2. 元帥会議
「これより、元帥会議を始める」
ケレス元帥の一声により、会議の開始が宣言された。
皇帝アビスソレイユの周囲に集うは九名の元帥。
ある者は緊迫した表情で。
ある者は欠伸をして。
またある者は無表情で。
一同を見渡した皇帝は口を開く。
「ホルスト、説明を」
「はっ。先日、ソウメル基地に反政府組織アバドンの襲撃がありました。死者は四十名近く確認されており、被害は極めて大きいものとなりました。
また、アバドンが基地へ襲撃を仕掛けるのは初めてのこと。基地の警護にあたった兵士の話では、陛下の反応を窺うための襲撃とのことです。
本会議にて、対応の指針を決めたいと思います」
ホルストの説明を聞き、真っ先に手を上げた男がいた。
裾の長い緑色の着物を纏い、茶髪の髪をだらりと下げている。
筋肉質の偉丈夫。威風に満ちた態度。
八部元帥である。
「対応も何もよ。喧嘩を売られたなら買えばいいじゃねえか!
落花情あれども流水意なし……アバドンと講和の道はねえ。過去の事件から知れたことだろう? さっさとぶっ潰しゃいいさ!」
豪放豪胆、恐れを知らぬ元帥が八部である。
これまでも幾度となく軍の脅威を退けてきた。
彼の忌憚のない意見に、ルチアノは嘆息する。
「それではアバドンの思う壺かと思いますが。皇帝軍に攻撃を仕掛けさせるために、アバドンは襲撃してきたのでしょう?」
「かははははっ! 誘われてるなら、相手の策略ごと叩き潰してやろうじゃねぇか!」
「はあ……」
冷静沈着なルチアノと、猪突猛進する八部は反りが合わない。
頭を抱えるルチアノを見て、隣に座る元帥が口を開いた。
桃色の髪をひとつにまとめた少女。
きらきらと光る紫紺の瞳をホルストに向けた。
名をロベリー・ファーレ。
主に広報を担当する元帥である。
「今回の事件では『原罪人』も出てきたんでしょ?
向こうも全面戦争の構え……ってこと!?」
ロベリーの問いに、ホルストが答える。
「わからない。現れた原罪人は三名。
ユタ・ナドリス、レナス・バロン、そしてもう一名は不明。
名前と顔が知れただけでも大きな収穫だが……以降は表だって攻撃してくるかもしれないな。そうなれば被害はますます大きくなる」
「こわーい! 泣いちゃうよね!」
「泣いているだけではどうにもならない。
大切なのはどう対処し、被害を減らすかだ」
「わぁ……!」
ロベリーはホルストの言葉に感銘を受けて瞳を潤ませた。
彼女は常に他人を全力で肯定し、感動する。
非常に感受性の豊かな少女だが、演技ではないかと訝しむ者もいる。
元帥会議で主に喋るのはこの四人。
加えて司雅元帥も積極的に発言するが、今日は静かだった。
「死者四十名……ね。
僕がその現場にいれば……」
司雅が悔やむのは、己の不自由さ。
あらゆる生命を活性化させる奇跡の魔導を持つ彼は、なかなか皇城から離れることができない。
皇帝や元帥にもしものことがあった時、彼の治癒能力が必要だからだ。
今回の事件でも基地に向かうことは許されなかった。
ゆえに気落ちし、口数も少なくなっている。
会議の停滞を悟ったのか、皇帝の傍に控えるケレスが促す。
「そうだね……ロストはどう思う?
