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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
3章 基地襲撃事件
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12. 目を逸らした代償

 レヴハルト少尉に連れられた先は、基地の地下だった。

 ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。


 薄暗い電光の陰に、ゴキブリが走っていた。


「どこへ向かうんですか?」


「…………」


 少尉は答えない。

 黙々と進む。


 ユーリと顔を見合わせると、彼もまた首を横に振った。

 俺たちはわけがわからないまま、少尉について行く。



 何回か通路を曲がると、扉の前で少尉の足が止まった。

 扉の上にはこう書かれている。


 ――『死体安置所』



「え……」


 レヴハルト少尉は扉を開け放つ。

 微かにかおる血の匂いと、軍人たちがすすり泣く音。


 少尉は迷いなく安置所に入るが、俺の足は進行を拒絶していた。

 ユーリも同じだ。


 だって、俺たちがここに来る意味なんて。

 ひとつしかないだろう。


「入れ」


 一声。少尉は振り返らず告げた。

 命令だ。入らなきゃいけない。


 震える足を叱咤して、室内へ足を踏み入れた。

 一面に広がる人の形をしたモノ。

 もはやそれは生命ではなく、ただの有機物の塊。

 白い布を顔に被せられた人型。



 皇帝軍の制服を着た人たちが、仲間の死を悼むように泣いている。

 ぐるりと周囲を見渡す中で──ふと目に留まった。

 銀髪の少女が、俺たちを見つめて立っていた。


「リラ……!」


「イージャ。そう、無事だったのね……」


 リラは視線を合わせず。

 落ち着かない様子で彼方を見ていた。


 俺は怖かった。

 その質問を投げかけるのが。

 でも、聞かなきゃ。


「何があった?」


「……ダイトとベスリーよ」


 リラは傍にある二つの人型を指し示した。



 ……そうか。

 死んだのか。


 恐る恐る布をめくってみる。

 ダイトの顔が見えた。もうひとつ、ベスリーの顔も。

 二人は口を半開きにして死んでいた。


「う……ぁぁあああっ……!」


 慟哭を上げたのは俺ではない。

 背後で様子を怯えながら見ていたユーリだ。


 彼は二人の顔を確認すると同時、頭を抱えてうずくまった。


「あ、あ、ぁぁっ……ベスリー……! ダイト!!」


「ユーリ……」


 かけてやれる言葉がない。

 俺はもう『死』を経験していたから、彼ほどの衝撃はない。


 二人よりも親しいトワコを殺されていたから。

 でも、この絶望の味に慣れることはないだろう。


「施設にアバドンの襲撃があって……ごめんなさい、守れなかった」


 リラは負い目を感じているのだろう。

 小さい声で謝罪して俯いた。


 リラに守れなかったのなら、俺でも無理だ。

 今回は原罪人も来ていた。

 相当なアバドンの戦力投入があったとみて間違いない。

 仕方ない。俺がリラを労おうとすると、ユーリがうめいた。


「俺の、せいだ……」


 頭を抱えたまま、彼は額を地面にこすりつける。


「俺が、あのとき離れなかったら……独断でイージャを追わなかったら……アバドンの襲撃に気づけたかもしれない。二人を守れたかもしれない……」


 石畳に暗い色のシミが出来る。

 ユーリの目からこぼれる涙が、暗い色を作っていく。


 ここは……俺が言葉をかけてやらないといけないんだろう。

 だから無理にでも言葉を紡いだ。


「お前がいても二人が助かった保証はない。俺はむしろ……お前が来てくれて、一人でも多くの命が助かったと思いたいよ」


「そんなの……そんなの、結果論だ!

