5. 期待の重圧
持参してきた荷物を部屋に運ぶ。
割り当てられた寮は、新兵用の寮ではないらしい。
ホルスト元帥が管理する第二等兵寮。
その隅っこに俺の部屋があった。
寮の部屋は二人一組になっている。
ただし、ひとつ問題が。
「なんでぼくとイージャの部屋が同じなのかしら」
「知らねえよ……普通は男女で分けるもんだろ」
曰く、部屋に空きがないとのこと。
だとしても別の組み合わせにできそうなものだが。
何か別の狙いがあるのか?
リラはスーツケースを放り投げて、はぁとため息を吐いた。
「言っておくけど、ぼくが美少女だからといって変なことをしないでよね。怪しい動きをしたらすぐに報告させてもらうわ」
「誰がお前なんかに手を出すかよ」
「ハッ……だといいけれど」
さっそく険悪な雰囲気が漂っている。
このリラとかいう女、性格悪いんじゃないか?
なんか腹立つな。
何か言い返してやろうと考えていると、向こうから口を開いてきた。
「でも、これからそれなりの付き合いになりそうだし。関係を悪くするのはよくないわ。お互いを信頼していきましょう」
「お、おう……そうだな。よろしく」
意外と大人な対応をされた。
いや、俺が子どもすぎるのか?
さて、この後すぐに招集がかかっている。
「で、次は寮を出て右にある……練兵場に向かうのか」
「ええ。お昼の前に、所属に関する話があるのね。行きましょう」
所属か……軍隊の組織関係はわからないけど、とにかくアバドンに関わる仕事がしたい。
ホルスト元帥も俺の意は汲んでくれているはずだ。
部屋を出て、寮の廊下を歩く。
無言のまま歩くのも気まずいので話題を出そう。
「なあ、リラはどうして皇帝軍になろうとしたんだ?」
「ん? 敵を倒すためよ」
「敵ってのは……アバドン? 外敵?」
外敵というのは、皇帝軍が駆除している怪物のことだ。
情報規制が敷かれていて、一般人には外敵がどんな存在なのか周知されていない。
これからの学科で外敵についても習うだろう。
「どちらとも言えないわ。ぼくはとにかく、与えられた役割を果たすだけ」
「社畜精神の塊みたいな人間だな」
「そういうきみは? どうして皇帝軍に?」
リラから聞かれて、少し嫌な記憶を思い出す。
トワコが殺された瞬間がフラッシュバックしてしまった。
俺が無意識にした質問も、もしかしたらリラに嫌な記憶を思い出させたかもしれない。
この質問をしたことを後悔した。
少し考えてから、濁して返答する。
「俺はまあ……争いをなくしたいと思った。争う必要がないのに、この世界では何度も抗争が起こっている。それを止めたいと思う」
あながち嘘でもない。
アバドンと皇帝軍、両者の抗争の原因を断つ。
それが目的なのだから。
「そう。理想論ね」
「辛辣だなぁ……自分でも無茶なのはわかってるけど。動き出さないと、何も始まらないだろ」
「一理あるわ。何事も行動を起こさなければ始まらない……本当に、その通りね」
リラも魔導を持つ以上、胸に秘めた信念があるはず。
互いの内心に踏み入るような質問は控えるべきか。
無難な話題にしよう。
「す、好きな食べ物は?」
「いきなり何の質問よ。えーと……ヘマトゲン」
「ヘマ……? なんだそれ。俺はオムライス。たまご料理全般が好きだ」
「お子様な味覚だこと」
「はあ? 全国のたまご料理好きに謝れよ。
そういうお前が好きな……ヘマなんちゃらはさぞかし高尚な食べ物なんだろうな。まさかお菓子とかじゃないだろうな?」
「チ、チョコレートだけど……健康にいいのよ。でも牛の血を固めたお菓子だから、子ども受けは悪いみたいね」
「牛の血!? お前、どんな味覚してるんだよ……」
だらだらと雑談して歩いていると、練兵場に到着した。
人がいない、がらんどうだ。吹き抜けのデカい空間。
壁には剣や槍、銃などの武器が立てかけられている。
中にぽつりと一名、軍服を着た人が佇んでいるだけ。
その人は俺たちを待っていたのか、こちらに手招きした。
「あなたたちが新人の二等兵さん? イージャさんと、リラさんだよね?」
