第13話 『リディアとアルベルト』
「すごく、気持ち悪いわね……」
とても静かに、ゆっくりと咀嚼するような喋り方でグレースに罵倒されるのだった。酷くない?
「姿を見せれた喜びが一瞬にして無に帰しました」
「ごめんなさいね。気を悪くしないで、ただ感想を述べたまでよ」
「余計傷つくんですけど」
グレースは悪気もなく微笑んでいる。リディアもグレースの感想に自身も同じことを言ったことがあるからか気まずそうに目をそらしている。
「皆して私を虐めるんだ……」
「虐めるなんてとんでもない。美那さんのお顔はとても親しみを感じやすいわよ」
「それ遠回しにディスってますよね……」
あなたの顔は可もなく負可もなくということだろう。自分でもわかってるけど人に言われると傷つく。
「確かに親しみは感じやすいわね」
リディアはリディアでグレースの言葉をそのまま受け入れているようだ。うんうんと頷いている。
お貴族様なんだから言葉の裏読み取るの得意なんじゃないんですか?なんでそんな素直に受け取るの??
「わたくしがすぐあなたに気を許してしまったのはそれもあるのかもしれないわね」
「リディアが気を許すのって中々ないものね」
「いつも警戒心が強い猫のように周りを威嚇しているものね」とグレースはくすくすと笑いながら普段のリディアがどんな感じなのか話し出す。
例えば休み時間は人と話などをする時間と自身の勉強に使う時間をしっかりと分けていて、普段なら今の休み時間は勉強に当てている時間なのだそうだ。
といっても勉強しているからと言って他の人から声をかけられたら返事をしないわけではなく、ちゃんと受け答えをしているらしい。
リディアの人と自分の時間を分けているところに尊敬を抱く令嬢もいるようで、たまに一緒に勉強をしていたりすることもあるのだとか。
「それもあって、リディアがいつも勉強する時間に教室を出ていったからこっそりつけてきたのよ」
「なるほど」
「でもやっぱり物の言い方が辛辣なのもあるから嫌う人も多いわね」
その言葉にリディアは「事実を言ってるだけよ」と言ってそっぽを向いてしまう。
「私も今リディアに事実を述べたけれど、事実が正義とは限らないものよ?現にあなたは不快に思ったでしょう」
「別に、人に嫌われたところでなんとも思わないわよ。慣れているしね」
なんとも思ってないわけがないような顔でフンッと言いながらまたそっぽを向くリディア。
リディアはどうやら本来感情がそのまま顔に出てしまうタイプのようだ。最初あったときはほとんど笑いもしなかったのに、仲が良いとこんな感じなのだなと思った。なんだかとても愛らしく感じる。
「ちょっと!何を笑っているのよ」
「いえいえ、なんでもないですよ」
二人のやり取りを見て微笑んでいると
「笑うといえば、この前リディアがね──」と、唐突にリディアの失敗談を意気揚々と語ろうとするグレース。リディアが慌てて「やめて頂戴!」とグレースの口を塞ごうとする。
その時のリディアの顔は赤くなっており、相当恥ずかしいことだったのかもしれない。かわいいね。
そんなやり取りをしていると休み時間終了のチャイムがなった。
「あっという間に時間になってしまったわね。早く戻りましょう」
「誰のせいよ……」
「それでは、またね美那さん」
そう言って二人は私に背を向ける。リディアはこちらを見て念を押すように「余計なことはしないように!」といって戻っていく。
リディアのいう「余計なこと」はつまり私にとって「危険なこと」ではないかと勝手に脳内変換される。そう考えると心配してくれているんだなとなんだが嬉しくて笑ってしまうのだった。
✽
パタパタと走らず、けれど早歩きでわたくしとグレースは教室に向かっていた。
「全く!変なことを吹き込まないで頂戴」
「だって面白いじゃない」
わたくしの文句にくすくすと笑うグレース。
グレースは元々自身に興味があるものは進んで首を突っ込むタイプなのだけれど、面倒ごとは基本避けたいというある意味でわがままな性格だ。
今回は面倒ごとより自身の興味が勝ったらしく、
