13. 愚者
帝都ネオアビスに戻った翌日。
俺はリラと共に、さっそく向かうべき場所へ向かった。
倦怠感の残る体を引きずって。
今日の空は鉛のように重苦しい。
電車を乗り継いで、片道二時間。
長閑な田園に到着した。
あぜ道でカエルが鳴いている。
手には大きめのキャリーバッグ。
「……」
黙々と道を進む。
リラも喋ることはない。
これからのことを考えると当然だろう。
どこまでも気が重くなる。
けど、やらなきゃ。
地図を見ながら進み、やがて木造の一軒家に着いた。
ダイトの実家だ。
すでにダイトが亡くなった旨は手紙で伝えられているはず。
だが、事細かな説明をする義務が俺たちにはあった。
インターフォンを鳴らす。
一拍置いて、扉が開いた。
顔を覗かせたのは中年の女性。
猫のような金色の瞳には、どことなくダイトの面影があった。
母親だろう。
「……お待ちしていました。どうぞ、あがってください」
「お邪魔します」
言われるがまま家に上がる。
柔らかな木の匂いが漂っていた。
リビングに通されると、中年の男性が座っていた。
俺とリラは頭を下げ、母親が促した席に座る。
……ああ、言葉を紡ぐのがひどく恐ろしい。
俺に求められている仕事。
それはダイトの上司として死を伝えること。
同時に皇帝軍の権威失墜を防ぐことでもある。
だけど、上手く取り繕えそうにない。
「治安維持軍第27師団16部隊、イージャ・キルシャ。ならびにリラ・ルキスです。
本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます」
名刺を差し出すと、父親は無言のまま受け取った。
隣に座る母親が不安そうに口を開く。
「息子の……上司のかたなの?」
「はい。同期であり、上司でもあります。
今回の作戦に同行していました」
バッグから荷物を取り出す。
制服、徽章、財布、筆……たくさんある。
「先日、我々が警備任務に当たったソウメル基地にて、アバドンの襲撃がありました。アバドンの幹部と思われる人物と遭遇し、交戦した結果……ダイトさんは亡くなりました。彼は軍人として果敢に戦い、最後までその役目を全うしました」
事実だけを告げる。
個人的な感情は排除して、今は伝えるべきことだけを。
俺の報告を聞いている間に、母親は涙を流し始めた。
父親は……
「どうして息子が死ななきゃならなかったんだ!!」
立ち上がり、怒鳴った。
隣のリラが動く素振りを見せたが俺の手で止める。
わかっていた反応だ。
俺に責任がなくても、俺はダイトの上司だから。
「大変、申し訳ありませんでした」
頭を下げなくてはならない。
「謝っても息子は帰ってこないだろうが!
どうしてくれるんだ!!」
俺だって父親の立場なら、同じ反応をしたかもしれない。
レーダー施設を目指した俺の判断はミスだったんだ。
アバドンの勢力を正しく把握してから命令を出すべきだった。
頭を上げることはできない。
俺にできることはこれだけ。
「あなた……やめてちょうだい。悪いのはその方じゃないわ」
「部下を守るのが上司の役目だろうが……!」
反論の余地はあるのかもしれない。
ただし、反論することは俺の心が許さなかった。
そうだ。
皇帝軍の権威を失墜させないように取り繕うことなんて、今の俺には不可能だ。
それなら本音を話してしまおうか。
ダイトに向けて俺が感じた想いを。
「ダイトさんは……人を守るために皇帝軍になったと聞きました。昔は警察官を志していましたが、自分の手で人を守るために皇帝軍になったと。
彼はその意志に準じて……同隊の仲間を守りました」
「……」
「……俺は憎いです。これから未来を共に歩むはずだった仲間を、アバドンのせいで亡くした。仰る通り、謝っても悔やんでも、失った命は戻りません。
だから誓います。必ずダイトさんの意志を継ぎ、俺が争いの根源を断つと。
アバドンは……俺が滅ぼします」
理屈じゃない。体裁じゃない。
憎しみが俺の信念を突き動かす。
これが俺の本音だ。
国を守る人間の原動力が憎悪だなんて、どうかしている。
自分が異常だと気がついている。
「……頭を上げてください。怒鳴って申し訳ない。
大人気がありませんでした」
そこで俺は初めて頭を上げる。
潤んだ父親の瞳があった。
「あの子は小さいころからおとなしくてね、でも体格は大きいから怖がられて……あまり友達も出来なかったんです。やっと軍に入隊して活躍できるかと思ったら……すぐに逝くなんて」
皇帝軍はどれだけの犠牲を出せば気が済むのか。
だけど、まだ世間では『最強の軍隊』として認知されたまま。
そういうプロパガンダがあるから。
外敵の詳細も、アバドンの規模も知らされずに全てが秘匿されている。
父親はそんな事実を露知らず、息子について語る。
「でもね、あなたのような……息子の心を理解してくれる人がいてよかった。せめてもの救いだ。どうか息子に代わって、本当の平和を実現してやってください……」
次第に父親の声は小さくなっていく。
最後には完全な嗚咽へと変わった。
ずっと泣くのを我慢していたのだろう。
答えなくてはならないだろう。
ダイトの意志を知っているのは、俺だけなのだから。
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愚かだと思った。
イージャのせいではないのに、彼は頭を下げ続ける。
ぼくは隣でその理不尽を見ているだけ。
責任も罪悪感も感じていない。感じてはいけない。
毅然として軍人として振る舞わなければならない。
なのに、イージャには表面的な『強さ』がなかった。
心情を吐露し、軍人ではなく個人として想いを語る。
軍人失格、と言えるでしょう。
……まあ、ぼくが言えたことではないわね。
無責任に逃げ続ける方が、責任を負うよりも辛い場合がある。
イージャもぼくも、愚者同士。
どちらかが先に滅ぶことになるでしょう。
すぐにダイトやベスリーの後を追うことになる。
でも、せめて。
それまでは楽に生きたいわね。




