3. 居場所
車を走らせた先はデパートだった。
もうすぐ深夜になろうかという時間。
あと一時間で閉まる。
「買い物ですか?」
「ええ。最近は忙しくて買い物に行く時間もありませんでした。
記念品売り場に行きます」
ルチアノさんは早めの歩調で進む。
記念品売り場……?
よく理解しないままついて行く。
遅い時間だけあって、デパートは閑散としていた。
「どうして記念品を?」
「ホルストに贈ろうと思います。
……正確に言えばホルストと、ホルストの奥さんに」
「えっ!? ホルスト元帥って結婚してたんですか!?」
「おや、知りませんでした? 元帥の中で唯一の既婚者ですよ。
あの人、本当に自分のことを語りませんからね……」
知らなかった……すごく意外だ。
ホルスト元帥はイケメンだし、妻がいると知らない人がショックを受けそうだな。
俺が関心なさすぎて知らなかっただけなのか?
「最近はホルストにかなり苦労をかけています。労いのひとつとして、贈り物をしてやるのもいいでしょう。イージャも手伝ってくれましたし、何か欲しい物があれば買いますよ」
「いえ、俺は大丈夫です。
……ルチアノさんはホルスト元帥と長い付き合いなんですか?」
プレゼント売り場で、何気なく尋ねた。
ルチアノさんはカーネーションを片手に語る。
「同期です。彼は昔からお堅い性格でして、今も昔も変わりませんね。
そういえばイージャがロストに怒鳴った光景を見て、昔のホルストを思い出しました。彼も上司に理不尽なことを正すように怒っていましたね。懐かしいなー」
「あの人にもそんな過去が……本当に苦労してそうですよね」
「ええ。この前の迎撃戦後も、被害者の遺族へ謝罪に回っていました。遺族が怒り狂い、息子を返せと怒鳴られても、水をかけられても、花瓶を投げられても。
彼はずっと頭を下げて謝罪しているのです。私は隣でその理不尽を見ていることしかできません。毎年のように見ている光景です」
ルチアノさんは静かに語る。
怒っているかのような、悲しんでいるかのような口調で。
ホルスト元帥らしいといえばそうだ。
だが、やはりあの人は責任を負いすぎている。
他人の死まで全て背負うなんて、そんなこと……俺にはできない。
「イージャ。あなたが陛下の御前で語った論は正解です。
争いを止めるためには、向き合わなければならない。
敵と向き合わなければ、ホルストは一生頭を下げ続けることになる。私たちは仲間の死に涙を流し続けなければいけない。そんな世界は間違っています」
「……外敵だけじゃありません。アバドンによるテロも、どんな些細なことであれ。理不尽な理由で争い、死んでいく人を俺はなくしたい」
「すてきな願いです。あなたならば、きっと……」
俺の意志は変わらない。
秩序を実現するために皇帝軍になったんだ。
ルチアノさんは購入した二箱のプレゼントをラッピングする。
「よし。こんなものでしょうか。
イージャは買いたい物、ありませんか?」
「はい。帰りましょう」
俺たちはこうして皇城へ帰還した。
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執務室に入ってすぐ、俺は頭を下げた。
時刻は深夜。
ホルスト元帥はまだ残業していたようだ。
「本当にすみません!!」
「いや、いい。どうせルチアノが強制連行したんだ。
イージャに責任はない」
「よくわかっているではないですか。そこにイージャがいたので利用しました。人材の有効活用ですね」
「ルチアノ、それは人材の無断引き抜きというんだ」
ホルスト元帥はとにかく呆れていた。
ルチアノさんは全く悪びれず、客人用の椅子に座る。
「そもそも、元帥ですら単独行動できない規則が悪いのです。一定以上の実力を持つ者に限り、単独行動してもいい規則にしません? だから皇帝軍は人手不足なんですよ」
「どんな強者にも絶対はない。万が一に備え、報告用の付き添い人は必要だ」
「この堅物め。
手抜きってもんを知らないから、こんな時間まで残業するハメになるんですよ」
軽口を叩くルチアノさんは珍しかった。
それほど仲がいいということだろう。
「そもそもリリスフィスの調査など後回しでいい仕事を……」
「まあまあ。愚痴はやめましょう。
ほら、どうぞ」
机の上に置かれた、二つのラッピングされた箱。
ホルスト元帥はそれを手に取って首を傾げた。
「これは?」
「一つはあなたへのプレゼント。もう一つは奥さん……フウラさんへのプレゼント。最近は苦労もかけてましたし、労いということで。一週間後は結婚記念日でしょう?
