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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
3章 基地襲撃事件
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13. 愚者

 帝都ネオアビスに戻った翌日。

 俺はリラと共に、さっそく向かうべき場所へ向かった。


 倦怠感の残る体を引きずって。

 今日の空は鉛のように重苦しい。


 電車を乗り継いで、片道二時間。

 長閑な田園に到着した。

 あぜ道でカエルが鳴いている。

 手には大きめのキャリーバッグ。


「……」


 黙々と道を進む。

 リラも喋ることはない。


 これからのことを考えると当然だろう。

 どこまでも気が重くなる。

 けど、やらなきゃ。



 地図を見ながら進み、やがて木造の一軒家に着いた。

 ダイトの実家だ。

 すでにダイトが亡くなった旨は手紙で伝えられているはず。

 だが、事細かな説明をする義務が俺たちにはあった。


 インターフォンを鳴らす。

 一拍置いて、扉が開いた。


 顔を覗かせたのは中年の女性。

 猫のような金色の瞳には、どことなくダイトの面影があった。

 母親だろう。


「……お待ちしていました。どうぞ、あがってください」


「お邪魔します」


 言われるがまま家に上がる。

 柔らかな木の匂いが漂っていた。


 リビングに通されると、中年の男性が座っていた。

 俺とリラは頭を下げ、母親が促した席に座る。



 ……ああ、言葉を紡ぐのがひどく恐ろしい。

 俺に求められている仕事。

 それはダイトの上司として死を伝えること。

 同時に皇帝軍の権威失墜を防ぐことでもある。


 だけど、上手く取り繕えそうにない。


「治安維持軍第27師団16部隊、イージャ・キルシャ。ならびにリラ・ルキスです。

 本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます」


 名刺を差し出すと、父親は無言のまま受け取った。

 隣に座る母親が不安そうに口を開く。


「息子の……上司のかたなの?」


「はい。同期であり、上司でもあります。

 今回の作戦に同行していました」


 バッグから荷物を取り出す。

 制服、徽章、財布、筆……たくさんある。


「先日、我々が警備任務に当たったソウメル基地にて、アバドンの襲撃がありました。アバドンの幹部と思われる人物と遭遇し、交戦した結果……ダイトさんは亡くなりました。彼は軍人として果敢に戦い、最後までその役目を全うしました」


 事実だけを告げる。

 個人的な感情は排除して、今は伝えるべきことだけを。


 俺の報告を聞いている間に、母親は涙を流し始めた。

 父親は……




「どうして息子が死ななきゃならなかったんだ!!」


 立ち上がり、怒鳴った。

 隣のリラが動く素振りを見せたが俺の手で止める。


 わかっていた反応だ。

 俺に責任がなくても、俺はダイトの上司だから。


「大変、申し訳ありませんでした」


 頭を下げなくてはならない。


「謝っても息子は帰ってこないだろうが!

 どうしてくれるんだ!!」


 俺だって父親の立場なら、同じ反応をしたかもしれない。

 レーダー施設を目指した俺の判断はミスだったんだ。

 アバドンの勢力を正しく把握してから命令を出すべきだった。


 頭を上げることはできない。

 俺にできることはこれだけ。


「あなた……やめてちょうだい。悪いのはその方じゃないわ」


「部下を守るのが上司の役目だろうが……!」


 反論の余地はあるのかもしれない。

 ただし、反論することは俺の心が許さなかった。


 そうだ。

 皇帝軍の権威を失墜させないように取り繕うことなんて、今の俺には不可能だ。


 それなら本音を話してしまおうか。

 ダイトに向けて俺が感じた想いを。


「ダイトさんは……人を守るために皇帝軍になったと聞きました。昔は警察官を志していましたが、自分の手で人を守るために皇帝軍になったと。

 彼はその意志に準じて……同隊の仲間を守りました」


「……」


「……俺は憎いです。これから未来を共に歩むはずだった仲間を、アバドンのせいで亡くした。仰る通り、謝っても悔やんでも、失った命は戻りません。

 だから誓います。必ずダイトさんの意志を継ぎ、俺が争いの根源を断つと。

 アバドンは……俺が滅ぼします」


 理屈じゃない。体裁じゃない。

 憎しみが俺の信念を突き動かす。


 これが俺の本音だ。

 国を守る人間の原動力が憎悪だなんて、どうかしている。

 自分が異常だと気がついている。



「……頭を上げてください。怒鳴って申し訳ない。

 大人気がありませんでした」


 そこで俺は初めて頭を上げる。

 潤んだ父親の瞳があった。


「あの子は小さいころからおとなしくてね、でも体格は大きいから怖がられて……あまり友達も出来なかったんです。やっと軍に入隊して活躍できるかと思ったら……すぐに逝くなんて」


 皇帝軍はどれだけの犠牲を出せば気が済むのか。

 だけど、まだ世間では『最強の軍隊』として認知されたまま。

 そういうプロパガンダがあるから。

 外敵の詳細も、アバドンの規模も知らされずに全てが秘匿されている。


 父親はそんな事実を露知らず、息子について語る。


「でもね、あなたのような……息子の心を理解してくれる人がいてよかった。せめてもの救いだ。どうか息子に代わって、本当の平和を実現してやってください……」


 次第に父親の声は小さくなっていく。

 最後には完全な嗚咽へと変わった。

 ずっと泣くのを我慢していたのだろう。


 答えなくてはならないだろう。

 ダイトの意志を知っているのは、俺だけなのだから。


 ---


 愚かだと思った。

 イージャのせいではないのに、彼は頭を下げ続ける。


 ぼくは隣でその理不尽を見ているだけ。

 責任も罪悪感も感じていない。感じてはいけない。

 毅然として軍人として振る舞わなければならない。


 なのに、イージャには表面的な『強さ』がなかった。

 心情を吐露し、軍人ではなく個人として想いを語る。

 軍人失格、と言えるでしょう。



 ……まあ、ぼくが言えたことではないわね。

 無責任に逃げ続ける方が、責任を負うよりも辛い場合がある。


 イージャもぼくも、愚者同士。

 どちらかが先に滅ぶことになるでしょう。

 すぐにダイトやベスリーの後を追うことになる。


 でも、せめて。

 それまでは楽に生きたいわね。

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