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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
1章 怪物の目覚め
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2. 魔導現出

 男に指された瞬間、心臓が跳ねた。


「え……俺?」


「お前。黒髪の、そこのお前。

 とりあえず一人殺さなきゃなんねーから、来いよォ」


 もう一人の小柄な男に促され、俺は強制的に立ち上がる。

 なんで。俺が?


 瞬く間に脳裏に焼き付いた恐怖。

 さっきまで他人事だった。

 自分の命だけは助かると思っていた。

 冷や汗が止まらない。


 なんで――俺なんだよ。

 この場には何十人も人質がいて。

 その中でなんで俺が……


「運が悪かったな。さあ、進め」


 小柄な男が俺の背を押し、リーダーの男のもとへ歩ませる。

 震える足で前へ進んだ。

 ここで逆らったら、さらに死ぬ可能性が高まるだけ。


 振り返ることはできない。

 ザガリスが、ハピが、トワコが。

 今の俺をどんな目で見ているのだろうか。

 哀れんでいるのか、どうにか助けようと考えているのか。

 自分が指名されなくて良かったと思っているのか……俺は確認するのが怖い。


「皇帝軍が来たようだ。どうする?」


「……!」


 アバドンの一人がリーダーに報告する。

 その言葉に俺は希望を覚えた。

 世界を守る最強の軍隊、皇帝軍。

 彼らが来てくれたのなら、きっと助かる。


「この速度で来るのは本隊じゃねェな。どうせ巡回の雑魚だ。

 左右の入り口を塞げ。サクッと殺っちまいなぁ」


 男が号令をかけると、四人のうち二人が左右に分かれて見張りについた。

 ……馬鹿め。

 テロリストごときが最強の軍隊に勝てるわけないだろ。


 この場に残ったのは二人。

 二人くらいなら相手が銃を持っていても……人質全員が抵抗すれば倒せるんじゃないか……?

 それに、皇帝軍の援軍だって来てる。


「おう、ここに座れや」


 男に促され、俺は外から見えるテラスに座らされた。

 人質たちとの距離は十メートルほど。


 その時、ザガリスたちと目が合った。

 彼らは俺から目を逸らさず、緊迫した表情で座っていた。


 俺は心配するなと目で訴える。

 伝わっただろうか。

 下手に動けばあいつらが殺されてしまう。


「今から見せしめにお前を殺す。犠牲者が出れば、皇帝軍も本気で対応せざるを得ないからな」


 ――時間を稼げ。

 俺は答えを出す。


 後頭部に突きつけられた銃口。

 ……クソ、怖いな。漏らしそうだ。


「……お、俺を殺すのは、わかりました。ただ……他の人は助けていただけるんですね?」


「チッ、ガキの癖に自己犠牲かよ。こっち側にも多少はまともな人間もいるじゃねェか。安心しろや、他の奴らは殺さねえ。アバドンの敵は皇帝軍だからな、今んとこは。お前の精神に免じて、楽に殺してやるよォ。

 ……お、先遣隊が来たみてェだな」


 男が顔を上げる。

 その先には、パトカーに乗って駆けつけた皇帝軍の姿が。

 けたたましく鳴り響くサイレン。


 彼らは白い制服に身を包み、完全に武装している。

 特殊な能力――『魔導』を操るとされる、地上最強の軍隊。


(よかった、これで……)


 助かる。

 ニュースではいつも皇帝軍がアバドンを撃退したと報道されている。

 それほどまでに皇帝軍はアバドンにとって天敵なのだ。


 左右の入り口からそれぞれ数名の皇帝軍が駆けつけてくる。

 二手に分かれたアバドンの隊員がその前に立ち塞がった。


 皇帝軍の一人は、手から炎を出して。

 また一人は、周囲の石礫を浮かばせて。


(アレが、魔導……!)

 

 まさしく超能力。

 超能力を持つ相手に、いくら銃を持っているからといってアバドンが敵うわけがない。



 そう、思っていたが……


「!?」


 俺は目を見開いた。

 アバドンは魔導を前に臆さず、軽々と炎や岩を回避。

 そして銃弾を皇帝軍に撃ち込んだ。

 真っ赤な飛沫が上がり、左右の皇帝軍が殺されていく。


 ……どうしてだ?

