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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
2章 外敵迎撃戦
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10. 異常行動

 俺が加わった大隊は強く、負ける兆候は見えなかった。

 先輩方は上手く連携を取って外敵を殲滅していく。


 俺とユーリも先輩の動きを見て学習していた。

 さすがはほとんどの時間を鍛錬に費やしている八部元帥の軍だ。


「通信が回復した」


 ほとんどドヴェルグの姿が見えなくなったころ、ようやく通信が回復。

 ルチアノ元帥から現状を伝えられた。


 ほとんど外敵は殲滅されていること、かなりの死傷者が出たこと、今回のように方舟が二体来ることが異常事態であったことなど。

 正直、そんなことはどうでもよかった。


 今はとにかくレブロの遺体を回収したい。

 そしてザガリスとハピの安否も確認したい。


 俺が憂いていると勇祈中将が指令を出す。


「総員、後処理に入ってくれ。遺体を確認し、名前がわかれば衛生兵に伝えること。天星刃の回収も忘れないように」


 俺はユーリと共に後処理へ向かった。

 奈落の周縁部はかなり広大だ。それなりに時間はかかるだろう。

 後処理は長引くかもしれない。



 俺はすぐにレブロの死亡場所へ向かった。

 遺体が消えている……なんてことはなく。

 惨い姿のまま彼はそこに横たわっていた。


 疫病のリスクもあるので、しっかりとマスクと手袋を。

 ユーリがレブロの死体を見て呟いた。


「……遺体を回収してやりたいのは山々だが、友の死体は見たくねえな」


「レブロの家族に報告義務がある。持ち物くらいは持ち帰ってやらないと」


 沈鬱な気持ちで回収作業に取り掛かる。

 気まずい沈黙が続く。

 清浄の魔導持ちが来るまで、死体は放置しなければならない。

 いま回収するのは天星刃と徽章などの装備だ。


 沈黙を破ったのはユーリだった。


「そういえば准尉たちは大丈夫だったのか」


「わからない。まあ、リュシオン准尉の実力なら遅れは取らないだろう。

 他の先輩方も無事だといいが……」


 どれほどの人が死んだのか。

 俺は生き残った。だけど、生の実感がない。

 死んだ心地で後処理を続けた。


 ---


 長き戦いは終わり、すでに夜明けの陽が昇り始めていた。

 通信で帰還の命令が出ている。


 死体もすっかり運ばれて、寂寞が奈落周縁に訪れる。

 地面に残った血もやがて洗浄され、大穴の底に流れていくのだろうか。


 多くの人が城へ戻っていく。

 俺も戻ってホルスト元帥に報告しないと。


「…………」


 まだ夜闇は残っている。

 陽が当たっていない部分を探すように、俺はふらふらと歩いた。


 早く戻るべきなのは理解しているが、胸騒ぎがした。

 穴の周縁をぐるぐると回り、建物の日陰になっている部分を発見。

 ここはとりわけ影が濃い。

 ぽっかりと開いた穴の中に、影が垂れるように落ちている。


 視覚・聴覚を暗闇に作り出す。

 視覚は何も見えない。どれだけ底が深いのだろう。

 おそらく俺の魔導の範囲外まで深く掘られているのだ。


 そして聴覚。

 方舟が来る前兆として、何やらざわめきのような音が聞こえた。

 しかし今は風音が響くのみ。何も聞こえない。


「……あれは何だったんだろう」


 穴の底には何があるんだ?

 外敵とは何なんだ?

 どうしても気になってしまう。



 意識の間隙を縫って、奇妙な音が背後に響いた。

 粘着音。


 ──聞き覚えのある音だった。


「!?」


 咄嗟に振り向く。

 背後に蠢いていたのは──ドヴェルグ。

 翼が生えた飛翔個体……!?


「っ、まずい……」 


 完全に油断していた。

 まだ狩り残しが残っていたなんて……!


