも発生しない……、生徒会室も行き過ぎてアルベルトに注意されたし……ゲームではこんなことなかったのに!」
……注意?アルベルトが?
私はリゼの発言に驚く。リディアの話では二人はだいぶ仲良くしていたようだが……、てっきり私はアルベルトはリゼに惚れていて何でも許してるのかと思っていた。けれど、惚れていても仕事とプライベートはしっかり分けるということなのだろうか
(まぁそれだと今更すぎる気もするけど……他の生徒会メンバーに文句が出てきたから注意したとか?)
「セルジオはマリーにぞっこんで無理やり入ろうものなら逆に好感度下がるし……話が違うじゃない!」
おっ、セルジオとマリーやっぱりいい感じなんだ。いいね〜!!そのまま結婚して幸せになれよ!!
というか、やっぱりこの世界原作のようにリゼが誰かと結ばれる、又は皆から愛されるエンドないんじゃないか?
(ここまで違うんだもんね)
確かファンブックではセルジオとマリーはそこまで仲は良くなかったと記載されていたはずだ。マリーは仲良くしたいと思っていたようだが如何せんセルジオがアルベルトに対して劣等感が強く余裕のない性格だったためマリーのことを見よう、知ろうなんてしていなかった。
でも今の仲の良さを見るにセルジオがアルベルトに劣等感を抱いていたとしてもそれをマリーが理解し支えたのではないだろうか?ゲームではその役目はリゼだが、マリーとセルジオは長年一緒にいるはず。だったらそういうこともあるだろう。
「どうしてこんなことになってんの?勉強コマンドもなくて生徒会にも入れないし……なんで皆あたしのこと見てくれないのよ……あたしは愛されるべきでしょ……!!」
勉強コマンドやっぱりないんだ、そう思いつつその後に続いた言葉に私は口をあんぐりと開けた。
(いやいやいや!ここまでゲームと違うんだよ!?ここはゲームの世界じゃないかもとか思わないの?というか愛されるべきって思考すごいな……!?)
ゲームでのリゼは顔も可愛らしく、心優しくて努力家で頭も良い、少しドジなところもあったが逆にそこが完璧すぎず人間らしさがあっていいのだ。だから愛されるキャラでもあった。
だが、このリゼはどうだ。人によって態度を変え勉強もできずおそらく努力もしていない。攻略対象以外は本当に冷たい態度なのだ。
それがどうして愛されると思うのか。愛されるにはちゃんと理由がある。
(それはゲームでも現実でも変わらないでしょ……)
私はどうしてもこのリゼの幸せな姿が想像できなかった。
なんとも言えない気持ちでリゼを見ていると、何かに気づいたのか体をお越し、急いで自身の机と向き合いノートなどを取り出し始めた。
その行動に疑問を覚えるとノックもなしに部屋のドアが開いた。
「リゼ!勉強はちゃんとやっているのか!?」
(あれは……?)
入ってきたのは髭を生やした体型も太い中年のおじさんだった。やけに派手な服装をしている。後ろに執事が控えていたので恐らくこの人がホワイト男爵なのだろう。
「はい、勿論」
リゼはくるりとドアの方へ体を向けて振り返り作り笑いで肯定する。
「嘘をつけ!勉強しているならなぜ成績が上がらない!ちゃんとしているならもう少し上がるはずだろう!!」
「それは……」
「癒やしの魔法を使えるからと迎え入れたが、これほど無能とは……務めは果たしているのか!?殿下と仲良くできているのだろうな?」
務め……?なんのことだろう
怒鳴り声を上げてリゼにキツく当たる男爵。リゼはその声に少しビクリと反応していたが、まるで怖さを押し殺すように笑顔でアルベルトと仲良くできていると頷く。
「男爵様のお気持ちはよくわかります。ですが男爵様、あたしは人より勉強できない分他の人より多く勉強時間を確保しなければならないのです。なので本日はここまでにして勉強に集中させてくださいませんか……?」
「なに……?ワシに口答えをする気か!!ここまで育ててきてやったのに生意気な口を利きおって!」
一人称ワシって……っていうかこんなキャラだったんだ、男爵……。ゲームではシルエットでしか出てこなかったからなぁ〜
なんて呑気に思っていたら男爵がリゼを叩いた。
バチンッと強い音が部屋に響く。
えっ、叩くのは良くないでしょ……!?
