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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
4章 征伐
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1. 岐路

 事実説明から帰還後、俺はホルスト元帥の執務室へ向かった。


 例の件について話したい。

 俺は治安維持軍の通信の杜撰(ずさん)さと、どうしてそんな手違いが起こるのかについて尋ねた。

 間違いの通信がなければもっと早く治安維持軍が到達し、助かった犠牲者がいたかもしれない。


 ……そう、ダイトやベスリーも。


「君の指摘はもっともだ。

 ……実はイージャが入隊する前から、今回のようなことがあった。通信の体制を万全に整え、何重にも情報をチェックし、迅速に伝えるようにと対策を講じた。しかし意味はなかった。

 緊急時には何度も伝達ミスが起こってしまう」


「それは……単純に焦りからくるものなのでしょうか?」


「いや。焦りだけでは説明できないな。

 最初、私は内通者が潜んでいるのではないかと疑った。密偵を使い徹底的に調べ、上層部を査問にかけた。しかし、内通者はいないと半ば確定したんだ。

 原因は依然として明らかになっていない」


 原因を明らかにしなければ、いつまでも犠牲が出るじゃないか。

 そう言いたかった。

 でも、俺が考えるほど単純な問題ではないのだろう。


「……すまないな。君の気持ちはわかる。

 犠牲になったダイト、ベスリー。彼らには私も期待していた」


「いえ……悪いのはアバドンですから。

 そもそも奴らがあんな事件を起こさなければ……」


「そうだな。アバドンが基地へ攻撃を仕掛けるのは、今回が初めてのことだ。

 これを受けて陛下がどのような判断をなされるのか……これより元帥会議で決められる。今まで犠牲となった兵士たちの期待に応えられるよう、私も陛下に意見してくる」


「はい。お願いします」


 俺としては、本格的にアバドンを潰すように動いてほしい。

 軍の拠点まで攻撃されれば、さすがに黙っていられないだろう。


 複雑な思いでホルスト元帥を見送った。


 ---


 ザガリスは医官として必要な知識を学んでいた。

 治癒の魔導を授かったことから、彼は医官が主に務める司雅元帥の軍に入った。


 だが、憂慮は多い。

 彼の入隊時の決意。それはイージャと共にアバドンと戦うことだった。


 現状は魔導にも目覚めず、医療知識を学んでいるだけ。

 自分の将来に憂いを覚えつつ、彼は日々を過ごしている。

 ペンを転がしてため息をついた。


「お疲れさま。調子はどうかな?」


「……! 司雅元帥、お疲れさまです!」


 咄嗟に立ち上がって敬礼する。

 悩みゆえか、司雅が来ていることにも気がつかなかった。


「はい、これ。ザガリスはいつも自習室にいるよね。

 毎日自習室の前を通るから、顔を覚えてしまったよ」


「あ、ありがとうございます……!」


 司雅はザガリスに缶コーヒーを手渡した。

 相変わらず人柄がいい。

 最も慕われる元帥なだけはある。


「勉強熱心なのには何か理由があるのかな?」


「いえ……ただ俺は魔導が使えないので。先日も友人が命がけでアバドンと交戦してきたことを知り、このままではいけないと……」


 イージャの様子は危なっかしい。

 いつ命を落としてもおかしくないほどだ。

 友がそこまでの覚悟を決めているのに、どうして自分がのうのうと生きていられようか。


「なるほどね。まあ、魔導を使えなくても勉強しない人はたくさんいるけど。

 うーん……ザガリスの様子を見ているとさ、君はすごく優秀な人材だと思うんだ」


「優秀、ですか?」


「うん。君は統率力がある。研修でも他の新兵を抜いて、とりわけ的確な行動を取っている。

 簡単に言うと……集団を見る目に長けているのかな」


 集団を見る目は、軍隊において重要な素質だ。

 魔導の有無にかかわらず『目』を持つ者は昇格に近い。


「治癒の魔導は『誰かを助けたい』という意志を持つ者に授けられることが多い。もしかしたら君が助けたいのは……個人じゃなくて全体なんじゃないかな。

 たしかに友人や家族を助けたい、という意志もあるのだろう。しかしそれ以上に、不特定多数の人々を救いたい意志があるのかもしれない。僕と同じようにね」


「人々を助けたい……か」


 イージャやハピは、もちろん助けたい対象だ。

 では、顔も名前も知らぬ人々はどうなのか。

 正直に言えば、助けたい。

 『人が傷つく』という事象そのものをザガリスは嫌っている。


 今までは身近な人を助けようと躍起になっていた。

 だが、それは魔導を目覚めさせる鍵ではないのかもしれない。


「あくまで僕の個人的な意見だ。僕と君は違う人間だから。

 参考程度に留めといてくれ。

 じゃ、僕は会議があるから失礼」


「はい。ありがとうございます」


 司雅は頷き、元帥会議へと向かった。


 ---


「うーん……? 難しいなー」


 ハピは書類を前にうなった。

 彼女の仕事は事務。


 数学が得意なので、主に経理の仕事を任せられている。

 しかし、あまり順調に仕事が進んでいるとは言えない。


 ちなみに授けられた魔導は『毒操(ポイズン)

