8. 煽ろん
レーダー施設へ到着。
俺は暗闇の視覚を使い、内部に二名のアバドンが潜んでいることを把握。
先程ホルスト元帥と連絡を取った。
現在、基地に派兵しているところだそうだ。
少し持ちこたえれば応援が来る。
「突入は俺とリラで行う。そうだな……上の窓から奇襲を仕掛けたい。
レーダー施設は防衛しやすく、正面からの突入はマズい。そもそも、なんでレーダー施設が制圧されてるんだって話だが」
施設の警備は何をやってたんだ。
そう思って暗闇の目を探らせると……
警備員の死体が転がっている光景を盗み見た。
……クソ。
俺はダイトに視線を送る。
「ダイト、頼めるか?」
「ああ」
ダイトは地面に手を当て、コンクリートの地面を盛り上がらせる。
これが彼の魔導。
地形を変化させることができる便利な魔導だ。
隆起した地面を足がかりにして、俺とリラは施設の上に。
窓をこっそりと解錠する。
暗闇でアバドンの位置は捉えている。
あとは奇襲を成功させればいい。
「さっきは出番がなかったが、作戦Bだ。いけるな?」
「もちろん。一瞬で終わらせるわ。
アバドンは二名で間違いないのね? マスクを被ってる?」
「ああ。見ればすぐにわかる。行くぞ」
陽は落ちつつある。しかしまだ夕陽が煩わしい。
リラの魔導は使えるだろうが、思うようには動けないだろう。
だから、『作戦Blind』を使う。
「――暗闇」
窓から飛び降りると同時、俺は周囲を闇で閉ざした。
遮光。
光のない世界を作り出す。
「なんだ……!?」
「ぐわぁああっ!」
瞬間、断末魔が響く。
すさまじい突風と共に、暗闇の中で何かが暴れている。
かすかに見えるのは赤い残光。
およそ二十メートル近く離れたアバドンの両名。
彼らは数秒も満たないうちに事切れた。
「終わったわよ」
「お疲れ」
暗闇を解除。
光が射しこむと、リラが鬱陶しそうに目を細めた。
血を垂れ流して二名のアバドンが死んでいる。
何に殺されたのかすらわからないまま、死を迎えたのだろう。
リラの魔導【天無姫】
……改めてすごい魔導だ。
制限付きとはいえ、ここまで力を発揮するとは。
「レーダーはまだ破壊されていないようだな。この施設は防衛に強い。しばらくはここで待機するのが得策だろう」
「入ってきていいわよ」
入り口の扉を開けて、三人を迎え入れる。
ユーリとベスリーは広がる血の匂いに顔を顰めた。
「おいおい、ここで待機しろって正気か?」
「死にたいなら外に出てもいいぞ」
「……わかったよ」
とりあえず死体は一箇所にまとめておくか。
皇帝軍とアバドンの死体を分け、俺は影で死体を運搬した。
皇帝軍の死体に直接触れるのは嫌ってわけじゃない。
むしろこの手で弔ってやりたいけど……感染症の危険もある。
俺が死体を片づけている間、リラが指示を出す。
「入り口は施錠しておくこと。さっき見せたように、この施設は上部からの侵入に弱いわ。窓は塞いでおきましょう。
外部から内部の様子を覗き見れないように、念入りにね」
背の高いダイトを中心に、各所へバリケードのようなものが設置されていく。
内部がどうなっているかわからなければ、迂闊にアバドンも手を出せないだろう。
一通り防衛を整えると、ベスリーが疑問を発した。
「でもさ、あたしたちだけ籠ってていいのかな? 中央は大勢のアバドンに襲撃されているんでしょ? 応援に行った方がいいかも」
「ぼくたちが応援に行っても焼け石に水というものよ。中央には辰大将がいるのだから、皇城からの応援が来るまで耐久できるでしょう」
二人の話を聞いてて思う。
昨日、レヴハルト少尉が言っていたことを思い出したんだ。
『緊急時には皇城からの応援をアテにせず、自分たちの力で戦え抜け』
……と語っていたように記憶している。
だが、先程ホルスト元帥は応援を向かわせていると言っていた。
予定通りなら、あと十分もすれば応援がくるはず。
だが……どうにも少尉の発言が引っ掛かる。
俺たちはどうするべきなんだ?
「……みんな。この施設で待っててくれ。
俺は中央に行ってくる」
「は? イージャ、ぼくはさっき中央に行く必要はないと言ったはずよ。死地に飛び込んで何の意味があるの?」
「いや、応援に行くわけじゃない。現状を確認しに行くだけだ。
ちゃんと皇城からの応援が来ているのか……確認したい」
ユーリが首を傾げた。
「……はあ? どういう意味だよ。
さっきホルスト元帥も応援を送ってるって言ってたじゃねえか」
「それはそうなんだけど……俺は全てを信じているわけじゃない。少し腑に落ちない点があるんだ。確認が取れたら、すぐにここに戻ってくる。
心配はいらないよ」
「……つまり、イージャはこう言いたいのね?
