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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
3章 基地襲撃事件
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7. 殺せ

 前日の説明通り、警備ルートを五人で回る。

 レヴハルト少尉によると、昨日鍵がかかっていた倉庫には何もなかったという。

 おそらく整理作業をしている最中だったのだろう。


「……」


 警備開始から三時間が経過。

 まだ輸送機は動き出していない。

 妙な動きをしている者もみられない。


 徐々に弛緩していく雰囲気。

 ユーリが「そろそろ休もうぜ」とか言い出した。


 確かに足は疲れているが、休むほどじゃない。

 このまま定刻の日没まで乗り切ろう。


「おーい、そこの君たち!」


 台車の傍にいる人が話しかけてきた。

 この基地に駐屯している輸送隊の人だ。


「はい、なんでしょう?」


「ちょっと荷物を運ぶの手伝ってくれないかな?

 かなり多くて、このままじゃ仕事が終わりそうにないよ……」


 台車の周辺には無数の段ボール箱が置かれている。

 この量を運ぶのはきついだろうな。


 だが、断らなければならない。


「すみません。俺たちには俺たちの仕事があるので。警備の手を抜くわけにもいきません」


「あ、そうなの? てっきり仕事終わりの人たちかと思ったよ」


 ……俺が断ったのには別の理由がある。

 作業員は平謝りしながら、運搬作業に戻って行った。

 が、再び五本のペットボトルを持って戻ってくる。


「そうだ。これ、よかったら飲んでよ。お疲れさま」


「ありがとうございま……」


「――死ね」


暗闇(ブラインド)


 俺が接近すると同時、ペットボトルを投げ捨てて懐に手を突っ込んだ作業員。

 殺気に呼応して魔導を発動した。


 黒い靄がナイフを止め、俺は後退した。

 作業員……いや、侵入者はにやりと笑う。


「へえ。よく反応できたね」


 そもそもこの基地の人間であれば、俺たちの制服を見て警備だとわかるはずだ。

 訝しんで徽章をよく見てみれば、以前の任務で見た模造品だった。

 接触した瞬間から彼が侵入者だと確信していたのだ。


「ユーリ、補助を頼む。ダイトとベスリーは周囲の警戒、本部への報告を。

 侵入者が……」


 言葉は遮られる。

 侵入者が撃ち放った拳銃のようなもの。


 キーンと甲高い音を鳴動させ、鼓膜を劈いた。

 音響兵器か……恐らく仲間に状況を伝えたのだろう。


「リラ、魔導は?」


 俺は耳を抑えつつ、隣のリラに尋ねる。


「まだ日が落ちていない。

 あと十五分もあれば、最低限の出力はできると思うけど……」


「了解。作戦Bだ」


 みんなにアイコンタクトを取り、侵入者の前へ進み出る。

 周囲の警戒は他のみんなに任せた。


「何が目的だ」


「そりゃ破壊活動さ」


 侵入者はマスクを被る。

 ……やはりアバドンか。


 こんな大規模なテロを起こせるのは奴らしかいない。


「この基地には二十名以上のアバドンが侵入している。潔く諦めることだな」


「悪いが、俺はアバドンを許すつもりはない。死ね」


 俺から仕掛ける。

 可能ならば、こいつは俺一人で制圧したい。


 一気に身体を前方へ射出。

 男がナイフを投擲すると同時に跳躍した。

 影を繰り、繰り、翻弄するように。


「ちょこまかと、うざったい!」


 左右前後から隙を窺っていると、男の右手に白い雷光のようなものが迸る。

 ……魔導持ちか。


 全方位に射出された電撃。

 俺は影を纏って雷を防いだ。


 だが、次に眼前を目視したとき。男は消えていた。


「っ……!」


 暗闇(ブラインド)の欠点。

 それは相手の位置把握が少し遅くなること。

 拡張した感覚を使っても、肉体での感覚よりも遅くなる。


「はっ!」


 背後。

 振り向いた時、鋭利な刃が眼前に。


 ――躱せるか?