 まったく事務仕事とは関係なく、魔導を発現させてもいない。


「わかんないからミラさんに聞きに行こうっと!」


 彼女は誰とも距離感が近い。

 元帥であるミラにも遠慮なく話しかけていくタイプだ。

 すぐ傍にいる上司に聞こうと思ったのだが、いつも『忙しいから他の人に聞いてくれ』と言われる。

 そうしてたらい回しにされて、最終的に元帥のもとへ行き着くのだ。


 それなら最初から元帥に聞いた方が早い。

 彼女も徐々に学習し始めていた。


「ミラさーん! これ教えてください」


「……また貴女ですか」


 ミラはうんざりとした表情を浮かべた。

 今は仕事の合間の休憩時間。

 優雅に紅茶を飲むミラは、いつもハピに邪魔をされる。


 ハピもミラの休憩時間を把握し、その時間に来るようになっていた。


「難しいですよね、経理のお仕事。

 私も数学は得意でしたけれど、全然使う頭が違います」


「いい加減に貴女を別の部隊に配属させるべきでしょうか。治安維持軍とか興味ありませんか?」


「えー? でも私、魔導使えませんよ」


「おや、嫌味が通じない。わたくしが一番苦手なタイプです」


 だがしかし、ミラはハピのことを気に入っていた。

 ミラの軍は表立っては事務を管轄している。

 だが、裏では諜報や工作を行っている。


 人の悪意によく触れるミラ。

 彼女にとって、ハピの純粋さは一種の癒しでもあった。


「ここはこうしてこのように、これがこうです」


「なるほど、これがこうですね! ありがとうございます!」


 適当に説明すれば、大体ハピは理解する。

 時間を奪われるように見えて、そこまで奪われない。


「ところで貴女、いつも言われるがまま事務仕事してますけれど。何か仕事をする中で目標などはありますか?」


「目標?」


「ええ。皇帝軍に属する以上、肝要なのは『意志』

 明確にこうしたい、といった意志はありますか?」


「あります。私の趣味が物理学の研究って話、しましたっけ?」


「物理学……ですか? 初耳です」


 とてもじゃないがハピは研究などできそうにもない。

 普段の様子を見る限りは。

 経理の仕事は慣れてきて効率も上がっているが、いまだにミスをすることも多く……


「小さいころ、よく両親に勉強させられていたんです。読ませてもらえるのは学問の本だけで、絵本とか物語とか……ほとんど読ませてもらったことがありませんでした。特に施された教育に関して感謝はしていませんけど。小さいころから本を読みふけっていて、気づいたことが何個かあるのです。

 たとえば……」


 ハピはまっすぐに掛け時計を指さした。


「今から二百年前の書物と比較すると、現代は時間の流れが1億分の2秒くらい速いのです。ということは、時の流れによって秒数が加速しているのか? それはちょっとあり得ないと思います。時間が歪むとすれば、それは力場における曲率が変化することに他ならない。

 私には世界の根底に歪みがある気がしてなりません。その歪みを詳らかにし、世界の真実を暴くこと。それが私の意志だと思います」


「……ふむ。言っていることはよくわかりませんね。どのような意志を抱こうが、それは人の自由です。意志があるのならば結構。がんばってくださいね」


「そういえば私の目標に関してお話するの、ミラ元帥が初めてかもしれないです! イージャくんにもザガリスくんにも話したことがないので。

 ……ああ、もうこんな時間! お仕事に戻らないと!

 ありがとうございました!」


 ハピは深々と礼をして去って行く。

 彼女を見送ってミラは時計を見た。

 そろそろ会議の時間だ。


「歪み……ですか。ええ、彼女の言う意味合いとは異なりますが、たしかに世界は歪んでいるのでしょう。ハピさん、普段はアホらしいのに興味のある分野を語る瞬間だけ、ひどく徹底して見えましたわ。意志を醸成するには、別の環境に移す必要がありそうです。

 ――レヴハルト」


「ここに」


 名を呼ぶと、白髪の少年が影から姿を現す。


「元帥会議に行きます。いつもどおり頼みます」


「了解。件の人物は見張っておきます」


「頼みます。

 ……そういえば、記憶は戻りそうですか?」


「いえ、まだ」


「そうですか。どうか焦らぬよう」


 レヴハルトには記憶がない。

 記憶を失って倒れているところを、ミラに拾われた。

 唯一覚えているのは、自分が殺し屋だったこと。


 頭の中に引っ掛かった何かが、ずっと彼を駆り立てる。


「では、行って参ります」


「お気をつけて」


 レヴハルトはミラを見送り、気配を消した。


 ---


 玉座にて少女が瞑目していた。

 彼女の名はアビスソレイユ。

 世界(ノアティルス)を治める皇帝である。


 輝く槍を片手に持ち、深く深く集中している。

 やがてひとつ息を吐き、目を開けた。


「まもなく元帥会議か。ケレス、欠席者は?」


「いません。さすがに今回は欠席するわけにはいかないでしょう」


 傍に控えていたケレス元帥が答える。

 今回はアバドンへの対処を決定する会議。

 重要度も高く、欠席する元帥はいないようだ。


「どうすべきか。おそらくホルストや八部はアバドンを潰そうと提案するだろう。

 だが、私としては……現状維持が望ましい」


「そこはブランカが折衷案を出してくれるでしょう。陛下が憂う必要はないかと」


「……ああ。私は玉座に座ることだけが役目。

 成り行きに任せるのが吉か。

 国を、世界を守ることなど……私には荷が重すぎる」


 落ち着いた声で皇帝は呟いた。

 深く玉座に腰を沈める。


世界(ノアティルス)は――今日も平和か」


「はい、平和です。陛下の治世に瑕疵はなく。

 僕も……ええ。このまま平穏が永遠に続けばいいと思います。

 このまま、ずっと。みなが笑顔の世界を」


「そうだな……」


 皇帝は再び瞳を閉じ、夢の泡沫に微睡んだ。

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