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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
4章 征伐
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9. 血と涙のアメ

『うへぇ……ニコのお嬢にも困ったもんだ。雨を降らせる実験ねえ……天才なのは結構なことだが、おかげさまで俺の服はびしょ濡れだぜ』


 暗闇の中、一人の男がぼやく。

 彼の服は濡れていた。

 髪の毛先かた水滴が滴り落ちる。


 水滴。

 もうひとつ、異質な水滴が地面に落ちた。


『っ……』


『ん? 誰かいんのか?』


 どちらも同じく透明な液体だが、幼い少女の目から零れ落ちたソレは異質なものだった。

 男は少女のすすり泣く声を聞き、暗がりへ歩みを進める。


 視線の先、部屋の角には少女がうずくまっていた。

 ああ、なんだ――いつものことか。

 そう思いながら、男は屈みこむ。


『よ、クラヴンのお嬢。また泣いてら。どうした?』


『……うるさい。アサマはどっか行け』


 痛烈な少女の言葉に、アサマと呼ばれた男は困ったように頭を掻いた。

 慣れてはいるが、毎回対処法がわからない。

 子どもの世話は苦手だった。


『あっ、さーては喧嘩だな!? バロンのお嬢か、ナドリスの坊ちゃん! それか……ええと、メアの坊ちゃんか?』


『……違う。陛下』


 陛下。

 少女の言葉にアサマは腰を抜かした。


『おいおい。陛下と喧嘩したってのか?』


 こくり、少女は首肯した。

 泣きはらした目を隠すように俯く。


 もっとも、暗がりのせいで目元など見えないのだが。

 アサマは少女を宥める手段を思いつく。

 相手が陛下と呼ばれるあの人物なら、少女を元気にできるかもしれない。


『そりゃすげえ! 陛下と真向から喧嘩できる人間なんて早々いねぇぜ? クラヴンのお嬢は度胸があるなぁ……もしかしたら世界いち勇敢かもしれねえ』


『でも、泣いてるもの。わたしは弱いの』


『そんなことないさ。正面から喧嘩して泣くのは恥ずかしいことじゃねえ。むしろ恥ずかしいのは陛下さ。いい大人が、お嬢みたいな子どもに喧嘩吹っ掛けて……本当に情けねえよな!? 安心しな、お嬢は陛下よりも大人だぜ?』


 アサマの言い分に少女は顔を上げた。

 潤いを孕んだ瞳が暗闇の中に光る。


『……ほんと?』


『おう! クラヴンのお嬢は将来大物になるね!

 ……あ、でも今の悪口は陛下には内緒だぜ?』


『うん』


 心なしか少女の声色が明るくなる。

 これは成功したかと……アサマは内心でガッツポーズした。

 子どもをあやすのは苦手だが、最近はコツを掴んできたような気がする。


『それより、聞いてくれよ。ニコのお嬢がな、雨をとうとう降らせたんだ!』


 暗い話題よりも明るい話題。

 つまらない話題よりも面白い話題。

 アサマは少女に喜々として報告した。


『アメ……?』


『おう、雨だ。空から水が降るんだ。すげぇだろ?

 お嬢も一緒に見に行こうぜ』


『だからアサマはびしょびしょなの?』


『お、おう……まあ乾かせばいいんだよ。靴下が濡れてて気持ち悪いけどな』


 アサマは濡れた髪をかき分けた。

 服が濡れて不快なのに、不思議と心地よい。


 少女は収まってきた涙を拭いて立ち上がる。

 そしてアサマを無視して部屋の外に向かった。


『って、おい! どこ行くんだ?』


『アメ、見にいくのよ』


『そうか。俺ももっかい濡れてこようかね』


 少女の歩幅に合わせて、アサマはゆっくりと歩く。

 しばらく沈黙したまま歩いていた少女。

 彼女は道中、不意に尋ねた。


『ねえ。いつか、本物のアメを見られるの?』


『ん……ああ、そうさな。見るよ。俺たちで一緒に、陛下と国のみんなと一緒に見る日が来るさ』


『ふーん』


 半信半疑。

 少女はアサマの言葉を聞き流す。


 だけど、心の奥底では。

 期待している自分がいた。


 ---


「死ねッ……!」


 前のめりに倒れたアサマ。

 その隙は見逃さない。

 影の針を展開し、四肢を貫いた。


「クソ、俺は……!」


 ショートソードを絡め取る。

 倒れたアサマに警戒しつつ接近するも、動く気配はなし。

 ……やった、のか?


