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五話『初客』後編1

 


 季節が世にいう春と呼ばれる頃。

 小次郎はいつものように、人里へと降りていた。

 買い物を済ませ、大きな荷物とともに雪山へ。


 荷物を玄関先において、大きく一息をつく。


「はぁ――」

「おかえりなさいですじゃ、小次郎!」


 それを迎えるのは勿論小雪で、しかしと首をかしげる。


「どうした?今日は一段と疲れておるのですのじゃ」

「ん?ん――」


 聞いてみるが、歯切れが悪い。

 なにか悩むように腕を組むばかり。


「小雪。少し話がある。――茶でも入れてはくれないか?」

「――?」


 ◇


「それで、話とはなんじゃ?」


 小雪の部屋。こたつの上に、湯呑が置かれる。

 空色の瞳が、まじまじと小次郎を見つめ首を傾げた。


「実はな――」

「実は?」


 ここで茶を飲み。

 それは心から言いにくそうに、口を開く――。


「今日改めて、考えたのだが。――儂は宿屋の女将というものがどんなものか、知らぬ」


 ――なんて、あまりに真剣に言った。


「ぷ、あはははははははは!」


 少しの間のち、小雪がお腹を抱えて笑う。


「なにを真剣に悩んでいたかと思えば!そんなことでございますか?」

「こらこら、笑うな!大事なことだろう!」


 腹を抱えてけらけらと笑う小雪に、小次郎は困り果てた表情を浮かべるのだ。


 小次郎は腕を組む。

「女将をやろう」そう言ったのが随分前な気がする。

 しかし、今日この日までなんに準備もせずに過ごしてきた。

 そりゃ、小雪の口調とか治したり。治ってないけど。

 掃除洗濯、炊事など必要最低限なことを、覚えさせたりとしてきたけれど。

 『夏の里』までいって、ふと気が付いたのだ。まだ、宿屋として何もできていない、と。

 だから、こうして慌てて戻ってきたというのに。


「小雪、今から女将の何たるかを決めよう」


 悩まし気に小次郎が言う。

 小雪は目をぱちくり。しかし、笑顔を一つ。


「楽しそうなのですじゃ!いいでのすよ」


 こういう時は、子供らしい小雪で助かるというものだ。


「で、なにを決めるのですじゃ?」


 そして、話題に入ると決めた時の行動も早い。

 小次郎は腕を組んだ。


「まず、お客だな」

「お客。――たしか、小次郎のような、別の世界からやって来た人間を相手にするんですじゃ!」


 小次郎は頷いた。ただ、その表情は悩まし気だ。


「……たしかに儂はそう言ったなぁ」

「???」

「しかし、それで上手くいくとは、思えんくなった」

「え?なぜですじゃ?」

「――今まで儂以外の、儂のような輩に会ったことがないからだ」


 小雪と出会って大分経つ。

 自分がこの世界とは別の世界からやって来た、という事実はすでに受け入れている。

 しかしというべきか、小次郎はいまだに、自分以外の「別世界の放浪者」に会ったことがない。

 小雪に提案したものの、それで上手くいくか心配になったのだ。


 だが、小雪はこの問いに、けろりと答えた。


「それは当たり前ですじゃ!だって、わたしが許していないですじゃ!」

「――はい?」


 思わぬ答えに小次郎は首をかしげ、小雪は続ける。


「別の世界から人を呼ぶ。こちらから違う世界に人をおくる。それは、まぁ、簡単ですじゃ!わたしが願うだけできますじゃ!――でも、それは本来禁止ですじゃ!」

「禁止――?それは、なぜ」

「姉妹との決定事項ですじゃ!」


 なんと摩訶不思議なことを言うものだ。

 話半分、正直理解ができなかったが、とりあえず。

「別世界の異邦人」はいるが、小雪が許していないので入ってこられないということでいいのか?


「しかし小雪、それだと客を受け入れられないじゃないか」

「――それもそうですじゃ」


 あっけらかんと小雪は答えた。困ったものだ。

 小次郎はうなる。


「よくわからんが、別の世界から人を呼ぶには小雪の力が必要。しかし、それは、ええと。小雪の兄弟との約束でできない。――でいいのか?」

「うむ!」

「……すこし、まけてはくれんかの」


 すこし思考を巡らせた結果、こればかりは小雪に頼み込むしかないと判断するしかなかった。


「これでは宿屋どころか、人も来ん。お前頼りだ」

「なんですじゃ?わたし頼み?……でも……」

「なら、一人。一人だけでいい!どうせ、ここには小雪と儂しかおらぬのだ。客も一人で手一杯になろうて」

「……それならよいが」


 おお、コレは脈ありか?

