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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
1章 怪物の目覚め
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7. 不和と不穏

「う、体が重い……」


 目覚めて、俺は真っ先に倦怠感を感じた。

 この寮のベッド固くないか?


 だが起きなければ……

 このあと朝食を食べたら、学科がある。


「……」


 静かに二段ベッドの上を確認してみると、そこには安らかに寝息を立てているリラが。

 なんか起こすのは忍びない。

 でも起こさないとな。


「おい、朝だぞ」


「…………」


「おい、起きろ!」


「……クソが」


 開口一番、リラは罵声を飛ばした。

 なんだこいつ。


 彼女は寝ぼけまなこで俺を見て……再び瞼を閉じた。


「一時間後に学科がある。そろそろ起きないと」


「大丈夫」


「何が大丈夫なんだよ。やっぱり夜更かししたんだろ」


 昨夜に無断外出してたからな。

 あの後、何時に帰ってきたんだろう。


「一回くらい欠席しても……いいでしょう」


「初回に欠席はマズいって。昇進にも影響する」


「……先に行ってて。あと数分寝るわ」


「本当に大丈夫かよ……知らないからな」


「……」


 俺の言葉を聞き終わるまでもなく、再び寝息を立て始めたリラ。

 もう起こさないからな。

 遅刻して教官に叱られちまえ。


 念のためにもう一度リラを揺する。

 反応なし。よし、行こう。


 ---


 学科の教室は中央の区画。

 訓練兵たちはここで過ごしているらしい。

 訓練兵が生活する寮も、中央の区画にある。


 俺のクラスは不幸なことに、ザガリスとハピのどちらとも違うクラスだった。

 せめてどちらか同じクラスなら安心できたんだけど。

 年季の入った木製の建造物。

 ここが教育棟だ。


 教室に入ると、そこでは訓練兵たちが席についていた。

 授業開始まで十分くらい。


 席はどこに座ってもいいらしく、友人と隣合って座ってる人が多かった。

 俺は知り合いがいないからな……どこにしようか。


「お、エリートが来たぜ!」


 迷っていると、教室の窓際から声が上がった。

 金髪をセンターパートで分けた男。

 彼は俺の方を見て、『エリート』と呼んだ。


(俺のことか……?)


 周りに人はおらず、どう考えても俺を指している気がする。

 無視して空いている席に座ろうとすると、その男がこちらに歩いてきた。


「銅色の徽章……あっれぇ? なんで二等兵の方が学科なんて受けてるんですかぁ? あっ、そうか! 既覚者のエリート様でしたか! 失礼しました!」


 そう言って、男は敬礼する。

 周囲の数名から笑いが起こった。


 ……なんだこれ。

 馬鹿にされてるのか?


「……俺になにか用でも?」


「二等兵さん、お名前をうかがっても? あ、俺はユーリ・ベオンと申します!」


「イージャ・キルシャだ」


「イージャさん! イージャさんは魔導を使えるんですよね!? 見せていただけませんか!」


 敬語だが、明らかに敬意が含まれていない。

 ユーリと名乗った男。

 こいつと取り巻きは明らかに俺を馬鹿にしているようだった。

 にやけてこちらを見ている。

 ……ムカつくな。こういう輩は無視が安定だ。


「……」


 俺は返答することなく、席に座った。


「あのー? 魔導、見せてもらえませんー? 聞こえてないのかなー?」


「…………」


 耳に手を当て、ふざけた表情を浮かべるユーリ。

 彼の変顔に対し、またもや笑いが起こった。


 ……酷いな。

 軍にこんな不真面目な人間、いるべきじゃない。


「俺たちは皇帝軍だ。民の命を預かっている身として、少しは真面目に取り組んだらどうだ? 魔導は見せびらかすものじゃなく、有効に使うものだろう」


 俺の言葉に場が静まり返る。

 そこまで変なこと言ったか?


 一拍置いて、ユーリが噴き出す。


「ぷっ……ギャハハハハッ!

 さ、さすがはエリート様! お言葉、痛み入りますぅー!」


 またもや笑いの嵐だ。

 ……もう我慢できない!


「お前……!」


 思わず立ち上がり、机を拳で叩く。


「お前な、ふざけるのも大概にしろ! 皇帝軍は民に尽くし、陛下に命を奉じる者! そんな態度で、これからどう生きていくってんだ!」


「はぁ? 民に尽くす? 陛下に命を奉じる?

 ――嫌だね。たまたま魔導に選ばれたからって、調子に乗るなよ!」


 こいつ……逆ギレしやがった!

 本当に馬鹿げている。

 笑ってる周りの奴らもそうだ。

 こういう奴らがアバドンに殺されるんだ……!


