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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
3章 基地襲撃事件
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2. 支部交戦

 リリスフィス支部。

 建物は一見してただのビルに見える。


 俺たちは黒い車をビルの陰に停めて降りた。

 ルチアノさんと一緒に隠れ、作戦を話す。


「私が目標の書類を盗んできます。イージャ、影を介して視覚や聴覚を拡張できますね? あのビルまで魔導の範囲は届きますか?」


「はい。今探ってみたんですが……中にほとんど人はいないようです」


 ビル内はほとんどの部屋が消灯中。

 人の数もまばらで、警備員がいるくらいだ。


 電気が点いてないなら俺の魔導も使いやすい。

 内部の構造は手に取るようにわかる。


「軍用の通信機を使い、私に道筋を示してください。人が迫っていればその警告もお願いします。何かあったら私を呼ぶように」


「了解です。成功を祈ります」


 ルチアノさんは裏口に回り、ビルの中へ侵入して行った。

 俺は瞳を閉じた。暗闇を介して周囲を監視する。


 闇に沿ってぐるぐると物体の凹凸を把握し、音の波を闇で受け止める。

 これが拡張感覚。

 人体の感覚とはまるで違うが、扱いには習得した瞬間から慣れている。

 魔導は体の一部みたいなもんだからな。


「そこを右です」


『はい』


 目的地は支部内の『支部長室』

 マップは事前にルチアノさんに教えてもらっている。


 あとは周囲を警戒しつつ、道案内するだけだ。


「その階段を上がって右折です。左手三番目に支部長室があります」


『了解……っと。イージャ、この階層以降では、無線通信がジャミングされているようです。いったん通信が切れます』


「わかりました。ここで待機しています」


『気をつけてくださいね』


 そう言うと、通信が遮断された。

 俺は再び周囲を警戒。

 大丈夫だ、人の気配はない。


 たしかにこれくらいの任務なら、ルチアノさん一人でも問題なさそう。

 外敵の対策だけじゃなくて、こういう任務も行っているんだな。


「…………」


 瞳を開ける。

 のっぺりとした闇が広がっていた。


 そして、闇の中で――何かが揺らいだ気がした。


「っ……リリスフィスか」


 敵だ。

 俺は確信する。


 闇の感覚拡張は万能ではない。

 像を把握できない場合、あるいは音の波を感知できない場合。

 俺の闇を介した索敵をすり抜けられる。

 転移系の魔導や、変形系の魔導がそれに該当する。


「こーれはこれは……冷静ですねぇ。もっと狼狽えるかと思っていましたが」


 闇からぬるりと姿を現した男。

 夜でも目立つ、道化師のような衣装。

 顔には丸縁のメガネをかけていた。


 彼はニヤリと笑って一礼する。


「リリスフィスの構成員、メランクと申します。

 以後お見知りおきを……」


「皇帝軍、キルシャ上等兵だ」


 別に驚きはしない。

 こんなことで動揺してたら死んでしまう。


 ルチアノさんは……まだ作業中か。

 メランクとかいう男は俺が惹き付けておかないと。

 ルチアノさんがビルに入る前、この男の存在は察知していなかった。

 つまり、俺が一人になった後にメランクは潜伏したのだろう。


「皇帝軍の方が何用ですかねぇ?」


 ……適当に理由をつけて時間を稼ぐか。

 俺もルチアノさんが盗む書類が何なのか把握してないし。


「共謀罪の嫌疑がかかっている。心当たりは?」


 言いつつ、影の靄を展開準備する。

 いつでも攻撃されていいように。


 相手もおそらく魔導持ち。

 俺の索敵が効かなかったから。


「んー……リリスフィスは皇帝軍様に盾突くほどの度胸はありませんよお。盗みとか密輸とかはしてますけどぉ……アバドンのように騒ぎを起こすなんてことは」


「そうか。ではビル内を探っても問題ないな?」


「いえ、それはちょっと……上司に聞いてみないと。私だけじゃ許可は出せませんねえ。本部ならまだしも、支部に皇帝軍が欲するような情報は……」


 ルチアノさんはまだか?

 意外とセキュリティ解除に時間がかかっているのかな。


「ま、いいです。処分します、か」


 ――殺気。

 メランクが少し悩んだ後、それを発した。


 奴の姿が消えると同時に戦闘姿勢に入る。

 背中に気配。


「お……っと!?」


「やはり転移魔導か。想定済みだ」


 奴のナイフが俺の背中に突き刺さっていた。

 だがダメージはない。


 服の内側に仕込んでおいた影の鎧。

 強度を上げた影が刃を阻んでいた。

 奇襲への対策は十分に練ってある。


「ふう……銅色の徽章だから舐めてましたよお。嫌ですねぇ」


 再びメランクは転移して距離を取る。

 転移系の魔導は厄介だ。

 急に背後を取られるし、攻撃も当たらない。


 だけど回答は用意してある。

 皇帝軍以外にも魔導の使い手はいる。

 制圧手段は用意しておくべきだ。

 アバドンにも魔導使いがいるらしいしな。


暗闇(ブラインド)――闇壁(フィールド)


「む」


 俺の意志と共に、周囲の闇が凝縮される。

 二人を囲むようにして立ち昇った闇の壁。


「転移魔導の仕組みは、点と点を結ぶこと。

 指定した座標を目視してマーキングできなければ転移はできない。このフィールド内では、常に空間が流動している。お前は転移するための座標を打てない」


 水が流れるように、闇もまた流れる。

 ここは流れる闇のプールみたいなものだ。

 特定の座標というものが存在しない。


「ふ……ふふふっ! はははっはっ!

