11. ふざけんな
寮の部屋は静かだった。
朝から昼間にかけて寝ているリラは、珍しく起きていた。
「遅かったわね。死んだと思ってたのに」
「生きてて悪かったな。死にかけたけど何とか無事だったよ」
「ドヴェルグは何体狩った? ぼくは八体」
「リラじゃなくてゴリラじゃねえか」
「殺すわよ」
夜のリラは化け物みたいに強い。
にしても、八体はぶっ飛んだ数字だな。
「俺は疲れたから風呂入って寝る」
「明日と明後日は休みね。ぼくもゆっくり休息を取りたいし、街に出かけようかしら。しばらくは今回の件で軍の動きも鈍るでしょうし、休みも増えたら嬉しいわ」
珍しくリラは嬉しそうだ。
休日に喜んでいるのか、俺の勘違いで嬉しそうに見えるのか。
あんな大量に人が死んだのに呑気なもんだ。
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俺を眠りから引きずり出したのは、軍用携帯のバイブ音だった。
ほぼ一日眠っていたようで、翌日の朝までぐっすり。
「誰だよ……」
寝ぼけまなこで送信元を確認する。
相手は……ホルスト元帥!?
「は、はいっ! おはようございます!」
『おはよう。休日に悪いな。
すまないが執務室まで来てもらえるか。ゆっくりで構わない』
「了解しました! すぐ行きます!」
一気に眠気は吹っ飛んだ。
急いで身だしなみを整えて執務室に向かう。
この間三分。
「お待たせしました!」
執務室の扉を開けると、ホルスト元帥が目を丸くしてこちらを見た。
「は、早かったな……」
ゆっくりで構わないということは、急げということ。
俺はそう解釈した。
「ご用件は何でしょうか?」
「ああ。迎撃戦の後、訓練兵たちが正式に各軍へ所属することは知っているな。それに合わせてイージャとリラの昇級を決めた」
「昇級……? え、俺がですか?」
もっと急を要する話題だと思っていたが。
それに昇級って……まだ入隊から一か月だぞ?
「ドヴェルグ二体の討伐、これは新兵では考えられない手柄だ。リラに至っては八体も。これを昇級させない方が無理がある。
……まあ、新兵が想定よりも死にすぎたという要因もあるな。強い者は少しでも上へ叩き上げなければ、階級制度が成立しなくなる」
なるほど。
今回の異常事態で半数以上の新兵が死んだという。
当初の想定では、三十名程度の死傷者が予測されていた。
しかし、百名以上が死んでしまったのだ。
だから俺みたいな新兵も昇級せざるを得ない。
「君とリラは上等兵に飛び級だ」
「上等兵に……!?
でも、それだと教育係のソウルさんと同じ階級になってしまいます」
「ああ。彼女も手柄を上げたので兵長に格上げとなった。
今回の迎撃戦を生き延びた兵は、ほとんど格上げされているんだがな」
「なるほど。今後とも尽力します!」
そういえば、治安維持軍にはどの新兵が配属になったんだろうか。
ザガリスやハピが来てくれれば嬉しいけど。
あとで話してみよう。
「それと、休日にわざわざ呼んだのには別の理由がある。
イージャが語ったドヴェルグに関する情報、奈落の情報を九元帥で共有した。
そこで、君の話を詳しく聞きたいと皇帝陛下が仰せだ」
「皇帝陛下……が?」
「ああ。昼すぎに謁見してきてくれ。
私は忙しくて付き添いできないが、決して粗相のないようにな」
「わ……わかりました」
俺が皇帝陛下と直々に話すのか?
かなり光栄なことだけど……正直怖い。
遠目に見ても威圧感があったのに、目の前で話すなんて。
だけど、俺の情報が犠牲を減らすことにつながるかも。
包み隠さず全てを話そう。
……緊張しない方法を調べてから行くか。
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中央の皇城に赴くのは、これで三度目。
一度目は入隊式。
二度目はブランカ元帥に強制連行された時。
そして三度目が今。
皇帝陛下に呼ばれてしまった。
「ふう……」
ヤバい。めちゃくちゃ緊張する。
皇帝陛下は現人神、世界の統治者。
神にも等しい存在だ。
俺は皇城に続く扉の前で足踏みしていた。
警備の人が怪訝な目でこちらを見ている。
「――本当に陛下は神だと思いますか?」
「え?」
いつの間にか背後に人が立っていた。
咄嗟に振り向く。
ゴシック調の服を着た黒髪ロングの少女。
この人は見覚えがある。
えっと……
「ミ、ミラ元帥!」
まったく気配を捉えられなかった。
ぬるりと俺の背後に立っていたミラ・ゼレ元帥。
「陛下に謁見する際、みな口々に言うのです。とても緊張すると。
理由を尋ねれば、陛下は神にも等しい御方であるから、と」
「……仰る通りです」
俺の心を読んでいるかのようだ。
謁見に対する緊張を口に出した覚えはないが……よほど俺が不審だったのかな。
「陛下もひとつの命なんですけれど。ひとつの生命を神として教え諭し、畏怖を植え付ける。そのような教育があるから、貴方は緊張しているのでしょう」
「えっと、その」
「よろしい。こちらへどうぞ。
陛下がお待ちです」
「は、はい!」
何を言いたいんだかよくわからない。
薄々感じていたけど、元帥って変わった人が多い気がする。
ホルスト元帥は馬鹿まじめだし、ブランカ元帥は人の気持ちを考えないし、ルチアノ元帥はテンションがたまにおかしくなる。
司雅元帥は度が過ぎたお人好し、ミラ元帥は……
「わたくしが変人であると? 別に間違ってはいませんが」
「!?」
……え。
心、読まれてる?
