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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
1章 怪物の目覚め
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4. 魔導受贈の儀

「『魔導受贈の儀』とは、その名のとおり魔導を授ける儀である!

 皇帝軍に所属する以上、武力は必要となる。ゆえに皇帝陛下が手ずから魔導を授けられる。新兵の諸君は一列となり、聖寵室の前に並べ!」


 誘導係の声が響きわたる。

 魔導を授ける……か。本当にそんなことが可能なのか?


 俺はすでに魔導を持っているけど、大半の人たちは持っていないのだろう。

 疑問が残る。俺もよくわからないけど、魔導を他者に授けることは不可能に近いと思う。

 授けられたとしても、それは本当に魔導なのか……?


 俺も案内に従って並ぼうとすると、名前が呼ばれた。


「イージャ・キルシャ! およびリラ・ルキスはいるか!」


「イージャは俺です」


「君は別だ。こちらへ来てくれ」


 俺は別……?

 どうしてだろう。


 目線でザガリスとハピに別れを告げ、案内の人に続く。


「リラ・ルキスはどこだ……?」


「ぼくを呼んだかしら、皇帝軍の人。ぼくがリラ=ルキスだけど」


 その少女は、端的に言えば白かった。

 清らかで滑らかな白い肌。きめ細かく輝く銀髪。

 くりくりとした真紅の瞳は、俺のことを興味深そうに凝視していた。

 歳は同じくらいだろう。


「リラ新兵とイージャ新兵は、すでに魔導を持っているようだな。君たちは訓練兵としてではなく、最初から二等兵として働いてもらう。すでに魔導を持っているのだから、魔導受贈の儀にも参加不要だ」


 このリラとかいう子も魔導を持っているのか。

 どんな魔導なんだろう。

 相手も同じことを思っていたのか、視線が合った。


「ぼくはリラ=ルキス。これからよろしくね」


「イージャ・キルシャだ。よろしく」


 差し伸べられた手を握り返し、握手する。

 かなり冷たい手だった。


「君たちにはホルスト元帥から話がある。元帥も暇なわけではないし、待たせてはいけない。こちらへ来てくれ」


「……!」


 ホルスト元帥が……あの時、俺は失礼な態度を取ってしまった。

 トワコが死んだ責任を彼に押しつけようとしたのだ。

 錯乱していたとはいえ、今から顔を合わせるのは少し気まずいな。

 でも、改めてお礼しないと。


 歩く道すがらリラが上目遣いで俺に尋ねてきた。


「ホルスト元帥って有名な人なのかしら?」


「え、知らないのか……? 皇帝陛下の右腕とも呼ばれてる人だぞ」


「ぼくは世間知らずなの。ごめんなさいね、無知で」


「い、いや……別に」


 俺にとっての常識が、相手にとっての常識とは限らない。

 普通にニュースを見れば知っているだろうけど。

 リラはメディアの類を見ない人なんだろう。



 そして俺たちは城内にある小さめの応接室に通された。

 椅子には金髪の偉丈夫が座っている。


「来たか。とりあえず、座ってくれ」


 皇帝陛下ほどじゃないけど、お偉いさんの前に立つと緊張するな。

 俺とリラは促されるまま椅子に座った。

 案内してくれた軍人は一礼して出て行く。


 そして、三人だけの空間が出来上がった。

 場を支配した微妙な沈黙。

 何か俺から話した方がいいのか……?


 緊張していると、ホルスト元帥から口を開いた。


「さて。イージャ、あれから変わりはないか?」


「は、はい! おかげさまで……こうして無事でいます。

 あの時は、その……申し訳ありませんでした。俺の友人が死んだのはホルスト元帥のせいじゃないのに……あんなことを言ってしまって」


「いや、私のせいだ。助けられなくてすまない。

 ……この話題についてはもうよそう。本題に入る」


 俺が否定する前に、ホルスト元帥が話題を切り替えてしまった。

 この人、なにがなんでも責任を背負おうとするのか……


「イージャ・キルシャ。リラ・ルキス。

 君たちはすでに魔導を得ている。間違いないな?」


 彼の言葉に、俺とリラは頷く。


「軍では、自らの意志で魔導に目覚めた者を『既覚者(きかくしゃ)』と呼んでいる。これより、新規入隊の兵たちには魔導が授けられるが……彼らと君たちとでは大きな隔たりがある」


「隔たり? どういうことですか?」


「魔導とは──意志の象徴。

 (つよ)き意志なき者に、魔導を十全に扱う資格はなし。

 自前の意志で目覚めさせた者は、魔導を自在に操れる。しかし他者に……陛下に魔導を授けてもらった者は、満足に扱えない」


 ホルスト元帥は腕を持ち上げて、指先を動かした。


「例えるならば腕。君たちの魔導が先天的に生まれ持った腕だとすれば、他の兵たちの魔導は義手。慣らすにはかなりの時間を要する上に、影響力も小さい。皇帝軍の大将階級以上の者は、ほとんどが自ら魔導を現出させた者だ」


「なるほどね。要するに、ぼくたちはエリートってことかしら?」


「ああ。だからこそ、最初から階級の差もある。

 私は――君たちに期待しているのだよ」


 期待。

 その言葉に乗せられた重圧の、なんと重いことか。


 俺にそこまでの大事を為せる器があるのか?