 ああ、なるほど。おもしろい。さすがは天下の皇帝軍。転移の魔導もお見通しです、か。

 ですがね……私は普通に戦っても強いのですよ?」


 メランクは不敵に笑って刃物を構える。

 憎たらしい顔だ。


「ほうら」


 懐から取り出された複数のナイフ。

 鋭利な刃先が投擲される。


 前方に靄を展開してナイフを阻む。

 メランクは素早く動き、側方へ跳んでいた。

 華麗なステップを踏んで距離を詰めてくる。


「!」


 撃ち込まれた回し蹴り。

 加速して回避。

 足元はすべて影。

 自由自在に速度補正をかけられる。


 体術もやはり得意なようだ。

 だが、魔導を使えない状況では俺の方が有利――



氷牙(ミキュラ)



 ふと、メランクが意味不明な文字列を囁いた。

 肌が痛い(・・)

 全身が寒気に粟立つ。


 これは……なんだ!?

 急に明るくなった上方。


「……は、氷!?」


 巨大な氷塊が浮かんでいた。

 転移魔導じゃない!?

 まさか複数の魔導を保持しているのか!?


「ふふっ……」


 降ってくる氷に対して、俺は反射的に影を展開した。

 こんなデカい氷を受け止めきれるかわからないが、とりあえず靄で防ぐ。

 前方のメランクへの警戒も忘れない。


 圧倒的な質量。

 だが、靄ならば受け止めきれるはずだ……!


「う、おおおおおっ!」


 全力で展開。

 靄が氷塊を受け止めている間に、俺は氷の下から逃れる。


 ……待て。

 メランクはどこに行った?


 靄を解除し、氷塊を地面に落とす。

 凄まじい衝撃と共に氷の破片が散った。

 相手の居場所がわからない以上、衝撃を起こして攪乱した方がいい。


「座標がないなら、作ればいいのです。たとえば氷とか」


 落下した氷の真上に、メランクは佇んでいた。

 ……そうか。


 わずかな氷の破片でも、固定された座標になり得る。

 あの破片の間を奴は転移できるようになったのか。


「魔導を二個も持っているのか?」


「いえ? 転移は魔導ですが、氷は魔術ですよぉ」


「まじゅつ……?」


 聞いたことのない言葉だ。

 リリスフィスに伝わる秘特技術か?


 警戒しながらメランクを見据えていると、急に奴の表情から余裕が消えた。


「キルシャ上等兵、でしたか。あなたとの時間は楽しかったですよお?

 でもぉ……ここまでのようです」


 闇が割れる。

 周囲に巡らせた闇に罅が入り、姿を現した女性。


「ルチアノさん……!」


「すみません、遅くなりました。実を言うと自販機でジュースを買って休んでいたんですが。

 ……一応メを残しておいて正解でしたか」


 そう言うとルチアノさんは白い小石のような物を拾い上げた。


「元帥ですか。ずいぶんと大物が来ましたねえ?」


「なるほど。相対的に言えば、あなたは小物ということですか。

 ふっ雑魚め。ざーこざーこ」


「ええ、仰る通り。ここまでの大物が来るほど、支部に大切な情報はないはずですが」


「そんなことはありません。実に有益な情報が掴めました」


 メランクは驚いたように目を丸くした。

 驚愕の表情が道化の衣装によく似合っている。


「へえ……まあ、いいです。私は逃げますので、どうか追ってこないでくださいね? 盗んだ情報とやらは差し上げますので」


 額に冷や汗をにじませつつ、メランクは転移した。

 遠くの高架橋に奴の姿が小さく見える。


「追いますか?」


「いえ、結構です。私たちの目的は書類の奪取。

 目的は達成しましたので、素直に引き上げましょう。残業は嫌です」


「わかりました」


 ルチアノさんの手にはファイルのようなものが。

 これが目的の書類か。


「しかし、よくやりましたね。私の休憩が終わるまで耐えるとは中々」


「危うく死にかけましたが。あ、そうだ。

 ルチアノさんは魔術ってご存知ですか?」


「……どこでその名を?」


「さっきリリスフィスの男が氷を作って、これは魔術だとか言ってたんです。転移系の魔導ではないですよね」


 まだ足元には氷の破片が散っている。

 ルチアノさんは破片を拾い上げて眺めた。

 きらりと闇の中に光る氷。


「魔術はリリスフィスが扱う禁術です。戒律の『魔導に敬意を払うこと』に反する、邪なる禁忌。あの男が戒律違反しているのであれば、やはり追って捕まえればよかったですね」


 もうメランクは捕捉できないところまで逃げている。

 今から追っても無駄だろう。


 禁術か……たしかに一般人が使えたら危なそうだな。


「……いいでしょう。次に遭遇した場合は捕まえます。

 任務も終わりましたし、帰りましょうか」


「はい。お疲れさまでした」


「ああ、帰る前に寄りたい場所があるんです。構いませんか?」


「大丈夫です。どこに行くんですか?」


「来ればわかります」


 ルチアノさんは車に乗り込んだ。

 俺も助手席に乗り込む。


 この人、ちょっと運転が荒いんだよな……

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