ずっとあの壁について話している。
「本当に面白いものを見つけたわね。少し話しただけでも楽しかったわ」
「あれはおもちゃじゃないのよ」
わたくしの言葉にグレースはまた笑う。どちらかというと普段グレースは物静かなタイプで、笑うと言っても作り笑いのことが多い。
こうやって作り笑いではない笑顔を学園で見せるのは珍しい。
「そんなに気に入ったの」
「ええ、もちろん。もっと話してみたいわね」
「今度お茶会に連れてきて」そうグレースが言ったタイミングで教室につく。
わたくしとグレースは席が少し離れているので、入り口で別れた。
席についてちらりと婚約者であり想い人でもある
殿下を盗み見ると、殿下と目があった。
「!」
にこりと殿下が笑いかけてくれたので会釈を返した。
少しだけ顔が熱くなる。こんなことで……。
またちらりと殿下を窺うと、殿下はもうこちらは見ておらず教壇の方を見ていた。
……最近殿下と話す機会がめっきり減った。以前はわたくしが殿下の隣にできるだけいれるように張り付いていたが、今はそれをしようとも思わない。
そもそも、その様に殿下の隣にいるようになったのもリゼ・ホワイトのことがあったからだ。
──学園に入るまではべったりくっつくような距離感ではなかった。
もちろん、わたくしとしてはできる限り近くにいたかったが、殿下はそうではなかった。
いつも優しく接してくれはするが、会う回数は月2回ほど。もう少し増やしたいと言っても忙しいからと断られていた。
それで少し寂しく思っていたところに魔法学園へ入学、そしてリゼ・ホワイトが現れた。
あの女は人の婚約者ということや立場ということなど関係なしに声をかけまくっていた。
明るい笑顔、可愛らしい声、柔らかそうな髪……男性が好みそうな見た目と光魔法を持つ珍しい人物という肩書を武器にして殿下にも近づいた。
わたくしはそれが許せなくて、殿下の側にできる限りいるようにして、リゼ・ホワイトには自身の立場を認識できるようキツめの言葉を放ったり、行動を改めなければ良くない噂(といっても事実リゼ・ホワイトがしていたこと)を流した。
これで、わたくしはことが済むと思っていた。思い込んでいた。
学園生活が始まってから少し経ったある日、殿下が初めてわたくしに冷たい表情を向けた。
「いい加減にしてくれないかい」
「えっ?」
「──僕は君のアクセサリーではないよ。」
殿下はそう言ってわたくしと組んでいた腕を振り払った。
わたくしはその光景が信じられなくて、呆然としていた。
「……以前と同じような距離でいてほしい。流石に毎日こんな感じだと、息抜きもできないんだ。」
殿下はため息をついてそのままその場を去っていってしまった。
わたくしは、殿下をアクセサリーだなんて思ったことないのに。……ないはずなのに。
「そのように、思わせるほどわたくしの行動は酷かったということ?」
それともわたくしが自身の感情に見てみぬふりをしているということ?
殿下をただのアクセサリーだと思ってることを認めたくないと……。
「アクセサリーなんて、そんな」
そんな風に思ってたらこんなに申し訳ないような、やるせないような、虚しい感情になるのかしら?
わたくしはあなたの肩書を、あなた自身をそんなふうに思ったことはないのに。
今までの殿下の笑顔を思い出す。
全て、作り笑いだったのではないか……昔見せてくれた無邪気な笑顔は一度も見せてくれなかったのではないか。
「……殿下は……わたくしと一緒にいて、一度も楽しいと感じなかったのかしら」
殿下を喜ばせたくて、色んな話をしたくて勉強をしたり、調べたりした。わたくしは殿下と話す時間が楽しかった。
でもそれは殿下にとって迷惑だったのだろうか。
「……っ」
そう思った瞬間、涙が溢れて止まらなかった。
その日から、わたくしは殿下の側にいるのをやめたのだった。
2024/1/6加筆修正
次回から美那の視点に戻ります
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