「これから会う元帥たちも、変な人ばかりですよ。皇帝軍では意志の強い偏屈しか生き残らないのです。
あの怪物どもの手綱を握れるのは、皇帝陛下くらいなものでしょうね」
「い、いえ……失礼しました。気をつけます」
いまさら取り繕っても遅いだろう。
読心的な魔導をミラ元帥はお持ちなのかもしれない。
皇城を歩き、最上階と思わしき場所に着く。
階段を上がって顔を上げると、長い絨毯の先に玉座があった。
玉座に座るのは――皇帝アビスソレイユ。
彼女は俺の到着をじっと待っていた。
「…………」
玉座の横に控えている水色の髪の男性。
ケレス・シャサー元帥。
壁にもたれかかって欠伸をしている青髪の女性。
ルチアノ・ナレムファ元帥。
扉の付近で俺をじっと見つめる、ヘルメットを被った男性。
ロスト・ワール元帥。
そして俺を導いたあと円卓に座り、紅茶を注ぎ始めたミラ元帥。
この場に四人もの元帥がいた。
……緊張しすぎて、むしろ何も感じない。
俺は玉座の前に至り、陛下の御前に跪いた。
ケレス元帥が柔らかい声で言う。
「イージャ・キルシャ上等兵。面を上げよ。
これより皇帝陛下より御言葉を賜る」
陛下は傍のケレス元帥に耳打ちした。
直接言葉を交わすことはできないようだ。
「陛下は仰せである。まずは平身低頭して最大限の敬意を払え、と」
「はっ!」
俺は言われるがまま平伏そうとするが、思いがけず止められた。
口を開いたのは陛下自身。
「言っていない。ケレス、私の言葉を曲解して伝えるのはやめなさい。
お前はいつもそうだな。面倒だから私が直に話す」
「申し訳ありません。少し遊びすぎ……誇張してしまいました」
「……まあよい。彼がイージャ・キルシャか……ふむ」
なんか……思っていたよりも陛下が喋る。
陛下は俺の姿を見て、じっと観察していた。
神の視線を受けて、石仏のように硬直してしまう俺。
「……秩序は感じない。他人の空似にしては出来過ぎているが。
うん、くだらん」
「陛下、そろそろ本題を」
……なんなんだ?
困惑していると陛下が話し出す。
「イージャ・キルシャ。お前の話をホルスト元帥から聞いた。
曰く、奈落の底より方舟が出現する前兆がある。また、ドヴェルグが逃避行動を取った。この二点に関して、間違いはないか」
「は、はい! 間違いありません!」
「陛下。その点に関して、私から説明を」
ルチアノ元帥が名乗りを上げる。
陛下は頷き、彼女の言葉を促した。
「まず、方舟の出現前兆について。これは聴覚強化系の魔導使いにより、明らかにされている情報です。特に話すべき事項ではなかったので、他の兵に周知はしていませんでしたが。
方舟が来る前にざわめきのような音が聞こえると。それ以上の情報は明らかになっていません。そもそも奈落の底には、転移系の魔導を使っても行くことができない。底に何があるのかを調べることは、現代の魔導科学では不可能に近い」
ルチアノ元帥は、やや早口で説明してくれた。
底に何があるのかなど……軍人の全員が気になっていることだろう。
それでも明らかにならないのは、底に行くだけの技術力がないから。
「そして、ドヴェルグの逃避行動について。
これは未観測です。ドヴェルグは元来、知性をほとんど持たない。危機を察知して帰巣するなどあり得ないと思われていました。
黒髪の語ることが本当であれば、さらに外敵の研究が進むかもしれません。黒髪が疲れすぎていて、幻覚を見た可能性の方が私は高いと思いますが」
「説明ご苦労。イージャ・キルシャ。
逃走した個体について、何か特徴や違和感はあったか?」
「飛翔個体だったのは記憶しています。
その他の点については……あまり。ただ、俺の背後に立っても攻撃を仕掛けてこなかったということは覚えています」
正直、これ以上の情報は持ち出せない。
ホルスト元帥に話したことがすべてだ。
「ふむ。ドヴェルグだから、まあ……そういうことか。
よく報告してくれた。イージャ・キルシャ、今後とも民のために尽力せよ。話は以上だ、下がってよい」
陛下は何か納得したようだった。
今の反応は……?