 小雪は他人の頼み事には弱い。

 しめしめと、心の中でほくそ笑む。

 しかし――。


「じゃが、今は小次郎がおるですじゃろう?」

「――」


 撃沈した。

 ああ、そうか。出会ったときにも言ってはいたが、小雪からすれば小次郎も、立派なこの屋敷の客人である。


「今は小次郎がおるから人は呼ばん」

「……儂は客人かの?家の事も手伝って、こうしてお前と過ごして居るが?」

「客人ですじゃ!」


 こうもはっきり言われるとは――。

 小次郎は頭を掻く。

 小雪の目を見るが、いつもどおりきらきらと。

 これでは、言いくるめるのにも時間がかかりそうだ。


「はぁ、駄目であったか」


 これには小次郎も肩を落とすしかなかった。

 小雪は意味が分かっていないのか、首をかしげるばかりだが。

 気持ちを切り替えて、小次郎は別の質問を小雪に投げかける。


「分かった。今の客人は儂一人――。なら、小雪は客人に何をしてくれる?」

「んー。話ならできるぞ!」

「確かにそれも女将の仕事になるかもしれんが。それだけか?」

「んー。料理、とか?」

「……まぁ、板前もおらぬのだから、それは必須か」


 小次郎は腕を組む。

 確かに最近は小雪の料理の腕も上がってきたが。

 けれど、ただの料理だとなんだか味気ない。

 豪華なのもいいが、毎日だと飽きてしまう。


「なら、客の好きなものを作るのはどうだ?」

「好きなもの?――小次郎だと山菜のお浸しとか?」

「そうだな。そうなるな」

「でも、それって大変ではないか?」

「……」


 確かに――。

 客に合わせて料理を作る。その分、料理を覚えなくてはならない。

 それだと、小雪にかなりの手間を掛けさせることになる。

 けれど――。


「だが、客は一人なのだろう?その分、心づくしをした方が良いのでは?」

「そうですか?」

「ああ、せっかく泊まるのだ。いい思い出ができた方が楽しいだろう」


 ここで、小次郎が手をたたく。何かを思いついたようで、笑顔を一つ。


「そうだ――。これから来る客は、儂のように長いはさせず、一日だけの宿泊にしよう」

「いちにち、だけ?」

「ああ、そうだ。それだと作る料理も少ない」


 それは――。

 小雪は小次郎の顔を見ながら考える。

 結局、覚えなきゃいけない料理が増えるのだけど。

 でも、小次郎の笑顔は確かに妙案だと思えてくる。


 だったら、小雪も手を上げる。


「だったら、これはどうじゃ?迎え入れる客は、新しい人生を始める人間――。そうじゃな、別の世界へと行こうとする人を迎え入れるというのは?」

「うん?」

「死んで、まったくの別の場所で新しい命に生まれ変わる者。死んではいないが、天の気まぐれで別の世界へと飛ばされるもの。えっと、たしかなんて言ったかの。」


 ――そうじゃ!