 周囲に人は見えない。

 完全に孤立している。


 俺は大穴を背後に、ドヴェルグから目を逸らすことなく。

 逃走を目標とした。今は天星刃がないから倒せない。


 奴の習性からして、間違いなく俺を殺しに来る。

 茨を飛ばすか、滑空して噛み殺すか。

 どちらにせよ、魔導を使えば凌ぐことはできる。


「失せろよ……」


 二体も倒したんだ。

 攻撃を防ぎ、逃げることくらいはできる。


 じりじりと距離を取る。

 皇城を背後に方向転換し、逃走の算段を立てる。

 影で加速しつつ逃げるべきだ。


「――!」


 瞬間、ドヴェルグが動く。

 翼が動いた。飛翔するつもりだ!

 靄を前方に展開準備。影を繰って回避準備。



 ドヴェルグはこちらにまっすぐ……向かって来なかった。


「は?」


 旋回し、俺から見て左へ飛んだ。

 そのままこちらに向かわず、羽ばたいて。

 奈落の底へ落ちていった。



 ……え?

 俺を殺しにこなかった?


 警戒しつつ奈落を覗く。

 白く小さな点が、どんどん遠くなっていく。

 ドヴェルグが底へと帰っていく。


「こんなことが、あり得るのか……?」


 ドヴェルグには、状況を判断して逃げるだけの知能がある?

 でも講義では『ドヴェルグは目の前の生物に対して、無造作に攻撃を仕掛ける』と習った。

 撤退する知能があるとは考え難い。


 それに俺は奴に致命傷を負わせたわけではない。

 野生の動物ですら攻撃を受けなければ退かないはずだ。


 慌てて周囲を警戒する。

 敵影なし。

 異様な寂寞。俺の心臓は高鳴っていた。


「俺も……帰るか」


 ああ、そうだ。帰らなきゃ。

 今の光景をすべて伝えるんだ。


 ---


「戻ったか」


 ホルスト元帥の執務室を訪れる。

 他の人はみな報告を終え、俺で最後のようだ。


「はい。遅れてすみませんでした」


「いや、いい。それよりも無事で何よりだ」


「はい……! イージャ・キルシャ、ただいま帰還しました!」


 今日も生き残った。

 これから先も、もっと過酷な状況が待っているだろう。

 だけど俺は生きなければならない。


「さて、まずは君が最も気にしているであろう事項を伝えよう」


「……はい」


 ホルスト元帥は俺の心情を見透かしたように言った。


「ザガリス・モティ訓練兵とハピ・フェアル訓練兵は生きている。

 リラ・ルキス二等兵も無事だ」


「……!」


 よかった……!

 怖くて自分から聞き出せなかったことを、ホルスト元帥から言ってくれた。

 あの後わざわざ確認を取ってくれたのだろう。本当に頭が上がらない。


「今回は訓練兵が百名以上死ぬことになった。かなりの損害だ。訓練兵以外にも、高位の軍人も死んだ。君の小隊を指揮していたリュシオン准尉も死亡が確認されている」


「……そんな。あの人が負けるって」


「彼はドヴェルグに負けたのではない。

 ……人間に殺されたのだ。犯人は不明だが」


「っ……」


 内紛があることは知っていた。

 だが、自分の上官を殺すなんて……!


 あり得ない。

 何としても犯人を特定し、処分するべきだ。


「俺が犯人を捜します。あの小隊の人の顔は覚えています」


「……やめておけ。君の小隊の人が犯人とは限らない。確たる証拠がなければ検挙もできない。事情聴取は行い、捜査は進めるつもりだ」


 悔しかった。

 優秀な人材が、愚かな人間により失われていく。

 仲間内で争う意味なんて……あるとは思えない。


「そうだ。元帥に報告したいことが」


「聞こう」


 今回の迎撃戦で感じた違和を伝える。

 方舟が来る前兆に奈落から音が聞こえること。

 それと、ドヴェルグが奈落の底に逃げたことも。


 話を聞いたホルスト元帥は顔を顰めた。

 普段から表情の変わらない彼にしては珍しい。


「……その話が事実ならば、かなり衝撃的な事実だな。

 奈落の底に何があるのか、元帥含め誰も知らない。それにドヴェルグが逃避行動を取ることも確認されていない。今の話は、他の者には秘匿しておくように。

 元帥間の議題としよう」


「はい。お願いします」


 外敵に関する情報は、まだまだ不足している。

 俺の話が少しでも役に立てばいい。


 ああ……疲れた。

 とりあえず今日明日は休みだ。


 帰って寝よう。

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