五話『初客』中編
「うーむ」
雪里から離れた常春の国。
夏も秋も冬も無いこの国で、群青色の着物を纏い小次郎は唸っていた。
彼の目の前に有るのは、露店。
沢山の野菜果物が並ぶ一つのお店である。
並ぶ野菜は大根から人参、ぜんまいから茄子に椎茸やネギ。
小次郎が見慣れないモノを現すのなら、じゃがいも、サツマイモ。玉ねぎ。トマトにピーマンなど。
これは如何買えばよいか迷ってしまう。
どうすんだい。兄さん
そう店主が急かす。
「あいや。待たれよ」
顎をしゃくる。
ここは見慣れたものを買うべきか。
悩まし気に顔を傾ける。
なにせ初めて見る物ばかり、何を買えばよいのやら。
しばらく悩んで、決めたように顔を上げる。
「……取り敢えず。此処にあるモノを3つずつ包んでくれ」
――はいよ。しっかし、あんた。大荷物だね
注文を受けた店主が笑う。
ただ、そう言われても致し方が無い。
何せ今の小次郎は、籠を担ぎ。
その中にコレでもかというぐらいに荷物を乗せているのだから。
―― 一体。何を買えばそうなるんだい?
モノを包む店主は楽しげに聞いた。
「なにって、食料に着物。生活の必需品さ」
包んでもらった野菜を籠に乗せて「よっこらせ」と小次郎は軽々と担ぎ直す。
さてと、と顔を上げ向かうのは、此処からでも良く見える真っ白に染まる雪山だ。
店主が言う。
あの山には近づかない方が良い――。
雪を降らす化け物が住み着いている。遭難しても知らないよ。
この言葉に小次郎はからからと笑った。
「そうかい。ご忠告どうも。しかしなぁ、儂はあの山から来たんだ。それに化け物何ていやしないぜ。――いるのはちっこい神さんだけだ」
それだけを伝えて、小次郎は店主に背を向ける。
のそのそり。手ぬぐいを首に巻いて。熊のように、雪山の道也を歩いてゆくのだ。
そんな小次郎の姿を見て、周りの人間はこそこそ噂話を一つ。
最近、街々や村々に、山のように食料や生活用品を求める男がいるという。
男は豪奢な着物を元手に、宿屋でも開くのではないかと、思えるぐらい沢山の品物を買っていくという。
そして、彼は必ず神が住まうとされる雪山に帰っていくのだ。
――化け物が遣わした、物の怪なんかじゃないか。なんて。
それを小耳に挟みながら、小次郎は家路につくのである。
◇
雪の山道を、音を立てながら歩く。
春の国から少しでも離れれば、景色は白く染まり上げ、天からは雪が降り注ぐ。
そのなかを小次郎は傘を被り、ゆっくりと前に進んだ。
険しい道ながらも余裕をもって、周りの景色を楽しみながら。
歩きに歩き、数時間。
漸くと白い世界の中で、ただ一つの屋敷が見えてくる。
雪が積もった屋敷の前。ゆらゆらリ揺れる橙の尾が一つ。
今は雲にかかり見えない、空の様な蒼い瞳が小次郎を映しとる。
「小次郎!こじろー!!」
桜柄のピンクの着物の袖を振りながら、小雪は元気よく小次郎を出迎えた。
小次郎は苦笑いを一つ。しかしソレに返すように手を振る。
ざくざく、雪の音を鳴らしながら小雪へと近づいた。
「これ、小雪。外に出るときは、もっと厚着をしろと言ったではないか」
「大丈夫なの、ですじゃ!コレくらい、ですの!」
耳をぴくぴく。尻尾をふわふわ。
満面の笑みを浮かべて、小雪は心の底から嬉しそうに飛び跳ねる。
ただ、そうは言うモノの、小雪の白い肌は真っ赤だ。
小次郎が小雪の手を包み込めば、氷のような冷たさが広がった。
「冷えているではないか」
「うむ!貴様が出かけてから、ずっと外で待っていたから、ですの!」
「なぜそんな……」
真っ赤になった彼女の手を擦りながら溜息を付く。
なぜ?か。――実に簡単な問題だ。
「全く。1人が寂しいとは、まるで子供の様だな」
「むう。悪い事、ですのか?」
溜息。嫌味交じりに送れば当たり前のように返してくる。
顔をぷいっと背けて尻尾をふわふわり。
