3. 入隊
『次のニュースです。昨日、サラシティ市庁舎に対し、反政府組織アバドンの襲撃がありました。この事件により七名が死亡、十一名が重軽傷を負いました。皇帝軍は十五分後にアバドンを鎮圧し、アバドンの主犯はすべて自害、および逃走しているとのことです。逃走した犯人の行方に関して……』
あの事件から一週間後。
雨音まじりに、いつものニュースを聞いていた。
真っ暗な部屋の中。
俺はソファに沈んでぼーっとしている。
今までは他人事で、ただのニュースだったんだ。
だけどあの事件から、他人事とは思えなくなった。
争いは絶えない。
平和な世の中だと思い込んでいただけなんだ。
「……」
ふと携帯が鳴った。
ハピから電話だ。だけど出ない。
あの事件以来、俺は何度もハピやザガリスから電話を受けている。
もう放っておいてくれよ。
俺は皇帝軍に入る。それだけを伝えて、もう話していない。
学校はやめた。
バイトもやめた。
父親にも話をつけた。
あとは軍に入るだけだ。
毎年行われている入隊式は、数日後に迫っている。
ホルスト元帥からの紹介状と徽章を見せれば、試験もなく合格できるそうだ。
皇帝軍は人手不足らしいからな。
「……」
けど、どうしてだろう。
今さら軍に入るのが怖くなったのかな。
俺もまた……あの日みた光景のように。
アバドンに頭を撃ち抜かれて死ぬんじゃないだろうか。
あの時、俺に迷いはなかった。
トワコの仇を討つために、争いをなくすために。
皇帝軍に入る決意はたしかにあった。
「――暗闇」
手から靄を出してみる。
あの日、惨劇とともに目覚めた魔導。
魔導の使い方は本能的にわかる。
手足の使い方をわざわざ考えないように、魔導の使い方も考えない。
身体の器官がひとつ増えたような感覚だ。
出した闇を、自分の瞼の上に乗せてみる。
暗い。目を開けても、閉じても何も見えない。
「こんな力、」
欲しくなかった。
そう言うのは傲慢だろうか。
たぶん、この魔導に目覚めてなければ……俺はあの男に撃たれて死んでいた。
魔導で時間を稼いだからこそ、ホルスト元帥が来るまで耐えられた。
だけど、そうじゃない。
……そうじゃないんだ。
俺は。
こんな力に目覚めず、ずっと四人で。
「っ!」
思わず闇を払いのける。
力任せに振るった腕が、机の上のペットボトルを薙ぎ倒した。
……何やってるんだ、俺は。
どれだけ後悔してもトワコは戻ってこない。
魂に刻まれた恐怖は二度と拭えない。
立ち上がり、壁にかけてあるハンガーを手に取る。
純白の制服。胸元には銅色の徽章。
あの後、入隊届を出すとすぐにホルスト元帥から郵便があった。
制服が届いたんだ。
添えられた手紙には、改めてトワコを助けてやれなかった謝罪が書いてあった。
本当にお人好しだと思う。
「やるしかないだろ」
進むしかない。
後戻りする道は断ったんだ。
俺はもう学生じゃない。
軍人だ。
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そして、入隊当日。
俺は身だしなみを整える。
鏡に映った自分の姿を見て思う。
「似合ってねえなぁ……」
白い制服に対して、黒髪と黒瞳。
これがまずミスマッチ。
ザガリスのような輝かしいオーラがあるわけでもない。
胸元にきらめく銅色の徽章の方が、俺よりも輝いてる。
鏡の前で苦笑いして荷物をチェックした。
「お、もう行くのかい?
……しかし、立派な服だね」
リビングからやってきた父親が驚いていた。
俺は養子で、血のつながりはないんだけど。
ここまで育ててくれて感謝してる。
「しばらく家には帰って来れないと思う」
「大丈夫。何かあったら連絡するんだよ」
「あいよ。行ってきます!」
少しだけ元気を取り戻した。
あれから考えたんだ。
俺は何をするべきなのか。
俺は、争いを止めるべきだ。
皇帝軍に入り、アバドンとの抗争の根本を断ってやる。
二度と俺たちのような被害に遭う人を出さないために。
恐怖はもちろんあるけど。
それ以上に怒りが強い。
「……え」
決意を胸に玄関を開けると、そこには驚くべき光景があった。
皇帝軍の制服を着た人が立っている。
だけど、その二人は俺の見慣れた顔をしていた。
「どうして……」
ザガリスとハピ。
二人が皇帝軍の制服を着ている。
……正直、意味がわからない。
「どうして、だって? 野暮なことは聞くなよ。俺たちだってトワコの仇を討ちたい。ただそれだけだ」
「イージャくん、何回連絡しても返答がないんだから。私たちが入隊申請をしたこと、何度も伝えようとしたんだよ?」
俺は困惑していた。
友人たちが一緒に来てくれ喜びよりも、困惑の気持ちが勝る。
「お前ら学校は?」
「もちろんやめたよ。当たり前だろ?」
将来のこととか、色々不安になる。
それに皇帝に所属するということは、命を賭けて敵と戦うということ。
単純に友人たちの命が心配でもあった。
俺には魔導もあるし、覚悟だってできている。
でも、二人は……
「ねえ、イージャくん。私ね、トワコちゃんが殺されて……本当に悔しい。心の底から、あいつらに復讐してやりたいって思う。この想いは止められないよ。たとえイージャくんでも、ザガリスくんでも。
