4. 月弓
ビジャ大佐が去ったあと、俺はかねてより気になっていたことを父に聞いた。
「父さんは治安維持軍だったのか?」
「うん。あのころは治安維持軍じゃなくて、平和維持軍って名前だったけど」
どうして俺が皇帝軍に入隊する前に、話をしてくれなかったんだろう。
息子が同じ職場に入るっていうのに。
やっぱり軍と確執があるのか?
さっきのビジャ大佐の口ぶりから、なんとなくトラブルがあったことは察せられる。
「仕事は順調かな? 初の迎撃戦はどうだった?」
「方舟が二体も出て、多くの人が死んだよ。
俺は……偶然生き残っただけだ」
「へえ……二体も!?
私が現役のころは、方舟が二体出てくることなんてなかったよ。
外敵も進化しているんだなあ」
落ち込んだ俺の声に対して、父は依然として朗らかな声色。
あの気色悪い外敵の話を当たり前のように。
軍内では外敵の話はタブーみたいな雰囲気がある。
貴重な機会だし、色々聞いてみるか。
「外敵ってさ、どういう生物なんだ?
陛下に聞いたことがあるけど、答えは教えてくれなかった。元帥や上官たちに聞いても……『わからない』と答えられるばかりだ」
「それはたぶん、本当にわからないんだと思うよ。だって外敵が来る奈落には潜れないし、ドヴェルグを捕獲しても蒸発して溶けるから」
「でもさ、他にやりようがあると思うんだよ。奈落を塞ぐまでとは言わないけど、返しを取り付けるとか。迎撃戦で人が死にすぎじゃないか? このままでいいとは思えないよ」
「奈落はもう塞がれているよ。
……そもそもイージャはさ、トワコちゃんの仇を討つために軍人になったんだろう? 外敵じゃなくてアバドンの対策を主にすべきじゃないかな?」
違う。
俺はトワコの仇を討つために入隊したんじゃない。
トワコの死はあくまで要因のひとつ。
俺の目的は平和の実現、秩序の構築。
アバドンの襲撃に遭うずっと前から――
「アバドンは滅ぼすべきだ。
でも、それ以前に大切なこともある。身近な人の死を防ぎたい。
そもそもアバドンの連中なんて、目的もなく……恨みつらみで暴れてるだけだしな。正体不明の外敵とは違う。あいつらの正体なんて論じるまでもなく悪だ」
以前、リラに言われた言葉を思い出す。
アバドンは『負け組』なのだと。
悪質な環境で生まれ育った、世界を憎む悪魔たち。
そういう人たちの境遇は理解できる。
ただ、辛い環境で真面目に生きてる人もいるんだ。
無実の人に危害を加えるアバドンの連中なんて、問答無用で粛清しなければならない。
「……そうか。
まあ、イージャが外敵と戦うにせよ、アバドンと戦うにせよ。とにかく無事であってほしい。それが今の私の願いだよ。
そうだ、ちょっと待ってて」
父は立ち上がり、二階に上がって行った。
無事であってほしい……か。
今までの短期間で、何度も死にかけた危機があった。
俺の生死の抽選は度々行われている。
生を引き続けることはできるのか。
このままじゃたぶん……死を引く日も近い。
どうにかして強くならないと。
ユタに手も足も出なかった現状を変えるべきだ。
倉庫部屋のあたりからガタゴトと音が鳴って、しばらくして父は降りてくる。
「おまたせー。これいる?
