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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
1章 怪物の目覚め
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6. 奈落

 昼食後。俺たちは手持ち無沙汰になった。

 何も命令が与えられていない。


 翌日は学科があったはずだが、今日の任務はなし。

 リラは退屈そうに欠伸していた。


「なあ、これからどうするんだ?」


「ぼくは部屋に戻って寝るわ」


「生活習慣が乱れるぞ。そうだ、せっかくだし魔導皇城(ティアキャッスル)を見学してみないか? 魔導受贈の儀の邪魔さえしなければいいんだろ?」


「一人で行きなさいよ。めんどくさい」


「今後の仕事にも関わるだろう。地図を見ながら、各施設は把握しておいた方がいい」


 ザガリスやハピにも案内できるようになっておきたい。

 少なくとも、この貴重な時間を睡眠で潰すのは嫌だ。


「……仕方ないわね。あまり遠出はしないように」


「よし、行こう!」


 なんだか俺の心は躍っていた。

 憧れの皇帝軍の本拠地だ。

 アバドンの一件で信用はわずかに落ちたものの、未だに『世界最強の軍隊』というイメージは消えていない。


 この広大な皇城にどんな兵器が眠っているんだろうか。

 めんどくさそうなリラを連れ出し、城内探索へ乗り出した。



 魔導皇城(ティアキャッスル)は全部で八つの領域に分かれている。

 中央に皇帝陛下が住まう城。それを囲うように七つの元帥が管理する領域がある。

 皇城はかなり高い壁で覆われており、外部から様子を見ることはできない。


 今、俺たちがいるのはホルスト元帥が管理する区画。

 まずは近辺の探索だ。

 とりあえず一番デカいビルに入ってみる。

 周囲にはこのビルと同じように、黒光りした建造物が林立していた。


「なんというか、重厚感のある建物が多いよな」


「それぞれの区画に特徴があるようね。ホルスト元帥の区画は、軍事的な施設が多い。ミラ元帥の区画は繁華街みたいになっていて、ルチアノ元帥の区画は魔導の研究施設が立ち並ぶ。

