7. 殺せ
前日の説明通り、警備ルートを五人で回る。
レヴハルト少尉によると、昨日鍵がかかっていた倉庫には何もなかったという。
おそらく整理作業をしている最中だったのだろう。
「……」
警備開始から三時間が経過。
まだ輸送機は動き出していない。
妙な動きをしている者もみられない。
徐々に弛緩していく雰囲気。
ユーリが「そろそろ休もうぜ」とか言い出した。
確かに足は疲れているが、休むほどじゃない。
このまま定刻の日没まで乗り切ろう。
「おーい、そこの君たち!」
台車の傍にいる人が話しかけてきた。
この基地に駐屯している輸送隊の人だ。
「はい、なんでしょう?」
「ちょっと荷物を運ぶの手伝ってくれないかな?
かなり多くて、このままじゃ仕事が終わりそうにないよ……」
台車の周辺には無数の段ボール箱が置かれている。
この量を運ぶのはきついだろうな。
だが、断らなければならない。
「すみません。俺たちには俺たちの仕事があるので。警備の手を抜くわけにもいきません」
「あ、そうなの? てっきり仕事終わりの人たちかと思ったよ」
……俺が断ったのには別の理由がある。
作業員は平謝りしながら、運搬作業に戻って行った。
が、再び五本のペットボトルを持って戻ってくる。
「そうだ。これ、よかったら飲んでよ。お疲れさま」
「ありがとうございま……」
「――死ね」
「暗闇」
俺が接近すると同時、ペットボトルを投げ捨てて懐に手を突っ込んだ作業員。
殺気に呼応して魔導を発動した。
黒い靄がナイフを止め、俺は後退した。
作業員……いや、侵入者はにやりと笑う。
「へえ。よく反応できたね」
そもそもこの基地の人間であれば、俺たちの制服を見て警備だとわかるはずだ。
訝しんで徽章をよく見てみれば、以前の任務で見た模造品だった。
接触した瞬間から彼が侵入者だと確信していたのだ。
「ユーリ、補助を頼む。ダイトとベスリーは周囲の警戒、本部への報告を。
侵入者が……」
言葉は遮られる。
侵入者が撃ち放った拳銃のようなもの。
キーンと甲高い音を鳴動させ、鼓膜を劈いた。
音響兵器か……恐らく仲間に状況を伝えたのだろう。
「リラ、魔導は?」
俺は耳を抑えつつ、隣のリラに尋ねる。
「まだ日が落ちていない。
あと十五分もあれば、最低限の出力はできると思うけど……」
「了解。作戦Bだ」
みんなにアイコンタクトを取り、侵入者の前へ進み出る。
周囲の警戒は他のみんなに任せた。
「何が目的だ」
「そりゃ破壊活動さ」
侵入者はマスクを被る。
……やはりアバドンか。
こんな大規模なテロを起こせるのは奴らしかいない。
「この基地には二十名以上のアバドンが侵入している。潔く諦めることだな」
「悪いが、俺はアバドンを許すつもりはない。死ね」
俺から仕掛ける。
可能ならば、こいつは俺一人で制圧したい。
一気に身体を前方へ射出。
男がナイフを投擲すると同時に跳躍した。
影を繰り、繰り、翻弄するように。
「ちょこまかと、うざったい!」
左右前後から隙を窺っていると、男の右手に白い雷光のようなものが迸る。
……魔導持ちか。
全方位に射出された電撃。
俺は影を纏って雷を防いだ。
だが、次に眼前を目視したとき。男は消えていた。
「っ……!」
暗闇の欠点。
それは相手の位置把握が少し遅くなること。
拡張した感覚を使っても、肉体での感覚よりも遅くなる。
「はっ!」
背後。
振り向いた時、鋭利な刃が眼前に。
――躱せるか?