「はい。イージャ・キルシャです!」
「……リラ・ルキスです」
俺たちを招いた軍人は、ボーイッシュな女性だった。
金色の髪はベリーショートで、笑顔が印象的だ。
胸元には銅色の徽章。
俺らと同じ色だけど、星の数が違う。
三ツ星だから……上等兵だっだと思う。
「私は上等兵のソウル・カロー。ああ、変な響きの名前だとよく言われるんだ。あなたたちの教育係になったから、よろしくね」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「二人のためだけに教育係なんて……人員が足りなさそうですね」
リラは首を傾げる。
たしかに。
二人ごとに教育係をつけてたら、人材不足になるだろう。
「二人は今期入隊の新兵の中で、唯一の魔導持ちでしょ? 当然のことながら期待されてるし、専門の指導員だってつくよ。他の新兵はまとめて教官が指導するけど」
そうか。
あまり快くないけど、既覚者は優遇されているんだったな。
「ま、当然よね。ぼくたちはエリート中なエリートなわけだし」
他の新兵に対して引け目を感じている俺。
一方でふんぞり返るリラ。
やはり彼女とは気が合いそうにない。
「今、他の二百人近い新兵たちは『魔導受贈の儀』を行っている最中。皇帝陛下が真夜中まで魔導を授ける儀に専心なさっている。私たちもがんばらないとね」
「二百人もいるんだから、そりゃ夜までかかるでしょうね……」
ザガリスとハピは、もう魔導を授かったのだろうか。
どんな魔導なのかな。
さて、ソウルさんが俺たちに説明を開始する。
「ホルスト元帥からもう聞いてると思うけど、私たちは主に治安維持を目的として動いている。『アバドン』や『リリスフィス』といった反政府組織の鎮圧、ならびに紛争の解決……あとはパトロールとか、消防とか。
イージャさんと、リラさんの所属は『治安維持軍第27師団16部隊』。めんどくさいけど覚えてね」
俺は急いで所属部隊をメモする。
メモしなくても手帳に書いてあるわよ、とリラに呆れられた。
「今後の予定だけど、二人にはしばらくは安全な任務を行ってもらうよ。既覚者は魔導訓練が免除されるけど、学科は免除されないからね。学科だけは他の新兵と同じように受けてもらう。学科を受けてる間は忙しくなるだろうし、簡単な任務からで。
というわけで……ふふっ。本題に入ろうか!」
ソウルさんは不気味に笑うと、練兵場の端から土嚢を持ってきた。
本題とは。
「その土嚢、何に使うんですか?」
「もちろん『魔導測定』だよ! いやあ、あなたたちの魔導を見せてもらいたいな。期待の新人さん?」
またもやプレッシャーがかけられる。
俺もリラの魔導は気になっていたところだ。
この機会に盗み見ておくか。
ソウルさんはどんな魔導を使うんだろう。
俺と同じ疑問をリラは抱いたようで、質問してくれた。
「ソウルさんはどのような魔導を使われるのですか?」
「私の魔導は【貫通】
実践するから見ててね」
ソウルさんは土嚢を前に置き、少し距離を取る。
木剣を拾い上げて投擲の構えを取った。
「えいっ!」
すると、先が丸められた木剣が土嚢を貫く。
勢いよく砂煙が噴出した。
なるほど……貫通能力か。
どんな物でも武器に出来るのは便利そうだな。
「ご覧の通り。木製の壁くらいまでなら、どんな武器でも貫通できるんだ。それ以上堅い物となると……武器次第かな。私の魔導は自分で目覚めさせたものじゃないから、あんまり強力じゃないね。しかもこの領域に至るまで一年以上かかったし……」
アレでも強力とは呼べないのか。
かなり便利な能力だと思うけど。
確かに時間はかかるみたいだ。
俺は魔導を得てすぐに扱えた。
しかし陛下から魔導を授かった人は、扱えるまでにかなりの時間を要するらしい。
「じゃ、まずはリラさんから見せてもらおうかな? 魔導で土嚢を攻撃してみて」
「…………」
ソウルさんが引っ張り出した土嚢を前に、リラは動かない。
じっと土嚢を見つめている。
どうかしたのか?
