第26話
教会での出来事のあと、私は無事学園へと移動ができた。元気になったからか移動もスイスイできる。教会で念じても移動できなかったのは疲れていたからなのだろうか?
「アナベルの信者の人達から出ていた光も移動するときにはなくなってたしな……」
なにかしら力をもらえていたのは確かなのだろうがまさか信者たちから生気とかもらってないよな……
「いや、もしそうだったらただの邪神とかの類になりそうだし光の精霊が見えるわけないか!」
一人納得した私はリディアを探す。今日は夕方から暫くはリゼに張り付く予定なので今のうちにリディアに会っておかないと……
「もうそろそろ授業終わる頃かな〜?」
リディア達のいるクラスを壁から覗き見ると丁度チャイムが鳴った。リディアが私に気づいて廊下へと出てきてくれる。
「…………」
リディアは私に目配せすると歩いていってしまう。いつもの外で話そうという合図だ。
私はグレースが気になってちらりと見たが、グレースはどうやらついてこないようで私を見てにこりと微笑むだけだった。
◇◇◇◇◇◇
いつもの中庭のベンチにつくとリディアが先に口を開いた。
「朝は調子が悪そうだったけど、今はもういいの?」
「はい!すこぶる元気です〜!」
私は笑顔で答え、先程あったことを話した。
「──教会で体調回復の上、信者から出ていた光が像の胸元あたりに集まっていた?」
「そうなんですよ」
「…………ねぇ、それって考えたくないけど、あなたもしかして……」
「多分リディアさんが想像しているのとは違うものかと」
精霊に叩かれたしね……
私の言葉にリディアはあからさまにホッとする。おそらく私と同じくアナベルの生まれ変わりだとか生まれ変わりでなくてもそれに近い存在なのではと思ったんだろう。あからさまに表情に出されるのは悲しいが、自分が憧れてきた存在がこんな奇妙な姿になっていたなんて思うと落胆するのは仕方がない。
「でも、違うとしたらますますあなたがなんなのかわからないわね……」
「そうなんですよね……」
二人してため息をつく。私って本当何なんだろう?まじで魔物だったりするんだろうか?
「まぁ……体調が良くなったなら良かったわ。今日はあの女の家に行くのでしょう?何時ぐらいに戻るつもりなの?」
「何時っていうか、三日後くらいにはリディアさんのところに戻るつもりです」
「三日!?」
私の言葉に驚いたように大声を出すリディア。元々そのくらい行ってくるつもりだったので、驚かれたことに驚く私。なんでそんな驚いてるんだ。
「なんでそんなに長居する必要があるの」
「情報収集のためですよ!それにリゼに張り付くだけで、リゼが学園にいる間は私も学園に来ますし何かあれば都度報告しますって」
「それでも長すぎるわ!ホワイト男爵に良い噂はないわ。危険よ」
「男爵って精霊の類見れるんですか?見れないなら大丈夫ですよ!それに私、全世界の壁という壁を破壊しないと倒せませんよ多分」
「そういう問題じゃないでしょう!」
じゃあどういう問題なのだ。心配してくれるのはわかるが少し過保護ではなかろうか……?
「別に三日間張り付く必要はないんじゃないの?たまに行って情報更新とかでいいでしょう!?」
「言いたいことはわかりますけど、リゼの家も結構広いんですよね?家中調べてみたいんですよ。私こんななりだから簡単に終わるかもわかりませんし」
それにもしもリゼの家の弱みを握れたらリディアのバッドエンド回避に役立つかもしれない。これはリディアのためにもなるのだ。
「だからって──!」
「リディア様?」
私とリディアはその声にピタリと止まる。リディアがそっと後ろを振り返るとそこにいたのはヴァンだった。これ似たパターン前にもあったな……
「ヴァン……」
「何一人で叫んでるんで……」
リディアの影に隠れていた私を見つけたのか、ヴァンが固まる。そしてしまったという顔をした。残念、手遅れである。
「やっぱ見えてるでしょ私のこと」
「……リディア様?その奇妙なものはリディア様の使い魔か何かですか?」
「えっと……まぁ、いや、うーん」
リディアが言い淀む。おそらく変わった趣味とか思われたくなかったんだろうな、アルベルトの従者だし……、でもそこはそうよって言ってほしい。
「みたいなもんです」
「ちょっと!」
「じゃあ、最近それが生徒会室にいたのって殿下を監視するためってことですか」
「えっ!?」
ヴァンの言葉にリディアが驚く。
ごめん、リディアに報告せず生徒会室結構高頻度で行ってました。だって推しを眺めたいから……!