……アバドンは滅ぼすべきだって」
復讐か。
たしかに、俺だって復讐したい。
アバドンの凶行を止めたい。
だけど、本当にそれだけなのかな。
俺がここまで強い執念を抱く理由は。
けど、二人にもしっかりと覚悟があることがわかった。
それなら俺も何も口出しできない。
「そうか。正直な、不安でもあるけど……嬉しいよ。お前らがいてくれれば、俺はとりあえず安心できる」
孤独で新天地に向かうのかと思ってたけど、思いがけない事態になった。
少しは楽しい思い出も作れそうだな。
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電車に揺られること二時間。
到着だ。
駅から出ると、圧巻の光景が広がっている。
天まで聳え立つ巨大な城……魔導皇城。
帝都ネオアビスの中央に立つ、世界を睥睨する城だ。
あれが皇帝軍の本拠地。かなりデカいな。
アレが今日から職場となる。
皇帝の絶対的な権威を示すように、あの城はどこまでも広い。
総面積は約30000エーカー、すなわち120平方キロメートルほど。
世界一広大な敷地を有する。
「すっごーい! はじめて都会に来た!!」
ハピがはしゃいでいる。
城の周囲には、魔導を使って建造された高層ビルや研究機関が立ち並ぶ。
どの建築物をとっても、俺らの故郷の庁舎よりデカい。
なんというか……独特の雰囲気だ。
重苦しいというか、吸い寄せられるというか。
形容しがたい重圧と覇気が漂っている。
鉛色の空に浮かぶ羊雲が、やけに不気味に見えた。
「迷わないようにしないとな。イージャ、ハピが迷子にならないように見ててくれよ」
「そうだな。あいつは昔から勝手に出歩くからな……」
まっすぐ城に向かおう。
俺はハピを注視しつつ、ザガリスの後に続いて行った。
城の入り口は、人であふれていた。
全員が入隊するわけじゃないんだろう。
徽章をつけた皇帝軍の人たちが、若者の列を整理していた。
キョロキョロと周囲を見渡していると、俺の肩に手が置かれた。
「ちょっと君、少し列の整理手伝って」
「え、俺?」
話しかけてきたのは銀色の徽章をつけた軍人。
えーっと……この色は何の階級だっけ?
「うん。もしかして他の仕事ある?」
「え、えっと……俺、入隊しに来たんですけど」
「ん……? ああ、既覚者か。
ややこしいから、入隊式が終わるまで銅色の徽章は外しといてもらえる? ごめんね」
そう言うと、軍人は去って行った。
何だったんだ?
「そういえばイージャくん、徽章持ってるんだよね。私たちは貰ってないんだけど」
「そうなのか? これはホルスト元帥に貰ったやつだ」
「すでに魔導に覚醒している人は、訓練兵を免除されて最初から二等兵の資格を持ってるらしいな。俺も詳しく知らないけど」
ザガリスの言葉に納得する。
俺はもう魔導に目覚めてたから、徽章を渡されたのか。
たしかに、これだと正規の兵と間違われそうだな。
ポケットにしまっておこう。
列に並ぶと、しばらくして城の中に案内された。
大広間の椅子にはたくさんの人が座っていた。俺たちも順に座る。
今回の入隊者は約二百人らしい。
例年とそこまで変わらない数字だ。
全員が着席し、数分が経つ。
『静粛に』
ふと、心地よい低音が耳を打った。
ざわめきが一瞬で収まる。
壇上に見えるのは……水色の髪を束ねた男性。
あの服装はホルスト元帥と同じ。
彼も元帥なのだろう。名前はわからない。
『これより、皇帝陛下より御言葉を賜る。
一同、傾聴せよ』
元帥が壇から降りる。
数秒後。
――来る。
それは素人の俺にもわかるほど、圧倒的なオーラだった。
俺がこの都市に来て感じた独特な雰囲気と、まったく同質のもの。
足音を響かせて歩いてきた……偉大なる人物。
外見は少女のようだが、内に秘めたる力は尋常ではない。
空色の長髪をなびかせ、壇の上に立つ。
薔薇色の瞳で席を見渡した。
一瞬、目が合ったような気がする。
『我が名はアビスソレイユ。
この世界を束ね、貴君らを導く皇帝である』
皇帝陛下……名を『アビスソレイユ』
直接的に名前を口に出すことは不敬とされている。
世界すべてを統一し、九の元帥と皇帝軍を麾下に置く絶対君主。
こうしてお目にかかれる日がくるとは。
アバドンは馬鹿だ。
あの絶対的な現人神に敵うわけがない。
今、こうして言葉を聞いているだけでも……重圧に倒れそうになるほどだ。
横のザガリスも全身を強張らせている。
『貴君らは、その志、その魂を我がために奉じ、泰平のために捧げるものとした。覚悟を讃え、そして受け入れよう。我が名の下に、意志を為せ』
それだけを告げると、皇帝陛下は口を閉ざして去って行った。
瞬間、重圧が解ける。
……息苦しさが消えた。
目の前に立ったり、会話したらどうなってしまうんだろうか。
とりあえず気絶はするだろうな。
正直、話はあまり聞いてなかった。
意訳すれば『がんばれ』ってことだろう。
「それでは、これより魔導受贈の儀に移る。入隊者は別の会場に移動するように」
元帥が案内を促し、俺たちは別の会場に移動した。