「私の魔導、陽が出てるとほとんど使えないんです」
リラは吹き抜けの天井を見て告白した。
そんな魔導があるのか……たしかに今は陽が照っている。
つまり、それって昼間は仕事できないってことか?
「あ、そうなんだ。そんな魔導はじめて聞いたよ。じゃあ……あの日陰とかはどう?」
ソウルさんは陰になっている部分を指し示した。
そんな単純なものだろうか。
夜じゃないと使えないのでは?
「あー……ギリギリ出力できるわ。最低限ですけど」
「お、いいよ! とりあえず見せてみて!」
リラは日陰に土嚢を引っ張る。
そして深呼吸した。
特に視覚的な変化は見えないが……
「「!?」」
一瞬の出来事だ。
俺とソウルさんは同時に肩を震わせた。
リラの姿がブレたかと思うと、土嚢が八つ裂きにされている。
……なんだこれ。
「ぼくの魔導は【天無姫】
陽の当たらない場所だと、大幅に身体強化ができるの。逆に言うと昼間はほんとに怠いわね。長時間、陽に当たってたら気絶するわ、します」
え、これで最低限?
規格外すぎるだろ……俺の暗闇が泣いてるぞ。
「い、今の瞬間移動みたいなのは……めちゃくちゃ速く動いたってことなんだね? そ、そうか……やっぱり自分で覚醒させた魔導はすごいなあ……」
ソウルさんが遠い目をしていた。
そういえば、ホルスト元帥も目にも止まらぬ速さで動いてたな。
「じゃ、じゃあ次はイージャさん。お願い」
「えっと……俺はリラみたいな動きはできないんですけど……」
自分でも暗闇の全容は掴めていない。
なんか黒い靄を出せて、影の針が出せる。
これが能力のすべてだったら、少し悲しくなる。
「まず、この靄。これに破壊力はありません。目に張り付けると何も見えなくなります。また、銃弾を撃たれた時に靄を展開したんですけど……靄の中で銃弾がすごく遅くなりました」
「ふむふむ。かなり妨害に便利そうだね。視覚妨害に、結界的な効果……」
「で、次に影の針」
俺は右手に闇を収縮させ、一気に前方へ放った。
影が太い針となって地面から飛び出し、土嚢を貫く。
この針の強度は自在に変えられる。
今は木製くらいの強度で調整中だ。
貫通を目視して針を破壊する。
針を構成していた影は地面に溶け、俺の人影に吸い込まれていった。
ソウルさんもリラも、俺の魔導を興味深そうに見ていた。
「おー、すごい破壊力! これが攻撃用かな?」
「はい。今のところ、この二つしか使えません」
「魔導は進化するからね。意志に応じて際限なく強化されるし、応用次第でいくらでも可能性を秘めている。特に天然の魔導使いは、かなり伸びしろがあるらしいから。二人ともまだまだ伸びるんじゃないかな?」
天然の魔導使い、か。
じゃあ皇帝陛下に賜った人は、養殖の魔導使いになるのか?
「オーケー。とりあえず二人の能力は把握したから、報告書にまとめておくね。今日の予定はこれでおしまい。他の訓練兵はまだ『魔導受贈の儀』の最中だから、邪魔しないようにね。あ、お昼は食堂で食べられるから。オススメは煮込みスープかな! デザートはどれも美味しいよ!
それじゃ、またねー」
「はい、ありがとうございました!」
ソウルさんはそう言うと、練兵場から急ぎ足で去って行った。
もう昼か。たしかに腹が減ってる。
「腹減ったな。食堂行ってみるか」
「……ふっ、イージャはどうせオムライス」
「馬鹿にしてんのかお前」




