12. 悪魔の謀略
煮えきらない怒りを抱えて、俺は帰路についた。
もうロスト元帥には会いたくないな。
迎撃戦後、ホルスト元帥は死んだ部下たちを悼んでいた。
それなのにロスト元帥は……自分の部下が死んでも悲しくないのか?
これ以上犠牲を出すことをよしとするのか?
「俺には理解できない」
きっと心のつくりが違うのだろう。
別種の人間だ。
割り切って、俺は俺にできることを為すしかない。
いつか皇帝軍を改善してやる。
「ただいま」
部屋の扉を開けると、違和感のある光景が飛び込んできた。
リラ以外の人がいる。
「客人が来てるわよ」
ザガリスとハピだ。
そういえば迎撃戦後に初めて顔を合わせるな。
二人ともかなり疲れた表情をしていた。
「あ、あぁ……」
「悪いな、イージャ。少し話したいことがあってお前を待っていた」
「いや、構わないよ。……場所移すか?」
リラがいると、話したいことも話せない気がする。
しかしザガリスは首を横に振った。
「ここで大丈夫だ。せっかくだし、リラさんにも聞いておきたいから」
リラにも聞いておきたいこと?
何の話だろう。
俺はとりあえず二人にお茶を出して……ベッドの上に座った。
二人の客人を床に座らせて、リラは椅子に座っている。
やっぱりこいつ、他人への配慮ができないな。
「座れよ」
「ありがとう」
「それで、話って?」
二人に椅子を用意して、俺は言葉を促した。
雰囲気でふざけた話じゃないのはわかる。
口を開いたのはザガリスだった。
ハピはずっと黙っている。
「イージャとリラさんはさ、魔導って何だと思う?」
「何って……意志力によって形成される力じゃないか?」
「そうか……」
たぶんザガリスが聞きたいのはそういうことじゃない。
だけど、何を尋ねているのかわからなかった。
そこで初めてハピが口を開く。
「私さ、戦場で死にかけたんだ。あと数分で死ぬくらい出血してた」
「え……大丈夫なのか?」
「うん。司雅元帥が治してくれたから。
それで……私は死に瀕して、ザガリスくんは死にかけの友を目の当たりにした。でも魔導は目覚めなかった」
「……なるほどな」
なんとなく言いたいことが見えてきた。
「俺は何としてもハピを助けようと思った。
授かったはずの魔導は治癒。意志によって魔導が発現するなら、あの瞬間に俺の魔導が目覚めてもおかしくないと思っていたんだ。でも、目覚めなかった。
自分の命に代えてもハピを助けようとして……それでも何もできなくて。これはやっぱり、俺の意志が足りないからなのかな」
「いや。ザガリスの性格は俺もよくわかってる。
お前は心の底から人を助けたいと思えるやつだよ」
そもそも、魔導ってものが何なのか明確に知らない。
病みたいなものだと感じている。
発現するかどうかも、かなりあやふやで。
自分の人格と過去を振り返り、俺なりの意見を述べるとすれば。
「人の死がトリガーになるとは限らない。たしかにユーリだって友の死で現出したけど……それだけがきっかけじゃないだろう」
「たしかに……死以外にも、強い想いを抱くきっかけはあるね」
「……俺はトワコが死んだとき、たしかに悔しかった。あの事件がきっかけになったのは間違いない。
でも、兆候はもっと前から……いつ頃からかは覚えていないけど。ずっと前からあった気がする。自分の中にあるモワモワとした何かを感じていて、それがアバドンに襲われた日に爆発した。魔導っていうのは、実はかなり長い時間をかけて醸成するものなんじゃないかな」
ザガリスは考え込んでいるようだった。
俺はザガリスとハピが軟弱な人間じゃないことを知っている。
必ず自分の芯となる意志があるはずだ。
その意志に適合する機会があれば……
そのとき、傍観していたリラが口を挟んだ。
「こんな考えはどう?
