10. 異常行動
俺が加わった大隊は強く、負ける兆候は見えなかった。
先輩方は上手く連携を取って外敵を殲滅していく。
俺とユーリも先輩の動きを見て学習していた。
さすがはほとんどの時間を鍛錬に費やしている八部元帥の軍だ。
「通信が回復した」
ほとんどドヴェルグの姿が見えなくなったころ、ようやく通信が回復。
ルチアノ元帥から現状を伝えられた。
ほとんど外敵は殲滅されていること、かなりの死傷者が出たこと、今回のように方舟が二体来ることが異常事態であったことなど。
正直、そんなことはどうでもよかった。
今はとにかくレブロの遺体を回収したい。
そしてザガリスとハピの安否も確認したい。
俺が憂いていると勇祈中将が指令を出す。
「総員、後処理に入ってくれ。遺体を確認し、名前がわかれば衛生兵に伝えること。天星刃の回収も忘れないように」
俺はユーリと共に後処理へ向かった。
奈落の周縁部はかなり広大だ。それなりに時間はかかるだろう。
後処理は長引くかもしれない。
俺はすぐにレブロの死亡場所へ向かった。
遺体が消えている……なんてことはなく。
惨い姿のまま彼はそこに横たわっていた。
疫病のリスクもあるので、しっかりとマスクと手袋を。
ユーリがレブロの死体を見て呟いた。
「……遺体を回収してやりたいのは山々だが、友の死体は見たくねえな」
「レブロの家族に報告義務がある。持ち物くらいは持ち帰ってやらないと」
沈鬱な気持ちで回収作業に取り掛かる。
気まずい沈黙が続く。
清浄の魔導持ちが来るまで、死体は放置しなければならない。
いま回収するのは天星刃と徽章などの装備だ。
沈黙を破ったのはユーリだった。
「そういえば准尉たちは大丈夫だったのか」
「わからない。まあ、リュシオン准尉の実力なら遅れは取らないだろう。
他の先輩方も無事だといいが……」
どれほどの人が死んだのか。
俺は生き残った。だけど、生の実感がない。
死んだ心地で後処理を続けた。
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長き戦いは終わり、すでに夜明けの陽が昇り始めていた。
通信で帰還の命令が出ている。
死体もすっかり運ばれて、寂寞が奈落周縁に訪れる。
地面に残った血もやがて洗浄され、大穴の底に流れていくのだろうか。
多くの人が城へ戻っていく。
俺も戻ってホルスト元帥に報告しないと。
「…………」
まだ夜闇は残っている。
陽が当たっていない部分を探すように、俺はふらふらと歩いた。
早く戻るべきなのは理解しているが、胸騒ぎがした。
穴の周縁をぐるぐると回り、建物の日陰になっている部分を発見。
ここはとりわけ影が濃い。
ぽっかりと開いた穴の中に、影が垂れるように落ちている。
視覚・聴覚を暗闇に作り出す。
視覚は何も見えない。どれだけ底が深いのだろう。
おそらく俺の魔導の範囲外まで深く掘られているのだ。
そして聴覚。
方舟が来る前兆として、何やらざわめきのような音が聞こえた。
しかし今は風音が響くのみ。何も聞こえない。
「……あれは何だったんだろう」
穴の底には何があるんだ?
外敵とは何なんだ?
どうしても気になってしまう。
意識の間隙を縫って、奇妙な音が背後に響いた。
粘着音。
──聞き覚えのある音だった。
「!?」
咄嗟に振り向く。
背後に蠢いていたのは──ドヴェルグ。
翼が生えた飛翔個体……!?
「っ、まずい……」
完全に油断していた。
まだ狩り残しが残っていたなんて……!
周囲に人は見えない。
完全に孤立している。
俺は大穴を背後に、ドヴェルグから目を逸らすことなく。
逃走を目標とした。今は天星刃がないから倒せない。
奴の習性からして、間違いなく俺を殺しに来る。
茨を飛ばすか、滑空して噛み殺すか。
どちらにせよ、魔導を使えば凌ぐことはできる。
「失せろよ……」
二体も倒したんだ。
攻撃を防ぎ、逃げることくらいはできる。
じりじりと距離を取る。
皇城を背後に方向転換し、逃走の算段を立てる。
影で加速しつつ逃げるべきだ。
「――!」
瞬間、ドヴェルグが動く。
翼が動いた。飛翔するつもりだ!
