11. 残滓
小さいころ、虫をよく捕まえていた。
バッタや蟻を手に取って、少し力を籠めると。
彼らはみな妙な液体を垂れ流して死ぬんだ。
俺は幼心にこう思ったね。
『どうしてこんな簡単に死ぬんだろう』と。
大人になって、呆気なく死ぬのは人も同じだと知った。
いつしか虫を触るのは苦手になっていた。
純潔な魂に宿された、一縷の残酷。
年を経るにつれて埋もれていく真白。
だがしかし、残酷はふとした拍子に現出する。
己の無垢を覆い隠すモノ。
人はそれを『魔導』と呼んだ。
純潔を意志で覆い、変容して進化する。
でも。
喧騒かつ純粋なる感情を、俺は制御しきれなかった。
内側に秘めたる、どす黒い何かが囁いている。
「滅ぼせ」
悲哀。絶望。死。
すべての辛苦が生物の俎上に乗っていた。
甘言が我が身の原動力となり、秩序へと転ずる。
争いを止めること。
俺の意志は変わらない。
だからその声に抗うことはできなかった。
---
「……っ!?」
目を覚ます。
見知らぬ天井。
……ああ、病室か。
俺は原罪人と交戦した後、倒れて……ここに運ばれたんだろう。
周りのベッドでは負傷した軍人がたくさん寝ていた。
あの後どうなったんだ?
ふらふらとした足取りでベッドから出る。
まだ体が怠い。
それに、ひどく嫌な夢を見ていた気がする。
内容は思い出せないけど。
「おや、おはようございます」
軍医が起きた俺に気づく。
「おはようございます。ええと……俺はアバドンとの交戦中に倒れたのですが、状況はどうなっていますか?」
「私も詳しいことはわかりませんが……一部の倉庫が爆破されたようでして。アバドンは現在撤退し、消火活動が行われています。
現時点で確認できるだけでも、死者が二十名近く……負傷者ならば魔導で治せますが、死者ばかりは……」
軍医は俯いて告げた。
クソ……アバドンは爆破しないって言ってたじゃないか!
やっぱり連中は信じられない。
ロスト元帥は爆弾をすべて解除したと言っていたが、やはり取りこぼしがあったのだろう。
一人で爆弾をすべて解除するなんて不可能だ。
「あなたは魔導の使いすぎにより倒れたようです。
体調はどうですか?」
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
「お気をつけて」
とにかく、もう少し詳しく話を聞かないと。
ここは基地中央の病室……レヴハルト少尉か辰大将がいれば話を聞いてみよう。
同じ班のみんなとも連絡を取りたい。
作戦中じゃないから軍用の通信機は使えないな。
病室を出て管制室に戻ると、そこには例の人の姿が。
どう話しかければいいか迷っていると、彼は振り返って俺に視線を向けた。
「……目が覚めたか」
「ロスト元帥……先程は助けていただき、ありがとうございました」
「部下を守るのは上司として当然の務めだろう」
御前で口論となってから、ロスト元帥に対する心象はかなり悪くなっていた。
しかし今回ばかりは感謝しなければならない。
俺の第一印象とはかなり違った人物なのかもしれない。
彼はどこか歯切れの悪い口調で、ヘルメットの内側から声を発する。
「それに、俺は原罪人の二名を逃してしまった。
……俺の実力不足だ。まさかあれほど手強いとはな」
……え?
それってまさか……ユタにも逃げられたのか?
せっかくレヴハルト少尉があそこまで追い詰めたのに。
それに、爆破だってされてしまった。
どうせユタとレナスを逃がすなら、レヴハルト少尉の言うように爆弾を作動させない約束を交わした方がよかっただろう。
でも、命の恩人を責めるわけにもいかない。
ロスト元帥だって同じ悔しさを抱えているだろう。
「辰大将は原罪人と交戦して重傷を負った。
現在は俺がこの基地の司令となっている。何かあれば言え」
「承知しました。
そうだ。他の元帥は来ていますか?
ホルスト元帥が治安維持軍をこの基地に向かわせたはずですが」
「……他の軍か?
いや、俺の率いる小隊しか来ていない」
アバドンに基地が襲撃されてから、一時間は経過しているはず。
本来ならもう到着している時間だ。
まさか何かあったのか……?
それとも、この基地以外に襲撃を受けている場所がある?
アバドンはすでに撤退し、皇帝軍の出番はない。
むしろ消防隊の方が来てほしいくらいだ。
「それよりも……ユーリと名乗る二等兵が貴様を探していた。ロビーにいたはずだ」
「わかりました。ありがとうございます」
混乱しつつも、俺は頭を下げる。
ユーリを探しに行こう。
……それにしても、皇帝軍の指揮系統はボロボロだな。
内側に入ったからこそわかる、憧れの軍の現実。
実際はこうしてアバドンに翻弄されている。
煮えきらない思いを抱え、俺はロビーに向かった。
---
消防車の警報が鳴り響いている。
外では爆破された施設の消火活動が行われていた。
広がる黒煙を眺めつつ、ロビーへ。
ユーリが周囲をキョロキョロと見渡して歩いていた。
奴は俺を見るなり駆け寄ってくる。
「お、イージャ! お前大丈夫かよ?」
「魔導を使いすぎて倒れたらしい。今も多少ふらつくけど問題ない」
「そうか。よく原罪人と戦って生きてたな……
ところで、ダイトたちは知らねえか? あの後レーダー施設に戻ったんだが、三人の姿がなかったんだ」
「いや、知らないな。ほとんどの人はこの中央基地に戻ってるはずだけど」
まだ爆弾が残されている施設もあるだろう。
被害から逃れるために、安全な中央に避難するのが妥当だ。
「まあ、そのうち見つかるだろう。
ユーリ、治安維持軍の動向に関して何か聞いてるか?」
今はもっと気がかりなことがある。
そう、俺たちの所属する軍の動きだ。
ホルスト元帥は確かにこの基地に援軍を送った。
本人がそう言っていたはずだ。
「あー……それなんだけどな、報告の手違いがあったらしい。治安維持軍の援軍が向かったのは隣町の基地だ。通信のどこかでミスがあったみたいだな」
「はぁ……? そんな話、ありえるか?」
「事実そうなってるんだから仕方ねえだろ。
ま、二度とこんな目に遭うのは御免だね。ひとつの伝達ミスで失われる命が多すぎる。俺が……俺たちが死の淵に立たされてるってのによ。
俺もお前も、ロスト元帥の小隊が来なけりゃ死んでたんだぜ?」
こればかりはユーリに完全同意だ。
くだらないミス……もしくはスパイの工作による情報錯乱。
そんなことで俺たちが死ぬなんて。
今回はたまたま俺が死ななかっただけ。
他の人に代わって俺が死んでいたかもしれないんだ。
楽観視してはいけない。
「そういえばレヴハルト少尉は? あの人にも礼を言わないと」
「……俺ならちょうど来たよ。目が覚めたか、イージャ」
ふと背後から声がした。
振り返ると、そこにはレヴハルト少尉の姿が。
俺の背後をずっと見ていたはずのユーリも、驚いた表情をしている。
神出鬼没ってやつか。
少尉はひどく疲れた表情をしていた。
俺が寝ている間も奔走していたのだろう。
「見せなければならないものがある。
二人とも来てくれ」
彼は踵を返して基地の奥へ向かって行く。
俺たちは慌てて少尉の後を追った。
なんだか胸騒ぎがした。