 悩む時間はない。

 俺は即座に靄を展開。だが、遅かった。

 刃先が靄から出ている。


「どけやァ!」


 しかし刃先が胸元に届くことはなかった。

 男の側方より迫った衝撃波が、ナイフごと吹き飛ばした。

 ついでに俺も吹っ飛んだが、影をクッションにして受け身を取る。


「ユーリ、助かった!」


「アバドンとの戦いは初陣だ! 俺もいいところ見せてやるよ!」


 男はユーリを全く警戒していなかったのか、もろに衝撃波を食らっていた。

 打ち付けられた倉庫の壁はひしゃげている。


 ユーリは警戒して男の下へ歩み寄る。


「おい」


「っ……ゆ、許してくれ……もう身体が動かない……」


 かすれるような声で男は言った。

 ユーリは男の縋るような視線を受け、その右手を制止させる。


「ほんとかよ? まあ、その様子を見るに……手足は動かなそうだな」


 確かに男の手足はあらぬ方向へ曲がっている。

 だが、俺は危機感を抱いていた。

 慌てて立ち上がり、ユーリの方へ駆け出す。


「じゃあ、とりあえずお前を拘束して……」


「待て、ユーリッ!」


 叫んだ瞬間には遅かった。

 接近したユーリへ向かって男が口を開く。

 舌の先から発された雷光が──ユーリに迫る。


「…………っ!」


 先程の俺のようにユーリは間一髪で助けられる。

 ダイトが猛烈な勢いでユーリにタックルをかましたのだ。

 雷光は誰をも貫かず、空に散った。


「クソ、外したか……!」


 魔導持ちは手足が動かずとも、場合によっては攻撃が可能だ。

 決して油断してはならない。

 俺はすかさず男に歩み寄り、影の針で刺し殺そうと――


「待って、イージャ」


 リラが俺の手を止めた。

 男の挙動を警戒しつつ、苛立ちを抑えて答える。


「なんだよ」


「普段ならアバドンは殺すけれど、今はケースが別よ。ベスリーの魔導を忘れた?」


「ベスリーの魔導……封印か」


「そう。封印しておけば、後にアバドンを人質として使える。ここは拘束しておいた方がいいでしょう」


 リラの言う通りだ。

 もしかしたら、アバドンに関する重要な情報が聞けるかも。

 この拠点を襲った理由とかも聞き出せる。


 懸念点があるとすれば……ベスリーが死んだら封印が解けるってことか。

 ただ、冗談でもそんなことを言い出せるわけがない。

 死亡フラグみたいになって、考えるだけでも不吉だ。


「……そうだな。ベスリー、この男の封印を頼めるか?」


「了解。でも近づくの怖いな……」


「大丈夫だ。俺が監視している」


 少しでも怪しい素振りを見せたら殺す。

 俺はそう脅して、ベスリーに封印を執行させた。


 彼女の封印能力は、対象を一切動けぬ状態にするというもの。

 もちろん数や質量に限りはある。

 だが、こういった場面では非常に重宝する。


 男もメリットとデメリットを勘案したのか、大人しく封印を受け入れた。

 彼はまるで石像のように固まり動かなくなる。


 一人処理したが安心はできない。

 男の話が本当なら、この拠点はアバドンまみれだ。


「周囲に敵影は?」


「いねえよ。……はあ、どうなることかと思ったぜ。

 ダイト、助かった」


 ユーリの感謝にダイトはこくりと頷いた。

 しかし、さっきは危なかったな。


 緊急時だが少し話しておくか。

 警報が鳴っているので、アバドンの侵入はすでに中央に伝わっている。


「ユーリ。助けてもらって感謝しているんだが……お前に言っておくべきことがある。ダイトとベスリーも聞いてくれ」


 リラに視線で警戒を促す。

 彼女は俺の意を汲み、周囲を警戒し始めた。


「たぶん、さっきユーリは殺すことを躊躇ったんだと思う。今回のように安全に拘束できるケースでなければ、原則としてアバドンは殺してくれ」


「……ああ。俺はあのアバドンを殺すのを躊躇った。

 正確に言えば、人を殺すことが怖かった」


「正しい感覚だ。人を殺すことには慣れないでくれ。

 ただ、アバドンを殺すことには慣れてほしい。あいつらは人じゃない。

 殺さなければ殺される。外敵と同じだ」


 自分でも詭弁なのはわかってる。

