3. ルフ・キルシャ
「長期休暇ですか?」
「うん。長期と言っても一週間だけど」
ソウルさんに呼び出され、休暇を言い渡された。
人によって長期休暇の時期は様々だ。
「もちろん非常時には出動の命令が出るけど。
治安維持軍はしばらく暇になるから、今のうちに休んでおいて」
「暇になるって……どういうことですか?」
「詳細は言えないけど、近々大規模な作戦が計画されてるの。その準備期間で、今は他の軍に動いてもらってるから。
英気を養っておくように……とホルスト元帥からの伝言だよ」
「大規模な作戦か……」
作戦の内容は気になるが、俺みたいな末端には話せないだろう。
一週間も休みがもらえるのか。
実家にでも帰ろうかな?
そういえばザガリスとハピはどうだろう。
一緒に帰省できたらいいんだけど。
「他の軍も休みになるんですか?」
「いや、治安維持軍だけだね。
今はミラ元帥の特殊作戦部隊……じゃなくて。情報軍が忙しいから、イージャさんの友達の女の子……誰さんだっけ?」
「ハピですか?」
「そうそう、ハピさんの時間は奪わない方がいいかもね」
「わかりました。一人で帰省でもしようかと思います」
「うん、それがいいよ!
私も家族に顔を見せてくる予定だし……」
『家族』という単語を口にした瞬間、ソウルさんが何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、イージャさんのお父さんって元軍人?」
「え、俺の父親ですか?
いつも部屋に籠ってて、今は投資で稼いでるとか言ってますけど……昔に何をしていたのかはわかりません」
「ルフ・キルシャさん。えーっと、たしかこのアルバムに……」
ソウルさんは近くにあった書棚を漁り始めた。
アルバムを開き、パラパラとページをめくる。
「この人! 違うかな?」
指差された写真には、見覚えのある人物が。
この特徴的な髪色は……間違いなく俺の父親だ。
にしても、今と全然変わらないな。
「たしかに俺の父です。これは何年前の写真ですか?」
「十年前。かなり昔の写真だね」
「じ、十年前!?」
俺が六、七歳くらいのころ……父がどんな仕事をしていたのか興味なんてなかったけど。
頻繁に家を出て行っていた記憶はある。
その度に俺はザガリスの家に預けられて……
「ルフ元大将は今でも有名なんだよ。魔導を持たずして大将まで上り詰めた有能としてね」
「父が元軍人なんて全く知りませんでした」
いつも飄々としていて、掴みどころがない性格の父。
軍人らしい威圧感も筋肉もない。
「……その話、詳しく聞かせてもらえるか」
俺とソウルさんの会話に割り込んできたのは、細見の男性。
歳は二十台後半くらい。
緑髪の中にところどころ白髪が混じっており、目の下にはクマがある。
ビジャ・マーク大佐。
治安維持軍の中でも屈指の強さを誇る。
「ビジャ大佐……? 俺の父親が何か?」
「写真の中には私もいる。ここだ。
ルフさんは……私の教育係だった」
アルバムの写真には若かりしビジャ大佐が映っていた。
彼は父と違い、しっかり歳を取っている。
今と違って目の下にクマもないし白髪もない。
大佐は語る。
「ルフさんは、忽然と姿を消した。形式的には自主退職ということになっているが……消えるその日まで、親しかった私や同僚に何も言わなかった。
一切の言葉を交わさずに姿を消したのだ」
「それは……妙ですね。さすがに一言くらいあってもいいと思いますが」
ソウルさんも困惑している様子だ。
父はそこまで薄情な性格ではないと思うが。
何か事情があったんじゃないか?
「休暇中に帰省するので……父に事情を聞いてきましょうか?」
「……イージャ、頼みがある。
私と直々に……ルフさんと話をさせてくれないか」
ビジャ大佐の言葉に俺は虚を突かれた。
まさか直接会ってまで話をしたいとは。
それに、今のビジャさんには有無を言わせぬ迫力があった。
どうしても会いたい理由があるのだろう。
「わかりました。俺も気になりますし……行ってみましょう」
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ビジャ・マーク大佐。
彼は他軍でも有名な筆頭格だ。
迎撃戦では獅子奮迅の活躍を見せ、ドヴェルグの討伐総数は八十を超える。
ただし寡黙な性格で、交流の幅は少ないようだ。
故郷へ帰る電車の中で、俺はビジャ大佐の向かい側に座っていた。
乗車してからしばらく経つ。
会話はほとんどない。
気まずいし、少し話しておこうか。
「父はどんな人だったんですか?」
「ルフさんは……言葉で説明するのが難しいな。
いつも冷静で温厚な人だった。平時でも戦時でも変わらぬ態度。
魔導を持たないにもかかわらず、すさまじい活躍を見せていた」
ダメだ。俺の父親像と語られる様子が乖離しすぎている。
箸より重い物は持てそうもない父親なんだけど。
もやしみたいな人なんだよ。
「どうして急に辞職したんですかね?」
「わからない。ただ……心当たりはある。
ルフさんが辞職する前日、皇城が滅茶苦茶になった」
「滅茶苦茶に、とは」
「城の一角が爆発で崩れ、各軍が混乱して内紛に陥り、数名の元帥が死亡した。一連の出来事は完全に隠蔽され、抹消されたが……十年前に所属していた者たちの間では有名な話だ。
そのどさくさに紛れて、ルフさんも姿を消した」
まさしく滅茶苦茶な状況だな。
どうやったらそんな事態になるんだ?