悩む時間はない。
俺は即座に靄を展開。だが、遅かった。
刃先が靄から出ている。
「どけやァ!」
しかし刃先が胸元に届くことはなかった。
男の側方より迫った衝撃波が、ナイフごと吹き飛ばした。
ついでに俺も吹っ飛んだが、影をクッションにして受け身を取る。
「ユーリ、助かった!」
「アバドンとの戦いは初陣だ! 俺もいいところ見せてやるよ!」
男はユーリを全く警戒していなかったのか、もろに衝撃波を食らっていた。
打ち付けられた倉庫の壁はひしゃげている。
ユーリは警戒して男の下へ歩み寄る。
「おい」
「っ……ゆ、許してくれ……もう身体が動かない……」
かすれるような声で男は言った。
ユーリは男の縋るような視線を受け、その右手を制止させる。
「ほんとかよ? まあ、その様子を見るに……手足は動かなそうだな」
確かに男の手足はあらぬ方向へ曲がっている。
だが、俺は危機感を抱いていた。
慌てて立ち上がり、ユーリの方へ駆け出す。
「じゃあ、とりあえずお前を拘束して……」
「待て、ユーリッ!」
叫んだ瞬間には遅かった。
接近したユーリへ向かって男が口を開く。
舌の先から発された雷光が──ユーリに迫る。
「…………っ!」
先程の俺のようにユーリは間一髪で助けられる。
ダイトが猛烈な勢いでユーリにタックルをかましたのだ。
雷光は誰をも貫かず、空に散った。
「クソ、外したか……!」
魔導持ちは手足が動かずとも、場合によっては攻撃が可能だ。
決して油断してはならない。
俺はすかさず男に歩み寄り、影の針で刺し殺そうと――
「待って、イージャ」
リラが俺の手を止めた。
男の挙動を警戒しつつ、苛立ちを抑えて答える。
「なんだよ」
「普段ならアバドンは殺すけれど、今はケースが別よ。ベスリーの魔導を忘れた?」
「ベスリーの魔導……封印か」
「そう。封印しておけば、後にアバドンを人質として使える。ここは拘束しておいた方がいいでしょう」
リラの言う通りだ。
もしかしたら、アバドンに関する重要な情報が聞けるかも。
この拠点を襲った理由とかも聞き出せる。
懸念点があるとすれば……ベスリーが死んだら封印が解けるってことか。
ただ、冗談でもそんなことを言い出せるわけがない。
死亡フラグみたいになって、考えるだけでも不吉だ。
「……そうだな。ベスリー、この男の封印を頼めるか?」
「了解。でも近づくの怖いな……」
「大丈夫だ。俺が監視している」
少しでも怪しい素振りを見せたら殺す。
俺はそう脅して、ベスリーに封印を執行させた。
彼女の封印能力は、対象を一切動けぬ状態にするというもの。
もちろん数や質量に限りはある。
だが、こういった場面では非常に重宝する。
男もメリットとデメリットを勘案したのか、大人しく封印を受け入れた。
彼はまるで石像のように固まり動かなくなる。
一人処理したが安心はできない。
男の話が本当なら、この拠点はアバドンまみれだ。
「周囲に敵影は?」
「いねえよ。……はあ、どうなることかと思ったぜ。
ダイト、助かった」
ユーリの感謝にダイトはこくりと頷いた。
しかし、さっきは危なかったな。
緊急時だが少し話しておくか。
警報が鳴っているので、アバドンの侵入はすでに中央に伝わっている。
「ユーリ。助けてもらって感謝しているんだが……お前に言っておくべきことがある。ダイトとベスリーも聞いてくれ」
リラに視線で警戒を促す。
彼女は俺の意を汲み、周囲を警戒し始めた。
「たぶん、さっきユーリは殺すことを躊躇ったんだと思う。今回のように安全に拘束できるケースでなければ、原則としてアバドンは殺してくれ」
「……ああ。俺はあのアバドンを殺すのを躊躇った。
正確に言えば、人を殺すことが怖かった」
「正しい感覚だ。人を殺すことには慣れないでくれ。
ただ、アバドンを殺すことには慣れてほしい。あいつらは人じゃない。
殺さなければ殺される。外敵と同じだ」
自分でも詭弁なのはわかってる。
アバドンでも、一応は人だ。