『ホルスト元帥が嘘を吐いている可能性がある』と」
リラは訝しむように問うた。
みんなの目には猜疑が浮かんでいる。
そりゃそうだ。
ホルスト元帥を疑うなんて正気じゃない。
付き合いの長い元帥とレヴハルト少尉、どちらを信じるかと言われれば……俺はホルスト元帥を信じるだろう。
「違う。ホルスト元帥は嘘を吐いていない。
ただ……元帥が一枚岩じゃないってのも知ってる。色々とごたごたがあって、派兵が遅れている可能性も否めない。あくまで勘だよ。
じゃ、行ってくる」
俺は急ぎ足で施設を出た。
本当に無駄な交戦をするつもりはない。
昨日のレヴハルト少尉の発言。
そしてここまで基地にアバドンが潜入している異常事態。
……正直、こう思ってるんだ。
軍の中にスパイがいるんじゃないか、と。
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わけのわからないセリフを吐いて、イージャは出て行ってしまった。
他の四人は、彼を止めることができなかった。
彼には自分たちが見えていない何かが見えている気がしたから。
「ちょ、ちょっとどうするの!?」
ベスリーが狼狽する。
一方でリラは落ち着いた声色で言い聞かせる。
「イージャの言うように待つのが正解でしょう。彼がどこで何の情報を得たのかは知らないけど、好きにさせればいいわ」
正直、リラとしても思うところはあった。
しかし今は冷静に振る舞わなければならない。
ダイトはしばらく何かを悩んでいたようだった。
沈黙が続いたのち、口を開く。
「……やっぱりイージャが心配だ」
彼の言葉にユーリがハッと顔を上げる。
その一言を誰かが言い出すのを待っていたのだ。
「そうだよな! よし、俺がイージャを追う。
お前らはここで待機な」
「……ちょっと」
「リラさん、大丈夫だ。道中でアバドンに遭遇したら、単独での戦闘は避ける。逃げ足には自信があるんだぜ? 衝撃で自分を飛ばして逃げる技も覚えたしな!」
「いや、きみの心配はしていないんだけど……はあ。
わかったわ。すぐに中央に現状の確認を取り、戻ってきなさい。きみが死んでも自己責任でお願いね」
「縁起の悪いこと言わないでくれよ! じゃ、行ってくるぜ!」
ユーリは本心ではイージャをかなり心配していた。
自分でも多少はイージャの補助になれるだろう。
そう考え、彼は施設の外へ駆け出した。
まだそこまで距離は離れていないはずだ。
衝撃を活用しつつ走れば間に合うだろう。
「……結局、二人と三人で分かれることになっちゃった」
「まあ、いいでしょう。ぼくとしても少数の方がやりやすいし。
窓の外、人がいないかどうか警戒しててね」
リラはユーリの背を見送り、二人に指示を出した。
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次々とアバドンが飛び出す。
レヴハルト少尉の言葉は間違いではなかった。
この基地には五十名以上のアバドンが潜んでいたのだ。
「痴れ者たちよ……退きなさい!」
戦場の只中で、荒れ狂う嵐が一つ。
皇帝軍大将、辰。
津波が巻き起こり、アバドンの団員が呑み込まれていく。
あまりの威力に皇帝軍の人々も後退していた。
彼女に接近できる者は一人もおらず。
目にも止まらぬ速さで動く彼女に、さしものアバドンも戦慄している。
まさに獅子奮迅の働きを見せていた。
「クソ……あの大将、バケモンだぞ!」
「落ち着け! 俺たちの狙いは基地へ攻撃を仕掛けること。ついでに物資も簒奪できれば上々だ。いたずらに命を落とすことはない」
今こうしている間にも、皇城は慌ただしい雰囲気に包まれているだろう。
アバドンの目的は半ば達成されているのだ。
「はい、おつかろーん。
ろん参上。皆の者おつかれー」
突如、中空に少女が飛び出した。
アバドンの制服を着ているものの、トレードマークのマスクは被っていない。
艶やかな黒髪をひとつにまとめ、宝石のような紫瞳で戦場を見下ろしている。
彼女の姿を見た瞬間、アバドンたちは一斉に下がった。
「レナスさん! 撤退ですか!?」
「ろん。そこのサークル入って、任務完ろん。
残りの皇帝軍はろんがやっとくよん」
レナスが手をかざすと、地面に赤いサークルが現れる。
アバドンの団員たちは次々とその中に飛び込んで行った。
皇帝軍の者が逃がすまいと追撃に迫る。
しかし、白色の炎が立ち昇り前進を阻害した。
アバドンのみが炎をすり抜け、次々と離脱していく。
突然現れた少女。
辰大将は警戒心を引き上げて尋ねる。
「何者ですか、貴女は」
「え、見てわかろん? アバドンのお偉いさんだよ。
名前はレナス・バロン。
――アバドンの原罪人、『術』の継承者だろん」
「原罪人……!」
その言葉を聞いた瞬間、辰の全身が強張る。
アバドンを支配する五人の幹部。
彼らを『原罪人』と呼ぶ。
表舞台には滅多に顔を出さない、超危険人物。
悪名ばかりが独り歩きし、皇帝軍でも有名な存在だった。
「うーん……あれ、あの白髪の少尉いないんだ。じゃあ余裕ろん。
元帥どころか大将なんて、雑魚ろんね雑魚」
「ほう……皇帝軍を愚弄しますか。いいでしょう、悪名高き原罪人よ。今ここで貴女を倒してみせます」
「皇帝軍を愚弄してるんじゃないろん。弱そうなあんたを限定して愚弄してろん。公権力の批判じゃなくて、個人への誹謗中傷。
……あ、ごめん。これ煽りだったろんね」
刹那、津波が巻き起こる。
レナスはふわふわと浮きながら欠伸をした。




