4. 魔導受贈の儀
「『魔導受贈の儀』とは、その名のとおり魔導を授ける儀である!
皇帝軍に所属する以上、武力は必要となる。ゆえに皇帝陛下が手ずから魔導を授けられる。新兵の諸君は一列となり、聖寵室の前に並べ!」
誘導係の声が響きわたる。
魔導を授ける……か。本当にそんなことが可能なのか?
俺はすでに魔導を持っているけど、大半の人たちは持っていないのだろう。
疑問が残る。俺もよくわからないけど、魔導を他者に授けることは不可能に近いと思う。
授けられたとしても、それは本当に魔導なのか……?
俺も案内に従って並ぼうとすると、名前が呼ばれた。
「イージャ・キルシャ! およびリラ・ルキスはいるか!」
「イージャは俺です」
「君は別だ。こちらへ来てくれ」
俺は別……?
どうしてだろう。
目線でザガリスとハピに別れを告げ、案内の人に続く。
「リラ・ルキスはどこだ……?」
「ぼくを呼んだかしら、皇帝軍の人。ぼくがリラ=ルキスだけど」
その少女は、端的に言えば白かった。
清らかで滑らかな白い肌。きめ細かく輝く銀髪。
くりくりとした真紅の瞳は、俺のことを興味深そうに凝視していた。
歳は同じくらいだろう。
「リラ新兵とイージャ新兵は、すでに魔導を持っているようだな。君たちは訓練兵としてではなく、最初から二等兵として働いてもらう。すでに魔導を持っているのだから、魔導受贈の儀にも参加不要だ」
このリラとかいう子も魔導を持っているのか。
どんな魔導なんだろう。
相手も同じことを思っていたのか、視線が合った。
「ぼくはリラ=ルキス。これからよろしくね」
「イージャ・キルシャだ。よろしく」
差し伸べられた手を握り返し、握手する。
かなり冷たい手だった。
「君たちにはホルスト元帥から話がある。元帥も暇なわけではないし、待たせてはいけない。こちらへ来てくれ」
「……!」
ホルスト元帥が……あの時、俺は失礼な態度を取ってしまった。
トワコが死んだ責任を彼に押しつけようとしたのだ。
錯乱していたとはいえ、今から顔を合わせるのは少し気まずいな。
でも、改めてお礼しないと。
歩く道すがらリラが上目遣いで俺に尋ねてきた。
「ホルスト元帥って有名な人なのかしら?」
「え、知らないのか……? 皇帝陛下の右腕とも呼ばれてる人だぞ」
「ぼくは世間知らずなの。ごめんなさいね、無知で」
「い、いや……別に」
俺にとっての常識が、相手にとっての常識とは限らない。
普通にニュースを見れば知っているだろうけど。
リラはメディアの類を見ない人なんだろう。
そして俺たちは城内にある小さめの応接室に通された。
椅子には金髪の偉丈夫が座っている。
「来たか。とりあえず、座ってくれ」
皇帝陛下ほどじゃないけど、お偉いさんの前に立つと緊張するな。
俺とリラは促されるまま椅子に座った。
案内してくれた軍人は一礼して出て行く。
そして、三人だけの空間が出来上がった。
場を支配した微妙な沈黙。
何か俺から話した方がいいのか……?
緊張していると、ホルスト元帥から口を開いた。
「さて。イージャ、あれから変わりはないか?」
「は、はい! おかげさまで……こうして無事でいます。
あの時は、その……申し訳ありませんでした。俺の友人が死んだのはホルスト元帥のせいじゃないのに……あんなことを言ってしまって」
「いや、私のせいだ。助けられなくてすまない。
……この話題についてはもうよそう。本題に入る」
俺が否定する前に、ホルスト元帥が話題を切り替えてしまった。
この人、なにがなんでも責任を背負おうとするのか……
「イージャ・キルシャ。リラ・ルキス。
君たちはすでに魔導を得ている。間違いないな?」
彼の言葉に、俺とリラは頷く。
「軍では、自らの意志で魔導に目覚めた者を『既覚者』と呼んでいる。これより、新規入隊の兵たちには魔導が授けられるが……彼らと君たちとでは大きな隔たりがある」
「隔たり? どういうことですか?」
「魔導とは──意志の象徴。
固き意志なき者に、魔導を十全に扱う資格はなし。
自前の意志で目覚めさせた者は、魔導を自在に操れる。しかし他者に……陛下に魔導を授けてもらった者は、満足に扱えない」
ホルスト元帥は腕を持ち上げて、指先を動かした。
「例えるならば腕。君たちの魔導が先天的に生まれ持った腕だとすれば、他の兵たちの魔導は義手。慣らすにはかなりの時間を要する上に、影響力も小さい。皇帝軍の大将階級以上の者は、ほとんどが自ら魔導を現出させた者だ」
「なるほどね。要するに、ぼくたちはエリートってことかしら?」
「ああ。だからこそ、最初から階級の差もある。
私は――君たちに期待しているのだよ」
期待。
その言葉に乗せられた重圧の、なんと重いことか。
俺にそこまでの大事を為せる器があるのか?