 司雅(しが)元帥の区画は薬師の拠点で、八部(はぶ)元帥の区画は修練場。それぞれ最低限の施設はあるようだけど、専門の分野に分かれているみたいね」


「く、詳しいな……」


 俺なんか全員の元帥すら把握してないのに。

 羅列されても、何が何だかわからない。


「常識よ。皇帝軍に入るからには、内部の情報は把握しておかないとね」


「まさか俺、かなりの勉強不足?」


「いえ。ぼくの知識量がすごいだけね」


 そう言ってリラは得意気な表情をした。

 なんというか、自信家の人なんだな。


 エレベーターに入り、ボタンを見てみる。

 二十階以上は関係者以外立ち入り禁止と書いてある。


「とりあえずビルを上ってみよう。一番高い十九階に行ってみようか」


「馬鹿と煙は高いところが好き!」


「おい」


 一々むかつく口の挟み方だ。

 別に怒ってないけど。

 こういう性格の奴なんだろう。


「リラさ、あんまり友達とかいないだろ」


「は? 一人もいないけど?」


「そ、そうだよな」


 そこまで堂々と宣言されると反応に困る。


 ---


 十九階に到着して、俺は目を見開いた。

 ガラス張りの景色が美しい。

 この魔導皇城(ティアキャッスル)の全域が見渡せる。

 もちろんここよりも高い施設はあるけど、おおよその構造は俯瞰できた。


 ただ、俺を驚かせたのは美しい景色ではない。


「なんだ、あれ……」


 でっかい穴。

 そう形容する他ない。


 皇帝陛下が住まう城の後ろに、途方もなく大きな穴が開いていた。

 ぽっかりと広がる暗黒。

 直径は城の何倍もあり、底は見通せない。


 まるで世界に生じたバグのようだった。

 同時に、あの大穴から底知れぬ恐怖を感じ取って。

 俺は戦慄して立ち尽くしていた。


「こうして見ると大きいわね」


「リラは……あの穴、知ってたのか?」


「とある情報筋でね。アレは奈落……と呼ばれているわ。あの穴から外敵が出現するのよ。一般人には秘匿された情報ね」


 奈落。

 まさに奈落と形容するに相応しい。


 外敵――それは異形の怪物。

 人類に牙を剥く存在であり、皇帝軍がすべて駆逐している。

 ただそれだけの情報しか民間人には与えられておらず、俺も無知なまま生きてきた。

 しかし、眼前に広がる光景はあまりにも……


「スケールが、大きいな……」


 アバドンと戦うために入った皇帝軍。

 しかし、外敵との戦いも覚悟しなければならない。

 ……かもしれない。


「皇帝軍の死亡要因、第一位は圧倒的に『外敵との交戦』。そのうち学科で習うでしょうけれど、今のうちに遺書は認めておくことね」


「縁起でもないこと言うなよ」


 どうしてリラは秘匿された情報を知っているのか。

 これだけ規模の大きい話だから、そりゃ民間人にも情報は洩れるだろうけど……普通に生きていれば知らないはずだ。


 けど、俺はリラに尋ねるのが怖かった。

 少なくとも今は聞くべきじゃない。

 関係性が浅いから。


「ここで何をしているのかね?」


「……!」


 ふと、背後から声がかかった。

 中年の皇帝軍の男性だ。

 徽章は銀色の四ツ星……ええと、曹長だよな。


 まずいと思ったが、別にここは立ち入り禁止の場所じゃない。

 堂々と名乗ろう。


「治安維持軍第27師団16部隊、イージャ・キルシャです! 本日付で配属になり、各所施設を見学していたところであります!」


「ほう……今日は入隊式があったな。となると、君たちは既覚者か。期待の新星だな」


 曹長の声は柔らかかった。

 よかった、厳しい人じゃなさそうだ。


 彼は目じりに皺を寄せて、俺たちとガラス窓の向こうを眺めた。


「あの穴を見て驚いただろう? あそこから外敵が侵入してくるんだ。全軍が総力を挙げて、外敵との戦いに臨むことになる。詳細は学科で説明を受ける。

 ……若者が、たくさん死ぬのだ」


 悲しそうな声色で曹長は言った。

 たくさんの人の死を見てきたのだろう。


 ますます怖くなってきた。

 俺はもう、二度と死の恐怖と向き合いたくはない。

 けれどそんな覚悟では、アバドンとの戦いなど夢のまた夢。

 いつかは覚悟しなくてはならない。


「次の接敵は一か月後だ。それまでに魔導を鍛えられなかった訓練兵は死ぬ。まあ、君たちはすでに魔導を使えているから、多少は生存率が上がるだろう」


「……」


 リラはそんな話を聞きながらも、こっそり欠伸をかましていた。

 本当に緊張感ないな。余裕の表れか?


「さて、私は失礼するよ。二十階以上は立ち入り禁止だから、気をつけるように」


「はっ!」


 敬礼し、曹長を見送る。

 どこか寂し気な背中だった。


 ---


 あの後、俺とリラは各所を巡った。

 ホルスト元帥が管轄する区画を把握し、今後の仕事のために記憶しておいた。

 さすがに他の区画までは行けなかったけど。


 時刻は夜。

 夕食も終え、風呂に入った。

 明日に備えて眠るころだ。


「そろそろ寝るか」


 初日ということもあって、はりきりすぎた。

 今ならすんなりと眠れそうだ。


 二段ベッドの下段に入る。

 リラが上がいいと言うので、譲ってやったのだ。


「ぼく、ちょっと散歩してくるわ」


 しかし彼女は窓を開け、夜闇へ飛び出して行こうとした。

 涼やかな夜風が肌を撫でる。


「消灯時間だぞ。無断外出は禁止だ」


「誰にも見つからないから大丈夫よ。ぼくは夜行性なの」


「……明日、起きれないぞ」


「起きれるわ。行ってくる」


 俺が止める間もなく、彼女は外へ飛び出した。

 目にも止まらぬ速さで建物の屋根を駆けていく。

 月光の下を疾走するリラの影は、まるでウサギのようだった。


「バレたらどうすんだよ……」


 まあいいや。俺の責任じゃないし。

 あいつが勝手に出て行ったんだ。


 陽のない場所で身体強化が可能な魔導。

 陽光のない室内でも、昼は少し出力が落ちるらしい。


 【天無姫(ソラナキヒメ)】だっけ。

 すごい能力だな。

 夜ならどんな相手にも勝てるんじゃないか?


「ふぁ……寝よ」


 明日は午前中に学科。

 午後は何の仕事をするか聞いてない。


 体力は万全に回復しておこう。

 慣れない枕に頭を置いて、俺は静かに眠った。

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