「転移と、転生――!これをした者が、この世界に迷い込むようにするですのじゃ!」

「転移?転生?」

「もう!――つまりは神隠しと、生まれ変わりの事ですじゃ!」


 小雪は人差し指を立てる。

 この言葉なら小次郎も分かる。

 神隠しと、生まれ変わりか――。


「たった一人、一晩だけ。新しい人生の門出として、慰めとして。楽しい思い出を作ってもらう――これでよいですじゃろ!」


 小雪は満面の笑みを浮かべる。

 彼女の転生と転移は、小次郎にはよくわからない。

 でも――。新しい人生の門出と慰め、か。


「ふむ。それはそれで妙案かも知れんな」

「のですじゃ、のですじゃ!」


 こうして、というべきか。

 宿屋の方針が決まる。


 たった一日の、たった一人のお客様。

 今はまだ、夢物語の一幕。



「では、宿屋の名前はどうする?」

「なまえ?うーん」

「儂はいい案があるぞ」

「おお!なんじゃ、なんじゃ?」

「狐の女将が人を結ぶ宿屋。――『子ぎつね停』――というのはどうだ?」

「……なんじゃ。ふふ。うむ、いいではないか?」



 そんないつかの夢物語を、二人は静かに笑いあうのであった。



 ◇



 春は過ぎて夏が来る。

 相変わらず雪がふり注ぐ冬の屋敷で、小次郎は日課の雪かきをしていた。


「ふぅ……」


 あらかた雪を片付けて、顔を上げたのはちょうど正午を回ったころ。

 朝早くからやって、やっと終わったところだ。

 額の汗を手拭いで拭きとりながら、ようやくと屋敷へと戻る。


 ふと、玄関の前。中から、どたどたと足音。


「小雪――?」


 何事かと思い、玄関の扉を開ければ、ふわふわ狐のしっぽ。

 それが、廊下の端から端へと、移動しながら揺れている。

 着物の袖をまくり上げ、腰をかがめ、手には雑巾が一枚。

 どうやら雑巾がけをしているのは、確かであった。

 もう一度往復してきた小雪が、小次郎の前で止まる。

 空色の瞳が小次郎を見上げていた。


「む?雪かきは終わりましたのです?」

「うむ。先ほど終わったところだ。儂も随分雪かきになれたな」

「ふふ、最初の頃は、シャベルの使い方も分からなかったのにです」

「それは、おぬしもだろう。雑巾の使いが上手くなった」


 そこまで言って、二人は小さく笑いあう。

 最近の日常とかした風景。


 玄関に座り、小次郎は肩に手を置きながらこぼした。


「しかし、こう毎日毎日大雪だと。流石に疲れるなぁ」


 その隣に腰を下ろして。すかさず、小雪が言う

「それ、最近毎日いっているです」

「仕方が無かろう。ここにきてもうずいぶんと経つが、晴れた日が一度もないのだから」

「それはそうです!私の力を舐めないでいただきたい!」

「それは、胸をはって言う物なのか?」


 さすがに、雪かきも最近は大変になってきた。

 春の頃はよく言っていた人里も、ここ最近は行けていないし。

 こうなれば、近いうちに雪かきまでも、小雪に手伝ってもらうことになるかもしれない。


 そんなことを考えながら、凝り固まった腕を回せば。

 その様子を見つめていた小雪は笑った。


「おじいちゃんみたいです!」

「うるさい――。儂はまだまだ若い」


 けらけら、けらけら。小雪が笑う。

 いつものように、まるで太陽のように。

 むす――としていた小次郎だが、それにつられて彼もまた、くすりと笑った


 すると小雪はすぐ様に不思議そうな顔をした。


「何をわらっておるのです?」

「お前が笑ったから笑っているのだ」

「わたしはお前を馬鹿にしているのにです?」

「ああ、お前さんの笑顔はまぶしくてなぁ。ついつい、つられて笑ってしまうのだ」

「……へんなの!」


 小雪は首を傾げ、そして再び笑う。

 そんな笑顔に、小次郎も笑顔を絶やさず。


「小雪、お前の笑顔は人を笑顔にする。その笑顔を忘れるな」

「???」

「うーん。そうだな――。女将たるもの、常に笑顔を――これをこの宿の家訓にするか」


 小次郎がなぜ、そこまで笑うか、きっと小雪には分からなかった。

 けれども、小雪は頷くのだ。

 ひどく楽しげな雰囲気の中、小雪が顔を上げたのはその時。


「あ、そうだ小次郎。温泉掃除終わったから入ってくるです!」

「ん?うーん……」


 小雪の提案に、小次郎は渋い顔を見せた。

 確かに汗をかいた。風呂は入りたいが――。


「……小雪、ありがたいが。どうせお前、また『背中を流す』と入ってくるのだろう?」

「??――はいです!だって、それが小次郎の世界では普通なんでしょ?」

「確かに儂の国では普通であったが。あれは、もうやめてくれんか?」

「なぜです?小次郎はお客様なのです!」

「――はぁ」


 小次郎は腕を組んで、どうやってこの説明をすべきか。

 ほとほと困るのである。



 ◇



 寒い夏は終わり、秋となる。

 実りもない寒々とした、白化粧の中。

 小次郎は、今日も今日とて冬の屋敷で過ごしていた。


 最近はもう、とんと里には下りず。時々、雪かきをするかしないか。

 けれども、それ以上に大きく変わったこともある。


 ――……小次郎殿


 名を呼ばれ、小次郎は顔を上げた。

 目に映るのは、白髪が混じる黒髪の中老の男。

 この冬の屋敷に訪れた、客人であってお客様ではない存在。


「春の国」からはるばるとやって来た、御仁であった。


「半蔵殿、よういらした」


 小次郎は笑みを浮かべる。

 半蔵――。それが男の名前であった。

 促されるままに、半蔵は囲炉裏を挟み、小次郎の迎えに座る。


 お茶を入れ、彼に出してしばらく。

 最初に口を開くのは半蔵だった。


 ――……小雪様はどうお過ごしですか?