下がってよいと言われたが、俺の気持ちは釈然としない。
ただホルスト元帥に話した情報を、そのまま話しただけ。
あまり意味のない謁見になった気がする。
「あの……陛下。ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」
俺は尋ねてしまった。
無礼なのはわかっているけど。
犠牲になったレブロのためにも、リュシオン准尉のためにも。
聞いておきたいことがある。
「よい」
「ありがとうございます。外敵とは……何なのでしょうか?
正体不明の敵とは言っても……捕獲して分析したり、奈落を塞ぐ魔導を開発したり。色々と対策が考えられそうなものですが」
「…………」
俺の問いに場は静まり返った。
数秒後、脇腹に鈍い痛みが走った。
――俺は地面を転がっている。
ゴロゴロと回り、やがて壁に衝突した。
視線の先、そこには足を振り抜いたロスト元帥の姿。
彼は俺に歩み寄り、ヘルメット越しに見下す。
「捕獲して分析は行った。結果として出来たのが天星刃だ。奈落を塞ぐ魔導は開発が提案されたが、不可能という結論で終わった。
貴様のようなガキが辿り着く結論、我々が試していないとでも思ったか?」
「そ、れは……」
確かに言う通りだ。
でも、それらの話は学科で聞いていない。
上官は外敵の話をすると苦い顔をして、まるでタブーのような扱いだ。
痛む腹を抑えて、ロスト元帥を見上げる。
「それは……説明不足だと思います。軍内では外敵の話をすることは憚られています。
だけど、そんなんじゃいつまで経っても犠牲を出したままだ。敵に向き合わないで、一方的に攻撃を受け続けて……どうやって平和を実現するんですか!?
どうやって外敵との争いをっ……!?」
再び痛みが走り、壁に打ち付けられる。
また蹴られた。
でも俺の精神は壊れていない。
言いたいことは言ってやる!
じゃなきゃ、死んだレブロたちが、新兵たちが報われない……!
「黙れ。貴様らは駒であればよい。駒は駒であり続けろ。
それがわからないのか?」
「わからないから、聞いてるんですよ……! 何のために俺たちは死んでいくのか! どうして犠牲者がなくならいのか、わからないから聞いてるんだッ!」
「貴様……!」
おかしいのは向こう側だ。
何の説明もなしに死ねと?
――ふざけんな!
ロスト元帥がこちらへ拳を向ける。
いいさ、やってやる。たとえ元帥だろうが同じ人間だ。
意見は違え、争い合うことだってあるだろう。
靄を前方へ展開し、拳を受け止め──
「見苦しい」
俺の身体は動かなかった。
いつしか間に割り込んでいたミラ元帥。
ロスト元帥は諦めたように拳を下ろす。
「イージャ上等兵。怒りを鎮めなさい。
ここは陛下の御前です」
「っ……申し訳、ありません……」
冷静になると、かなり不味いことをしたな。
でも後悔はしていない。
今のが俺の本心だ。
声を上げなきゃ組織は改善されない。
「ロスト元帥。貴方もわかるでしょう。
大切な者が死に、自らも死の淵の立たされ……戦う理由を知りたいと思うのは当然ではありませんか? それに……今の陛下の口ぶり、わたくしも気になりましたわ。何かご存知のようでしたし」
「……」
ミラ元帥が陛下に視線を向ける。
隣のケレス元帥はいつの間にか消えていた。
「私の伝えるべきことは、いつも変わらぬ。
イージャ・キルシャは下がれ。御前での喧嘩は不問とし、お前の言葉は真摯に受け止めよう。
ロストは暴力に走ったことを恥じよ。上官として情けない。
ミラの言うことはもっともだ。だが、私は語る言葉を持たぬ。
以上だ。下がれ」
淡々と締め括り、陛下は退出を促した。
あの喧嘩腰を不問にしてくれのは器が広い。
でも、疑念が消えたわけじゃないんだ。
俺は……知りたい。
争いの根源を知り、断つ。
それが俺の『意志』だったから。




