表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
4章 征伐
38/47

3. ルフ・キルシャ

「長期休暇ですか?」


「うん。長期と言っても一週間だけど」


 ソウルさんに呼び出され、休暇を言い渡された。

 人によって長期休暇の時期は様々だ。


「もちろん非常時には出動の命令が出るけど。

 治安維持軍はしばらく暇になるから、今のうちに休んでおいて」


「暇になるって……どういうことですか?」


「詳細は言えないけど、近々大規模な作戦が計画されてるの。その準備期間で、今は他の軍に動いてもらってるから。

 英気を養っておくように……とホルスト元帥からの伝言だよ」


「大規模な作戦か……」


 作戦の内容は気になるが、俺みたいな末端には話せないだろう。

 一週間も休みがもらえるのか。

 実家にでも帰ろうかな?


 そういえばザガリスとハピはどうだろう。

 一緒に帰省できたらいいんだけど。


「他の軍も休みになるんですか?」


「いや、治安維持軍だけだね。

 今はミラ元帥の特殊作戦部隊……じゃなくて。情報軍が忙しいから、イージャさんの友達の女の子……誰さんだっけ?」


「ハピですか?」


「そうそう、ハピさんの時間は奪わない方がいいかもね」


「わかりました。一人で帰省でもしようかと思います」


「うん、それがいいよ!

 私も家族に顔を見せてくる予定だし……」


 『家族』という単語を口にした瞬間、ソウルさんが何かを思い出したように顔を上げた。


「そういえば、イージャさんのお父さんって元軍人?」


「え、俺の父親ですか?

 いつも部屋に籠ってて、今は投資で稼いでるとか言ってますけど……昔に何をしていたのかはわかりません」


「ルフ・キルシャさん。えーっと、たしかこのアルバムに……」


 ソウルさんは近くにあった書棚を漁り始めた。

 アルバムを開き、パラパラとページをめくる。


「この人! 違うかな?」


 指差された写真には、見覚えのある人物が。

 この特徴的な髪色は……間違いなく俺の父親だ。

 にしても、今と全然変わらないな。


「たしかに俺の父です。これは何年前の写真ですか?」


「十年前。かなり昔の写真だね」


「じ、十年前!?」


 俺が六、七歳くらいのころ……父がどんな仕事をしていたのか興味なんてなかったけど。

 頻繁に家を出て行っていた記憶はある。

 その度に俺はザガリスの家に預けられて……


「ルフ元大将は今でも有名なんだよ。魔導を持たずして大将まで上り詰めた有能としてね」


「父が元軍人なんて全く知りませんでした」


 いつも飄々としていて、掴みどころがない性格の父。

 軍人らしい威圧感も筋肉もない。


「……その話、詳しく聞かせてもらえるか」


 俺とソウルさんの会話に割り込んできたのは、細見の男性。

 歳は二十台後半くらい。

 緑髪の中にところどころ白髪が混じっており、目の下にはクマがある。


 ビジャ・マーク大佐。

 治安維持軍の中でも屈指の強さを誇る。


「ビジャ大佐……? 俺の父親が何か?」


「写真の中には私もいる。ここだ。

 ルフさんは……私の教育係だった」


 アルバムの写真には若かりしビジャ大佐が映っていた。

 彼は父と違い、しっかり歳を取っている。

 今と違って目の下にクマもないし白髪もない。


 大佐は語る。


「ルフさんは、忽然と姿を消した。形式的には自主退職ということになっているが……消えるその日まで、親しかった私や同僚に何も言わなかった。

 一切の言葉を交わさずに姿を消したのだ」


「それは……妙ですね。さすがに一言くらいあってもいいと思いますが」


 ソウルさんも困惑している様子だ。

 父はそこまで薄情な性格ではないと思うが。

 何か事情があったんじゃないか?


「休暇中に帰省するので……父に事情を聞いてきましょうか?」


「……イージャ、頼みがある。

 私と直々に……ルフさんと話をさせてくれないか」


 ビジャ大佐の言葉に俺は虚を突かれた。

 まさか直接会ってまで話をしたいとは。


 それに、今のビジャさんには有無を言わせぬ迫力があった。

 どうしても会いたい理由があるのだろう。


「わかりました。俺も気になりますし……行ってみましょう」


 ---


 ビジャ・マーク大佐。

 彼は他軍でも有名な筆頭格だ。


 迎撃戦では獅子奮迅の活躍を見せ、ドヴェルグの討伐総数は八十を超える。

 ただし寡黙な性格で、交流の幅は少ないようだ。


 故郷へ帰る電車の中で、俺はビジャ大佐の向かい側に座っていた。

 乗車してからしばらく経つ。

 会話はほとんどない。

 気まずいし、少し話しておこうか。


「父はどんな人だったんですか?」


「ルフさんは……言葉で説明するのが難しいな。

 いつも冷静で温厚な人だった。平時でも戦時でも変わらぬ態度。

 魔導を持たないにもかかわらず、すさまじい活躍を見せていた」


 ダメだ。俺の父親像と語られる様子が乖離しすぎている。

 箸より重い物は持てそうもない父親なんだけど。

 もやしみたいな人なんだよ。


「どうして急に辞職したんですかね?」


「わからない。ただ……心当たりはある。

 ルフさんが辞職する前日、皇城が滅茶苦茶になった」


「滅茶苦茶に、とは」


「城の一角が爆発で崩れ、各軍が混乱して内紛に陥り、数名の元帥が死亡した。一連の出来事は完全に隠蔽され、抹消されたが……十年前に所属していた者たちの間では有名な話だ。

 そのどさくさに紛れて、ルフさんも姿を消した」


 まさしく滅茶苦茶な状況だな。

 どうやったらそんな事態になるんだ?