ビジャ大佐はそれきり何も語らなかった。
重い過去だし、あまり深入りするのもよくないだろう。
その後は時々他愛のない話をしつつ、地元に帰った。
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地方都市の片隅にある家で、俺は育った。
孤児だから生まれた場所は不明だけど。
まだ半年も経っていないのに、かなり久々に帰ってきた気がする。
家の扉を開ける。
懐かしい柑橘系のにおいが鼻腔をくすぐった。
「ただいまー」
父の靴はある。
昨日、帰省するとメールを送ったので家にはいるだろう。
「どうぞ」
「失礼する」
ビジャ大佐を通して、一緒にリビングへ向かう。
リビングにはだらしない男の姿があった。
安楽椅子に腰かけ、ぼんやりと液晶の画面を眺めている。
昨日アルバムで見た外見とほとんど変わらない。
大部分は黒髪で、赤い髪がところどころに混じっている。
いい歳してツートンカラーとは恐れ入った。
彼こそが俺の父親で、元軍人らしいルフ・キルシャ。
「ああ、お帰り……ん?」
父は俺の後ろに立つビジャさんを見て、目を丸くした。
「お久しぶりです、ルフさん。私のことは覚えていますか?」
「うん。ビジャ……懐かしい顔だ。
でも歳を取ったね。あれから十年か」
父は一切動揺していなかった。
平然としてお茶を淹れる準備に取り掛かる。
「イージャ、お客さんが来るなら言ってくれたらよかったのに。まともなお茶菓子がないよ」
「やっぱり、元軍人って話は本当だったんだな。
どうして隠してたんだよ」
「あれ、言ってなかったっけ?
まあ言う必要もなかったからさ」
「…………」
冗談なのか本当なのかわからん。
こういう人なんだよな、俺の父は。
言動がどこまで嘘かわからない。
ビジャさんは俺の隣に座り、父と向かい合った。
「それで、ビジャは元気?」
「はい。ルフさんに教わったことを活かし……今は大佐まで昇格しました。
ルフさんは別れも告げずに去ったので、一体どうしたのかと心配していました。連絡もつきませんでしたし」
「きっぱりと軍との関係を断ちたかったのさ。
人間関係リセット症候群ってやつかな?」
笑いまじりに父は言った。
うんざりした、なんて理由で大将位を手放すか?
「なんで父さんは仕事を辞めたんだ?」
「戦いが嫌になったんだよ。
投資で稼げるようになったから、わざわざ軍で命の危険を冒す必要もない。悠々自適なスローライフを満喫中ってわけ」
まあ、そりゃそうか。
楽に金が稼げるなら危険な仕事をする必要もない。
俺は納得した。
でも隣のビジャ大佐は納得がいかない様子だった。
「本当に……それだけが理由なのですか?」
「ん?」
「だとしたら、我々と縁を断った理由がわかりません。
せめて別れくらい告げてくれてもよかったのでは?」
「んー……そうだね。
私も感謝と激励くらいは送ればよかったと思っている。
不安にさせたのなら申し訳ない」
天然な性格なのか、それとも非常識なのか。
さすがの俺も急に辞職して消えたりはしないぞ。
せめて引き継ぎくらいはやってから去る。
「では……では、ロストさん。
あの日、あなたは何をしていたのですか? 発令された緊急事態警報に、平和維持軍は総動員となった。しかし、そこにルフさんの姿はなかった」
「……ん」
次第にビジャ大佐の言葉には熱が籠っていく。
語調を強め、父をまっすぐ見据えて。
「あの日……!
奈落が赫炎した日!
ブランカ中将とケレス少佐と、何を……!」
「昔のことは覚えてないなあ。
なにせ十年前のことだからね。そんなことあったかな?」
「っ……」
飄々とした父の態度に、ビジャ大佐は言葉を詰まらせた。
それから何も言えず、俯いてしまう。
怒りよりも呆れの感情が強いと思われる。
聞くに、大きな騒動があったのだろう。
そんな日のことを忘れてるわけがない。
父は露骨に嘘をついているのだと、察しの悪い俺でもわかった。
「……わかりました。どうしても語るつもりはないのですね」
「語るというか、語れないというか。
私が話せるのは他愛もない話だけだよ。イージャが小さいころの話とか。小さいころは戦隊ヒーローの真似をよくしていて……」
「おい父さん! その話はやめてくれ!」
どうして職場の人に恥ずかしい過去を暴露されなきゃないんだ。
上手いこと話を逸らされたし……
ビジャ大佐は立ち上がる。
すでに表情から困惑は消えていて、滅多に見えない笑顔があった。
「とにかく、ルフさんがお元気そうでよかったです。
昔の仲間たちにも……あなたが元気だったと知らせておきます。
イージャ、私は帝都に戻っている。一週間後、また会おう」
「わかりました。お気を付けて」
敬礼してビジャ大佐を見送る。
彼の背はどこか寂し気だった。




