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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
1章 怪物の目覚め
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9. VSアバドン

 息を潜めて。

 好機を待つ。


 パルテノア公園には、目視できる範囲で三人のアバドンがいた。

 フルマスクを被った三名。

 トイレの陰に隠れて、俺は奇襲を仕掛けるタイミングを待っていた。

 リラ曰く、本部からの応援には十分以上の時間がかかるそうだ。


 細長い奇妙な機械を持っている男。

 それを守るように周囲を監視する二名。


「おい、ミュール。早く掘削を済ませろ。民間人は追い払ったが、皇帝軍が来てしまう」


 機械を持った男は、ミュールと呼ばれていた。

 コードネームだろうか。

 何が狙いなんだ?


「わかってるとも。さて、本当にここで合ってるんだな?」


「間違いない、さっさとやれ」


「了解だよ」


 ミュールはそう言って。細長い機械を地面に突き立てた。



 ――ガガガッ!



 地面が抉られていく。

 猛烈な勢いで機械の先端がスピンし、舗装された地面を掘り進んで。


「っ……! あいつら……!」


 止めないと。

 “戒律”違反だ。


 今すぐに止めないと、どんどんマズいことになる。

 奇襲を仕掛けるとしたら、俺から一番近いアバドンか。

 可能なら一気に二人持っていきたいが……俺じゃ一人が限界だ。


 遠方のリラにアイコンタクトを取る。

 リラも頷いた。魔導を使えない彼女を戦わせる気はないが、万が一の事態に備えて策は練ってある。


「――」


 深呼吸。

 見張りが反対方向を向いた。


 今、仕掛ける!


「──暗闇(ブラインド)


 飛び出す。

 力を伸ばす。


 俺の人影から伸びた影を針に。

 鋭利な穂先が、標的の胸を貫いた。

 一人殺した。


 今さら殺人の罪過など感じない。

 こいつらは――トワコを殺した悪人なんだから。


「ッ、奇襲だ!」


 ミュールの手が止まり、掘削機が投げ捨てられる。

 同時にもう一人の見張りが動いた。


 目にも止まらぬ速度で抜かれた拳銃。


「想定済みだ!」


 黒靄を前方へ展開。

 靄の向こうで上がった火花。

 一拍遅れて銃弾が靄に取り込まれる。

 俺は回り込んで、見張りに影の針を伸ばした。


「チッ……」


 躱された。

 奴は針を横跳びに回避し、シーソーの上に飛び乗る。


 地上から影を伸ばす俺の攻撃は、空中に逃げるほど当たりづらくなる。

 今の一手で弱点を見抜かれたのか……!?


「皇帝軍か……! 早すぎる!」


「落ち着いて。先見の巡回部隊だ。中央の天然ものじゃないはずだ。養殖に決まっている」


 ミュールはそう言い聞かせ、俺に銃口を向けた。

 冷静だな。だが、残念。

 俺は……天然の魔導使いだ!