でも仲間を守るために、俺はアバドンが人じゃないと嘘を吐く。
少なくとも、人の情はないのだから。
ダイトが珍しく言葉を発する。
「……わかった。大切な人を守るために、それが必要なことなら」
「ああ、必要なことだ」
覚悟を求めているんだ。
怪物になる覚悟を。
「この基地にはたくさんのアバドンが侵入してるんでしょ? もうなりふり構ってられないよね。あたしもちょっと気合入れるよ」
「…………クソ。わかったよ、やりゃいいんだろやりゃ!」
一番引け目を感じているのはユーリだった。
そう、彼は本当は臆病な性格だから。
周囲を警戒していたリラが近寄ってくる。
「話は終わった? 早く次の行動を決めた方がいいわ。
本部では大規模な交戦が起こっているみたいだけど、どうする?」
「……本部には大将がいる。
俺たちがするべきことは、輸送物資を守ることか? それとも燃料保管庫を守るべきか? レーダー装置が破壊される方がマズいか?」
どこを守るにせよ、五人で行動するべきなのは違いない。
本部からの命令がない今、指揮権は上等兵の俺とリラにある。
「リラ、どうする?」
「そうね……危険地帯の対処は上官たちに任せておくべきだと思う。ぼくたちは一番小さいレーダー施設に向かった方がいいかも。あそこの地形は防衛に有利だし」
「よし。みんなでレーダー施設に向かおう。
道中の接敵も考慮して、応援が必要そうな箇所があれば応援に行く」
見事にレヴハルト少尉の読みが的中した。
アバドンの連中は本当に神出鬼没だな。
簡単に侵入される基地の警備体制も見直すべきだろう。
俺たちは急ぎ足でレーダー施設に向かった。
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辰大将は現状を確認していた。
「アバドンの出現が確認された施設は、ポイント1と6、そして8……加えて航空機周辺ですか。狙いがわかりませんね。燃料もレーダー施設も狙っていない……?
かといって、警備が厳重な航空機周辺を突破できるほどの戦力も有していない。ただ暴れ回っているだけのように見えます」
奇妙だ。
辰大将は、これが陽動ではないかと考えた。
アバドンには行動パターンがある。
ある箇所で騒動を起こし、本隊を惹き付ける。
その隙に本命の作戦を別の場所で果たすというパターンだ。
となれば、この基地以外に狙われる箇所があるということ。
「見る限り、この基地の敵勢力は私たちだけで対処できそうです。本部にはこれが陽動である可能性が高い旨を伝え、戦力を止めておくように通信を……」
「お待ちください、辰大将」
「レヴハルト少尉……? どうかしましたか?」
彼女が通信を送ろうとした矢先、レヴハルトが待ったをかける。
「陽動ではありません、本命です。すぐに元帥へ応援を要請してください」
「理由をお尋ねしても?」
「目視で確認できるアバドンの数は二十名ほど。ですが秘術により確認したところ、基地全体に潜んでいるアバドンの数は五十名近い。
……これだけで説明は結構でしょう。本部へ通信を」
「ご、五十名……!? 抑えきれる数ではない!
今すぐに応援を要請しましょう!」
さしもの辰大将も冷や汗をかいた。
想定の三倍以上の敵が潜んでいる。
レヴハルトの言葉が虚偽だという可能性もあるが、彼はミラ元帥の懐刀。
考えなしに嘘を吐くとは思えない。
「目的は施設の破壊ではないでしょう。おそらく……確認か」
「確認……ですか?」
「アバドンがこれまで基地を攻撃することはなかった。市街やデパートへの破壊活動を行い、目的は不明ですが皇帝軍を挑発していました。
今回は基地を攻撃してみることで、陛下の出方を窺っているのでしょうね」
「なんと愚かな……!」
辰大将は憤慨を隠せない。
まるで皇帝軍が試されいるかのようだった。
彼女は即座に皇城へ連絡を送り、応援を要請する。
そして自らもまた戦場へ繰り出すのだった。




