8. 初任務
「あら、お帰りなさい」
部屋に戻ると、リラが何食わぬ顔で出迎えた。
……もしかして忘れてる?
「今日、朝の学科に来なかったよな?」
「起きたら昼近かったから。別にいいでしょ。最初のうちは大したこと習わないだろうし」
「すっげえ厚顔無恥な性格してるな」
「誉め言葉として受け取っておくわ」
けど、初日はリラが来なくて正解だったかもしれない。
周囲の兵士たちのふざけた様子を見たら、リラも幻滅していただろう。
教官が喝を入れてくれたのが幸いだ。
これからは真剣に学んでくれるといいけど。
望みは薄いな。
「ところで、他の訓練兵の様子はどうだったの?」
唐突にリラが尋ねた。
まるで俺の心中を読んでいるような質問だった。
「どうって?」
「クラスにはどれくらい死ぬ連中がいたの?」
「えっと……何を言いたいのか、よくわからない」
「そう」
死ぬ。彼女は断言した。
教官と同じ。
リラはふざけた兵士が死ぬことを知っていて、断言したのだ。
よほど皇帝軍の内情に詳しいらしい。
親族が軍人なのか?
「まあいいわ。この後は庁舎Bで、ソウルさんから招集がかかってるのよね」
「ああ。今すぐ行くか?」
「うん。面倒な仕事じゃないといいけれど」
最初のうちは、そこまで面倒な仕事は押しつけられないだろう。
どの職場でも簡単な職務から慣らしていくものだ。
俺たちは準備して庁舎Bへ向かった。
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庁舎の入り口で、ソウルさんが待っていた。
「お疲れさまです!」
「……です」
リラの挨拶はいつも声が小さい。
こんな調子じゃ上官に怒られる。
「二人とも、おつかれさま。
……あれ、リラさん顔色が悪いね? 大丈夫?」
「大丈夫です。太陽の下だと調子はいつも悪くなるので」
ああ、なるほど。
リラはそういう特性があったな。
それなら声が小さいのも……納得はできる。
「無理はしないようにね。有事の際に備えて、体調は常に万全に整えておくこと。
さてと、君たちに初任務を与えます!」
ソウルさんは、俺とリラに携帯型の機械を与えた。
携帯よりは分厚くて、重厚感がある。
トランシーバーか?
「通信機だよ。ホルスト元帥の部隊につなげられる。今回の任務は……パトロールです!」
パトロール……まあ、予想していた任務ではある。
余程のことがなければ危険性はないし、難易度も低い。
パトロールの人手はいくらあっても困らないからな。
「わかりました。緊急時は本部に連絡します」
「巡回経路はこの通り、軍用の携帯に送ったから。くれぐれも寄り道したりしないように。定刻になったら戻って来てね」
「はい!」
初任務だ。気合を入れていこう。
一方でリラは浮かない表情をしていた。
やっぱり陽光のせいで弱っているのか?
昨日はここまで酷くなかったと思うけど……寝不足?
ソウルさんに見送られ、俺たちは魔導皇城の敷地から出た。
皇帝軍に入ってから初めて外に出る。
電車に乗り、目的の街へ向かう。
車窓の景色が流れていく。
人目がなくなったところで、俺はさりげなくリラに尋ねた。
「体調、ほんとに大丈夫か?」
「気が滅入っているわ。この炎天下、パトロールでずっと歩くなんて……本当に信じられない。これはパワハラよ。訴訟ものだわ」
「炎天下って……まだ涼しい季節だろ。リラの感覚は本当に変だな」
ぐったりとしたリラが、俺の肩に頭を乗せてきた。
「ちょ……や、やめろ。他の乗客に変な目で見られる。仕事中だ」
「仕事じゃなかったら身体を預けてもいいの?」
「ダメだ」
本当に困る。
『皇帝軍の若者がイチャイチャしてました』なんて通報されたら、どう責任取ってくれるんだ。
距離感ってものを考えてくれ。
リラは気だるげに頭を離した。
しばらく静寂が訪れる。
ガタンゴトンと、揺れ続ける。
沈黙を破ったのはリラだった。
「パトロール。どういう意味か知ってる?」
「意味は……巡回だろ」
「巡回をするのは、事故の早期発見や防犯のため。つまり何かがあった時は、治安を守るために命を賭けなければならないわ。ぼくは個人的に、このパトロールという仕事は激務だと思ってる」
「確かにな。危険に遭遇する可能性は低くとも、事務処理より命を失うリスクは高い。けど、そんなに怖がっていちゃ何もやってられない」
俺の言葉に、リラは再び黙り込んでしまう。
その後は会話をすることなく目的地に到着した。
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街の巡回を始めて二時間。
頻繁に休憩を取りたがるリラを宥めつつ。
適度に怪しい場所を調べつつ。
特に問題なくパトロールは進行した。
治安のいい帝都近辺だ。
さすがに大きな問題は怒らないだろう。
俺は田舎出身だから、都市部の光景に目を惹かれていた。
……いけない。
こんな調子じゃ仕事にならないな。
『――本部から通信。応答せよ』
ふと、胸元の通信機が震えた。
「こちらイージャ二等兵です。どうぞ」
『リノズ大通りで酔っ払い同士の喧嘩だ。早急に止めに入ってくれ』
「は、はい!」
酔っ払い同士の喧嘩……?