 皇帝軍は最強の軍隊のはず。

 あんなテロリスト紛いに、負けるなんて……


「まァ、そういうことだ。俺たちは本気でやってんだよ。

 遊び呆けている駐屯部隊じゃ相手になんねェ」


 また、絶望だ。

 絶対的に信頼を寄せていた皇帝軍が負けて。

 俺はどうしようもない、深い絶望に呑まれてしまった。



 ――モワモワ



「っ……!」


 俺の中で、何かが脈動する。

 嫌だ、死にたくない。

 生きたい。あんな光景は見たくない。


 心臓の鼓動だろうか。

 俺の体内に這う、この感覚は何だ?

 気が狂いそうだ。


「んじゃ、そろそろ殺っか。皇帝軍の奴らに見えるように、な」


 銃口が突きつけられる。

 俺は……死ぬのか?


「おい、待て!」


 ふと、背後から見張りの男の声が聞こえた。

 銃口が俺の頭から離され、咄嗟に男は振り向く。


「止まれェ!」


 誰かがこちらに向かって走って来ていた。

 足音でわかる。

 俺はおずおずと振り向く。

 視線の先には……


「トワ、コ……?」


 トワコがいた。

 彼女は蒼白になった顔で、リーダーと小柄な男に挟まれていた。

 どうしてこっちまで走ってきたんだ……!?


 彼女は息を切らして、途切れ途切れに言葉を紡ぎ出した。


「お願いが……あります!

 私を、代わりに……イージャの代わりに、」


「黙れや」


 ――バン。


 銃口から光。一拍遅れて黒煙。

 咲いた赤き華。


 トワコの脳天が撃ち抜かれていた。

 一秒にも満たない殺人。


「あ?」


 思わず呆けた声を上げていた。

 何が起こったのかわからない。

 いや、心が理解を拒絶している。


 トワコが走ってきた。

 男が弾を撃った。

 血がドロドロと溢れていた。

 トワコが虚ろな目をして倒れた。



「ぇ」



 死んだ?

 嘘だろ?


「俺ァな。言うこと聞かねェ奴がいちばん嫌いなんだよ!

 お前らは黙って座ってろって言っただろうが!?」 


 死んだ。

 死んだ。

 死んだんだ。


 トワコが死んだ。

 一瞬の出来事だった。

 徐々に脳が現状を理解しはじめる。


 俺の親友が死んだのだと、無情にもリアルを突きつけられる。

 それはともすれば、実の銃弾よりも恐ろしい、事実という凶弾だった。


「おい、トワコ……」


 かすれた声で彼女の名を呼ぶ。動かない。

 ザガリスもハピも、俺と同じように刮目して硬直していた。


 俺の……せいなのか?

 俺の代わりに、死のうとしたのか?

 俺が選ばれなければ良かったのか?


「はァ、めんどくせェな。まあいいや、こいつの死体を吊るし上げて皇帝軍に見せてやれば……」


 男が動く。

 奴は動かぬトワコに手を伸ばそうとした。


「……めろ」


「ァ?」


 彼女に、触るな。



 ――モワモワ



 脈動が強くなる。

 俺は今、どうしようもなく『わからない』


 何もかもが非現実的で、突発的すぎた。

 理解したくもない。こんな現実。


 だけど。


「やめろ」



 ――ゾクゾク



 この男たちを、消さなきゃいけないと。

 それだけは理解していた。


 ごめんな、トワコ。


「やめてくれ」


 脈動。胎動。蠕動。

 自分の心臓が、全身に溶けて広がっていくような感覚。

 その中で、俺は。





 ――暗黒(darkness)

                 ――漆黒(black)

         ――暗闇(blind)


   ――陰影(shadow)

                   ――邪悪(evil)




 魔導現出 : 【暗闇(ブラインド)