今回の襲撃に立ち会ったのだろう?」
ケレスに尋ねられたロストは顔を上げた。
ヘルメット越しに彼は悩まし気に唸る。
「ああ……原罪人は手強かった。元帥でも単騎で挑むのは危険性がある。
そもそもアバドンの基地を知らんのだから、報復のしようもないが」
ロストの言葉に対し、元帥の反応は様々。
八部とミラは興味深そうに視線を向け。
ホルストとルチアノは怪訝に眉を顰め。
ロベリーと司雅は恐怖に顔をひきつらせた。
そして、始まりからずっと沈黙していた仮面の女。
ブランカ元帥が声を上げた。
「――アバドンの拠点は一箇所、把握している。
そうだろう、ホルスト」
「ああ。治安維持軍はすでに敵の本拠地、一箇所を掴んでいる。
規模が不明なゆえ、手出しはしていないが」
つまり、アバドンへの攻撃自体はいつでも可能。
もちろんアバドン側も皇帝軍の攻撃は警戒しているだろう。
「お、いいねえ。ホルスト、その拠点とやらを教えろや!
鉄は熱いうちに打てってね」
八部はやはり攻め込む姿勢らしい。
これ見よがし刀を金打する彼をよそに、ホルストは咳払いした。
「……陛下。いかがなさいますか」
「ふむ……我ら皇帝軍の威信にかけて、此度の事態は見過ごせぬ。
ブランカの挙げた拠点について調べ上げよ。
アバドンを……粛清する」
皇帝は淡々と宣言した。
彼女の意見は絶対。
九名の元帥はみな一様に拝聴し、命令を承知した。
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会議後。
部屋にはホルスト、ブランカ、ルチアノ、ロベリーが残った。
ルチアノが気だるげな表情で呟く。
「まさか私たちがアバドンの拠点へ攻め入るとは……
ああ、頭痛が痛い。やるからには最高のベストを尽くしますが。
きっと後で後悔しますよ、アバドンは危険ですから」
「ルチアノ、混乱しすぎて言葉遣いがおかしくなっているようだ。主に戦うのは我ら治安維持軍。君はおそらく戦場には出ないだろう」
「どうでしょうね。今回はかなり大きな作戦になりそうなんで。
ブランカ元帥はどう思われますか?」
「……」
ルチアノに聞かれても、ブランカは答えなかった。
他の面子は黙して返答を待つ。
彼女が返答に時間をかけるのは、元帥の誰もが知っていた。
「特に問題はないと思う。そもそも、拠点をひとつ潰したところでアバドンにとって痛手となるのか……疑わしいね」
ブランカは言いきり、ぴしゃりと口を閉ざした。
「なるほど。まあ、陛下の勅命ですから全力で遂行しましょう」
「あのあのっ! わたしは何すればいいの……?」
真剣に話し合う三人に、なかなかロベリーはついていけなかった。
彼女の仕事はあくまで広報、およびプロパガンダ。
戦場での出番はあまりない。
「ロベリーはまあ……いつも通り、お仕事をお願いします。
あ、暇だったら治安維持軍のお手伝いでもしてあげてください」
「え゛え゛ぇ゛ぇ゛っ!?
それってさぁ雑用って、コトですか!?」
「雑用も大事な任務だ。君が力を貸してくれれば、犠牲者が減るかもしれない」
「あ、そっかぁ! がんばろうやっ!」
ロベリーはホルストとルチアノの言葉に納得し、軽い足取りで去って行った。
なぜあの少女が元帥なのか、ルチアノは未だに理解していない。
ただの元気で口調のおかしい少女に見える。
「……さて。それではさっそく密偵を出すか。
まずはアバドンの情報収集から。発覚している拠点の規模、構成員、地形……ミラ元帥の軍に頼んだ方がよさそうだな」
「そうですね。これまで一切の戦意を見せなかった陛下が動いた……これは大きな変化でしょう。さて、吉と出るか凶と出るか」
「凶を吉に変えるのが我らの仕事。全力で臨むぞ」
「相変わらず真面目で結構。
それではホルスト、ブランカ元帥。健闘を祈ります」
ルチアノは不安を胸に敬礼した。
ホルストとブランカ。彼女はどちらも別の意味で信頼している。
だからこそ、この上なく不安が残っていたのだ。