仕事ばかりしてないで、たまには帰ってあげてはどうです?」
元帥はしばし驚いたように沈黙していたが、それから息を吐いて笑った。
「ああ、そうだな。久々に私も帰るとしよう。
……君は私に仕事を押しつけたいのか、休んでほしいのか。わからないな」
「さあ、どちらでしょう?」
帰り際にルチアノさんから聞いたが、ホルスト元帥は愛妻家だそうで。
長く家に帰れないことを気にしていたのだろう。
そんな彼に配慮して、ルチアノさんが動いたというわけだ。
……こういう関係、なんかいいな。
ホルスト元帥はめちゃくちゃ理想的な人だし、ルチアノさんはなんだかんだで配慮のできる人だ。
俺は彼らみたいになれるのだろうか。
「えっと……俺はこれで失礼します」
「ああ。振り回されて疲れただろうから、早めに休むといい」
一礼して執務室から出る。
部屋の中からは、まだ二人の話し声が聞こえていた。
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部屋に戻ると、リラはいなかった。
まだ仕事から戻ってないみたいだ。
俺はベッドに腰かけてぼんやりと考えた。
「……家族か」
ホルスト元帥は妻と幸せな家庭を築けているのかな。
俺はどうだろう。
物心ついた時から、母親はいなかった。
血のつながっていない父親がひとり。
父はこんな俺を大切に育ててくれて、とても感謝している。
連休が出来たら会いに行こうか。
……まだ日付が変わったばかりか。
普段は仕事している時間だが、今日は早めに終わった。
「帰ったわ」
ぼーっとしていると、リラが帰ってきた。
彼女は怠そうに荷物を放り投げた。
向こうも早めに終わる仕事だったらしい。
「今日はルチアノさんに連行されて、任務が急遽変更になったよ」
「へえ……何をしたの? いえ、何をさせられたの?」
「リリスフィスの支部から情報を盗んできた。戦闘は行わないはずだったけど、リリスフィスの構成員と遭遇してしまったんだ。魔術とか使ってきてピンチに陥ったけど、ルチアノさんに助けられた。
その後は任務じゃないけど、ルチアノさんと買い物に行ってきたって話」
今日の出来事を簡潔に語る。
リラは不思議そうに俺の話を聞いていた。
「リリスフィスの情報って羽衣? ルチアノの担当だったわよね」
「ん? なんだって?」
「いえ、なんでもないわ。そうなんだ」
リラの話を聞き流しつつ、俺は携帯をいじっていた。
さっきの出来事で、父親からのメールに返信してないことを思い出したんだ。
内容は『上手くやっているか、悩みはないか』みたいな典型的なメール。
『大丈夫だよ。順調にやってる』と返信しておく。
「リラって家族いる?」
「なに、急に。ぼくは孤児だけど」
「そっか。俺も孤児なんだけど、今の父親に引き取ってもらったんだ。ちょうど父親からメールが来てて……やっぱり家族が従軍するってなったら、心配になるのかな」
「知らないわ。だってぼくは家族も友人も、出来たことがないから。他人に依存しない生き方をした方が楽よ。親にも子離れしろって言っておきなさい」
やべえぞこの女。
鬼だ。
「こうして一緒に暮らしてるし、俺とは家族じゃないか?」
「は? きも」
「せめて友人とは言っていいかもしれない」
「……きみがそう思うならそうなんでしょう。きみの中ではね。友人なんて作ると、大事な時に切り捨てられないわよ」
そうだな。
俺は切り捨てられなかった。
トワコが死んだときも、レブロが死んだときも悲しんだ。
だからこそ魔導を現出させたんだけど。
「ああ。人に絆されることが俺の強さであり、弱さでもあると思う。関係性に壁を作るお前とは真逆なのかもしれない。
だから、こうしよう。もしものことがあった時、お前は俺を見捨ててくれ。俺はお前を助けに行く。予め決めておくんだ」
「……不愉快ね。まるでぼくがイージャを助けられない無能みたいに。
きみを見捨てる時があるとすれば、それは上からの命令があったときだけよ」
つまり、リラはこう言っているのだ。
『滅多なことでは俺を切り捨てない』と。
なんだかんだで俺たちは仲良くなっている。
家族とはいかなくとも、大切な居場所は作れるだろう。
いつかホルスト元帥とルチアノさんみたいになれたらいいな。




