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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
4章 征伐
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12. 進路と退路

 不気味な既知感は唐突に訪れた。

 違和感だ。


 アバドンの制圧は順調に進んでいた。

 通信は妨害されているが、明らかに治安維持軍が押しているとわかる。

 他の隊と遭遇し、鎮圧を互いに報告することも多くなっていた。


 そんな折に感じた違和。

 索敵は俺の仕事で、常にアンテナを張っている。

 だから、だろうか。


「……?」


 アバドンの本拠地は地下六階まである。

 敵の幹部もそこにいると思われるが……


「どうしたの、イージャさん?」


 ソウルさんが俺の方を見て首を傾げる。

 唐突に止まったら、そりゃ変に思われるだろう。

 だけど止まらなきゃいけない何かがあった。


 俺の索敵範囲では、地下六階まで見通すことができない。

 地下五階が限度。


 暗闇を介した視覚・聴覚をできるだけ引き伸ばしていた。

 どこか聞き覚えのある水泡音。粘着音。

 俺は思わず足を止めてしまった。


「何か、来ます……」


 腹の奥から胃酸がこみ上げる。

 『何か』――そう形容したけど、本当は正体を理解していた。

 だって間違えるはずもない。


 暗がりの奥からやってくるこの音は。

 忘れたくても忘れられない絶望の音色だから。


「何か? アバドンのことかい?」


 楽観的なジーラさんも俺の動揺に気がついたのか、珍しく真剣な声色で尋ねる。

 俺は問いに問いを返した。


「天星刃って輸送隊にありますか?」


「……イージャ。結論から言うのよ。説明しないとわからないでしょう」


「悪い」


 リラに咎められ、俺は正気を取り戻す。

 トラウマが蘇りかけたが何とか踏みとどまる。


「外敵……ドヴェルグが地下六階から接近中。退避を提案します」


 俺の報告に場が静まりかえった。

 そりゃそうだよな、俺の感覚が狂ってるんじゃないかって思う。

 外敵は奈落からしか出現しない勢力だ。


 でも見えるんだ。

 暗闇による聴覚だけじゃない。

 すでに視覚ではっきりとドヴェルグの姿を捉えている。

 闇から次々と奴らが上ってくるんだ。


 一番最初に指示を出したのはホワイトさんだった。


「退避する。他部隊にも情報の伝達をしたいところだが……ああ、この基地から出ることはできないのだったね。見えざる壁により、退路は閉ざされた。天星刃がない以上、外敵には太刀打ちできまい」


「ちょっと待ったホワイト! 奈落から遠く離れたこの場所で、本当に外敵が出現したと信じているのかい!?」


「では、逆に問うよジーラ。こんな状況で、イージャが嘘を吐くと思うのかな?」


「うっ、それは……冗談じゃないよねー? イージャ?」


「はい、事実です!」


 ジーラさんは頭を抱えた。

 ソウルさんは口をぱくぱくさせて驚愕していたが、やがて正気を取り戻す。


「よ、よし逃げよう! でも逃げられない! ええと、こういう時は……どうすればいいんだろうね!?」


 時間がない。

 このまま待っていてもドヴェルグが来るだけだ。

 早く他の班に事態を伝えないと。


 ……もう手遅れの犠牲も出ているかもしれないが。

 流れを静観していたリラが口を開く。


「ぼくたちが為すべきことは二つ。一つ目は後退。基地の出口に向かい、本当に見えない壁とやらで出ることができないのかを確認する。

 二つ目は前進。先遣隊が危ない。天星刃がなければ人間は無力よ。一人でも多くの人命救助が必要でしょう」


 俺も同意見だ。

 先に行ったホルスト元帥を中心とする部隊。

 彼らは無事だろうか。


 そもそも、なぜ外敵が……?

 とにかく考えるのは後だ。

 今は救える命を救う。


「オイラはできれば後退がいいなあ。みんなで後退しとく?」


「それは敵前逃亡と捉えかねられない。私としては、前進と後退に班を分けるべきだと提案するよ。そうだね、前進の方がもちろん危険度は高いだろう。私、ソウル、ジーラが前進でいいかな」


「え、ちょっと!? なんでオイラたちが!」


 ホワイトさんの提案に、ジーラさんは顔を引きつらせた。

 俺も若干不服を感じる。


 皇帝軍には若い者の命を優先する掟がある。

 でも他の三人だって若手だ。

 いくら階級が上とはいえ、危険に晒してばかりでは忍びない。


 ソウルさんはジーラさんを諭すように語った。


「……ジーラ。すでに本作戦の目的は切り替わっているんだよ。

 アバドンの殲滅から、人名救出。および基地からの脱出。これは戦いではなく、負け戦となった」


 悔しいがソウルさんの言うとおり。

 アバドンは外敵を有していた。

 その事実を知らなかった時点で、情報戦で負けていたのだ。


 この圧倒的不利な状況で、俺も口を出すほどわがままじゃない。

 黙って上官に従う。


「うー……ま、しゃーないか! というわけでイージャにリラ、君たちは後退しつつ他の班に情報を伝えて! オイラたち三人は可能な限り救命して戻るから」


「了解しました。定刻を決めておきましょう。この時間になったら、いかなる状況でも救命作戦を中断して上階へ戻ってきてください」


「了解。じゃあホワイト、ジーラ。行こうか」


 三人は班から離脱し、外敵が跋扈する下層へ。

 俺たちもすぐに行動に移らないと。


「よし、行くぞリラ!」


 踵を返して退路を向くも、リラは動かない。


「……リラ?」


「……ん?」


「早く行くぞ」


「ええ、そうね。えぇ……」


 リラは上の空で返事しつつ走り出した。

 なんだこいつ……状況をわかってるのか?