私が現役時代に使ってた武器なんだけど」
机の上に置かれたのは……黄色い三日月の物体。
長さは俺の上半身くらい。
表面が鈍く光り、金色の輝きを放っている。
「なんだこれ。武器には見えないぞ」
「弓っていう武器だ。
銃のようなものかな。遠距離から矢を放ち、相手を貫くんだ」
ユミ……聞き覚えのない言葉だな。
遠距離系か。正直、遠距離攻撃は魔導で事足りてるんだけど。
父は弓を持ち、中腹のあたりにあるボタンを押した。
すると長さが二倍近くに伸びる。
三日月形の弧をつなぐように、光の弦が現れた。
「ほら、こうやって……」
弦をつま弾くと、光の矢が形成。
線をぐいと押し広げた矢は勢いよく射出される。
窓の外にある天空へ伸びていった。
「その光……物理現象には見えないな。
でも、父さんは魔導を使えないんだろう?」
「うん。この武器の権能さ。
武器の名前は『月弓』」
父は弓を畳んで俺に手渡した。
うーん……まあ、悪くはないか。
魔導より射程は長い。威力もあるだろう。
折り畳めるとはいえ、持ち歩くのが面倒だけど。
「ん?」
俺が弓に触れた瞬間、表面が黒に変色する。
同じように弦も黒くなって……
「ああ、月弓は持ち手によって色を変えるんだ。
でも特に意味はないよ。色が変わるだけ」
「そ、そうなんだ。俺の魔導は暗い場所ほど有利になるし、発光するよりはありがたいかな。矢も黒くなってるみたいだ」
意味がないなら、なんで色が変わるんだろう。
そういう意匠なのか?
「父さんはこの月弓だけで大将になったのか……」
「ふふふ、すごいだろう?
魔導を持たぬ軍人たちの希望になっていたのさ」
だとしたら、月弓はザガリスに渡すべきか?
でも軍医には必要ないよな。ハピも事務仕事だし。
やっぱり俺が使うべきか。
「携帯するのが面倒だよな」
「それなんだけどさ、イージャは影の魔導だろう?
以前従軍していた時、君と似た魔導の使い手を見たんだ。彼は自分の人影に道具を収納していたけど……イージャも同じようなことができるんじゃないか?」
「影に道具を収納……?」
考えたこともなかった。
人体で例えると、口に小物を入れておくようなものか。
気持ち悪いけど……できなくはない気がする。
少し検討してみようか。
「休暇中にやってみるよ。
今日はとりあえず……寝るわ」
昼夜逆転生活を送っているせいだろう。
すでに眠かった。
「あ、そう。おやすみ」
「うん。夕飯はいらないから」
久々に実家に帰れて、安心感を覚えていた。
月弓を持って自室に行く。
ああ、かなり埃が積もってるな。
父は掃除とかする性格じゃないからな……
少し掃除してから眠りについた。
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休暇中、鍛錬も怠らなかった。
影に道具を収納する魔導を練習してみたが……あんまり上手くいかない。
でも、実現自体は可能だ。
マスターすれば自分自身を影に沈めることだって可能なはず。
俺は一週間、この技を鍛錬することに決めた。
さて、休暇なので気休めも必要だ。
鍛錬の合間に、俺は地元の街を巡った。
かつての高校の友人に会ったり、バイト先の人に会ったり……
「うーん……」
ふらふらと街をめぐって、俺はベンチで考えた。
子どものころ、この公園でよく遊んだな。
年齢が上がるにつれてゲームに夢中になって、行かなくなったけど。
ひとつ違和感を感じていたんだ。
長らく民間人として過ごしていなかったせいか、俺の胸中にはとてつもない違和感が生じていた。
「疎外感? いや、違うな……」
なんだか、住む世界が別になってしまったような。
友人からは『またゲームしようぜ』と言われた。
バイト先の人からは『いつでも戻ってきて』と言われた。
でも、それらの"機会"が訪れるとは思わない。
俺はもう戻れない気がした。
外敵という存在を知り。
人を殺し。
仲間が殺され。
数多の地獄を味わって、死にかけた。
「……」
筆舌に尽くしがたい。
この煩悶はなんだろう。
これ以上、俺は進んでいいのだろうか。
たぶん戻ったとしても、彼らと同じ立場には立てないけど。
だって世界の秘密を知ってしまったから。
父も軍人をやめて、この感情を抱いたのだろうか。
仮初だ。
人々は砂上の楼閣で安寧を得ている。
もしも軍人がいなければ外敵が蔓延り、アバドンが混沌をもたらす。
この現実を知ってから、俺は世界が平和だと思えなくなった。
今までどれだけ呑気に生きていたことか。
「くだらねー」
悩んでもどうしようもないだろ。
天を仰いだ。雲ひとつない青空が広がっている。
俺は意志に沿って生きるだけ。
平和な世界を目指して、争いのない世界を目指して。
進み続けるんだ。
何を捧げたとしても。




