表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
3章 基地襲撃事件
31/47

9. コラプション

 疾走する。

 次第に日は落ち、周囲には暗闇が満ち始めている。

 これなら俺の魔導も十全に扱えるだろう。


 先程も接敵したアバドンを一名始末した。

 服に付着した血しぶき。

 この鉄の匂いを嗅いでも、もう何も感じなくなっていた。


 ――狂っていく気がする。

 けれど、本当に狂っているのは奴らだ。


「…………」


 狂気に対抗できるのは狂気だけ。

 おびただしい量の血を前に、俺は心の底からそう思う。


 基地の中央へ向かう道中。

 血だまりがあった。


 沼の中に佇む男が一人。

 アバドンの服を着ているが、マスクは被っていない。


「お?」


 男は俺の接近に気がつき、顔を上げる。

 乱れた茶髪。

 柔和そうな顔立ちだが、浮かべた笑みは酷く嗜虐的だ。



 ――ヤバい。こいつはマジでヤバい。

 俺の本能が全開で継承を鳴らしている。


「よお」


「……」


 気さくに片手を上げ、男はこちらに挨拶した。

 まるで警戒されていない。

 そこらにいる子犬に接するかのようだった。



 だが、倒れる大勢の皇帝軍を前にして。

 屍の山を前にして。


 俺が義憤を抑えられるわけもなかった。

 自覚している、俺はどうしようもなく衝動的な性格だと。


「これは……お前がやったんだろう」


「そーだけど?」


「理由を教えてくれ」


 やめろ。

 対話を試みるな。

 奴らに理由なんてない。獣だ。


「んー……敵を殺すことに理由っているのか?

 ほら、テメエらも外敵を理由なく殺すだろ?」


「外敵には感情がない。だが、人には感情が、心がある。

 殺される人には家族がいて、友がいる。どうして理解できない?」


「外敵にも家族や友がいるかもしれねーし、心があるかもしれねーだろーが。勝手にテメエらの尺度で決めてんじゃねーよ。最初に手を出したのはテメエらだ」


 やはり話し合いは無為だ。

 こいつらは根本的な倫理観が欠如している。

 人の皮を被ったバケモノが。


 圧倒的な格上。逃げるのが正解だ。

 でも、俺がアバドンを前にして逃げることは許されない。

 俺の意志に誓って。


「イージャ・キルシャ。同胞の無念に応え、お前を討つ」


「お、いいねえ。少しは骨がある奴だといいなー。

 どいつもこいつも雑魚でやってらんねえ」


 男は欠伸混じりに構えた。


「――アバドンの原罪人。

 『破壊』の継承者、ユタ・ナドリス。

 楽しませろよ、クソガキ」


 原罪人……アバドンの幹部か!

 いいさ、やってやる。


 こいつを殺せば……多少は世界がマシになる。


「死ね」


 周囲の闇を支配し、ユタの足元から影を射出。

 奴は回避する素振りを見せず。


「はいよ」


 足をドンと踏み出し、影を消し飛ばした。

 衝撃波が駆ける。


 俺は影に紛れ移動。

 自分が出し得る最高速度でユタの周囲を巡る。


 どんな攻撃が来るかわからない。

 まずは一撃を見切り、その隙にカウンターを……


「っ!?」


「ノーマルってとこかな。おれを楽しませるには足りねーよ」


 ユタの姿がブレたと同時、俺は地面を盛大に転がっていた。

 足を振り抜いた姿勢をしているユタ。


 何も見えなかった……!

 速すぎる……


「ほーら、次の一手くれよ」


 馬鹿にしやがって……殺してやる!

 立ち上がり、次の手段を。


 今の行動を見るに、単純な速度では敵わない。

 下手な攻撃を浴びせても躱されるのが関の山。

 有効打は。


暗闇(ブラインド)――闇壁(フィールド)


 周囲を闇の壁で囲む。

 天すらも闇で覆い、完全な暗黒を作り出す。

 基地の電光すらも寄せ付けない空間を。


「お、くれーな!」


 暗中。さすがに俺の方が感覚は上だ。

 ユタがどのような能力を扱うのかは知らないが、これで多少は相手の反応を鈍らせる。


 闇を介した視覚と聴覚を起動。

 ユタは依然として一箇所に棒立ちしていた。


「で? どうすんだよこっから」


 暗闇に語りかけるユタ。

 迂闊な接近は厳禁。

 物は試しに影の針を伸ばしてみる。


 針はユタに届く直前、拳で粉砕される。

 馬鹿力だ。やはりアバドンは身体能力が狂っている。


 暗闇の中でどうやって攻撃を見切った?

 それがわかれば攻略の糸口になる。


「同じ技は飽きるぜ。そろそろ底も見えてきたなー」


 奴の言葉は事実。

 俺の暗闇(ブラインド)は攻撃手段に乏しい。

 妨害や防御は得意だが、攻撃手段は影針くらいだ。


 だが、もう一手ある。

 俺はその技をかますタイミングを見計らっていた。


「遊びはここまでにしとくか。ほんと雑魚しかいねーな」


 瞬間、ユタの身体がブレる。

 俺は同時に全身を靄で包んだ。


 衝撃が伝わったのは後頭部。

 頭がぐらりと揺れるが、ユタが接近。

 蹴りが防がれたことに、奴は驚いているようだった。


 このタイミングなら……!