「…………」
リゼは口をつぐみ俯いている。
「お前のような禄に魔法のコントロールもできず勉強もできないやつを食わせてやっているだけでも感謝しろ!わかったら次こそ成績上位に入るんだぞ、できなければできるようになるまで部屋の外には出さん、飯も抜きだからな!!」
そう言って男爵は勢い良く扉を閉めて出ていってしまった。
……ひぇ〜怖……、というかこれ大丈夫なのか……?
これ明らかに虐待なんじゃ……
ハラハラしながらリゼの様子を見ると、リゼはゆっくりと俯けていた顔を上げた。
先程叩かれた頬が赤くなっており見るからに痛そうだ
リゼは思いっきりため息をつくと顔を歪めて舌打ちをした。
「ただのモブのくせに……主人公にこんな仕打ちしたらどうなるか、絶対に思い知らせてやる……!」
その表情を見た私はゾッとした。冗談ではなく人を殺そうとしている人の顔はきっとこういう感じなのだろうと思ったからだ。
「でもまずは……みんなに愛されてからリディアを潰さなくちゃはじまらない……!」
リゼはそう言って爪を噛んだ。リゼはふぅ、と息を吐くと机と向き合うがやはりあまり理解できないのか頭をかきむしりまたぐちぐちと悪態をついている。
(予想していた以上にやばい人かもしれない……)
私はリゼの様子に言い知れぬ不安感を抱くのだった。
◇◇◇◇◇◇
──リゼの家に来てから2日目
昨日から男爵とリゼの仲が良くないのはわかっていたが、どうやら男爵夫人とも仲良くないことがわかった。
男爵夫人は基本リゼの存在を無視しているようで、男爵のように手を上げたりはしないがそれを止めることもない。
(ある意味一番質の悪いタイプだな……)
こんな環境であればやさぐれるのも当然だとは思うのだが、果たしてリゼはこの家に入ってからやさぐれたのだろうか?それとも以前から?
これでリゼが少しでも人に優しい存在であれば同情できたのだが、如何せんこのリゼは必要な人にしか愛想をふりむかないのだ。まぁ生きる上でそれも必要なことなのかもしれないが
愛想だけでなく親切心さへないのなら話はまた変わってくる。人間は自分に親切にしてくれる人に対して親切を返すのがほとんどだ。
(こりゃ味方もできないよね……)
リゼはほとんど独りだった。
家の中でも街でも、学園でも。周りに集まってきたのはリゼが猫を被って対応した相手だけだ。
「これじゃあ本当に悪役令嬢だな……」
私はポツリとこぼす。
このリゼの中の人がリゼに成り代わる前はどんな人生だったのか知らないが、余計に同情できないと私は思った。
努力もしない、何もしないのに認められたい、変わろうともせずありのままの自分を受け入れてほしいなんて
(都合が良すぎるんだよな……、でも私も一時期こんな我儘思ってたことあったなぁ)
私はため息をつき、学園の中を歩くリゼをちらりと見やる。
この人は私がそんな我儘を思っていた時くらいの歳に死んだりしたのだろうか?だからこんな性格なのかな……。
私がそんなことを思う一方でリゼは廊下から離れたところにいる先生をずっと見つめている。あの人も攻略対象だったはずだ、名前は確か──
「……はぁ、なんで勉強コマンドがないのよ……これじゃあローガンも攻略できない」
そうだ、ローガン・ブロンソン!姉の推しだ。
褐色の男性で猫っけの黒髪、姉の好みドンピシャで大人の余裕があるように見えてドジなところがあるそこが素敵だし萌えると言っていたのを覚えている。
ローガンの攻略は頭の良さが必要だったはずだ、ローガンは自身の趣味を語り合える人がおらず、リゼが条件を満たしていた場合に自身の趣味を教えてくれて、専門用語などを使ってもその内容を理解することができたリゼに惚れていく。
条件を満たすと好感度があっという間に上がっていくキャラだ。姉が必死で勉強コマンドを何度も押していたのを覚えている。
(リゼがローガンもゲームで攻略していたならローガンと趣味のことも話せそうだけど、ゲームの中で見たまま話しても意味がなかったのだろうか?)