 靄を前方に。

 これは目くらましのスモークとしても使える。

 位置を再調整。


 大切なのは『光源を背後に』

 俺の暗闇は人影から発生する。


 常に敵との間に人影を置くことで、攻撃への対処が早くなる。

 人影を後ろへ置けば、敵に暗闇を向けるまでのタイムラグが生じてしまう。


「厄介な靄だね。リンクル、挟み撃ちにするよ。銃弾を防ぐ靄は両方向に展開できないと見た」


「おうっ!」


 マズい。

 リンクルと呼ばれた見張りが、俺の背後へ回り込もうとする。


 図星だ。

 靄は一方向にしか展開できない。

 左右背後から同時に攻撃されれば、どちらか一方の攻撃に被弾する。


 いや……待てよ。一つのアイデアが浮かんだ。

 やってみるしかないか。


「終わりだな、クソガキ!」


 背後へ回り込んだリンクル。

 そして正面にはミュール。

 両者の銃口が同時に向けられた。


 ――今。


暗闇(ブラインド)――『影装(アーマー)』」


 靄を再展開。

 俺は、その真っ黒な靄に飛び込んだ。


 身体が奇妙な浮遊感に包まれる。

 息が苦しいが、耐えられる。


 左右から迫る銃弾。靄の中に入ると減速する。

 俺は暗闇の中で屈み、銃弾を回避した。


 一方向にしか靄が展開できないなら、自分の身体を靄で包んでしまえばいい。

 即興の技だが、実践できた。

 やはり魔導を感覚的に使えるのは大きいメリットだ。


「……!」


 そして飛び出す。

 腰からナイフを引き抜き、影を足裏から射出させて加速。

 勢いのままにリンクルの首元を掻っ切った。


 鮮血が純白の制服を染め上げる。

 残り、一人。ミュールだけだ。


「……大した戦闘センスだ。まさか本隊か?」


「二等兵、イージャ・キルシャ。戒律違反、および民間人への脅迫行為。死を以て罰するには充分すぎる罪だ」


「ついてないなあ。ほんと、厄介だよ。皇帝軍ってやつは」


 仲間が二人殺された状況でも、ミュールは降参する姿勢を見せない。

 それどころか余裕な態度を保っていた。


 憎い。

 その余裕な態度を、崩してやる。


 じりじりと睨み合う。

 先に動いたのは、ミュールの方だった。


「!」


 バックステップで飛び退き、銃口をこちらへ向ける。

 靄を展開。


 ――しかし、銃声音は聞こえなかった。

 ブラフか。


 回り込んでミュールの姿を探すと、奴はブランコの上に乗っていた。


 靄が晴れると同時、空中から銃弾を撒き散らす。

 響く炸裂音に対し、俺は咄嗟に横に転がった。


「っ……!」


 鋭利な痛みが走る。

 脇腹を撃たれた。

 致命傷は避けたが、マズいな。


 それに陽光が前にある。

 銃を撃たれても、すぐに前方に靄を展開できない。


「闇系統の魔導。見るに、人影がリソースだ。言っておくが、太陽を背後には戦わせないよ」


 ミュールはブランコから飛び、ジャングルジムの真上に立った。

 どうしても優位は譲らないらしい。


 ミュールの射線を切れるように移動する。


 しかし、馬鹿げた身体能力だ。

 アバドンの奴らは人間とは思えない動きをする。

 まさか身体強化の魔導を使ってるわけじゃないよな?


「そして、君の負けだ」


「は? どういう……」


『イージャ、後ろ!』


 リラから通信が入った。

 ──後ろ。


 その言葉は、後ろから奇襲が来ることを意味していた。

 頭では理解できた。しかし反応が間に合わない。


 後方の樹上から飛んだ影。アバドンだ。

 三人以上いる可能性を、伏兵を、考慮していなかった……!


 煌めく刃光。

 アバドンのナイフがきらりと光る。

 死を運ぶ刃を前に、俺の意識は空白に呑まれた。


「……ぁ」


 甘かった。

 俺は、まだ未熟だった。


 ……ここで死ぬんだ。

 細切れになった風景の中、徐々にアバドンの刃が喉元に迫る。



 ――!



 甲高い音とともに刃が弾かれる。

 瞬間、アバドンの側方から迫った炎が奴を焼き尽くした。


「よく耐えたね。あとは私たちに任せて」


 俺の前に、いつしか純白の少女が立っていた。

 全部白い。制服も、髪も、剣も、盾も。


「ホワイト伍長だ。あとは私に任せて、君は支援に徹するように」


「っ……はい!」


 俺が下がろうと後ろを向くと、そこにも皇帝軍の人が立っていた。

 茶髪の髪を後ろで結んだ男性。

 彼は俺と目が合うと、にっこりと笑った。


「オイラはジーラ。伍長。

 あ、いま炎でアバドンを焼いたのはオイラね。かっこよかったー?」


「は、はい! ありがとうございます!」


 本部からの応援だ!

 間一髪で助かった……!