「それなら! ユーリ、なんでお前は皇帝軍に入った!?」


「給料が高いからに決まってんだろ。それにモテるしな! みんなもそうだろー!?」


 ユーリが賛同を求めるように周囲を見ると、多くの奴らが首肯した。

 一部は呆れている人もいたようだが。


 ……駄目だ。性根が腐ってやがる。


「でさあ。イージャ、これから仲良くしようぜ? エリート様と親密にしておけば、色々と昇進に便利だからな!」


「ふざけんな……俺はお前みたいな人間と絶対に仲良くならない! 口も聞きたくないね! 勤務態度が不真面目だとして、降格させてやるよ!」


「んだとぉ!? 俺の人生安泰コースを阻むのかよ! ありえねえ!」


 ユーリもまたキレたのか、顔が紅潮する。

 俺は絶対にこいつらを認めない。

 周囲は俺たちの喧嘩を見て囃し立てていた。


 至近距離で睨み合う。

 数秒後、唐突にユーリが俺の胸倉をつかんだ。


「お前、俺の邪魔だけはすんなよ。せっかくクソ田舎から都会に就職できたんだ! 偶然魔導を手に入れた奴なんかに、俺の未来が潰されてたまるかよ!」


 少しずつ苦しくなる呼吸。

 至近距離のユーリの顔がどうしようもなく醜い。

 そんな身勝手な理由で、犠牲になる民間人もいるんだぞ?


 堪忍袋の緒が切れる。

 こんな真似は看過できない。


「近寄るな!」


 影を伸ばす。

 針ではなく、槌状に変形させてユーリの腹に叩き込んだ。


 奴は俺の服を離して吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

 これでもかなり手加減してやってる。


「いってぇ! テメエ、何しやがる!?」


「先に手を出したのはお前だろ? それに魔導を見せてくれって言ってたじゃないか」


「この野郎……!」


 ユーリが激昂して再び俺に迫ってきた時。

 制止がかかった。


「待て。喧嘩はよろしくないな」


 教室の入り口に立っていたのは、教官だった。

 彼は騒ぎを起こしている俺たちを見て眉を顰める。


「先程のやりとり、すべて聞かせてもらった。まず、イージャ二等兵。加減したとはいえ、喧嘩に魔導を用いるのはよろしくない。注意せよ」


「す、すみません……」


 注意された俺を見て、ユーリが勝ち誇ったように笑っている。

 クソ。ぶん殴ってやりたい。


「だが、ユーリ・ベオン訓練兵。ならびに周囲の訓練兵たちよ。

 君たちは――死ぬぞ」


 教官の底冷えするような声に、教室が静まり返った。

 彼は教壇に資料を置いて、ため息まじりに椅子に座る。

 それから瞑目して語り出した。


「毎年のようにな、君たちのように不真面目な兵士が入隊してくる。そして、イージャ君のように真剣な兵士もいる。

 そして、必ず……不真面目な兵士から死んでいく。生半可な覚悟で入隊したなら、今のうちに辞職しておくべきだ。外敵に関する学科を受けるまでは、簡単に辞職の手続きを済ませられる」


 ユーリから笑顔が消えていた。

 この教室に弛緩した雰囲気はすでに漂っていない。


「――死だ。

 自らの死、そして友人の死。あらゆる命の終わりに直面して、皇帝軍は進み続けている。無意味とも思える戦いを強いられている。

 民のため、陛下のためと信じて戦わねばならない。イージャ君は語ったな、『皇帝軍は民に尽くし、陛下に命を奉じる者』だと。正解だ。

 その意気を持っていなければ……そうだな。あと一か月と言ったところかな。一か月後にこの教室で生きているのは、十五名いるかどうか」


 何よりも教官の言葉には『実感』が籠っていた。

 実際の経験から述べているのだ。


 三十人近くいるクラスメイトが、半分に減っている。

 例年もきっとそうだったのだろう。


 ユーリが疑わしい声で尋ねる。


「本当ですかぁ? 少し誇張しすぎなんじゃないですかね? 大体、何が原因でそんなに死ぬって言うんですか」


 こいつ、本当に恐れ知らずだな。

 ……でも、そうか。

 ユーリや他の訓練兵は外敵を知らない。


 俺もリラから話を聞いていなければ、教官の言葉を疑っていたのかも。


「嫌でも時間が経てば理解するだろう。この学科は仕事を学ぶだけではない。自らの命の救済に直結する、命綱と言ってもいいだろう。

 ……まあ、今日は基本的なことしか教えないがな。それでは講義を始めようか!」


 教官の号令とともに、みなが席につく。

 

 習った内容は、皇帝軍の概要。

 たしかに基礎的な知識だけだった。


 しかし、時間が経てばかなり重要な情報も習うのだろう。

 特に外敵に関する情報を聞いた後は辞職が難しくなる。

 それほど厳重に管理しなければならない情報なのだ。


 遠方のユーリは講義中、俺にずっと恨めしげな視線を飛ばしていた。

 あいつに絡まれないように、講義終了後は足早に教室を去った。



 ……ちなみにリラは来なかった。

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