1. リリスフィス
迎撃戦の後、仕事は順調に進んだ。
上等兵に昇進した俺とリラ。
仕事の幅も広がり、多くの仕事をこなしてきた。
ただしアバドンに遭遇することはなく。
アバドンが騒ぎを起こした時も、すでに先輩が鎮圧していることがほとんど。
一言でいうと――『惰性』になりつつある。
日々のパトロールも、緊急時の出動も、いつもの流れになっている。
治安維持軍の仕事がないってことは、平和ってことだ。
そう考えて俺は意識を保つようにしていた。
日頃の訓練は欠かさず続けている。
「それじゃ、行ってくるわ」
「ああ」
今日の任務はリラと別行動。
……まあ、ただの倉庫整理なんだけど。
二手に分かれた方が効率的なので、別々に倉庫整理を行う。
パトロールとかの任務は単独行動禁止だけどな。
今日は軍が保有する武器などの在庫確認、および運搬だ。
「……ふあ」
欠伸が出る。
今は夜だが、俺は夜に起床して朝に寝るスタイルだから起きたばかり。
基地の隅にあるコンテナ群に赴く。
小さな倉庫が無数に林立していた。
寝ぼけまなこでコンテナへ。
鈍い音を立てて扉が開く。
……あれ? 電気が点いている。
誰か作業してるのか?
「……」
奥の方から話し声が聞こえる。
俺はそろりとコンテナの奥を覗き込んだ。
青髪の女性と、ヘルメットを被った男性が話し込んでいる。
――うわ、ロスト元帥!
……とルチアノ元帥。
もうロスト元帥には会いたくないと思ってたのに。
こっそり抜け出そうかな。
「……おや。そこに誰かいるのですか?」
あ、バレた。
ルチアノ元帥が俺の方向に声をかける。
仕方なく俺は姿を現した。
「……っす。倉庫整理の仕事があったので。
お邪魔でしたか?」
「…………」
ロスト元帥が怒気を発しているのがわかる。
ヘルメットで表情は見えないが、絶対怒っている。
「いや、他愛のない雑談をしていただけです。どうぞお仕事を行ってください」
「はい」
……しかし、こんな場所で何を話してたんだ?
特に用がなければ立ち入らないような倉庫だぞ。
治安維持軍の管轄だから、他軍の元帥がいることも違和感がある。
しかもロスト元帥がいるので気まずい。
できるだけ視線を合わせないように作業に取り掛かった。
「さて、ロスト。それでは任務に行きましょうか」
「ああ。……少し待て」
バイブ音が鳴る。
俺の携帯じゃないな。
ロスト元帥の方から聞こえた。
だが、着信音が軍用の通信機ではなかった。
個人用の携帯か?
「ふむ……急用が入った。任務には行けなくなった」
「おや。それは困りましたね。
別に私ひとりでも事足りる任務ですが、単独行動は禁止ですし。
あ、そこに都合のいい黒髪がいるじゃないですか。今日はこいつでいいや」
……ん?
都合のいい黒髪って俺のこと?