「違います私の趣味です」
「うわ……」
「それはどうなの?」
二人は思いっきり顔を顰めた。そこまで顔顰めなくても……。
私はリディアに目配せをし、弁明を促す。リディアはそれに気づきコホンと咳払いを一つする。
「つまり、わたくしは殿下を監視なんかしていないわ。生徒会室によく出没しているのも今はじめて聞いた。それに──」
リディアの表情が少し曇る。私はそれを不思議に思いながら言葉の続きを待っていると
「わたくし、もう殿下のことはお慕いしていないの」
「えっ」
「は」
リディアはそうやってにこりと笑う。
いやいやいや!?初耳ですけど!!それに無理して笑ってるようにも見えるし、そんな嘘ヴァンに見抜かれるに決まってるじゃん!
「……最近殿下の側にいないのは気づいてましたけど、本当に?」
「ええ。いつまでも振り向いてくださらない方をお慕いしても意味ないって気づいたのよ」
「リディアさん?!」
私が慌てて声をかけるとリディアはまたにこりと笑う。今は黙っていてほしいということだろうか、そう解釈した私は口を閉ざす。
「──なるほど、わかりました」
「勿論、婚約者である以上は婚約者の務めを果たすつもりよ」
「……お願いしますよ」
リディアの言葉になにか引っかかったのかヴァンが真剣な表情をして応える。そしてそのまま一礼して去っていった。
「……リディアさん、良かったんですか?」
「ええ。……先日、あなたが言ってくれたでしょう?わたくしの幸せが最優先だって」
リディアは私に向き直り穏やかの表情で語る。
「それでいいんだって思ったのよ、破滅だけ逃れればそれでいい。殿下と婚約破棄になっても、もっと良い人がいるって」
「それは……」
「勿論、まだ殿下のことはお慕いしているわ。でもわたくしはわたくしのことを一番に考えて、それを諦める努力をしようと思って」
「わたくしを幸せにしてくれる人を探したほうがよっぽど有意義だわ」そう言ってリディアは清らかに笑った。その姿はどこかの映画のワンシーンのようで、見惚れるほど綺麗だった。
◇◇◇◇◇◇
「殿下〜」
「なんだいヴァン」
リディア様と変な生物と別れた後、一人廊下で佇む俺は殿下に声をかける。
殿下は穏やかな声でこちらを振り返り、俺の言葉を待ってくれる。ただ、視線は俺を一瞥したあとまた窓の外に向けられる。先程の場所から離れていくリディア様を見ているようだ。
「リディア様、殿下のこともうお慕いしてないんですって」
「えっ?」
「ただ、婚約者である以上は婚約者の務めは果たすつもりだそうです」
俺の言葉に少し驚いたような表情をする殿下。まぁリディア様の表情や闇の精霊の反応を見るにまだ慕ってはいるようだけど時間の問題なのかもしれない。そう思いつつ殿下の反応を窺う。
「──それはつまり、リディアは婚約破棄をしても構わないということかな」
「そう解釈できるかと」
「そうか……」
考え込んでしまう殿下。あーあ、だから言わんこっちゃない。最近は男爵令嬢のリゼ・ホワイトにばかり構っていたからこうなってしまったんだろう。
そもそも、リゼ・ホワイトと一緒にいるのも最近怪しい動きをしているホワイト男爵に探りを入れたいからで、それをリディア様に言わなかった殿下が悪い。
しかも以前はリディア様がずっと張り付いていたのだが、リゼ・ホワイトはどうやらリディア様に強い警戒心をもっているようだった。