 ナイフを抜き接近。

 まだだ、油断するな。


 口で起爆する爆弾。腹に巻かれたダイナマイト。

 今までアバドンがしてきた悪辣な抵抗を思い出せ。

 俺の先輩だって……入隊してから何人もアバドンに殺されてきた。

 油断したその瞬間に。


「――影装(アーマー)


 影の鎧を纏い、奇襲に備える。

 瞼の上部に影を乗せ、閃光弾の防御準備。

 警戒しつつ、迅速にアサマへと接近。


「やる、ねぇ……坊ちゃん……」


 吐血。

 心臓部を貫かれて、アサマは口から血の塊を吐き出した。

 放置していても死ぬだろう。

 だが、確実にここで殺しておく。


「……この基地の通信途絶は、お前たちの幹部を倒せば解除されるのか?」


 だが、ひとつだけ確認を。

 入手できる情報は確保しておかなければ。


「……あぁ。バロンのお嬢だけが……基地の隔離を、解除できる……生きたきゃ、お嬢を探すんだな……それと、ドヴェルグにも……」


「もういい」

 

「がぁっ……!?」


 ナイフでアサマの背を刺す。

 レナスとかいう幹部を追えばいい。

 それだけわかれば十分だ。


 言葉を失ったように瞳を閉じるアサマ。

 抵抗する気はないのか?


「…………」


 もう一度、刺す。

 手足、背中、腹。


「っ……」


「死ね」


 首、頭、首。

 刺して、刺して、刺す。

 できるだけ苦しんで死ねばいい。


 俺たちの先輩を殺し続けてきた悪魔が。

 地獄に落ちろ。


「死ね、死ね……!」


 確実に殺す。

 間違っても息を吹き返さないように破壊する。

 争いの根源を抹消する。


 二度と、この世に……!


「イージャ!」


「――ん」


 鼓膜を叩いた甲高い声。

 俺は無我夢中から引き戻され、顔を上げる。


 リラがいつしか立ち上がっていた。

 もう復帰できたのか、よかった。


「もう、やめて……死んでるでしょう。それ以上、意味がない……時間の、無駄よ……」


 途切れ途切れにリラは言った。

 そうだ、こんなことをしてる場合じゃないだろう。


 早く他の部隊への応援に行かないと。

 それにソウルさんのこともあるし、状況の確認だって。

 クソ、なんで俺はこう……無駄な時間の消費ばかりするんだ?


 ぐちゃぐちゃになったアサマの死体。

 血を払い、立ち上がる。


「……悪い。ホワイトさんとジーラさんは……ちょうど終わったみたいだな。作戦を継続しよう。この男が言うには、原罪人レナスをどうにかしないといけないらしい」


「……そう。早く行きましょう」


「ああ。厳しい相手だったが……もっと強い奴が潜んでいる可能性もある。油断せずに進もう」


 ソウルさんも気絶から回復したようだ。

 だが、まだ傷は残っているだろう。

 あまり無理はさせられないな。


 ---


 雨。


 痛みに流した涙。

 流れた血の涙は、沼となって広がった。


 これは殺し合い。

 血の沼に横たわったショートソード。

 骸の瞳から流れる透明な液体。


 すべてを呑み込み、直視して。

 進まなければならない。


「……ごめんなさい」


 誰が呟いたか、悔恨の言。

 誰にも届かずに消え行った。

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