「神とて一人は寂しいモノじゃ!特に妾は人一倍寂しがりや故、もう一人ぼっちにされるのは嫌なのじゃ!あ、ですの!」
「ふむ。素直なのは良い事だ」
ふんすと、何故か胸を張って。これには小次郎も苦笑を一つ。
仕方が無しに首に巻いていたマフラーを彼女の首に巻き直すのである。
◇
「しかし。たくさん買ってきたのぉ、です」
選り取り見取りの野菜を前に、小雪は声を漏らす。
その手にはトマトが一つ。そのままカプリと噛みついて。ゆらゆらと尻尾を揺らした。
「こらこら、せっかく買って来たのに食べる奴がいるか」
「何を言う、です。これはトマトといって、このまま食べるのが一番良いのじゃ、です」
「なんと」
小雪の表情。反応を見て小次郎は唸る。
それならばと、此方も一つ。
トマト人かじり。
甘酸っぱく、瑞々しい果肉が口いっぱいに広がった。
「ふむ、コレは上手い」
「で、あろう……です。貴様はいつも秋の国にしか行かないから知らんかったじゃろう、ですの!」
小次郎の反応に、小雪は何故だか自分の事でもないのに「えへん」と胸を張る。
可愛らしい反応だ。そんな彼女を前に小次郎はくしゃりと表情を一つ。
「しかし、おぬし。一月も経つというのに。むしろ変な癖がついたなぉ」
「うむ?」
指摘された小雪はぱちくりと瞬き一つ。
次の瞬間には「む」とした様子で小次郎を見た。
「なんじゃ、藪から棒に、ですの」
「それだ、それ!」
「む?なんじゃ!ちゃんと敬語をつかっている、のですじゃ!」
「使えていない!――それに敬語じゃなくて、もっと親しみやすい言葉にしろといったのだ」
小次郎の言葉に、小雪は再び「むぅ」と声を漏らし、トマトをかじった。
――指摘した問題。
それは小雪の言葉使いだ。
神様であるからなのか、彼女は無駄に偉そうだ。
相手を貴様と呼ぶし、語尾に「じゃ」なんて付けて古めかしい。
だからもう少し。こう。完璧とまではいかないが、柔らかくなって欲しいというか。
と、思い指摘すればまさかのへんちくりん。
敬語どころか、言葉遣いがおかしくなってしまった。
小雪は唸る。
「ふん。料理を作ってみろ。雪かきを手伝え。風呂掃除をしろ。いろいろ貴様のいう通りにしてきたが、今度は口調とか。口うるさい奴よな、です!」
「“貴様”をやめんか。それに、至極当たり前の事しか言ってはいないような気もするが?――宿屋の女将としても必要な事柄だと」
「いっぺんにいっぱい言われても分からないの、ですじゃ!」
フム、これは困った。小次郎は腕を組む。
と、言うか、口調は兎も角。今あげたのは生きていくのに必要な物だと思われるが。
等と言う言葉は何とか飲み込んだ。
「――では、こうしよう。力仕事は儂がするゆえ。それ以外の仕事を小雪が。ついでに口調を直していくという形に。役割分担していこう」
「むう。べつにソレでよい、ですが。それだと今までとあまり変わらん気もするのぉ、です。……しかし貴様は雪かき大好きか?毎日毎日やっておる、ですな」
「毎日雪が降り積もるのだ。屋根が抜けても可笑しくないぞ?」
注意する様に呆れる様に小次郎はモノを言う。
なにせ彼女は食事もとらなければ睡眠もとらない。
雪かきなど必要も無いと言い。
気まぐれに、屋敷にある露天に浸かる程度。
露天だけがきれいなのは幸いだが。
まったく、コレが神と言う奴なのだろうか。
気まぐれで、無駄に威厳だけがある小娘ではないか、なんて。
ついつい小煩い小言を言ってしまうのである。
◇
その夜の事――。
月明かりもない、ろうそくの明かりが揺らめく部屋の中。
小次郎は、静かに手元の本の頁をめくった。
その側で、小雪がしっぽを大きく揺らめかす。
一か月、これも小次郎と小雪と日課になっている。
こうやって、この国の言葉が読めない自分の為に、小雪が読み聞かせをする。
以外にも彼女は教え上手で、御伽噺程度なら読めるようになった。