魔導に目覚める人間と、目覚めない人間がいる。イージャは前者、二人のお客様は後者。実際、何年も皇帝軍に勤務していても魔導を持たない人もいるらしいわ。
そう考えれば、きっぱりと諦めもついて安全な事務に回れる」
「お前な……デリカシーがなさすぎるだろ。そもそも陛下が魔導を授けられたんだ。目覚めないことはないはず」
「いや、リラさんの言葉は一理ある。『魔導受贈の儀』が「魔導発現の資格がある者の成長を促す」ものだとすれば、そもそもの才能がない人は目覚めない可能性もある。実際、訓練兵たちが行った魔導訓練は……意味のないものだった。強いて言うなら、上官が新兵を観察するための時間だったようだし」
でも、そんな事実があるならとっくに公表されてそうだけど。
魔導の才能がない者を迎撃戦に駆り出しても、いたずらに人を死なせるだけだ。
「……難しいな。俺は二人が魔導を現出できるって信じてるけど」
「ありがとう。イージャとリラさんの話を聞いて、俺もよく考えられたよ。悩みが解決したわけじゃないけど、自分なりの結論を出せるようにがんばってみる。
とりあえず、今は仕事に集中するよ。この話はここまでにしよう」
ザガリスはそう言って微笑んだ。
きっと心の底では懊悩を抱えているのだろう。
だけど、俺じゃ解決はしてあげられない。
俺にできることは寄り添ってやるだけだ。
「そういえば、二人はどの軍に配属になったんだ?」
「私はミラ元帥の軍! ザガリスくんは司雅元帥の軍だよ」
「処務と医務か。俺と同じ軍にはならなかったみたいだな」
魔導に目覚めていない者はあまり前線には出されない。
ホルスト元帥や八部元帥が管轄する軍に、主に魔導使いが配属される。
二人が安全な軍に配属されたことを喜ぶべきか。
それとも一緒の職場じゃないことを嘆くべきか。
「そうだ! 今日はイージャくんも休みだよね?
一緒に街に出かけない?」
「お、いいな。行こうぜ」
思えばこの一か月、かなり激務だった。
少しは休んでもいいかもしれない。
これで迎撃戦の悲惨な光景も忘れられるだろうか。
「リラさんも来る?」
「こいつは昼間に外に出れないんだよ。これから寝るだろ?」
「ええ。三人で出かけてくるといいわ。
イージャは明日まで帰ってこなくていいから」
「一人で爆睡したいだけだろお前」
これだから友達が出来ないんだろうな。
こういう適当さがリラの良さでも……あるのか?
「……なんかイージャくんとリラさん、仲良さそうだね」
「そうか? むしろ仲悪いと思うんだけどな」
「激しく同意するわ。仕事に絆は不要よ。
特にイージャと仲良くするのは御免ね」
「俺のセリフだが」
「そういうとこ……なんだけど」
ハピは俺とリラの険悪さに困っているようだった。
なんだかんだで仕事は上手くやっているが、仲は良くない。
「じゃ、行くか」
俺たちは久々に街へ遊びに出かけた。
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灰色のビル群が立ち並ぶ都市。
帝都ネオアビスの暗がりにて、男が夜景を眺めていた。
「……ギラギラ、テラテラ。あーうざってぇ。
眩しすぎんだよな、世界はよお」
彼の衣服には血のりがべったりと付着していた。
闇の濃い夜なので、あまり気づかれないが。
彼は電光の光に眩しさを感じ、思わず仮面を被った。
フルマスク、雑なデザインの仮面──アバドンの証を。
「おつかれろーん。うわ、めっちゃ血の匂いがするろん」
暗がりの中に一人の少女が飛び込んだ。
彼女もまたアバドンのマスクを被っている。
「遅かったな、レナス。おれを待たせるたーいい度胸じゃねーか」
レナスと呼ばれた少女は呆れたようにため息をついた。
「ユタ……ろんは時間ぴったり待ち合わせ場所に来たろん。言いがかりはやめろん」
一方、ユタと呼ばれた男は不機嫌そうに吐き捨てる。
「知らねーよ。おれが遅えって感じたから遅刻だ。
でよー、テメエはちゃんとやれたのかよ?
あの……なんだっけ。灰月夜の祭りだよ」
「迎撃戦、だろん。もち通信を妨害してもらって、内紛を起こして殺し合わせてきたろん。だいたい四十名くらいかな? 結構な数の上官を殺せたのはラッキーだったろんね。
皇帝軍、意外と大したことないろん。元帥の力も高が知れるよ」
「ふーん……元帥はクソ強いって聞いてたから、おれも期待してたんだけどなー。
まあ、正面からやれば楽しめるかもな」
ユタは仮面の下にニヤリと笑いを浮かべた。
彼は思い出したようにレナスに尋ねる。
「そーいやテメエ、こっちは慣れたか?」
「うろーん。文明水準が高いし、生活が豊かすぎてビビってろん。でも適応はしてきたよ。
こっちの生活を知れば知るほどアルマどもが憎たらしくなろんけど。ろんたちは毎日の安息さえまともに得られてないのに」
「憎いなら殺しゃいーんだよ。食いもんも笑顔も、空も海もぜんぶ奪えばいい。
それがおれたちアバドンだろー?」
「……そうだろんね。さて、与太話はここまでにしようか。
次のミッションに向かうろん」
二人は頷き合い、暗がりから光へ飛び出した。