「――壊乱(コラプション)


「!?」


 ユタの胸元に手を押しあてる。

 俺の指先から伝った闇が、奴の口に入り込んだ。


 咄嗟に距離を取るユタ。

 だが、もう遅い。


「テメエ……何しやがった」



 秘技『壊乱(コラプション)

 相手の内側に闇を侵入させ、内側から蝕む業だ。

 ウイルスを相手の体内に忍び込ませるのと同じ。


 回避手段は接触を避けること。

 あるいは、意志によって闇を払拭することだけ。


 すでにユタの内側には闇が入り込んだ。

 俺は周囲の闇壁を解除し、命じる。


「"俺に従え"」


「うおっ……!」


 ユタが跪く。

 まだ辛うじて抵抗しているようだが、そのうち闇が全身に回る。

 そしたら奴は闇の操り人形だ。


 非人道的な技だから、編み出してから使う機会はなかった。

 だが、悪魔には悪魔の業を。

 躊躇はない。


「へぇ……こりゃ、やべーや……おれの意志まで貫通してくんのかよ」


 アバドンなんかの意志に、俺の意志が負けるわけがない。

 俺は何としても……争いを止めるのだから。


「"俺の質問に答えろ。なぜここを襲撃した"」


「か……かかかっ。ああ、そりゃもちろん皇帝への挑発さ」


「……なぜ陛下を挑発する」


「それは『秩序』の奪還……ってあぶねー。これは言っちゃまじいか」


 ユタの返答に俺は眉を顰めた。

 ……まだ抵抗する気力が残っているとは。


 もう少し闇の支配を強くする必要が──待て。



「っ!」


 瞬時に飛び退いた。

 ユタの体内に忍ばせた闇が消えている……!?

 馬鹿な、どうやって……


「お、気づいたか。テメエが勝ちを確信したところを、逆転して絶望させてやりたかったんだけどな。ふう……いや、でもおれも危なかったぜ。

 いーねえ、このスリル!」


 何事もなかったかのようにユタは立ち上がる。


「どうやって闇の支配を脱したんだ?」


「体を支配されたなら、ぶっ壊せばいーだろ?

 人の細胞ってーのはな、常に死んで生まれてを繰り返してる。それを激化させて身体を創り変えただけだぜ。毒も大傷もこれで治せちまう。

 おれの権能は『破壊と創造』だからなー。不死身みてーなもんだ」


 ……バケモノすぎる。

 こんなのにどうやって勝つんだよ。


「おら」


 視界が舞う。

 俺は足をすくわれ、ユタに踏みつけられていた。


「とりあえず両手折っとくか」


「っ……がぁああああっ!?」


 っ痛い!

 痛い、痛い、痛い……!


 脳が焼き切れるような痛み。

 両手の骨が鈍い音と共に折れた。


「テメエ、それなりに楽しませてくれたからなー。生きて帰せばおれにリベンジしてくれるかもしれねえ。どうだ? それともアバドンに入らねーか?」


「誰が、お前らなんかに……!」


 アバドンに加担するくらいなら死んだほうがマシだ!

 舌を噛み切って死んでやる!


「もういっちょー」


「っ……あぁああ!!」


 次は両足の骨が折られた。

 視界が明滅して意識が飛ぶ。

 だが、ユタは俺を叩き起こした。


「でさー、おれはテメエほど強い意志の奴、見たことねーんだよな。さっきの闇、おれの意志でもレジストできなかった。いや、リーダーがもしかしたら匹敵するかもしんねーけど。

 テメエの原動力ってなんだ?」


「俺は、争いを止める……!

 お前らみたいなっ……奴らを、根絶やしに……!」


「あっそ。そんなくだんねー意志でもここまで肥大化すんのか。

 おもしれーな、やっぱり。

 さすが魔導使い(アルマ)様だぜ」


 もう何もできない。

 俺は……ここで死ぬのか?


「生かすか殺すか迷ったけどさ、やっぱ殺しとくわ。後々の脅威になりそーだし。気に入ったんだけどな。

 その意志じゃアバドンにも入らねーだろうしな」


 死の宣告。

 だが、恐怖はなかった。


 憤激が俺を駆り立てる。

 許せない。殺したい。

 手足が使えなくとも、この魔導で……!


「……その目、イッてるぜ。おれよりイカれてやがる。

 じゃあな……怪物」


 ユタが俺の頭蓋に拳を振り下ろす。

 俺は目を背けず、迫る拳を凝視し続けた。


 死を前にして視界が細切れになる。

 コンマ一秒ごとに像を観測し、死までのフィルムを見届ける。


 待っていろ、俺は必ず……!



「」



 刹那、ひとつのコンマに異物が紛れ込んだ。

 銀閃。


 まばゆい銀閃が瞬いたかと思うと、次の瞬間にはユタの姿が消えていた。

 視界の速度が戻る。


 人の気配だ。

 俺は頭を動かし、気配の方角を見た。



 靡く白髪、携えられた二刀。

 暗闇にはためく外套が美しかった。

 彼はこちらに顔を向けずに言う。


「悪鬼を前によく耐えた。

 これより先、君に死の出番はない」


「レヴハルト、少尉……」


 ユタの額には大きな斬り傷ができ、拳からはだらりと血が垂れていた。


「……!!

 テメエは、レナスが言ってたバケモン!

 ようやくおれにもツキが回ってきたぜぇ!」


「評価してもらえて何よりだ。

 悪人からの称賛ほど嬉しいものはないね」


 レヴハルト少尉は二刀のうち、一刀を俺に突き刺した。

 何事かと思ったが、俺の傷がみるみるうちに再生していく。

 骨折まで治っていく……!


「この場を離れるな。防御だけに徹し、俺の補助をしようなんて考えないでくれ」


「はい……ありがとうございます」


 少尉は言っているのだ。

 俺は足手まといだと。


 指示通り下がり、靄を纏って防御姿勢を取った。


「おう、白髪のやつ。早くやろうや。

 おれは正々堂々と勝負がしてーんだ」


「ああ、誠実に待ってくれて感謝するよ。ありがとう。

 ところで匹夫の勇という言葉を知っているかな?」


「知らね。いくぜ!」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