そのためそれをなくし、より探りを入れやすいようにする目的であえて冷たく突き放したのだが、それが良くなかった。その後のフォローも一切できておらず、リディア様と殿下の関係は以前よりももっと距離が離れてしまったのだ。
(はぁ……もう少し殿下が器用だったらこんなことにはならなかったのかもだけど……)
──殿下は一見完璧に見える。容姿端麗で文武両道、性格も穏やかな人だ。だが、人前ではしっかりとした姿を見せていても実際は非常に気疲れしやすい人なのである。
人と長時間いることに対しとても疲れる人で、俺も殿下の様子を見て側を離れたりする。殿下はそれがありがたいと言って学園にも俺を連れてきた。
俺はこの学園の生徒ではあるが、授業より殿下の世話を優先的にすることを陛下より許されている。
陛下も殿下の性格を知っているがために俺が動きやすいよう学園側と交渉してくれたのだ。
今でこそ周りに人がいてもたまにこっそりと抜け出して一人で静かに過ごせる器用さを持ち合わせるようになった殿下だが、幼少期はそのようなことはできない人だった。
王太子として教養をつけるため勉学に励む毎日で、人がずっと自身の側にいることに耐えられなかった殿下は一時期部屋から出てこなかったことがある。
勉強は好きなようで、その間も本を読んだり自身で復習やまだ習っていなかったことを進めていたりしていたようだが、その状況を両陛下が許すことはなかった。
無理やり部屋の外へ連れ出され、また常に人がいる状態で机に向き合っているうちにどんどん殿下の表情が抜け落ちていった。
俺は他の使用人達とこのままではいけないと結託し両陛下が最も信頼している側近に口出ししてもらい、殿下の時間を確保することに成功した。
それからは殿下の表情も良くなり勉強の時間は減れども成績は以前よりずっと良くなった。
ただ問題だったのは婚約者であるリディア様との時間をほぼ取れなかったことだ。殿下は当時自分のことでいっぱいいっぱいで、他に気を回すことはできずリディア様に関してもほとんど無関心。その一方リディア様は殿下に会えるよう何度も足を運んでいただいたり、交渉するようにしたりとしたが殿下のことを考えてリディア様の願いは棄却された。
それから時が経ち、殿下にも余裕ができた頃にリディア様とお茶をするようになってから殿下はリディア様のことを好ましく思うようになったようだが、如何せん一人の時間が長かったからか必要なときにフォローが抜けてしまう人なのだ。
正直俺はリディア様が好きじゃないのでその殿下の悪い癖であるフォローが抜けてしまうところをあえて俺が代わりにフォローするということもしなかった。
(リディア様は意思がはっきりしているところや努力家なところが良いって言ってたっけな……まぁ俺にはただのお貴族様にしかみえなかったけど)
リディア様は昔から平民に対してあたりが強く上から目線だった。俺はそれが心底嫌いで仕方がなかったが、殿下は根は素直な人だよと言って聞き入れてくれなかった。
(まぁ事実、最近はだいぶ丸くなったようには思うけど、うーん……)
過去のことを思い出しながらはぁ、とため息が漏れる。殿下は顔を上げると頷いた。
「殿下?」
「要は婚約破棄しなければいいんだ」
「はい?」
殿下はにこりと穏やかな表情で笑う。
「僕、これからもうちょっと頑張ってみるよ」
「ヴァンも協力してね」そう言って殿下は踵を返す。その台詞に俺はまたため息をついて殿下の後を追うのだった。
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