 ビジャ大佐はそれきり何も語らなかった。

 重い過去だし、あまり深入りするのもよくないだろう。


 その後は時々他愛のない話をしつつ、地元に帰った。


 ---


 地方都市の片隅にある家で、俺は育った。

 孤児だから生まれた場所は不明だけど。


 まだ半年も経っていないのに、かなり久々に帰ってきた気がする。

 家の扉を開ける。

 懐かしい柑橘系のにおいが鼻腔をくすぐった。


「ただいまー」


 父の靴はある。

 昨日、帰省するとメールを送ったので家にはいるだろう。


「どうぞ」


「失礼する」


 ビジャ大佐を通して、一緒にリビングへ向かう。

 リビングにはだらしない男の姿があった。


 安楽椅子に腰かけ、ぼんやりと液晶の画面を眺めている。

 昨日アルバムで見た外見とほとんど変わらない。


 大部分は黒髪で、赤い髪がところどころに混じっている。

 いい歳してツートンカラーとは恐れ入った。

 彼こそが俺の父親で、元軍人らしいルフ・キルシャ。


「ああ、お帰り……ん?」


 父は俺の後ろに立つビジャさんを見て、目を丸くした。


「お久しぶりです、ルフさん。私のことは覚えていますか?」


「うん。ビジャ……懐かしい顔だ。

 でも歳を取ったね。あれから十年か」


 父は一切動揺していなかった。

 平然としてお茶を淹れる準備に取り掛かる。


「イージャ、お客さんが来るなら言ってくれたらよかったのに。まともなお茶菓子がないよ」


「やっぱり、元軍人って話は本当だったんだな。

 どうして隠してたんだよ」


「あれ、言ってなかったっけ?

 まあ言う必要もなかったからさ」


「…………」


 冗談なのか本当なのかわからん。

 こういう人なんだよな、俺の父は。

 言動がどこまで嘘かわからない。


 ビジャさんは俺の隣に座り、父と向かい合った。


「それで、ビジャは元気?」


「はい。ルフさんに教わったことを活かし……今は大佐まで昇格しました。

 ルフさんは別れも告げずに去ったので、一体どうしたのかと心配していました。連絡もつきませんでしたし」


「きっぱりと軍との関係を断ちたかったのさ。

 人間関係リセット症候群ってやつかな?」


 笑いまじりに父は言った。

 うんざりした、なんて理由で大将位を手放すか?


「なんで父さんは仕事を辞めたんだ?」


「戦いが嫌になったんだよ。

 投資で稼げるようになったから、わざわざ軍で命の危険を冒す必要もない。悠々自適なスローライフを満喫中ってわけ」


 まあ、そりゃそうか。

 楽に金が稼げるなら危険な仕事をする必要もない。


 俺は納得した。

 でも隣のビジャ大佐は納得がいかない様子だった。


「本当に……それだけが理由なのですか?」


「ん?」


「だとしたら、我々と縁を断った理由がわかりません。

 せめて別れくらい告げてくれてもよかったのでは?」


「んー……そうだね。

 私も感謝と激励くらいは送ればよかったと思っている。

 不安にさせたのなら申し訳ない」


 天然な性格なのか、それとも非常識なのか。

 さすがの俺も急に辞職して消えたりはしないぞ。

 せめて引き継ぎくらいはやってから去る。


「では……では、ロストさん。

 あの日、あなたは何をしていたのですか? 発令された緊急事態警報に、平和維持軍は総動員となった。しかし、そこにルフさんの姿はなかった」


「……ん」


 次第にビジャ大佐の言葉には熱が籠っていく。

 語調を強め、父をまっすぐ見据えて。


「あの日……!

 奈落が赫炎した日!

 ブランカ中将とケレス少佐と、何を……!」


「昔のことは覚えてないなあ。

 なにせ十年前のことだからね。そんなことあったかな?」


「っ……」


 飄々とした父の態度に、ビジャ大佐は言葉を詰まらせた。

 それから何も言えず、俯いてしまう。

 怒りよりも呆れの感情が強いと思われる。


 聞くに、大きな騒動があったのだろう。

 そんな日のことを忘れてるわけがない。

 父は露骨に嘘をついているのだと、察しの悪い俺でもわかった。


「……わかりました。どうしても語るつもりはないのですね」


「語るというか、語れないというか。

 私が話せるのは他愛もない話だけだよ。イージャが小さいころの話とか。小さいころは戦隊ヒーローの真似をよくしていて……」


「おい父さん! その話はやめてくれ!」


 どうして職場の人に恥ずかしい過去を暴露されなきゃないんだ。

 上手いこと話を逸らされたし……


 ビジャ大佐は立ち上がる。

 すでに表情から困惑は消えていて、滅多に見えない笑顔があった。


「とにかく、ルフさんがお元気そうでよかったです。

 昔の仲間たちにも……あなたが元気だったと知らせておきます。

 イージャ、私は帝都に戻っている。一週間後、また会おう」


「わかりました。お気を付けて」


 敬礼してビジャ大佐を見送る。

 彼の背はどこか寂し気だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