6. 奈落
昼食後。俺たちは手持ち無沙汰になった。
何も命令が与えられていない。
翌日は学科があったはずだが、今日の任務はなし。
リラは退屈そうに欠伸していた。
「なあ、これからどうするんだ?」
「ぼくは部屋に戻って寝るわ」
「生活習慣が乱れるぞ。そうだ、せっかくだし魔導皇城を見学してみないか? 魔導受贈の儀の邪魔さえしなければいいんだろ?」
「一人で行きなさいよ。めんどくさい」
「今後の仕事にも関わるだろう。地図を見ながら、各施設は把握しておいた方がいい」
ザガリスやハピにも案内できるようになっておきたい。
少なくとも、この貴重な時間を睡眠で潰すのは嫌だ。
「……仕方ないわね。あまり遠出はしないように」
「よし、行こう!」
なんだか俺の心は躍っていた。
憧れの皇帝軍の本拠地だ。
アバドンの一件で信用はわずかに落ちたものの、未だに『世界最強の軍隊』というイメージは消えていない。
この広大な皇城にどんな兵器が眠っているんだろうか。
めんどくさそうなリラを連れ出し、城内探索へ乗り出した。
魔導皇城は全部で八つの領域に分かれている。
中央に皇帝陛下が住まう城。それを囲うように七つの元帥が管理する領域がある。
皇城はかなり高い壁で覆われており、外部から様子を見ることはできない。
今、俺たちがいるのはホルスト元帥が管理する区画。
まずは近辺の探索だ。
とりあえず一番デカいビルに入ってみる。
周囲にはこのビルと同じように、黒光りした建造物が林立していた。
「なんというか、重厚感のある建物が多いよな」
「それぞれの区画に特徴があるようね。ホルスト元帥の区画は、軍事的な施設が多い。ミラ元帥の区画は繁華街みたいになっていて、ルチアノ元帥の区画は魔導の研究施設が立ち並ぶ。
司雅元帥の区画は薬師の拠点で、八部元帥の区画は修練場。それぞれ最低限の施設はあるようだけど、専門の分野に分かれているみたいね」
「く、詳しいな……」
俺なんか全員の元帥すら把握してないのに。
羅列されても、何が何だかわからない。
「常識よ。皇帝軍に入るからには、内部の情報は把握しておかないとね」
「まさか俺、かなりの勉強不足?」
「いえ。ぼくの知識量がすごいだけね」
そう言ってリラは得意気な表情をした。
なんというか、自信家の人なんだな。
エレベーターに入り、ボタンを見てみる。
二十階以上は関係者以外立ち入り禁止と書いてある。
「とりあえずビルを上ってみよう。一番高い十九階に行ってみようか」
「馬鹿と煙は高いところが好き!」
「おい」
一々むかつく口の挟み方だ。
別に怒ってないけど。
こういう性格の奴なんだろう。
「リラさ、あんまり友達とかいないだろ」
「は? 一人もいないけど?」
「そ、そうだよな」
そこまで堂々と宣言されると反応に困る。
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十九階に到着して、俺は目を見開いた。
ガラス張りの景色が美しい。
この魔導皇城の全域が見渡せる。
もちろんここよりも高い施設はあるけど、おおよその構造は俯瞰できた。
ただ、俺を驚かせたのは美しい景色ではない。
「なんだ、あれ……」
でっかい穴。
そう形容する他ない。
皇帝陛下が住まう城の後ろに、途方もなく大きな穴が開いていた。
ぽっかりと広がる暗黒。
直径は城の何倍もあり、底は見通せない。
まるで世界に生じたバグのようだった。
同時に、あの大穴から底知れぬ恐怖を感じ取って。
俺は戦慄して立ち尽くしていた。
「こうして見ると大きいわね」
「リラは……あの穴、知ってたのか?」
「とある情報筋でね。アレは奈落……と呼ばれているわ。あの穴から外敵が出現するのよ。一般人には秘匿された情報ね」
奈落。
まさに奈落と形容するに相応しい。
外敵――それは異形の怪物。
人類に牙を剥く存在であり、皇帝軍がすべて駆逐している。
