10. 急襲
ユタが地を蹴ると同時、レヴハルト少尉もまた動いた。
――速すぎる!
ちらりと像が動く。
直後には、ユタの拳と少尉の刀が拮抗していた。
「やるねえ」
「そちらこそ、見事なお点前」
ひとつ会話を交わした後、再び二人が消える。
俺の眼前で巡る暴風。
鳴り響く死合の音色。
激しい戦闘……俺は何もできない。
俺に命じられた任務はただひとつ。
この場から動かないこと。
「…………」
煩悶の中で、ホルスト元帥の言葉を思い出す。
攻撃を見切れるようになったきっかけ。
それは『魔導を体内に組み込む』ことだという。
あの恐るべき二人も、魔導を体内に組み込んでいるのか?
だからあんなに超人的な動きが許されている?
それなら俺も……
「おっと……!」
一際大きな音が響くと同時、ユタが踵で地面を削りながら後退する。
レヴハルト少尉は刀を振り抜いていた。
どちらが優勢なのだろうか。
「テメエ、名前なんだっけ?」
「レヴハルト・シルバミネ。これから死ぬ相手に名乗っても意味はないけどね」
「なんでそんなにつえーのに、少尉なんだ? おかしくね?」
「理由くらい察せられるだろう。汚れ仕事を任される者はいつも、簡単に捨てられる立場にあるのさ」
手を止めて、二人は間合いを取っている。
「じゃあよ、アバドンに来ねーか?
アバドンなら好待遇でいいぜ。おれとも毎日戦えるしな!」
「悪くない話だ。アバドンに内側から潜入できる機会をくれるとは」
「それによ、テメエ魔導使いじゃねえだろ?
――つーか人間じゃねえだろ。動いてるだけの死体か?」
「……さて。今は関係ない話かな。
君はおしゃべりが好きなようだね。俺にアドバンテージを与えてくれて感謝するよ。そろそろ前哨戦は終わりにしようか」
瞬間、俺の背筋が凍った。
身の毛もよだつ殺気がレヴハルト少尉から溢れている。
どうやらユタは地雷を踏み抜いたらしい。
でも、人間じゃないってどういう……
「シルバミネ第八秘奥──」
シルバミネ少尉はゆっくりと足摺りして、刀を下げた。
だらりと下げられた腕。
ユタは奇妙な行動に眉を顰める。
異常な殺気。対して気力のない脱力姿勢。
俺は唾を飲んでその光景を眺めていた。
「――『天中殺』」
ぼそり。
レヴハルト少尉が俯いたまま呟く。
瞬間的に動いたわけではない。
刀を振るったわけでもない。
一切の「動」を見せず。
「う……おおぉっ!?
やっべええぇーっ!?」
くるりくるり。ユタの腕が舞っていた。
鮮血と共に両腕が夜闇に飛ぶ。
今のは……レヴハルト少尉が斬った、のか?
「眼、忌の刃にて誅を下す」
「がっ……!?」
次いで目。
ユタの両目がはじけ飛ぶ。
これもまた一閃を食らったように、横一文字に斬られていた。
何が起こっている?
少尉は動いてないのに、相手を斬っているのか!?
「いいねぇ……だけどよ。
おれの権能は――」
ユタがニヤリと笑う。
異常な痛苦を物ともせずに。
そうだ……!
奴の能力は、
「破壊と再生。知っているとも。
故に、君にとって体の破壊は大した問題ではない。
俺以外の前ではね」
レヴハルト少尉は刀を振りかざし、ユタの胸元に突き刺した。
その直後。ユタの口元から笑みが消える。
「は……? なんだこれ、再生できねぇ……」
「其方が『破壊と創造』を司るならば、此方は『生と死』を。
似通った二項だが、本質は決定的に異なる。生とはこれ即ち、創造に拠るもの。君の創造を打ち止めした。相性が悪かったようだね」
「か……かかかっ! ああ、そうかよ……おもしれーや!
何も見えねぇ、動かせねぇ! けど最高に楽しいぜ!」
これは……勝ったか。
さすがに再生を禁じられれば、ユタといえども対抗手段はないだろう。
あのバケモノを容易に沈めるとは……
「――動くな」
ふと、レヴハルト少尉の手が止まった。
俺の背後から響いた声。
聞いたことのない少女の声だった。
待て……何か、俺の後頭部に当たっている。
これは。
「なん、だ……?」
「レヴハルト少尉。こいつの命が惜しくば、その手を止めろん。
やっぱりユタ一人じゃダメだったろんね」
俺が……人質に取られているのか?
レヴハルト少尉は、俺の方角をじっと見ていた。
「君は?」
「原罪人レナス・バロン。
まあ、そのアホのヘルプに来たというわけろん」
「おお、レナス! 遅かったじゃねーか!