だって、アバドンの一人すら碌に倒せなかった。
「イージャ、リラの両名は私の管轄に入ることになった。九人の元帥にはそれぞれ役割がある。ロスト元帥とミラ元帥は城内の処務を、ルチアノ元帥と司雅元帥は外敵の対策を……そして、私とブランカ元帥は治安の維持を」
話が見えてこない。
隣のリラを見ると、すでに彼女はホルスト元帥の意図に気づいているようだった。
「つまり、君たちにはアバドンと戦ってもらうことになる。治安維持の一環だ」
――そうか。
彼の意図がわかった。
俺のアバドンへの激情を糧とし、成長を促そうとしているのか。
俺はもちろんアバドンが憎い。
だけど、リラは?
疑問に思っていると、彼女が元帥に尋ねた。
「それは……ブランカ元帥が決めたことなの?」
「ああ。彼女と話し合い、君たちを私の麾下に置くことにした」
「そう。それなら文句はないわ」
そう言うと、リラは黙ってしまった。
少し不満がありそうな表情をしているが、納得したらしい。
ブランカ元帥は……どんな人なんだろう。
俺はホルスト元帥とルチアノ元帥と、あとロベリー元帥しか知らない。
主に世間に露出してるのがその三人だ。
「君たちには意志がある。他の新兵に絆されず、邁進を続けてほしい」
そう言われると、なんだか他の兵士がダメみたいじゃないか。
たしかにザガリスもハピも、魔導には目覚めていない。
だけどトワコを殺されて悔しいのは……あの二人だって同じはずだ。
俺と同じくらい悔しいはずなんだ。
彼らと俺を区別するのは、なんだか違う気がする。
魔導って……そんなに特別なモノなのか?
「では、今後の方針について……」
その後もホルスト元帥から話を聞き、城内での過ごし方や仕事について教わった。
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「聖寵室で行われる、魔導贈与の儀。ここでの私語は厳禁だ!
入室して陛下に魔導を賜り、退室するまで口を開くことは許されん! 今日中に儀を終えるために、速やかに行動せよ!」
将官の声が高らかに響く。
ザガリスは緊張した面持ちで整列していた。
これから自分があの『魔導』を授かるのだから、緊張するのも無理はない。
先の事件でイージャが見せた魔導……あれは衝撃的な光景だった。
ただの一般人に過ぎなかった彼が、あのように破壊に満ちた力を手に入れたのだ。
多少の期待と興奮も混じっている。
一人ずつ新兵が大扉に入り、そして出てくる。
中で何が行われているのかわからないが、聖寵室の中には皇帝がいるらしい。
一人あたりの所要時間は二分ほど。短時間で魔導は授けられるようだ。
しかし、出てきた新兵たちはみな釈然としない顔をしていた。
「次の者!」
待っているうちに、ザガリスの番がやってきた。
後ろに並んでいるハピに頷いて彼は室内へ。
(これは……すごいな。素人の僕でも、ここが特別な力に満ちているのを感じる)
聖寵室の中は、静謐な空気で満ちていた。
薄い青光で満ちる空間。
室内を取り囲むように滔々と流れる水。
そして……最奥の玉座に座る皇帝、アビスソレイユ。
「ザガリス・モティだね。前へ」
皇帝の傍に控えていた元帥が、ザガリスに前へ進むように促す。
入隊式を仕切っていた、水色髪の男性元帥だ。
彼は黙って前へ進んだ。私語は厳禁。
「そこに跪き、陛下の御言葉を聞くように」
ザガリスは玉座の前に跪く。
すさまじいプレッシャーだ。
こうして皇帝の目前に立つと、自分がいかに矮小な存在かを実感させられる。
震える身体を叱咤し、ザガリスは気を確かに保つ。
「我が名はアビスソレイユ。
世界の支配者にして、混沌を鎮めし者。
今――汝に聖寵を授けん」
皇帝は右手に持っていた槍のような物を翳す。
眩い光が満ち、ザガリスの肉体を包み込んだ。
(っ……なんだ、この……)
異物感。
自分の身体に、知らない何かが流れ込んでくる。
強烈な違和感に吐き気を催すが、耐える。
ここは皇帝陛下の御前。無礼は許されない。
――不明
――不明
――悔恨
――不明
――不明
魔導析出 : 【治癒】
「……これにて魔導受贈の儀は終了だ。速やかに立ち去りなさい」
(終わった……のか……?)
いつしか異物感は消え、いつもと変わらぬ調子が戻っていた。
そう、本当に何も変わっていないのだ。
イージャが語っていたように、身体の器官がひとつ増えたという感覚もない。
ザガリスは困惑したまま、一礼して聖寵室を後にする。
大扉をくぐると、最前には緊張した面持ちのハピがいた。
(これが魔導……特に実感はないけど……)
部屋から出てきた者はみな、腑に落ちない表情をしていた。
今ならその理由がわかる。
釈然としない気持ちを抱え、ザガリスはハピの帰りを待った。