緊急事態かと思ったが、そんなことか。
リノズ大通りと言えば、俺たちからかなり近い。
相手が一般人なら問題なく止められるだろう。
「だってよ。行くぞ」
「昼間から酒ね……ずいぶん平和だこと」
リラは呆れていた。
俺も少し呆れているが、これも大切な任務だ。
大通りに向かうと、報告通りの光景があった。
二人の男が怒鳴り合っている。
「おめぇから先にぶつかってきたんだろうがよ!」
「あぁ!? でもお前が先に殴ってきたよなあ!?」
顔を真っ赤にして、呂律の回らない舌で怒鳴り散らす。
それを見て、カメラで動画を撮る奴らまでいる。
くだらない争いだ……互いに謝ればいい話だろうが。
リラには後方で待つように言っておく。
今の彼女は魔導が使えない。
「はい、やめてくださいね。喧嘩はやめましょう」
俺は自信満々に仲裁に入った。
下手に出れば舐められる。
それに、俺には何より皇帝軍という身分がある。
魔導という力もある。
酔っ払いを止めることなど造作もない。
「あん? なんだ、ガキじゃねえか!」
「邪魔すんなよ!」
だが、間に入った俺を無視して二人は争い合う。
そりゃそうだよな。酔っ払いが冷静なわけない。
予想してた事態だ。
言葉で止められないから、権力を行使する。
「それ以上喧嘩をするなら、公務執行妨害で逮捕します。魔導を行使し、お二人を拘束しなければなりませんが……よろしいですか?」
二人は怯んだ。
『逮捕』と『魔導』――この言葉に一般人は弱い。
権力を象徴する言葉だからだ。
皇帝軍のネームバリューもある。
「……チッ、覚えとけよ!」
酔っ払いの一人が、悪態を吐いて去って行った。
酔いが覚めたのか、もう一人もへこへこと頭を下げて去って行った。
よし。一件落着。
皇帝軍になって、最初に止めた争いだ。
下手したら大怪我する人も出ていたかもしれないし、止められてよかった。
後ろで見ていたリラがやって来る。
「おつかれさま。なんだかイージャの態度、絶妙にイラついたわ。動画でも撮っておけばよかった」
「し、仕方ないだろ? ああいう連中は強気にいかないと逆上するし」
「こんなに恵まれた環境にいるのに、下らないことで喧嘩するのね。この街の人間は……本当に救いようがない」
「全員がああいう人じゃないさ。一部の連中のせいで、こうやって治安が乱れる」
小さい争いをなくして、治安を維持することで……やがて大きな秩序につながる。だから必要な仕事だ。
「よし、パトロールを再開しよう」
パトロール再会から一時間後。
足が疲れてきた。
「はぁあ……本当に怠いのよ。足が疲れたのよ。ぼくがこんな重労働を課せられるなんて……なんて罪深い」
「さすがにリラも限界か。少し休憩するか?」
「少しじゃなくて、たくさん休憩したいわ。イージャ一人でパトロールしてきて」
「無茶言うな」
自販機で水を買って、付近のベンチに座る。
体力もつけないとな。
日々の鍛錬をもっと増やすべきだろうか。
そろそろ夕刻だ。
城に戻る時間も近い。
「今後パトロールが続くようなら、ソウルさんに嘆願するわ。ぼくは夜勤にしてくださいってね」
「そこまで融通が利くものかな。確かにリラの魔導も考えれば、夜勤にしてもらえるかもしれないけど。俺まで道連れにされそうな……」
「いいじゃない。暗闇の魔導とも相性が良さそうだし」
確かに……使える影が増えれば、魔導も強化される。
俺の人影から暗闇の源は生じている。
それが無制限に拡大する夜なら、かなり影響力を拡張できるかもしれない。
今まで考えたことなかったが、リラの言葉は参考になる。
『――本部から通信。応答せよ』
通信機の声に、俺とリラは同時に顔を上げた。
またか。次は誰と誰の喧嘩だ?
「こちらイージャ二等兵です。どうぞ」
『パルテノア公園でテロ事件が発生。主犯はアバドン。
戒律違反だ。至急現場に向かい、鎮圧せよ』
淡々と流れる音波に、頭の中が真っ白になった。
パルテノア公園って……めちゃくちゃ近いじゃないか。
恐怖。
あの日の恐怖が、再び波となって心臓を鷲掴みにした。
死への恐怖、銃口を向けられる恐怖。
「……行かなきゃ」
けど。
俺は皇帝軍だ。
治安維持軍として野放しにはできない。
民間人を守る責務が俺にはある。
「ちょっと待ちなさい。正気?」
慌てて駆け出した俺の手を、リラが掴んだ。
「ぼくは昼間の間、戦力にならない。イージャ一人で、新兵一人でアバドンを鎮圧できると思う? ここは応援を待つのが正解でしょう」
その通りだ。
きっと俺だけじゃ相手にならない。
たぶん、死ぬ。
「……リラ、言ったよな。
『何かがあった時は、治安を守るために命を賭けなければならない』って。本当に……その通りだと思うよ」
そう言うと、リラはハッとした表情で手を離した。
俺は安心させるように話し続ける。
「はははっ。まさか初日にアバドンのテロに当たるなんてな。逆に運がいいかもしれない。ここで上手いことやれば……経験になる」
苦し紛れの虚勢だ。
自分でもわかってる。本当は逃げ出したい。
リラの言うように、応援を待つのが正解なんだ。
だけど、理屈ではどうしようもない。
激情が俺を突き動かしている。
「俺は、アバドンを倒す。憎いんだ。軍人として私情を優先させるのは間違ってるよな。でも、もう抑えきれない」
「……はぁ。わかったわ。ぼくは前線には出れない。周囲の民間人の避難と、索敵。これは任せてちょうだい」
「ありがとう。背中、任せるよ」
……見ていてくれ。
俺が争いを止める。