今回ばかりはおれも死ぬかと思ったぜー!」
俺は振り向けない。
状況的に、振り向いたら撃ち殺される。
後ろのアバドンの姿はわからないが、原罪人という時点でヤバいやつだ。
とりあえず、伝えるべきことを伝えねば。
「レヴハルト少尉、俺のことはどうでもいいです。
ユタを殺してください」
「ああ。君には悪いが、元からそのつもりだよ。
俺が危惧しているのはそこではない。レナスとやら……君が人質に取っているのはイージャだけではなく、この基地全体の人間か?」
どういう意味だ……?
「察しがよくて助かろん。
基地全体に爆弾置いてる。ユタを渡すことを交換条件に、爆弾は起爆しないろん」
全体に爆弾が……!?
そんなの回避不可能じゃないか!
たとえユタを要求通り渡しても、アバドンが約束を守るわけがない。
少尉も同じことを考えたのか、レナスに問い詰めた。
「こちらが提示するのは『ユタ・ナドリスの引き渡し』
そちらが要求するのは『爆弾の起爆放棄』
悪くない条件だが、君が約束を守る確証がない」
「守るろん。
ろんは嘘つかない。薄汚いあんたらと違って、誠実な人間ろん」
「いや、証拠を出せと言っているんだが……」
奇妙な沈黙が続く。
俺はどうするべきだ?
また無力なのか?
せめて後ろの奴に壊乱が使えれば。
レヴハルト少尉も、レナスも深く思考を巡らせているのだろう。
睨み合いの時が続いた。
やがて結論を出したのか、レヴハルト少尉がため息をつく。
そして顔を上げた。
「……いいだろう。ユタ・ナドリスの身柄を、」
彼の声を遮って。
またもや乱入の音が聞こえた。
――ドドドドドッ!!
眩いフラッシュと共に、閃光が駆け巡る。
閃光は俺の後頭部を掠め、瞬時にレナスが空中へ飛んだ。
俺はその隙に転がってレヴハルト少尉の下へ駆ける。
「うっそろん!? 誰!?」
響く駆動音。
一輪のバイクが戦場を過ぎ去り、また急カーブして戻ってくる。
繰り手はヘルメットを被った男。
名を――ロスト・ワール。
「間に合ったか。遅れたな。
爆弾は全て俺が解除した」
「ロスト元帥……!」
正直、俺の嫌いな人だ。
でも今ばかりは助かった。
ロスト元帥は負傷したユタとレナスを交互に見据える。
一方、レヴハルト少尉は俺を庇うように前へ出ていた。
俺たちとレナスの間に割って入ったロスト元帥は、顔も向けずに告げる。
「……何をしている。早く退け。
この二名は俺が相手をする」
元帥ならばアバドンの幹部だろうと粉砕できる。
それほどまでに元帥は傑物揃いなのだ。
レヴハルト少尉はしばし悩んでいたようだが、俺に語りかける。
「チッ、動けるか?」
「は、はい……大丈夫です!」
「退くよ。警戒を怠るな」
そう言って、少尉は俺の背中を押した。
あくまでアバドンの連中からは目を背けず。
去り際、俺はロスト元帥に言葉を送る。
「ご武運を!」
ロスト元帥は親指を立てて応答した。
声の代わりにバイクのエンジンを鳴らして。
「……邪魔をしてくれる」
レヴハルト少尉は愚痴を吐き捨てながら走る。
だが、ロスト元帥の支援がある。
レナスは倒され、ユタも力尽きるだろう。
手柄を自分のものにしたいレヴハルト少尉の気持ちはわかるが、ここで二人の原罪人を仕留めてもらった方が確実だ。
「おーい!」
ロスト元帥たちの姿が見えなくなるほど走ると、遠くから手を振って走ってくる人がいた。
あいつは……ユーリ!?
レーダー施設から動くなって言ったのに。
「イージャ、お前どこにいたんだよ!?
中央に行ってもお前が来てないって言うから……」
「すまん、アバドンと交戦になってしまった。
でも、もう大丈夫だ。ロスト元帥が来てくれた」
「……! よし、もう心配ねーな!
俺の仕事終わりー!」
元帥が来たと聞いた瞬間、ユーリは警戒を解いた。
こいつ……本当にアホだな。
まだアバドンが潜んでいるかもしれないだろ。
それに、まだ処理しきれていない爆弾があるかもしれない。
「レヴハルト少尉。爆弾があることを知っていたんですか?」
俺はしばらく無言だった少尉に尋ねる。
「ああ。アバドンが襲撃してきた後に、奴らの不審な動きを見て気づいた。
だが、起爆はされないようだね。処理したとか言っていたが……」
「まだ残ってる可能性もありますよね。
報告した方がいいかと」
「…………そうだね。一度、本部へ戻る。
君も来るといい。俺の刀で応急処置したとはいえ、まだ骨に異常があるかもしれない。医療班に診てもらった方が確実だろう」
確かに……まだ腕と足が痛む気がする。
それに、戦闘の疲労がヤバい。
魔導を酷使したせいか、今にもぶっ倒れそうだ。
というか、もう限界……かも……
「おい、イージャ!?
大丈夫か!?」
ユーリの声が聞こえた。
俺の意識は沈んでいく。
そして――暗闇に閉ざされた。