観察しているとリゼが顔を歪めた。何事かと視線を上げるとリディアとローガンが話している。
ローガンは笑顔でリディアの頭を撫でていて、リディアがその手を払いのけて、ローガンを叱っている。気安くレディに触れるな、とかだろうか?でも険悪な感じはしない、二人は仲がいいのかな……?
「あの女……ふざけやがって!ちょっと頭がいいからって気に入られて……!」
リゼはそう言うとまた爪を噛んでいた。
「……最近は全く嫌がらせもしてこないし、何なの……?もしかしてリディアも転生者とか……?」
おっと……?なんだか嫌な予感がしてきた。
私がそわそわしているとリゼは考えが口に出てしまうタイプなのかまたぶつぶつと独り言を言い始める。
「転生者なら今までの嫌がらせはなに?もしかして転生前の記憶がなくて、最近思い出してあたしをいじめなくなったとか?でもそれなら……」
リゼが深く考え込んでいる間にローガンとリディアはいなくなっていた。私はリゼのその後の言葉を待ったが特に何かこぼすこともなく、くるりと方向転換すると教室へ戻って行ったのだった。
それからのリゼはいつも通りアルベルトと一緒にいることが多かったが何かとリディアを見て観察しているようだった。リディアもそれに気がついたのか警戒している。
「…………」
リディアが何か言いたげな表情で私を見ていたが私もいまいちよくわかっていないのでわからないという視線を送り返すしかなかった。
◇◇◇◇◇◇
──リゼの家に来てから3日目
今日は学園はお休みの日だ。リゼは朝から机に向かいノートに何か書き込んでいる。
ノートが見える位置に回り込み壁から覗き込むと現状の好感度とリディアのことを書いているようだった。
(どれどれ……好感度アルベルト35、セルジオ22、グレイ20、ローガン15……ってこれほぼ上がってない!!)
ゲームでの好感度パーセンテージは100%まである。卒業パーティーまでに90以上で攻略対象と結ばれるのだが、アルベルトはまぁ入学してからこのくらいならまだ良いとしても他はだいぶ低いな……
そういえば私とリディアが出会って話したときは入学してから3ヶ月とリディアは言っていたはず。そして今は2ヶ月ほど経っている。
入学してから5ヶ月でこの数字は低い。せめて35以上はほしいところなのだが……
「グレイは図書室のことがあってからだいぶ落ちてるし、ローガンに関しては全くと言っていいほど上がらないしそもそも話しかけても相手にされない……このゲームハードモードなんてなかったじゃない……」
リゼはため息をついて頭を抱えている。
図書室のことって私がいたときのやつかな?グレースのプレゼントを街に一緒に買いにいこうって誘って断られてた……。
「…………どれもこれもリディアのせいじゃない」
えっ、なんて?
「あの女……最近全くこっちに嫌がらせをしてこないと思ってたけど、考えてみたら他の攻略対象と仲が良い……転生者なら悪役令嬢にはならず逆に攻略対象を攻略して断罪されないように動くこともできる……はは、なるほどね」
「まてまてまてまて!違うよ!リディアは転生者じゃないよー!!」
なんて叫んでもリゼは私の声が聞こえないのでヒートアップしていくばかりだ
「まじでムカつく……今までは断罪することばかり考えてたけど、きっとそれじゃあ間に合わない…………うん、殺そう」
リゼの言葉に私は絶句した。何言ってんだこいつ……!そもそも人を殺すって普通なら考えないでしょ、しかも転生者という確証もないんじゃないの!?
「──あたしが、この物語の主人公。大丈夫、失敗してもやり直せる。ここはゲームの中なんだから」
そう言ってリゼは笑っていた。
私はそれを呆然と見ることしかできなかった。
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