 ベスリーが、ダイトが死ぬくらいなら俺も死ねばよかったんだ! 俺のせいだ! 俺のせいで……こう、なったんだろうが……!」


 ――違う。

 ユーリ、お前のせいじゃないよ。

 俺のせいでも、リラのせいでもない。


 アバドンのせいなんだ。

 争いを生む奴らがいるから死人が出る。

 だけど、俺はその事実をユーリに伝えられなかった。


 ベスリーはユーリにとっての幼なじみ。

 二人とあまり絡んでいない俺の傷はマシな方だ。



「──死ねばよかった、か」


 ずっと様子を見ていたレヴハルト少尉が口を開く。

 少尉は歩み寄り、うずくまるユーリを見下ろした。


「その二人は、君に死んでほしいと願っていたのか?」


「…………いいえ」


「たしかに、君のせいかもしれない。

 だけど自分まで死んだほうがよかったなんて……言っちゃいけないだろ。その二人だってもっと生きたかった。果たしたい願いがあったはずだ。

 死者の前で、生者が『死ねばよかった』――それだけは言ってはならない」


 ユーリの嗚咽は止まらない。

 滔々と流れる涙が、やがてベスリーの眠る寝台の下に届いた。


 少尉は懐から徽章を取り出した。

 銅色の一つ星の徽章が、二つ。


「二人の死体を発見したのは俺だ。彼らはとても悲しそうな顔をして死んでいた。

 背後から心臓を一突き、どちらも同じ死に方だ。傷口から推測するに刃物ではなく、素手で貫かれている。

 ……俺が提供できる情報はこのくらいだ」


 徽章をユーリの傍に置き、レヴハルト少尉は去って行く。

 俺は礼をして彼を見送った。



 ユーリはそれからしばらく泣き続けた。


 ---


 深夜。

 俺は眠れずにいた。


 ユーリは泣き疲れたのか、すっかり眠ってしまったようだ。


「……」


 明日には皇城へ帰還する。

 俺は隊の指揮官として、ダイトとベスリーの死亡を報告する義務がある。

 報告書を前に、筆を進められずにいた。


 この紙に二人の死を書いてしまった瞬間。

 二度と彼らは生者として認識されなくなる気がして。


「さっさと書いたら? その方が楽になるでしょう。

 なんならぼくが書くけど」


 悩む俺を覗き込み、リラが急かした。

 広いロビーには俺とリラしかいない。

 戦いで疲れて、みんな寝ている時間だ。


「……わかってるよ。俺が書く」


 強引に手を動かした。

 一度決心してしまえば、サラサラと筆は進む。


 ダイトとベスリー。

 これから仲良くなるつもりだったのに、もう死んでしまった。

 同期は治安維持軍に二人しかいない。


 みんな……死ぬのが早すぎるだろ。

 まだしていないこと、たくさんあるだろう。


「なあ、リラ。二人を殺したアバドンってどんな奴だった?

 お前でも対処できないなら、原罪人の可能性もあるよな」


 原罪人は全部で五人いるらしい。

 今まで全く正体不明だった連中だが、今回の事件で二名の顔は知れた。


 アバドンの活動も大きくなってきているのか。


「そうね……二人を殺したのも恐らく原罪人だと思うわ。

 顔はよくわからないけど、腕は確かだった。一切喋らずに二人を殺していたから、名前も声の特徴もわからない」


「そっか。アバドンって……何がしたいんだろうな」


 今回の目的は『陛下の反応をたしかめること』だとユタは言っていた。

 確かに、今まで基地が襲撃されたことはない。

 この騒動を受けて陛下がどう動くか、それは気になる。


 だけど、その果てに何を望む?

 陛下がアバドンを潰そうと動いても、見逃しても、正直俺にとってはどうでもいい。

 アバドンの最終的な狙いは何なんだ?


「連中は『負け組』なのよ」


「負け組」


「そう。人間の社会では、必ず格差が生じるわ。

 生まれ持って悪辣な環境に置かれた者は、もちろん世界を疎む。憎む。蔑む。ただ目的なんてなく、アバドンの負け組たちは世界を壊したいのでしょう。

 だから世界を統べる象徴である皇帝に反旗を翻した。それだけよ」


「迷惑もいいところじゃねえか……」


 でも、もしも俺がアバドンと同じ立場だったら。

 恵まれた環境に生まれず、心が歪んでいたら。

 俺は奴らを糾弾できるだろうか。


 それでも俺には誓いがある。

 世界から争いをなくし、秩序に満ちた世を。

 たとえアバドンにどんな背景があろうとも、俺は突き進む。


「ねえ、イージャ。二人が死んだのは、誰のせいだと思う?

 ぼくはユーリの手前言えなかったけれど、本音があるわ」


「俺はアバドンのせいだと思う。断言するよ。

 争いを生み出す元凶が一番悪いに決まってる」


「ぼくはダイトとベスリー自身のせいでもあると思うわ」


 ――思わず耳を疑った。

 二人が死んだのは二人のせいだって?


「どういう意味だよ……!」


 それは聞き捨てならない。

 レヴハルト少尉も言っていた。

 二人はもっと生きたかったはずだって。


 そんな二人に、泥をかけるような真似は……リラであろうとも。

 許してはいけないだろう。


「もしも二人が原罪人に抗えるほど強かったら、死なななった。イージャだって原罪人と交戦して生き延びたのでしょう?

 自分の身は自分で守る。それが戦いだと思うの。もちろん、全面的に二人が悪いわけじゃない。

 争いを起こしたアバドンが一番悪いのでしょうし、ぼくにも責任はある」


「二人は何も悪いことをしていない!!」


 思わず頭の血管が切れそうになった。

 机を叩きつけて立ち上がる。


 リラは相も変わらず、冷めた目をしていた。

 最初に会った時からずっとこうだ。

 冷たいんだ。こいつの視線は。


「その論法が成り立つのは、平和な世界だけよ。自然界では悪さをしていなくても、獲物は仕留められて殺されるでしょう?

 つまり、この世界(ノアティルス)はそれだけ歪なのよ。

 悪人ではない人も『生きていることを罪』として断罪されてしまう」


「けど、でも……! この世界は平和なはずなんだ!」


 表層だけだ、平和なのは。

 わかってるよ。


 ずっと目を逸らしていただけだ。

 みんな現実から目を逸らして、自分に混沌が降りかからないことを祈っている。

 だって、完璧な世界なんて実現できないから。


「たしかに死者は責任を取れない。だからと言って、生者に責任を押しつけていい理由にはならないわ。二人が死んだのにも、二人に責任があると考えるべきでしょう」



 それは、そうだ。

 ああ、そうなんだろうさ。


 殺される方が悪いってのも一種の考え方だ。

 殺す奴が悪というのは、人間の『社会』でしか通用しない。

 生物は他の生物を殺さなければならないから。



 でも、


「でも、それは。

 正論すぎて、気持ち悪いよ……」


「…………」


 リラの考え方は間違ってない。

 レヴハルト少尉の考え方も、俺の考え方も。

 みんな正解で、不正解だ。



 リラはそれきり黙り、何も言わなかった。

 俺もまた何も言えなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 悲しそうな顔をして死んでいて 2人とも背後から貫手で1発って 十中八九リラ黒やんけ… でもリラが黒ってことはあの元帥の人も黒寄りってこと…?
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