 アバドンでも、一応は人だ。

 でも仲間を守るために、俺はアバドンが人じゃないと嘘を吐く。


 少なくとも、人の情はないのだから。

 ダイトが珍しく言葉を発する。


「……わかった。大切な人を守るために、それが必要なことなら」


「ああ、必要なことだ」


 覚悟を求めているんだ。

 怪物になる覚悟を。


「この基地にはたくさんのアバドンが侵入してるんでしょ? もうなりふり構ってられないよね。あたしもちょっと気合入れるよ」


「…………クソ。わかったよ、やりゃいいんだろやりゃ!」


 一番引け目を感じているのはユーリだった。

 そう、彼は本当は臆病な性格だから。


 周囲を警戒していたリラが近寄ってくる。


「話は終わった? 早く次の行動を決めた方がいいわ。

 本部では大規模な交戦が起こっているみたいだけど、どうする?」


「……本部には大将がいる。

 俺たちがするべきことは、輸送物資を守ることか? それとも燃料保管庫を守るべきか? レーダー装置が破壊される方がマズいか?」


 どこを守るにせよ、五人で行動するべきなのは違いない。

 本部からの命令がない今、指揮権は上等兵の俺とリラにある。


「リラ、どうする?」


「そうね……危険地帯の対処は上官たちに任せておくべきだと思う。ぼくたちは一番小さいレーダー施設に向かった方がいいかも。あそこの地形は防衛に有利だし」


「よし。みんなでレーダー施設に向かおう。

 道中の接敵も考慮して、応援が必要そうな箇所があれば応援に行く」


 見事にレヴハルト少尉の読みが的中した。

 アバドンの連中は本当に神出鬼没だな。

 簡単に侵入される基地の警備体制も見直すべきだろう。


 俺たちは急ぎ足でレーダー施設に向かった。


 ---


 辰大将は現状を確認していた。


「アバドンの出現が確認された施設は、ポイント1と6、そして8……加えて航空機周辺ですか。狙いがわかりませんね。燃料もレーダー施設も狙っていない……?

 かといって、警備が厳重な航空機周辺を突破できるほどの戦力も有していない。ただ暴れ回っているだけのように見えます」


 奇妙だ。

 辰大将は、これが陽動ではないかと考えた。


 アバドンには行動パターンがある。

 ある箇所で騒動を起こし、本隊を惹き付ける。

 その隙に本命の作戦を別の場所で果たすというパターンだ。


 となれば、この基地以外に狙われる箇所があるということ。


「見る限り、この基地の敵勢力は私たちだけで対処できそうです。本部にはこれが陽動である可能性が高い旨を伝え、戦力を止めておくように通信を……」


「お待ちください、辰大将」


「レヴハルト少尉……? どうかしましたか?」


 彼女が通信を送ろうとした矢先、レヴハルトが待ったをかける。


「陽動ではありません、本命です。すぐに元帥へ応援を要請してください」


「理由をお尋ねしても?」


「目視で確認できるアバドンの数は二十名ほど。ですが秘術により確認したところ、基地全体に潜んでいるアバドンの数は五十名近い。

 ……これだけで説明は結構でしょう。本部へ通信を」


「ご、五十名……!? 抑えきれる数ではない!

 今すぐに応援を要請しましょう!」


 さしもの辰大将も冷や汗をかいた。

 想定の三倍以上の敵が潜んでいる。


 レヴハルトの言葉が虚偽だという可能性もあるが、彼はミラ元帥の懐刀。

 考えなしに嘘を吐くとは思えない。


「目的は施設の破壊ではないでしょう。おそらく……確認か」


「確認……ですか?」


「アバドンがこれまで基地を攻撃することはなかった。市街やデパートへの破壊活動を行い、目的は不明ですが皇帝軍を挑発していました。

 今回は基地を攻撃してみることで、陛下の出方を窺っているのでしょうね」


「なんと愚かな……!」


 辰大将は憤慨を隠せない。

 まるで皇帝軍が試されいるかのようだった。


 彼女は即座に皇城へ連絡を送り、応援を要請する。

 そして自らもまた戦場へ繰り出すのだった。

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