「死ね」



 爆ぜる。

 これまで俺の中で蟠っていた『其』が、一気に本能に流れ込んだ。


 両手から爆ぜた暗闇。

 影の針がまっすぐに伸び、二人のアバドンを突き刺そうと迫る。


 小柄な男は影の針に心臓を貫かれた。

 だが、トワコに手を伸ばした男は躱したようだ。


「死ねよ」


「お前ェ……魔導使い(アルマ)かよ!? クソが!」


 使い方は本能に刻まれた。

 この男を、殺す。


 自分が魔導に目覚めたとか、そんなこと今はどうでもいい。

 ただ殺す。無様に死ね。


「クソ……!」


 影を伸ばす。

 黒い靄が広がって、男の四方を取り囲んだ。

 このまま全方位から圧し潰す。


 しかし、男は躱す。

 スライディングして影を掻い潜った。


「ハッ! 一般人の魔導使い(アルマ)に負けるほど、俺ァ弱くねェよ!」


 真っ黒な銃口がこちらに牙を向ける。

 死ぬわけにはいかない。


 反射的に靄を両者の間に横たえた。

 刹那、銃声音。

 放たれたはずの銃弾は、靄の中で減速。

 貫通はしたものの、俺に届く前に回避に成功した。


「死ねよ……!」


「死なねェよバーカ!!」


 影を横薙ぎに払う。

 男は大きく跳躍して上階のテラスを掴む。

 そしてこちらに銃口を向けた。

 再び靄を展開し、銃弾を回避。


 馬鹿げた身体能力だ。本当に人間なのか。

 ……こちらの異変に気がつき、入り口の奴らも戻ってきている。

 奴らが来る前に、目の前の男を殺さないといけない。


「っ!?」


 靄が晴れた時、男の姿は消えていた。

 ――しまった。


 どこに行った!?


「お前が死ねや」


「……ぁ」


 背後だ。

 耳障りな声が、背後から聞こえた。


 もう間に合わない。

 振り返った時、すでに俺は死んでいる。


 トワコのように……俺も脳天を貫かれて。死ぬのか。

 嫌だ。俺は(・・)死にたくない。

 生を願っても、死を疎んでも。


 終わりが一秒後には訪れる。


「――」


 モノクロに染まった視界で、何かが弾けた。

 さながら雷光。

 デパートの遥か彼方より飛来した光は、入り口のアバドン二名のもとを辿り、続いて俺の背後へ回った。


 カチャリ。

 金属音が聞こえた。

 のち、重い音……人が倒れた鈍い音が響く。


「無事か、少年」


 怜悧な声だ。

 先程の男が発していた甲高い声とはまるで違う。

 背後に立っていたのは、純白の制服を着た皇帝軍の男。


 振り返るとそこにはアバドンの男の死体がある。

 そして視線を上げると、目が合った。


 煌めく金色の髪。宝石のように美しい碧色の瞳。

 美しいながらも、どこか冷徹な雰囲気を感じさせる顔立ち。


 胸元には赤色の徽章。

 皇帝軍の最上級──元帥を示すものだ。


「ホルスト、元帥……」


 恐らく彼の名を知らぬ者はいない。

 ニュースで何度も見かけた人だ。

 実物を見るのは初めてだけど。


 ホルスト・ネセティア。

 それが彼の名だ。

 彼は傍に転がっているトワコの死体を見て、眉を顰めた。


「その少女は……すまない。遅かったな」


「っ……」


 瞬間、俺は命が助かったという安堵と……激情を覚えた。

 傲慢なのはわかってる。

 すべて他人に任せきりだった。


 だけど。皇帝軍が負けなければ。

 あの時、アバドンに負けていなければ。

 トワコは死んでいなかったんじゃないか。


「トワコ……」


 気づかぬうちに涙が流れていた。

 自分だけは助かりたいと思っていた俺が、涙を流す資格はあるのか?

 彼女は俺のために命を差し出そうとしてくれたのに……


「どうして、ですか……」


「……」


「どうして、もっと早く来てくれなかったんですか! どうして最初に来た皇帝軍は負けてしまったんですか! どうして、どうして……トワコが、死ななければならなかったんですか……」


 馬鹿な質問なのは自覚してる。

 だけど、この怒りをどこにぶつければいいんだ?


 俺たちは"何もしていない"。

 ただ平和に暮らしていただけなのに。

 つい数時間前まで、笑い合ってただけなのに。

 トワコに贈る誕生日プレゼントを考えていたのに。


 どうして。

 俺たちは争いに巻き込まれるのだろう。


「…………すまない」


 ホルスト元帥は悪くない。

 わかってるんだ。


「少年」


 名を呼ばれて、泣きはらした瞳で俺は顔を上げた。

 ぼやけた視界の中、ホルスト元帥までもが泣いている気がした。

 涙でぼやけているから彼の表情はよく見えないけど。


「彼女のような犠牲者を減らすために。

 君の魔導を、皇帝軍に預けてほしい。君の怒りを力に変え、どうか皇帝軍に入ってもらえないだろうか。ともに正義を為してくれないだろうか。それが私にできる……最大の贖罪だ」


 ホルスト元帥は懐から輝かしい徽章を取り出し、俺の足元に置いた。

 銅色の徽章……皇帝軍の新兵を示す徽章だ。


「……」


 俺は迷わず、徽章を拾い上げた。

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