嫌な予感がする。
目を合わせず、黙々と作業を続けよう。
「問題なさそうだな。では、俺は失礼する」
ロスト元帥はコンテナから急ぎ足で出て行った。
そしてルチアノ元帥は俺の方をじっと見ている。
……逃げたい。
「あなた。イージャさん」
「は、はい!」
「今から私と任務に行きましょう。外部での任務は最低二人で行動しなければならないので、とりあえずついてきてください」
「いえ、あの……俺には俺の仕事がありますので」
急に誘われても困る。
そもそも俺は治安維持が仕事であって、ルチアノ元帥の仕事は管轄外だ。
チッ、と舌打ちしてルチアノ元帥は携帯を取り出した。
「たしかあなたの上司はホルストでしたね」
「はい」
「おっけー。
……あ、もしもしホルスト? 今からあなたの部下のイージャを連れて行きます。人手が足りないところ、ちょうど目の前に来たので。
え、待てって? 嫌です。
それじゃ、あとよろしくぅ!!」
怒涛の勢いだった。
俺も電話越しのホルスト元帥も止める隙がなかった。
「はい。許可取りました。
じゃ行きますか」
どうして元帥ってこう、横暴なんだ……
「別に俺じゃなくてもいいと思います」
「そこに人がいるなら扱き使うのが上司です。
それに、あなたの度胸には私も感心しましたから。陛下の御前で、あのロストに啖呵を飛ばしたこと。私は評価していますよ」
「……ありがとうございます」
あの行動が認められたのは嬉しい。
間違いだと思ったことに異を唱えるのは大事だ。
俺の姿勢を、ルチアノ元帥が肯定してくれたことが意外だった。
「皆が皆、あなたのように強い意志を持っていれば……もっとこの世界はマシだったのでしょうね。まあ、こんな愚痴を言っても仕方ありません。
早く仕事を終わらせたいので、行きましょうか」
でも、人に強引に仕事を押しつけるのは違うと思う。
抗議しても無駄だろうけどな。
俺は仕方なくルチアノ元帥の後に続いた。
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行き先はそこそこ遠かった。
新幹線で小一時間かかる。
到着した都市は海浜都市。
駅から出ると、すぐ目の前には広大な海が。
夜の風が磯の香りを運んでいた。
夜の海は怖い。
水平線の彼方まで広がる暗い水。
そのさらに向こうには、世界の果てを示す光壁がうっすらと見えた。
「海……いいですね。豊かさの象徴です」
ルチアノ元帥は海を見て呟いた。
昼間なら綺麗なんだろうけどなあ。
今は夜だし、あんまり感動はない。
「ルチアノ元帥」
「ああ、元帥と呼ぶのはできれば止めてください。そう呼ばれるのはあまり好きじゃない。あなたにとっての元帥は、ホルスト元帥でしょう?」
「そうですね……では、ルチアノさん。今回の任務は何でしょう?」
ルチアノ元帥……じゃなくて。
ルチアノさんは、海を見つめながら説明を始めた。
「この海浜都市に潜む反政府組織から、とあるブツを盗むことです。戦闘行為が目的ではありません。私ひとりでも問題なく遂行できますが、暗闇の魔導を持つあなたがいれば、より円滑に仕事が進むでしょう」
「反政府組織……アバドンですか」
「いえ。アバドンではなく、『リリスフィス』です。
知っていますか?」
「名前しか知りません」
反政府組織の代名詞といえばアバドン。
リリスフィスもテロ組織的なものだ。
どんな目的があって、どれくらいの規模なのか……まったく知らない。
それに、今までの任務で遭遇したこともない。
「リリスフィスは……つまるところカルト宗教です」
「カルト宗教?」
「創世神話はご存知でしょうか」
「はい、知っています」
創世神話。
この世界が作られるまでの歴史だ。
簡単に概要を思い出そう。
かつて世界を闇が呑んだ。
『大魔』と呼ばれる存在が、世界を闇へ沈めようとしたのだ。
そこで立ち上がったのが十人の聖人……『十聖』
十聖は大魔を倒し、闇が消えた世界を築いた。
そして皇帝陛下が土地を均し、この世界が完成したのだ。
これが創世神話。
おとぎ話に過ぎないけどな。
皇帝陛下の権威を高めるために流布された神話という説もある。
「神話の闇の主……『大魔』を崇拝するのが『リリスフィス』です。
一言で形容するなら邪教。アバドンと同じくテロ行為などを起こす、厄介な組織です。規模はアバドンに比べて小さいですが」
それなら俺の姿勢は変わらない。
アバドンだろうがリリスフィスだろうが、争いの禍根は断つ。
規模なんて関係ない。奴らは悪だから。
「これからリリスフィスの支部に潜入し、書類を盗みます。
では……行きましょうか。私の綿密な策を信じてください」
「了解しました」
元帥がいるというだけで、負ける気がしない。
あとは俺が足を引っ張らないか心配だな。
注意して立ち回ろう。