ただそれだけの情報しか民間人には与えられておらず、俺も無知なまま生きてきた。
しかし、眼前に広がる光景はあまりにも……
「スケールが、大きいな……」
アバドンと戦うために入った皇帝軍。
しかし、外敵との戦いも覚悟しなければならない。
……かもしれない。
「皇帝軍の死亡要因、第一位は圧倒的に『外敵との交戦』。そのうち学科で習うでしょうけれど、今のうちに遺書は認めておくことね」
「縁起でもないこと言うなよ」
どうしてリラは秘匿された情報を知っているのか。
これだけ規模の大きい話だから、そりゃ民間人にも情報は洩れるだろうけど……普通に生きていれば知らないはずだ。
けど、俺はリラに尋ねるのが怖かった。
少なくとも今は聞くべきじゃない。
関係性が浅いから。
「ここで何をしているのかね?」
「……!」
ふと、背後から声がかかった。
中年の皇帝軍の男性だ。
徽章は銀色の四ツ星……ええと、曹長だよな。
まずいと思ったが、別にここは立ち入り禁止の場所じゃない。
堂々と名乗ろう。
「治安維持軍第27師団16部隊、イージャ・キルシャです! 本日付で配属になり、各所施設を見学していたところであります!」
「ほう……今日は入隊式があったな。となると、君たちは既覚者か。期待の新星だな」
曹長の声は柔らかかった。
よかった、厳しい人じゃなさそうだ。
彼は目じりに皺を寄せて、俺たちとガラス窓の向こうを眺めた。
「あの穴を見て驚いただろう? あそこから外敵が侵入してくるんだ。全軍が総力を挙げて、外敵との戦いに臨むことになる。詳細は学科で説明を受ける。
……若者が、たくさん死ぬのだ」
悲しそうな声色で曹長は言った。
たくさんの人の死を見てきたのだろう。
ますます怖くなってきた。
俺はもう、二度と死の恐怖と向き合いたくはない。
けれどそんな覚悟では、アバドンとの戦いなど夢のまた夢。
いつかは覚悟しなくてはならない。
「次の接敵は一か月後だ。それまでに魔導を鍛えられなかった訓練兵は死ぬ。まあ、君たちはすでに魔導を使えているから、多少は生存率が上がるだろう」
「……」
リラはそんな話を聞きながらも、こっそり欠伸をかましていた。
本当に緊張感ないな。余裕の表れか?
「さて、私は失礼するよ。二十階以上は立ち入り禁止だから、気をつけるように」
「はっ!」
敬礼し、曹長を見送る。
どこか寂し気な背中だった。
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あの後、俺とリラは各所を巡った。
ホルスト元帥が管轄する区画を把握し、今後の仕事のために記憶しておいた。
さすがに他の区画までは行けなかったけど。
時刻は夜。
夕食も終え、風呂に入った。
明日に備えて眠るころだ。
「そろそろ寝るか」
初日ということもあって、はりきりすぎた。
今ならすんなりと眠れそうだ。
二段ベッドの下段に入る。
リラが上がいいと言うので、譲ってやったのだ。
「ぼく、ちょっと散歩してくるわ」
しかし彼女は窓を開け、夜闇へ飛び出して行こうとした。
涼やかな夜風が肌を撫でる。
「消灯時間だぞ。無断外出は禁止だ」
「誰にも見つからないから大丈夫よ。ぼくは夜行性なの」
「……明日、起きれないぞ」
「起きれるわ。行ってくる」
俺が止める間もなく、彼女は外へ飛び出した。
目にも止まらぬ速さで建物の屋根を駆けていく。
月光の下を疾走するリラの影は、まるでウサギのようだった。
「バレたらどうすんだよ……」
まあいいや。俺の責任じゃないし。
あいつが勝手に出て行ったんだ。
陽のない場所で身体強化が可能な魔導。
陽光のない室内でも、昼は少し出力が落ちるらしい。
【天無姫】だっけ。
すごい能力だな。
夜ならどんな相手にも勝てるんじゃないか?
「ふぁ……寝よ」
明日は午前中に学科。
午後は何の仕事をするか聞いてない。
体力は万全に回復しておこう。
慣れない枕に頭を置いて、俺は静かに眠った。