「ん?小雪か?毎日元気に過ごしておるよ。今日は儂の代わりに雪かきをしておった」


 ――……。それなら、私はまだ警戒されていますな。屋敷に来たときは姿が見えず、玄関に『中に入ってくれ』と文だけが置いてあった。


「はははは。そうか、まだ尻尾は出さぬか」


 ――……仕方がないとはいえ、そうなかなか姿を見せてはくれん。


 二人が静かに笑いあって、茶を飲む。

 この会話を、小雪は聞き耳でも立てているだろうか?

 いや、きっとまだ雪かきの最中だ。

 この世界の住人を警戒しているのか、半蔵が屋敷を訪れるようになってから暫く経つというのに。一回も姿を見せたことがないのだから。


「ゆっくりでいいさ。お互い。長い間、距離を取っていたのだから」


 ――……。


 小次郎の言葉に半蔵が口を噤む。

 何かを言いたげに、しかし何も言わず。

 彼が言いたいことは、小次郎はもう分かっている。

 出会った時から、彼は口癖のように言っていたのだから。


「半蔵殿。いつも言うが、儂は嬉しいよ。この世界にでも、小雪を気にかけてくれる人間がいたのだから」


 ――……当たり前だ。


「その当たり前が大変なのだ」


 ――……だが、私のこの思いは。神への懺悔でしかない。


「最初は懺悔でいいさ。ゆっくりと友人なっていけばいい」


 ――……それは、無理であろうなぁ。


「無理なものか。誰かを大切にしたい気持ちは、遠からず伝わるものだ」


 茶を飲みながら、二人は深々と会話する。

 そのほとんどは小雪が話題で、尽きることがない。


 ――彼は、小次郎が見つけた唯一の小雪の理解者だ。

 探し回って、沢山探し回って、心が折れそうになるまで探し回って。

 それでも、あきらめず。ようやく見つけた、彼女を怖がらない人間。


 それは、まだ懺悔でしかないのかもしれない。

 けれども、いつかはきっと、彼女の良い友人になることを願いて。


 もしも、いつか。自分も別の世界に行くのなら――。

 そんなもしかに恐怖を感じながら、この瞬間を楽しむのだ。



 ◇


「小次郎?」


 半蔵が帰ったのち、入れ替わりに小雪が顔を出す。

 あたりを見渡して、ほっと溜息。

 うん、半蔵殿には悪いが、まだまだ時間はかかりそうだ。


「小次郎……」


 そんなことを考えていると、ふと着物が引っ張られる。

 隣を見れば、珍しく小雪が耳を下げて佇んでいた。


「どうした?ああ、半蔵殿が帰って寂しいのか?そんなに気になるのなら、顔でも出せばよいものを――」

「ちがう、ちがうもん」


 茶化してみるが、小雪の元気は戻らない。

 小次郎は腕を組む。寄り添うように、その小さな肩に手を回し静かに聞く。


「――何があった?」

「……小次郎はさ。小次郎もさ」


 間が開く。

 小次郎は何も言わない。

 彼女が自分から口に出すのを待つ。


 しばらくして、小雪はおずおずと口を開く。


「…………小次郎も、家に帰りたい?」


 わずかに着物の裾を握る手に力がこもり。小次郎は言葉をなくす。

 なぜ、小雪がそんなことを言い出したのか。

 雪里を下りて帰っていく客人を見て、何か感じることがあったのか。


 長い間。

 ――小次郎は小さく笑った。


「何を言う。ここが家だろう」

「――!」


 小雪が顔を上げる。

 驚いたように、今にも泣きだしてしまいそうに。

 反対に小次郎は声を出して笑った。


「いまはまだ、お前を一人置いていけるか――。少なくとも立派な女将になるのを見届けなくてはなぁ」

「――……」

「それに。儂が出ていくときは、そうさな」


 黒い目が空を見上げる。

 厚い雲、雪が今日もしんしんと降る雪景色。


「儂がこの宿を出る時は、蒼天の日がいい」

「――――なにそれ」


 小次郎の言葉に、小雪は小さくはにかむ。

 からっとした、いつもの小次郎の笑顔が小雪の空の瞳に映って。

 小次郎は言う。


「ほらほら、もっと笑え笑え!家訓を忘れたか?」


 その励ましに、小雪もいつもの笑顔へと表情を変えるのだ。





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