11. 畏敬すべき宿敵よ
吹き荒れる金色の風。
自らの力を奪う虚脱の環境において、レナスは依然として戦意を緩めず。
他のアバドンが逃げるまで。
そのときが来るまで。
彼女は戦い続けねばならない。
「原罪――『術』、古代術行使」
舞い上がる白炎。
ホルストは熱気を捌きつつ、レナスへ接近を試みる。
炎の中に踏み込んだ彼は、まっすぐに斬撃を放つ。
周囲の抑圧すべてを跳ね除ける金風。
魔導『金襴』を前に、あらゆる事象は跳ね返される。
無敵にも近い魔導を持つのが元帥だった。
「ずるいよ。本当に、魔導ってやつは。でも、ろんだって負けてない」
先程は目で追えなかったホルストの動き。
しかし、今は身体強化を施したことにより捕捉できていた。
レナスはわずかな魔力を吸い寄せて権能を発動する。
一、二、三羽。
白い炎が鳥となり、ホルストに迫った。
黄金の嵐の中を直進する。
「……」
斬り払う。
風に乗せた衝撃を鳥に当て、ホルストは油断なく全攻撃を迎撃。
視線をレナスの下へ戻したとき、彼女は宙に浮いていた。
「『我が足、果てなき牢獄』」
足場に違和感を覚え、ホルストは飛び退く。
足元から生えてきた鎖のようなもの。
銀色の蛇はホルストを捕捉せんと追い縋る。
彼が足元の鎖を斬りはらうと同時、再びレナスの白炎が迫る。
次から次へと続く攻撃。
しかしホルストは汗ひとつかかずに対処。
彼の魔導の前には児戯に等しい。
「多芸だな。時間を稼ぐ手腕は認めよう」
時間を稼がれるのはホルストにとっても芳しくない。
原罪人は底が知れず、どの程度かと警戒していたが……
(……油断はできん。一瞬で方をつける)
ソウメル基地襲撃時、ロスト元帥は二人の原罪人と交戦した。
ロスト曰く、元帥でも原罪人に勝つのは厳しいとのこと。
ゆえにレナスはまだ奥の手を隠し持っている可能性がある。
だが、急ぎ事態を収束させる必要があるのも事実。
ここはホルストから打って出ることにした。
「『金襴』――『正剣』」
周囲に拡散していた風が彼の剣に集約。
黄金の風を宿した剣は、静かに暴威を滾らせた。
剣そのものに反射を付与することで、いかなる抵抗をも斬り裂く。
そう、ホルストは……レナスを殺す気だ。
壁の解除は二の次。
原罪人を殺す方が優先事項だと判断したまで。
「……!」
圧倒的な威圧感を前に、レナスは逡巡する。
地上から迫る戦鬼に何を為すべきか?
一瞬後、レナスの首をホルストの剣が裂いている光景を見た。
彼は本気だ。
ゆえに彼女は全力の抵抗を試みる。
杖から寄せ集めた魔力を全開に。
権能を行使する。
「簡易開闢式――《バロン》」
レナスを中心に壁が展開。
これまで使っていた魔力壁とは違う。
権能を全力で行使した、比類なき堅固。
レナスを取り囲む薄水色の結界を前に、ホルストは宣告した。
「それが君の全力か。では……いくぞ」
今まで、ホルストの魔導を宿した剣で裂けなかった物。
それは二つある。
ひとつは、世界を囲むように聳え立つ光壁。
ひとつは、奈落の――に横たわる紫紺。
はたしてレナスの結界が三つ目の不可能となり得るか。
不敵にもホルストはそうであってほしいと願った。
自らの剣が折れ、人を殺さずにいられることを願っている。
甘い考えに内心で自嘲しながらも、彼は一閃を振り抜いた。
刹那、黄金の旋風が吹きすさぶ。
「っ……!」
駆けた輝かしい剣身。
黄金はたしかにレナスの結界を裂いた。
紙のように容易く、意志が権能を打ち破る。
だが。
同時にホルストもまた破壊されるものがあった。
「この、化け物がっ……! ろんっ!」
レナスは最初から結界が破られることを前提としていた。
ばさりと斬り落とされたレナスの後ろ髪。
彼女もまた、白炎の刃を振り抜いている。
くるくると舞っているのは……ホルストの左腕だった。
赤い飛沫を撒き散らしながら、軍服と共に千切れ離れる。
「こ、れは……! 一杯食わされたな……!」
「乙女の髪と、軍人の腕。どっちが大事ろん……!」
純粋な読み負け。
ホルストは自身の思考の浅さを恨んだ。
左腕から焼けるような痛みが走り、彼は痛苦に顔を顰める。
一方、レナスも今の一合で大半の魔力を浪費した。
まだホルストに剣を握る右腕が残っている以上、これ以上の継戦は無理がある。
できれば右腕を持っていきたかったが。
そこまでの余裕はなかった。
「そろそろ……頃合いろんね」
アバドンは全員避難しただろうか。
構成員だけが通れる壁から、ユタが逃がしてくれたはずだ。
あの戦闘狂もさすがに任務を全うしてくれているだろう。
レナスは信じ、首に提げている銀鍵に触れた。
「ホルスト元帥。その傷、放置していたら死ぬよね」
「……司雅に診てもらえば腕の欠損も治せるのでね。この程度……どうということはない」
「ろん。でも、新たな敵が加われば別でしょ?」
「新たな、敵……?」
不穏なレナスの態度。
ホルストは痛みを抑え、警戒心をあらわにした。
やはり何かしらのトラップが仕掛けられていたか。
「ごめんね、みんな。ろんたちの為に……犠牲になって」
鍵に願う。
レナスはアバドンの勝利を預け、首の鍵に力を籠めた。
勝つためには人倫を犠牲としなければならない。
最初から理解していたことだ。
ホルストは気配の変化に顔を上げる。
基地全体を包んでいた抑圧が消滅。
同時に無線の通信と、外のざわめきが復活した。
「これは……壁が消えたのか?」
「ろん。言い換えれば、化け物がノアティルスに解き放たれたということでもある」
レナスはふわふわと浮遊し、扉を開け放つ。
彼女の挙動にホルストは追随した。
剣に手をかけ、少しでも動けば再び斬撃を放つつもりで。
片腕しかなくとも仕留められる。
「逃がすと思うか?」
「逃がしてもらうろん。……おいで」
「!?」
しゅるり。
廊下の陰から姿を現した異形。
それはこの場に存在するはずのない生物だった。
白い粘体、人型の怪物。
名を――ドヴェルグ。
二体のドヴェルグはレナスを庇うように、ホルストの前に立った。
「勇ましき反逆者たち。
我らがソレイユのために、戦い抜きなさい……ろん」
「ッ待て!」
レナスは最後の力を振り絞り、出口を目指す。
ホルストは後を追おうにも、獰猛なドヴェルグを前に踏みとどまる。
この状況から推察できる答えはひとつ。
――アバドンが外敵を擁している。
「天星刃がない、か……」
片腕もなければ、天星刃もない。
あと数分で医療を受けなければ失血死。
ホルストは最悪な状況に苦笑した。
だが、彼には使命がある。
家族がいる。
部下がいる。
ゆえにここで散るわけにはいかなかった。
背後は壁、正面には二体のドヴェルグ。
さて、どう切り抜けたものか。
ゆらゆらと、ドヴェルグは足踏み。
着実にこちらへ迫っている。
「……フウラ。必ず帰る」
妻の顔を思い出し、彼は剣を構えた。