 ひとつ、叩いてやるか。


「おい!」


 後頭部を平手打ち。

 ペシ、と銀髪の上から一発。


「いたっ……くない。何よ?」


「もっと危機感を持て。そんな調子じゃ、いつ死ぬか……外敵がこんなところに出現して不安なのはわかるが、今は理性を保て」


 本音を言えば俺だって取り乱しそうだ。

 初回の迎撃戦がフラッシュバックして、今にも吐きそうで。


 覚えているよ、レブロの死に際を。

 積み上げられた死体の山を。

 外敵に食い荒らされた骸たちを。


 それでも軍人として毅然と振る舞わなければならない。

 やっぱりアバドンは……絶対的な悪だ。

 あんな怪物どもを連中が使役していたなんて。

 絶対に潰さなきゃならない。


「悪かったわね。そう……使命があるもの。今は冷静にならないとね」


 落ち着いてくれたようで何よりだ。

 さて、動くか。


「今、俺たちは地下三階の二番経路にいる。四番経路を経由し、ユーリたちがいる七班の様子を確認。情報を伝達して上階を目指す」


「把握。で、本当に基地からは出られないのかしら?」


「見えない壁があるって話だが……実際に見てないから何とも言えないな。とにかく行ってみるしかなさそうだ」


 とにかく動け。

 足を動かせ。


 この最悪な状況を打破するために。

 俺たちは新たな作戦を開始した。


 ---


 この状況をどう見るか。

 端的に言えば最悪だ。


 司雅は長い軍歴の中でも、かつてない窮地に陥っていた。

 基地を阻む壁は解除された。

 換言すれば、それは中の怪物を解き放ったということでもあったのだ。


「外敵の出現……か。天星刃がない以上、討伐は難しいな。だが、ここで撤退すれば……」


 撤退は不可能。

 それが司雅の結論だった。


 最も避けなければならない事態は、民間人に外敵の情報が漏れること。

 ここで退けば外敵は世界(ノアティルス)の各地に離散し、脅威を振り撒くことだろう。

 同時に民間人に素性が知れ渡る。


 側近が司雅に告げた。


「元帥。混乱が継続しています。内紛、および上官の命令を無視して逃亡する軍人もいるようで。いかがいたしますか?」


「…………」


 こんなとき、他の元帥なら。

 彼らなら、外敵の殲滅よりも逃亡兵の追跡を優先していただろう。


 だが司雅には信条があった。

 目の前で命を取りこぼすことは許さない。

 それが彼の意志。


「対外敵軍に意見を仰ぎつつ、僕たち魔導医療軍はあくまで負傷者を治療し続ける。逃亡兵に対しては、後に手配を出す。今は救える命を救え。治安維持軍も基地から出てきているようだ」


「了解。伝達します」


 現状維持。

 それが司雅に出せる、最良の選択だった。


 ---


 この状況をどう見るか。

 最悪だが、動いた情勢は大きい。


 ルチアノは今後について考えていた。

 アバドンが外敵を擁していることが明らかになった以上、彼らは明確な皇帝軍の敵となった。

 今後は元帥たちも総力を挙げてアバドンを潰しにかかるだろう。


「ホルスト……」


 ただひとつ、憂慮があるとすれば。

 それは他ならぬ友の安否だった。

 いくら元帥といえども、天星刃なくしてドヴェルグを屠ることは難しい。


 ホルストはかなり深部まで進んだはず。

 はたして地下深くから現れたドヴェルグの軍勢を前に、生き残れるだろうか。


「ルチアノさーん? やっばい紛糾ですよ、これ。特に普段から戦場に出てない魔導医療兵は混乱が大きいみたいです」


「それはそう。当たり前でしょう。今、私たちにできることは何か? それは時間を稼ぐことです。天星刃がどっかから来るのを待ちましょう。もっとも、あの兵器は王都ネオアビスにしか置かれてませんから……航空機を使っても一時間はかかるでしょうね」


 一時間もドヴェルグ相手に耐えるのは不可能。

 要するに皇帝軍は詰みである。


 いっそ逃げてしまえばいいのに、逃げたのは一部の腑抜けだけ。

 ルチアノはその事実に嘆息した。

 どこまでも勇敢で、無謀な人たちだと。


 呆れつつ、本拠地内の治安維持軍に通信を送る。


「こちらルチアノ。ホルストとの通信が取れないため、私が代理にて治安維持軍に指示を出します。ひとまず治安維持軍は拠点の外に離脱を。通信の復旧と共に、拠点を囲んでいた壁は解除されました。まだ一部階層は通信が妨害されているようなのでご注意を」


 まずは人命優先。

 逆立ちしても勝てない相手が現れた以上、作戦の続行は不可能だ。


「先程、事前に伝達した見取り図にない通路が発見されました。

 地下五階、F-5地点。地上へ繋がる非常通用口のようです。地上へ上がる階段はドヴェルグで溢れていますから、そこから外へ離脱してください。通路の幅も広いので混乱も少ないでしょう」


 指示を送ると、治安維持軍の端末から次々と了解の信号が送られる。


 さて、残りのタスクは。

 ルチアノは思案した。


 肝要なのは各元帥の動きだ。

 とりわけブランカ元帥の動きは注視する必要がある。


 ルチアノは魔眼を通して戦場を見据えた。

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