 二人の胸元には銀色の徽章。

 輝く銀色を見て、さしものミュールの表情も強張った。


「んー……まっずいかな、これは。どうやって逃げようか……」


「逃がさないよ。ここまでの横暴を働いて、我々が黙っているとでも?」


 ホワイトさんの厳しい詰問に、ミュールは笑って返した。


「横暴って……ただ地面に穴を掘ろうとしただけじゃないか? そんなに悪いことかな?」


「『大地への不敬』は戒律違反。あほうなオイラでも知ってるよー。まあ、アレだよね。万死に値するってやつだよね」


 さりげなくジーラさんが退路を塞いでいた。

 さすがはプロだ。悪党の対処は慣れているらしい。


 ミュールは逃走を諦めたのか、再び銃を構えた。

 殺意が奴の目に浮かんでいる。


 ――発砲。

 鋭い衝撃と共に、ホワイトさんに銃撃が放たれた。

 俺は咄嗟に動こうとしたが、ホワイトさんに制止される。


「……へぇ」


 底冷えするような声でミュールが唸りを上げる。

 銃弾はホワイトさんの盾に止められていた。

 金属製の盾を中心として、数メートルにわたり拡張する光の壁。

 先程、俺への奇襲を防いでくれた壁だ。


「魔導【聖守護(パラディン)

 その名の通り、命を、民を守る為の盾だとも。君のような悪漢に、私の盾は貫けない」


「あ、攻撃役はオイラね。防御役に攻撃したのが運の尽きかな」


「ぐっ!?」


 燃え盛る灼熱がミュールの足を焼き焦がす。

 同時に腕を炎が包み、握っていた銃を取り落とした。


 ジーラさんの魔導か。


「お、のれ……魔導使い(アルマ)どもめ……」


「さて。悪人とは言え、人を殺すのは忍びない。君が諦めて投降するのならば、私たちも丁重な扱いと、最低限の待遇を……」


「ソレイユに、栄光あれ……!」


 ホワイトさんの言葉を聞かずに呻くミュール。

 彼は焼けただれた手でナイフを抜き、自らの喉元を掻っ切った。


 ……止める間もなかった。

 俺はその光景に衝撃を受けていたが、二人の先輩は何食わぬ顔で戦闘終了の通信をしていた。

 きっと何度も見てきた光景なのだろう。


 呆然と立ち尽くす俺にジーラさんが歩み寄ってくる。


「いやー、お疲れ! よくあんな強敵相手に耐えたね!? 二等兵だよね? 見覚えのない顔だけど……」


「は、はい! 昨日配属されたイージャ・キルシャです! 助けていただき、ありがとうございました!」


「え……ぇええええっ!?

 昨日! ってことは、昨日入隊してきた新兵!? うっそ、入隊早々でアバドンと交戦して……三人は倒してるよね! すっごいなあー!」


 ジーラさんは俺の手を取って、ぶんぶん振り回した。

 人を殺したばかりなのに、ここまでハイテンションになれるのは凄いな。

 まだ公園にはアバドンの血の匂いが漂っている。


「ジーラ、後輩が困っているよ。命の危機から生還した後輩に、デリカシーがない。君は少しサイコパスなきらいがあるね。それに、腹部を負傷しているようだ。回復剤だ。使うといい」


「あっ……ありがとうございます!」


 回復剤を受け取り、腹部に受けた傷を治療する。

 出血が止まる。一気に身体が楽になった。


「ああっ、怪我してたんだね! ごめんごめん!

 けど期待の新人だなーこれは!」


 またしても助けられた。

 俺はまだ未熟だ。

 一人じゃ数名のアバドンすら倒せない。


 一気に安堵が襲ってくると共に、無力感が背筋を這った。

 俺は……このままじゃいけない。


「……お疲れさま」


「ああ、リラか。本当に危ないところだったよ」


「ごめんなさい。ぼくじゃ何も役に立てなかったわ」


「仕方ない。夜か屋内で活躍してくれればいいさ。

 ……俺が死にかけたのは、俺が弱いからだよ」


「…………」


 もっと強くならないと。

 助けてくれたホワイトさんやジーラさん、

 そして……いつかはホルスト元帥みたいに。

 救いたい人を、すべて救えるくらい強く。


 夕暮れ時の涼やかな風が、公園に吹き抜ける。

 風は血の匂いを運んでいた。



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