 だって、アバドンの一人すら碌に倒せなかった。


「イージャ、リラの両名は私の管轄に入ることになった。九人の元帥にはそれぞれ役割がある。ロスト元帥とミラ元帥は城内の処務を、ルチアノ元帥と司雅(しが)元帥は外敵の対策を……そして、私とブランカ元帥は治安の維持を」


 話が見えてこない。

 隣のリラを見ると、すでに彼女はホルスト元帥の意図に気づいているようだった。


「つまり、君たちにはアバドンと戦ってもらうことになる。治安維持の一環だ」


 ――そうか。

 彼の意図がわかった。

 俺のアバドンへの激情を糧とし、成長を促そうとしているのか。


 俺はもちろんアバドンが憎い。

 だけど、リラは?

 疑問に思っていると、彼女が元帥に尋ねた。


「それは……ブランカ元帥が決めたことなの?」


「ああ。彼女と話し合い、君たちを私の麾下に置くことにした」


「そう。それなら文句はないわ」


 そう言うと、リラは黙ってしまった。

 少し不満がありそうな表情をしているが、納得したらしい。


 ブランカ元帥は……どんな人なんだろう。

 俺はホルスト元帥とルチアノ元帥と、あとロベリー元帥しか知らない。

 主に世間に露出してるのがその三人だ。


「君たちには意志がある。他の新兵に絆されず、邁進を続けてほしい」


 そう言われると、なんだか他の兵士がダメみたいじゃないか。

 たしかにザガリスもハピも、魔導には目覚めていない。

 だけどトワコを殺されて悔しいのは……あの二人だって同じはずだ。

 俺と同じくらい悔しいはずなんだ。


 彼らと俺を区別するのは、なんだか違う気がする。

 魔導って……そんなに特別なモノなのか?


「では、今後の方針について……」


 その後もホルスト元帥から話を聞き、城内での過ごし方や仕事について教わった。


 ---


「聖寵室で行われる、魔導贈与の儀。ここでの私語は厳禁だ!

 入室して陛下に魔導を賜り、退室するまで口を開くことは許されん! 今日中に儀を終えるために、速やかに行動せよ!」


 将官の声が高らかに響く。

 ザガリスは緊張した面持ちで整列していた。


 これから自分があの『魔導』を授かるのだから、緊張するのも無理はない。

 先の事件でイージャが見せた魔導……あれは衝撃的な光景だった。

 ただの一般人に過ぎなかった彼が、あのように破壊に満ちた力を手に入れたのだ。

 多少の期待と興奮も混じっている。



 一人ずつ新兵が大扉に入り、そして出てくる。

 中で何が行われているのかわからないが、聖寵室の中には皇帝がいるらしい。


 一人あたりの所要時間は二分ほど。短時間で魔導は授けられるようだ。

 しかし、出てきた新兵たちはみな釈然としない顔をしていた。


「次の者!」


 待っているうちに、ザガリスの番がやってきた。

 後ろに並んでいるハピに頷いて彼は室内へ。


(これは……すごいな。素人の僕でも、ここが特別な力に満ちているのを感じる)


 聖寵室の中は、静謐な空気で満ちていた。

 薄い青光で満ちる空間。

 室内を取り囲むように滔々と流れる水。


 そして……最奥の玉座に座る皇帝、アビスソレイユ。


「ザガリス・モティだね。前へ」


 皇帝の傍に控えていた元帥が、ザガリスに前へ進むように促す。

 入隊式を仕切っていた、水色髪の男性元帥だ。


 彼は黙って前へ進んだ。私語は厳禁。


「そこに跪き、陛下の御言葉を聞くように」


 ザガリスは玉座の前に跪く。

 すさまじいプレッシャーだ。

 こうして皇帝の目前に立つと、自分がいかに矮小な存在かを実感させられる。


 震える身体を叱咤し、ザガリスは気を確かに保つ。


「我が名はアビスソレイユ。

 世界(ノアティルス)の支配者にして、混沌を鎮めし者。

 今――汝に聖寵を授けん」


 皇帝は右手に持っていた槍のような物を翳す。

 眩い光が満ち、ザガリスの肉体を包み込んだ。


(っ……なんだ、この……)


 異物感。

 自分の身体に、知らない何かが流れ込んでくる。


 強烈な違和感に吐き気を催すが、耐える。

 ここは皇帝陛下の御前。無礼は許されない。





 ――不明(unknown)

                 ――不明(unknown)

         ――悔恨(regret)


   ――不明(unknown)

                   ――不明(unknown)



 魔導析出 : 【治癒(ヒーリング)





「……これにて魔導受贈の儀は終了だ。速やかに立ち去りなさい」


(終わった……のか……?)


 いつしか異物感は消え、いつもと変わらぬ調子が戻っていた。

 そう、本当に何も変わっていないのだ。

 イージャが語っていたように、身体の器官がひとつ増えたという感覚もない。


 ザガリスは困惑したまま、一礼して聖寵室を後にする。

 大扉をくぐると、最前には緊張した面持ちのハピがいた。


(これが魔導……特に実感はないけど……)


 部屋から出てきた者はみな、腑に落ちない表情をしていた。

 今ならその理由がわかる。


 釈然としない気持ちを抱え、ザガリスはハピの帰りを待った。

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