だが、今日はいつもと少し違う。
「これは、春の国の歴史じゃの、です」
小雪が言う。
小次郎は首を傾げた。
「春の?」
「ふむ。……太古の時代から、春の国は神に愛された国だと、そう記されている」
「ほう?」
「……神に愛されておるから、冬の魔物の手が届かない――。そう、書かれておる」
少しだけ、息を呑む。
小次郎の黒い目が小雪を映す。
「しかし、おぬしが言うには――」
「うむ、春は元は妾の力じゃ。でも渡したのもずいぶん昔じゃ。……きっと、どこかの世代で謝って伝い間違えたのじゃろう」
小雪の顔がわずかに切なげな色を見せる。
今だって正直なところ、彼女が神で、元は春の力を持っていたというのは信じられないが。
冬の魔物、これは間違いなく小雪の事だ。
その小雪が庇い立てる様に口添えするが、きっと彼女も気が付いているだろう。
後世に伝える時に間違え、ではない。
意図的に、自分たちが都合の良い方に変えたのだ――と
小次郎は再び頁をめくる。
「神さまに愛されているから春しかないなど。夏の暑さも、秋の実りも。そして冬の楽しさも知らぬとは、哀れだの」
彼女を擁護するように、ぽつりとつぶやいて口を噤む。
小雪の空色の瞳が小次郎を見た。口元にわずかな笑み。まるでこちらの本心を見透かすように。
「――いや、すまん。やはり春は強い、か」
そんな目をされてしまえば、言い隠せない。
馬鹿正直に自分の感想をこぼす。
そばで小雪が口元に手を置いて笑う。
「なんじゃ、正直じゃな!……です!」
「それは――」
あんな目をしてからに。
しかして、小次郎はその言葉を口にしない。
ふん、と小さく鼻を鳴らすだけ。
「そうだろう。――春は暖かい。昼寝に最適だ」
ふてくされたように、肘をついて頬杖を一つ
春は暖かい。草木は美しくて。山菜もおいしいし。
これ以上の過ごしやすい季節もないのだから。
小雪が笑いながら問う。
「じゃあ、夏と冬では?」
「それは勿論、冬だな」
小次郎が当たり前に答える。
「なぜじゃ?」
「夏は果物がうまい!青々とした緑も美しい。夜の縁側で、酒の肴にホタルを見る。それもまた風流だ」
「なら、秋はどうじゃ!秋と冬では?」
「それは秋だな。」
「なぜじゃ?」
「食欲の秋というだろう。サンマは上手い、山の実り上手い。赤々とした紅葉狩りも楽しみの一つだ」
「なんじゃ、なんじゃお前も!冬を下にみおって」
ふてくされる小雪に、小次郎はからからと笑う。
しかしと、小次郎は言う。
「しかし、冬にもいいところはあるぞ?」
「例えばなんじゃ?」
頬を膨らませて、不機嫌に。
そんな小雪を端に小次郎は続ける。
「言ったであろう?冬は楽しいと。雪にはしゃぐ童たちの声。かまくらづくりに雪合戦。だるまを作るのも、童心に返ったようで楽しい」
「まるで子供じゃな!」
「ははは!そうだ、釣りも良いぞ?氷に穴をあけて、冬ならではの魚を釣る。これもまた、楽しい。そして、家に帰って鍋を突きながら、酒を飲む。雪の降る景色は美しい。特に朝焼けだ。日の光を浴び、白い雪がキラキラと輝くすがた。これほど美しいものはないさ」
黒い目が優しげに小雪を映す。
柔らかな笑みが浮かび、彼女へと送られる。
「いやいや、待たれい。四季に比べなど要らぬではないか!なんだ――。冬も他の季節と同じく、風情があって良いものだ」
なんて――。
空色の瞳が大きく揺れた。
唖然と小次郎を見上げ、何かを言いたげに口を僅かに開けて。
でもここには、人がいない。
だから、きっと彼の望む冬はないのに?
――けれども、それは言えなくて口を閉じる。
暗いことを言って、この場を沈黙させるよりかは、きっと。
きっと、ここは笑顔が良いのだ。
そう、冬の太陽のような笑顔が――。
「――そうか。冬は楽しいか――!」
二人の楽しそうな笑い声は、夜の帳へと消えてゆく。