靄を前方に展開準備。影を繰って回避準備。
ドヴェルグはこちらにまっすぐ……向かって来なかった。
「は?」
旋回し、俺から見て左へ飛んだ。
そのままこちらに向かわず、羽ばたいて。
奈落の底へ落ちていった。
……え?
俺を殺しにこなかった?
警戒しつつ奈落を覗く。
白く小さな点が、どんどん遠くなっていく。
ドヴェルグが底へと帰っていく。
「こんなことが、あり得るのか……?」
ドヴェルグには、状況を判断して逃げるだけの知能がある?
でも講義では『ドヴェルグは目の前の生物に対して、無造作に攻撃を仕掛ける』と習った。
撤退する知能があるとは考え難い。
それに俺は奴に致命傷を負わせたわけではない。
野生の動物ですら攻撃を受けなければ退かないはずだ。
慌てて周囲を警戒する。
敵影なし。
異様な寂寞。俺の心臓は高鳴っていた。
「俺も……帰るか」
ああ、そうだ。帰らなきゃ。
今の光景をすべて伝えるんだ。
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「戻ったか」
ホルスト元帥の執務室を訪れる。
他の人はみな報告を終え、俺で最後のようだ。
「はい。遅れてすみませんでした」
「いや、いい。それよりも無事で何よりだ」
「はい……! イージャ・キルシャ、ただいま帰還しました!」
今日も生き残った。
これから先も、もっと過酷な状況が待っているだろう。
だけど俺は生きなければならない。
「さて、まずは君が最も気にしているであろう事項を伝えよう」
「……はい」
ホルスト元帥は俺の心情を見透かしたように言った。
「ザガリス・モティ訓練兵とハピ・フェアル訓練兵は生きている。
リラ・ルキス二等兵も無事だ」
「……!」
よかった……!
怖くて自分から聞き出せなかったことを、ホルスト元帥から言ってくれた。
あの後わざわざ確認を取ってくれたのだろう。本当に頭が上がらない。
「今回は訓練兵が百名以上死ぬことになった。かなりの損害だ。訓練兵以外にも、高位の軍人も死んだ。君の小隊を指揮していたリュシオン准尉も死亡が確認されている」
「……そんな。あの人が負けるって」
「彼はドヴェルグに負けたのではない。
……人間に殺されたのだ。犯人は不明だが」
「っ……」
内紛があることは知っていた。
だが、自分の上官を殺すなんて……!
あり得ない。
何としても犯人を特定し、処分するべきだ。
「俺が犯人を捜します。あの小隊の人の顔は覚えています」
「……やめておけ。君の小隊の人が犯人とは限らない。確たる証拠がなければ検挙もできない。事情聴取は行い、捜査は進めるつもりだ」
悔しかった。
優秀な人材が、愚かな人間により失われていく。
仲間内で争う意味なんて……あるとは思えない。
「そうだ。元帥に報告したいことが」
「聞こう」
今回の迎撃戦で感じた違和を伝える。
方舟が来る前兆に奈落から音が聞こえること。
それと、ドヴェルグが奈落の底に逃げたことも。
話を聞いたホルスト元帥は顔を顰めた。
普段から表情の変わらない彼にしては珍しい。
「……その話が事実ならば、かなり衝撃的な事実だな。
奈落の底に何があるのか、元帥含め誰も知らない。それにドヴェルグが逃避行動を取ることも確認されていない。今の話は、他の者には秘匿しておくように。
元帥間の議題としよう」
「はい。お願いします」
外敵に関する情報は、まだまだ不足している。
俺の話が少しでも役に立てばいい。
ああ……疲れた。
とりあえず今日明日は休みだ。
帰って寝よう。




