第2話 『屋敷探索』
─声が聞こえる。
私は声で目を覚ました。自分が壁になって体もなくなった悪夢から覚めることを祈って。
だが現実はいつだって厳しい。視点は眠る前と何ら変わらなかった。
変わっているのはドレッサーの前に人が座っており、メイドに髪の毛を整えてもらっているという状況だけだ。
「お嬢様の御髪はいつ梳いてもお綺麗ですね」
「当たり前よ。わたくしの髪ですもの。それに、いつもアンナ達が手入れをしてくれるから。」
アンナと呼ばれたメイドは嬉しそうに雰囲気を柔らかくする。
お嬢様、と呼ばれていた人物はとても艷やかなプラチナブロンドで声は少し高めだ。喋り方から高圧的な印象を受ける。
どこかで聞いたことがあるような気がする。何故だろう?
準備が整ったのか、ドレッサー前から移動しようとする二人。
私は今の自分の姿を思い出し慌てて隠れようとする。
もしも見つかったとして阿鼻叫喚を招くのは容易に想像できたし、なにより今は痛みを感じるかは定かではないけれど
もしも目潰しなんてされたら溜まったもんじゃない。
といっても、隠れられる場所なんて家具の後ろぐらいしかないのだが。
昨日習得した壁移動のコントロールを活かし、少し失敗しつつも急いで近くのタンスの陰に顔を隠す。
掃除が行き届いているように見えてもやはり家具の後ろには埃があるんだな、なんて思ったり。
埃が入らないように目と口を閉じる。
二人は私に気づかなかったようで、今日の予定などの話をしている。
今更だが、耳がないのに音は聴こえるようだ。不思議。
「本日はこの後グレース様の所へ行くのでしたね」
「ええ、お茶会に誘われたのよ。グレースは情報通だから色々話を聞かないとね。」
どうやらこの部屋の主であろうお嬢様は午前中は出かけるようだ。
誰もいなくなったら情報収集をしなければいけないなと頭の中でこのあとの自分の予定を立てる。
──そういえば、私はここ以外の部屋に移動できるのだろうか?
昨日は後ろを振り返ろうとしてもできなかったし後ろを振り向いたら隣の部屋に、なんて訳でもなさそうだ。
……またセルフジェットコースターをしなければいけない気がしてきた。
今は隠れているが、そもそも他の人から私の姿は見えるのだろうか?まさか幽霊になってたりしないよな……と考えている間に話をしていた二人は部屋を出たようだ。
さて、行動しますか。
この後の移動で自分が酔うであろうことに若干の不安を覚えながら私はタンスの陰から出たのだった。
✽
「うぇっぷ」
予想通りと言うべきか、やはり酔ってしまった私は現在天井の上で休憩中だ。
部屋の中を見て回ったが特にここがどこなのかというのが分かるわけではなかった。
何故なら手がないから。
本棚や机の引き出しにここがどういう場所なのか、部屋の主が誰なのか確実に情報があるだろうに手がないので調べようがなかった。
ちなみに本棚や引き出しの中に私の顔を生やす…?ことが可能ということがわかった。
引き出しの中は暗すぎて紙などがあるのは分かったが内容は読めなかった。
とても不便である。
壁以外に顔を出す方法は思ったより簡単だった。
目を瞑りあの本棚に移動したいと念じて目を開くと移動できているのだ。
最初はできるのかわからなかったため
無駄に壁を高速で行き来しすぎて目が回ったし、酔った。吐きそうだった。
きっと第三者がその様子を見たら恐怖に怯えただろう。顔面が高速で壁を行き来してるのだから。
酔いが落ち着いた頃、本棚などに顔を生やすことができるのであれば部屋の外に出れるのではないかと考えて挑戦してみることにした私は、本棚のときと同じ容量で部屋の外に出ることを念じてみた。
「ええっと……部屋の外なら廊下、かな?」
目を瞑り、豪邸の廊下をなんとなくイメージしながら部屋から廊下へ、と念じて目を開いた。
──おっ!出れたー……嬉しさに顔がにやけた瞬間
「さぁ、次はリディアお嬢様の部屋の掃除を早く終わらせなくちゃね」
「はい!」
息が止まった。
廊下に出れたとわかり歓喜に声を上げようとしたとき、目の前をメイドが横切ったのだ。
掃除道具を持ったメイド二人は話しながら私の顔の横のドアを開き部屋に入っていった。
とても驚いた。というか気づかなかったのか、それとも見えなかったのか。二人は特に私の顔に反応することなく部屋の扉が閉まった。
「え、えぇ〜……?」
これは私本当に幽霊になっちゃったのでは……?
少し悲しい気持ちになりながら、おそらく私がいた部屋の主の名前はリディアということだけはわかった。
リディア…………、リディア……?
今朝聞いた声といい、今耳にした名前といいやはりどこか知っているような気がする。
「うーん、今は思い出せそうにないしとりあえずもう少し情報がほしいな……。」
どうやら部屋の感じやメイドを雇ってるのもみるにお金持ちなのだろう。廊下も長くとても綺麗で
よく物語で見かける豪華な屋敷という認識だ。
私の姿が他の人にも見えるのか、なんなら声は聞こえるのかも少し怖いが試してみたい。
そう思った私は探索を続けることにした。
✽
探索しはじめて1時間と少し経った頃
「ひ、広すぎる……」
この屋敷は想像以上に広大だった。
私は壁の移動ですっかり疲れてしまい走ってもないのにぜぇぜぇと息を吐く。
「使用人も沢山いるみたいだけど、誰一人私に気づかなかったな」
あちこちと移動をしていたときに何度もメイドや執事であろう人たちと遭遇したが、誰一人私に気づくものはいなかった。
護衛兵だろうか、騎士のような人たちもいたが、私が見つめていたら何か視線は感じるようで、私の方へ振り返っては首を傾げていた。
人が通る際に喋ってもみたが声もどうやら聞こえないらしい。
「これは完全に幽霊だわ……」
ということはやはり私はトラ転したのかもしれない。
あ、でも転生じゃないのか。
生きてないから普通に死んだのだろうか?
死んで別の世界に行く物語はあれど、死んでその状態で別の存在、しかも無機物になるってある?
そういえば壁になったのって、もしかして……
「死ぬ前に推しを眺める壁になりてぇって言ったから?」
だとしても酷すぎやしないか。
いや、推しがいるなら喜ぶべきなのか?
まだ推し見つけられてないけど。
色んな意味でショックを受けながら私は元いた部屋に戻り、部屋の全体が見えるよう天井で情報整理と称して休むのだった。
2023/12/15 加筆修正
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